『海を修行の場だと思ってる先生とデートしたい💙ちゃんによるすれちがいコント』――――――――――――――――
(事の発端)
💙「は、はははハッサク先生!あの、その、こんどのお休み……私と海に(デートしに)行きませんか!?」
🍊「海に(修行をしに)…!?(休日にも高みを目指すその姿勢、)たいへん素晴らしいでございます! その心意気に敬意を表して不肖ハッサク、教師としてではなく一人の(頂きに立つ)男としてアオイくん(の修行)にお付き合い致しましょう!」
💙「!? わ、わわわたしと付き合ってくれるんですか!!!!!???」
🍊「ええ、勿論!…ですが、本当に小生でよろしいのですか? あなたにはもっとふさわしい(修行の)相手がいるのでは…?(友人とかバトル学のキハダ先生とか)」
💙「そ、そんなひといません!! 私はハッサク先生がいいんです!!」
🍊「アオイくん…!あなたにそんな風に言って頂けるとは教師冥利に尽きますですよ! 小生でよければどこまでも、あなたの心ゆくまでお供いたします!!」
💙「せ、先生…!嬉しい!ふつつかものですがよよよ、宜しくおねがいします!!!」
――――――――――――――――
夏は恋する乙女を大胆にさせるという。
――ボタンにはその感覚がイマイチよくわからない。恋をした経験が無いからかもしれない。夏といえばクーラーの効いた部屋で毛布を被ってPC三昧、現実の海よりネットの海に揺蕩う時間を想像する方が心ときめく。実感を伴わない気持ちに共感するのは、とても難しいことだ。
だが夏という季節が乙女に及ぼす作用、その実例をボタンはこの日目の当たりにした。
「は、はははハッサク先生! あの、その、こんどのお休み……私と海に行きませんか!?」
「海に!? それは……たいへん素晴らしい提案でございます。不肖ハッサク、教師としてではなく一人の男としてアオイくんにお付き合い致しましょう!」
「!? わ、わわわたしと付き合ってくれるんですか!?!?!?」
「ええ、勿論! ……ですが、本当に小生でよろしいのですか? あなたにはもっとふさわしい相手がいるのでは……?」
「そ、そんなひといません! 私はハッサク先生がいいんです!!」
「アオイくん……! あなたにそんな風に言って頂けるとは教師冥利に尽きますですよ! 小生でよければどこまでも、あなたの心ゆくまでお供いたします!!」
「せ、先生……! 嬉しい! ふつつかものですがよよよ、宜しくおねがいします!!」
「こちらこそよろしくお願いいたしますです、よい一日にいたしましょう!」
――以上、放課後の美術室から漏れ聞こえてきた会話の一部始終である。
盗み聞いた訳ではない。扉を貫通するレベルであのふたりの声がデカいだけだ。そもそもボタンはアオイに連れられて、ここにいる。
先生をデートに誘いたい、でも勇気が出ない、お願い一緒についてきて……と、たいせつな恩人兼友人に、普段の快活さが嘘みたいにかぼそい声で袖を掴まれてしまえば、ボタンに断れる筈もなかった。もともと断るつもりもなかったけれど。
ボタンのだいじな友達は、親子以上に年の離れた先生に恋をしている。
勝ち目は薄いと思っていたが、会話の内容的に案外そうでもないらしい。
……何か深刻なすれちがいが発生している気がしないでもないけれど。少なくともプライベートに一緒に出掛けてくれるくらいなのだから、避けられてはいないだろう。
やがてバネブーもかくや、な弾む足取りでアオイは美術室から飛び出てきた。
「ボターーーーーン!!!! 聞いて聞いて! あのね、私、先生と……!」
「はいはい。全部聞こえてたし」
「おおお、お付き合いすることになったの!!」
「なんて?」
いややっぱすんごいすれちがい通信が生じている気がする。
アオイがデートを申し込み、ハッサク先生はそれを受けた。ボタンはその認識だが、どうも何かが引っかかる。アオイの脳内でお付き合い、まで話が飛躍しているのもそうだが何より……ドア越しに聞いたハッサク先生の声色は、普段の授業でも垣間見える暑苦しさに満ちていた。
デートってはたしてそんなテンションで挑むものだろうか。でもえへえへと嬉しそうに頬を緩めるアオイを前に、ボタンはそれ以上突っ込めない。
「えへへ、ハッサク先生とデート……嬉しいなぁ」
