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    藻屑の倉庫

    @mokuzu_sv

    キャラ解釈と書き手の趣味(9割後者)によりR-18系のハサ主♀は結婚済・aoi卒業/成人済でお送りします

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    藻屑の倉庫

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    アオアオ(未満)がアオアオになる話

    『青い星 白い星』――――――――――









     なじみの店への道すがらに彼女を見つけた。
     揺れる三つ編みを後ろから眺めるのはこれで連続三日目だ。通算で考えれば両手で数えても足りない。テラスタイプの研究に嵌ったとかで、彼女はここの所ほぼ毎日のように宝食堂に通っている。
     少し足を速めるだけで、歩幅の小さい彼女にはすぐに追いつくことが出来た。

    「お疲れ様です、アオイさん」
    「! アオキさん、こんばんは!」
    「こんばんは。元気ですね今日も」

     跳ねるように振り向いたアオイはアオキを見上げ、いつも通りの顔で笑った。
     無闇やたらと降り注ぐ真夏の陽射しによく似た笑顔。反射的に目を細めてしまいながら、アオイの隣を歩く。

    「アオキさんは今日もお元気なさそうですね!」
    「仕事終わりの大人なんて、みんなこんなもんですよ」
    「ハッサク先生はいつでもとってもお元気ですよ?」
    「それはあの人が特殊なだけです」
    「そんなお疲れのアオキさんにマックスアップをプレゼント!」
    「結構です、自分で買えるんで。そもそも人間にそういうものは……」

     ――言い終わる前に、無気力にだらりと垂らしていた腕の先に温かな感触が訪れる。
     アオキは思わず隣を向いた。
     自分の手を捕らえたこどもが得意げに笑っている。

    「どうですか? 最大HPが増えた気がしません!?」
    「……あの、これはどういう」
    「人間は寒いと体力が減りやすくなる、って保健の先生が言ってたんで! ちょっとずつ暖かくなってきてますけど、この時間はまだ冷えるでしょ? だから、体温たいりょくのおすそわけです!」

     屈託の無い笑顔だった。
     その目には何の照れも臆面も無い。
     異性と手を繋ぐ。それに全く躊躇がないのは彼女が幼なすぎるせいか、それとも自分が年上過ぎて彼女の中で『異性』にカウントされていないせいだろうか。
    「私体温高いから、友達にありがたがられるんです」。そう言いながらアオイは繋いだ手に力を込めた。正確に言えば込めようとした。……サイズ差のせいでうまく力が入らなかったのか、何度か試行錯誤した後に、お互いの指を絡ませる繋ぎ方に落ち着いた。
     年齢やら季節やらのせいでかさつく男の指の合間に、柔らかでしっとりとしたちいさな指が滑り込み、宣言通りの確かな熱を伴って、じんわりと体を温める。
     ……それとなく周囲を見回す。アカデミー生の姿はない。よしんばあった所で人混みに紛れて気付かれることはないだろうが、それでもアオキは安心した。くたびれた中年と夜の街で恋人繋ぎをしていた、などと彼女がからかわれる心配はなさそうだ――。
     そこまで考えてから、自分がこの手を振り払えばいいだけだと気が付いたのだが、アオキはそれをしなかった。
     離す気が起きなかった。
     ――脳がその理由を考え出す前に手を被う熱源が増え、アオキの意識はそちらへ向いた。
     アオイが、ちいさなその手でアオキの手を包みこみながら、何事か念を込めはじめていた。

    「むむ、むむむむ……!」
    「……今度は何してるんですか」
    「さいきのいのりをかけています。むむむ」
    「……。前、見ないと危ないですよ」

     仕事や学校から開放された人々の活気に、街は華やぎつつあった。人波に小さな彼女が拐われぬよう鞄を持った方の手で華奢な背を己の方へと引き寄せて、路端に立ち止まる。

    「アオイさん、もういいですよ。充分回復しましたから」
    「さいきのいのり、うまくきまりました? じゃあこっちは予備元気源として取っておいてください!」
    「そんな予備電源のように……予備?」

     気が付けば自分の手の中に『何か』が握らされている感触がある。いつの間に。
     パッ、と手を離したアオイはさながらマスカーニャのように鷹揚な仕草で両腕を開き、得意げにアオキを見上げてふふりと笑う。

    「びっくりしましたか? マスカーニャに教えてもらって、ちょっとした手品なら私もできるようになったんですニャ。アオイーニャのげんきになるマジックをどうぞですニャ―!」

     開けて開けて、と急かすような目を向けてくる子供。
     ……力を抜いた拳の中に、小さな小さな封筒のようなものがあった。
     学生時代、主に女子がノートか何かを折り込んで飛ばし合っていたものによく似ている。妙に膨らんでいるその封筒を開いていくと——、

     中には、星が二つ入っていた。

     げんきのかたまりにも似た、ほしのかけらにも似た形の、小さな青い星と、白い星。

    「それ、お菓子なんですよ。コンペートーって言うんですって。学校の購買に瓶詰めで売ってて……可愛いから買ってみたんです」

     ほらこれ。
     そう言って、アオイはひとつの小瓶をポケットの中から取り出した。
     小さな硝子の瓶の中には色とりどりの星屑が収まっている。
     小瓶の中に囲われた、赤や、黄色や、桃の星々を見詰めながらアオキは言った。

    「……どうして、これを自分に?」
    「アオキさん、こういう珍しい食べ物とか好きかなって思って。ほら、なんとなくげんきのかたまりにも似てますし。お疲れのアオキさんがちょっとでも、元気になればいいなって思って……」
    「……」
    「あ、あの……ごめんなさい、あんまり好きじゃなかったですか? こういうの……」
    「……いえ、」

     不安そうに眉を下げたアオイを見つめて、アオキは言った。

    「好きです」

     ――視線をつま先に落とそうとしていたアオイが、「えっ」、と顔を上げた。
     揺れる瞳と目をあわせながら、アオキは金平糖を一粒摘んで自分の口に放り込む。
     目が、ずっと合っていた。
     アオキの口の中に小さな青色の星が滑り込んでいくのを、アオイはじっと見つめていた。
     アオキは舌の上で青い星を舐めて溶かし、砂糖菓子の儚い甘さを味わいながら言った。

    「腹にはたまりませんが、こういう菓子も自分は好きです」
    「……えっ、あっ、ああー、そそそそうですよねそういう意味ですよねっ、あははおいしかったならよかったです!!」

     ——アオキは。
     じっとアオイを見つめた。
     せわしなく瞬きを繰り返し、視線を四方八方に向かわせるさまを。
     丸みを帯びたやわこそうな頬が、
     薄く小さな耳の先が赤く、赤く色付いていくさまを見つめながら、手の中のそれを摘まんだ。
     そして。

     動揺を隠すためだけの誤魔化し笑いを浮かべた口に、青い星よりもいくらか大きい、白い星を押し込んだ。

    「……!」

     アオイの目線が再び自分の元へ戻ってくる。モンスターボールよりも真ん丸だった。
     ……その顔がおかしいくらいに愛らしくて、アオキは、アオイがきちんと金平糖を口に迎え入れてからも、唇に当てた指を引っ込めるのを数秒忘れた。
     子供の唇は手のひらよりも柔らかく、指先よりもいくらか熱い。

    「……どうして、自分に『これ』を?」

     アオキはもう一度同じ質問をした。
     自分の口の中に未だ残る青い星。
     彼女の口へと放り込んだ白い星。
     ……赤桃黄色。緑にオレンジ。
     小瓶の中には他にもたくさんの色の金平糖が在った。
     その中でどうしてその二色を選んで自分に渡したのか。
     偶然と言われればそれまでだ。
     だが、

    「…………えっと、」

     目元を赤く染めたアオイの顔に、アオキは——無性にその理由が知りたくなった。
     アオイが口を開こうとした時、意図せず指の腹が唇を撫ぜた。
     くすぐったそうに細めた目元で長い睫毛が微かに揺れる。
     薄くやわこい唇が頬よりも赤く色づき、熱を帯びた吐息がアオキの指先を湿らせる。
     ——初めて目にするアオイの貌に、ざわりと心が波立って。
     アオキは一歩、アオイの方へ足を踏み出す。
     落ちかけの西日を背中に受けて、アオキの影がアオイを覆う。
     このパルデアを無分別に照らして回る小さな青い恒星が、己の影に隠されようとしている。その寸前——。

    「お、……おかしじゃお腹いっぱいになりませんよね!!」

     自分を見上げたまま固まっていたアオイは、弾かれたように動き出した。

    「しょ、食堂! はやく食堂いきましょアオキさん!!」
    「……アオイさん」
    「ききき、今日の日替わり何かなー! あー楽しみー!!」

     アオイはわざとらしく明るい声を出しながら、アオキの顔を見ないまま、——アオキの問いに応えないまま、はがねタイプじみた固い挙動でギクシャクと手足を動かしながら宝食堂へ歩きだす。
     アオキは見てしまった。
     幅広の帽子を両手でしっかりと抑える寸前の彼女の顔。
     ふっくりといとけない曲線を描くその頬が西日よりも赤く染まりながら、もごもごとうごめいている。
     アオイの口の中で今まさに『白い星』が溶かされているのだ。アオキが好んで使う、ノーマルタイプのテラスタルと同じ色をした星が――。

    「……」

     アオキはアオイの背を追い歩き出しながら、自分の手を見下ろした。
     指先には生々しく少女の熱が残っていた。
     少女の、いいや、あれは、――女の熱だ。
     その熱を、少しでも強く触れれば簡単に壊れてしまいそうな危うげなやわさを思い出して――アオキは拳を握る。
     それが胸の中に過った、抱くわけにはいかない感情を握りつぶすためなのか。それとも未練がましく彼女の名残をこの手の中に留めておこうとしたのか。

     アオイとの飯のさなかアオキはずっとそれを考えていたが、とうとう答えは出なかった。

    ◆◆◆

     後日、パルデアリーグ本部にて。
     からからと軽やかな音と共に、ポピーが事務室へと飛び込んできた。

    「チリちゃん! おじちゃん! みてみてですの!」
    「おー? なんやポピーちゃん、いいもん持っとるやないの」
    「……!」
    「これは懐かしい。金平糖でございますですね!」

     ちいさな同僚の手元には、中身が色とりどりにきらめく小瓶が大切そうに握られている。
     アオキはそれに見覚えがあった。見覚えしかなかった。……あの時、自分の口の中で溶けて消えた『青色の』金平糖の甘ったるさが、瞬間的に口の中に蘇る。アオキは書類仕事の手を休める姿で固まった。

    「あのね、あのね。おとうさまがカントーしゅっちょうのおみやげにって、かってきてくれたんですの。おともだちとわけてたべなさいって。だから、みんなとわけっこしますの!」
    「おーきになあ、ポピー。ちょうど一休みしよ思てたんや」
    「ありがとうございますです。お父上によろしくお伝えくださいですよ、ポピー」

     近くのデスクで自分と同じく書類に向き合っていたチリとハッサクが、揃って手袋を外しながら席を立った。別にそのままでも受け取れるだろうにわざわざポピーのもとへ行き、二人とも先ほどまで書類に向けていた仏頂面が嘘のように相好を崩している。チリは平素からポピーを気に入っているし、ハッサクはそもそもが子供好きだ。大量の書類を前にヒリついていた修羅場が一転して和やかな空気に変わる。

    「ドオー色……は流石にあらへんか。ほな、チリちゃんはこのバクーダ色のを貰おかな」

     ほっそりとした女性らしい指が赤色の金平糖を摘まんだ。

    「じゃあ、じゃあ、ポピーはダイオウドウちゃんいろにしますの!」

     瓶の口にすっぽり入ってしまいそうな小さな手が、緑色の金平糖を取り出した。

    「なんやポピー。まだ自分で食べてなかったん?」
    「いっこたべましたけど……でも、みんなともいっしょにたべたいですの」
    「あんまり甘いもん食べ過ぎると、カッチカチやのうてもっちもちになってまうで~。ほらほら、すでにほっぺがもっちもち」
    「んむむむ!」
    「こらチリ、小さくともポピーはレディなのですよ。不躾に触れてはいけません!」
    「嫌がってないならええやないれふか。なあほひーひゃん」
    「口にものを入れたまま喋らない! ポピーが真似したらどうするでございますです! まったく貴女は、四天王たるもの子供たちの手本になるような作法振る舞いをなさいと小生常々言っておりますでしょう。だいたい貴女はいつも……」
    「まあまあそんな、ガミガミでんきタイプにならんと。大将もいっこ貰ったらええやん、うまいでこれ」
    「誰が雷親父ですか!!」
    「チリひゃん、そろそろほっぺはなしてほしいですの~!」

     仕事中は無音だった空間に喧騒が満ちる。
     ――その騒がしさが、アオキは嫌いではない。三者三様、年齢も性別も出生も立場も、平凡な自分とはまるで異なった非凡な同僚たちのつくるいつもの彼ららしい空気が、『あの小瓶』を再び見た瞬間に感じた緊張と、――思い出したくもなかった『彼女』への熱を、アオキの中から取り払ってくれた。
     そうだ、何を意識することもない。
     あれは只の思い過ごし。
     自分は彼女に何の特別な感情など抱いてはいない――。

     アオキがそう思いこもうとした瞬間、視界の中でポピーがチリの手を逃れてハッサクに小瓶を差し出すのが見えた。

    「はい、おじちゃん。おすきないろのをどうぞですの!」
    「そうでございますね。では……」

     にこにこと金平糖を差し出すポピー。
     ポピーに逃げられ残念そうなチリ。
     そして。
     すり、と自分の顎を撫でて数秒何かを考えたあと、手を伸ばすハッサク。

    「小生は、この『青色』を頂きますですよ」

     ――その大きな手が。
     無骨な指先が小瓶に向かう様が、ひどくゆっくりに見えて。
     ガタンッ、とどこかで大きな音が鳴った。

    「駄目です」

     それが、自分が勢いよく立ち上がったせいで座っていた椅子が倒れた音だと、アオキはハッサクの腕を掴んでから気が付いた。

    「なっ……アオキ? あなたさっきまで座っていたでしょう、いつの間に小生の背後に……!」
    「駄目です。あなたは……あなたには」

     あなたには わたさない。
     
     ……それを言葉にする代わり、アオキはハッサクが摘んだ青色の金平糖を奪って、自分の口の中に放り込んだ。瞬間ばきりとかみくだく。奪い返されることのないように。
     ハッサクだけでなくチリも、ポピーも目を丸くしている。あっけに取られている同僚たちを前にして、しまった、という思いが沸いてこなかった訳ではない。
     だが、どうしても――ハッサクがあの青色の星を手にすることが、アオキには耐え難かった。

    「……ポピーさん、お土産ありがとうございました。うまかったです」
    「へっ? え、えっと」

     何かを言おうとしているポピーに小さく頭を下げてから、アオキは三人に背を向けた。

    「外で風に当たってきます。……少し、熱くなってしまったので……」

     扉を少々乱暴に閉め、廊下をのろのろと歩む。
     あの青い金平糖はただの菓子であって、アオイそのものではない。
     そも、アオイは決して自分のものではない。
     それでも。――ハッサクが『あの青色』へ手をかけた時に感じた黒々とした感情が、アオキの中に再び消しようもない熱をもたらした。
     
     噛んで砕いた青色の星の、甘い名残が唾液に絡み、アオキの臓腑へ落ちていく。
     ……あの少女もこの腹の中に閉じ込めてしまえば、誰に触れられることもなく、自分だけがその甘さを享受できるのだろうか。
     愚かな夢想だと自嘲しながら、アオキは無意識に腹を撫でた。
     

    ◆◆◆


     一方同時刻の事務室では、困惑顔のハッサクがポピーに慰められていた。

    「フカマル先輩色を取られてしまいましたですよ……先輩にお見せしようと思ったのですが……」
    「げ、げんきだしておじちゃん! あおいろはなくなっちゃったけど、ほら! カイリューちゃんいろはまだありますの!」
    「ありがとうございますです……しかし、アオキは何故突然あの様なこわいかおをしたのでしょう?」

     彼の手持ちのネッコアラも青色にちかい色だから譲れなかったんだろうとか、自分の名前に青が入ってるから欲しかったのだろうとか、ハッサクとポピーは今しがたの同僚の奇行の理由を呑気に推理しあっている。
     ……恐らくだが、チリは正解を知っている。
     アオキがどうあっても他の男に渡したくない青色に、心当たりがあったのだ。
     思い出すのはいつかの日。青の名を持つ小さなチャンピオンを想いながら――彼女は太陽のようだと口走ったアオキの思い詰めたような丸い背中と、眩げに、目を僅か0.1ミリほども細めながら彼女を見つめる彼の横顔。
     その表情の理由を、チリはそう深く考えなかった。あれからアオキはあの子と特段仲良くなるでもなく、知り合いのこども、たまに飯を食う年下の友人……そんな距離感を徹底していたように見えた。
     それがどうだ。
     他の男が彼女を連想させるようなものに手を伸ばしたくらいで、ああも分かりやすく牽制するようになるとは。
     一体どういう心境の変化か気にならない訳ではないが、問い詰めるために追い掛けようとは思わなかった。
     誰にも何も言われたくなくてアオキはこの場を去ったのだ。椅子を盛大に倒しっぱなしなことにも気が回らないほど心が乱されていたのだろう。それを察することができる程度には、チリはあの言葉少なな同僚の事を理解しているつもりでいる。
     話したければ話すだろう。
     その時に聞けばいいだけだ。
     アオキの椅子を元に戻してやりながら、ひそかな応援の意を込めて――チリは使い古されたデスクチェアの背を、ぽんと叩いた。


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