やけどしたんじゃ、って心配になるくらい赤いほっぺをふんにゃりさせて、アオイは笑う。
「ありがとボタン、ついてきてくれて……ボタンのおかげで勇気が出たよ」
「……別に、なんもしてないし」
ぎゅ、とボタンの手を握ってアオイは微笑む。
なんでかこっちまで照れてしまうくらい幸せそうな眼差しだった。ていうか実際照れてしまって、ボタンはよそを向く。
……ハッサク先生が何歳かは知らない。少なくともボタンの父親よりは年嵩に見える。
でも年の差がどうとか、教師と生徒がどうとか、そんなことはボタンにはどうでもよかった。
この子がなりたい姿があるなら。叶えたい夢があるのなら、それを応援するだけだ。
ハッサク先生がどんな理由でこの子のデートを受けてくれたかわからないけど、願わくば――夏の力でちょっとだけ大胆になれた友達の恋が、少しでも報われればいいと思った。
◆◆◆◆
「せ、せんせえ、わたし……もう無理ですぅ……!」
息も絶え絶えな乙女の喘ぎが砂浜に散る。
「諦めてはなりませんですよ! 立ちなさい、アオイくん!」
叱咤を飛ばす男の声が、打ち寄せる波の音にも負けずに響き渡る。
「どうしました、あなたの底力はその程度ですか! さあ、来なさいアオイくん! その小さな手で小生を捕まえてみせなさい!」
『つかまえてごらんなさーい♡』ってもっとゆるふわな空気でやるもんじゃないの?
いや知らんけど。
「ぜえ、はあ、ひい……!」
「そう、その調子でございます! 一歩一歩、しっかりと踏みしめてこちらに来るのです! あとちょっとですよ、がんばれ! がんばれ!!」
「はあ、はあ、ハッサクせんせえ……!!
ふう゛…………っっ!!!!」
いや ふう゛ って言ったしあの子。
好きな人とのデートでなんでそんな覇王みたいな声が出るん。
そもそもあの人らなんで砂浜全力疾走してるん。
わからん。何一つわからん。
――こんらんしそうな頭を抱えて、ボタンはハラハラしながら崖下を見下ろす。
なんとなく気になって様子を見にきたけれど、なんでドキドキ年の差ップル砂浜デートが異能バトル修行編になってるのか。
なんでアオイはフリッフリの超可愛い水着(リップさんプロデュース)で走らされてるのか。
なんでハッサク先生はあのガニ股であんな速く走れんのか。いやそれはどうでもいいけど。
「はあっ、はあっ……わたし……あ、諦めない……! ぜったい、せんせを、摑まえるんだあッッッ!!」
台詞だけはまだギリ片想いの女の子なのに、いかんせん絵面が泥臭すぎる。
そしてうるさい。崖の上にいるボタンまで余裕で声が届いている。ハッサク先生に恋して以来、あの子は大げさな動きやら声量やら順調に影響されてってる気がする。
「……!」
ハッサク先生が止まって背後を振り返った。
遠くてよく見えないけれど、多分あのひと必死に走りながらちいさな手を伸ばすアオイを前にして感極まっている気がする。
その隙に先生を捕まえるアオイ。
ハッサク先生に飛び込んで、その腰にへばりつきながら、力なく砂地にずり落ちそうになるのを、先生はガシッと力強く抱きとめた。
「アオイくん……! 、ぐがばじだ!!!!」
「ぜぇっ、ぜぇっ……ふひぃ、ふひゅう……!」
「限界を迎えても決して諦めない心の強さ! 絶対に捕まえるという気迫! 花丸満点ですアオイくん!! その小さな足で懸命に大地を蹴り前へ進もうとするあなたの姿に小生……うう、思わず涙が……!!」
遠目からでもわかるくらい号泣しながら、しっかりと、がっつりと、熱烈にアオイを抱き締めるハッサク先生。
死にそうな顔してるけどなんか幸せそうなアオイ。シチュはともかく好きな人に抱き締められてるんだからまあ無理もない。
だが両者半裸である。アオイは言わずもがな、ハッサク先生はかろうじて薄手のシャツっぽいの羽織ってるけど下は普通に水着である。大丈夫か絵面。淫行教師として逮捕されないか一抹の不安がボタンの脳裏をフワッと過ぎる。あとどうでもいいけどなんであの人パッツパツのブーメランなん、いや異様に似合ってるけど。まろびでるだろ様々なものが。
「せんせい……わ、わたし、がんばりました……」
先生の腕の中で、多分アオイはそう言った。
「ええ、ええ……この目でしかと見届けましたとも! がんばりましたですね、アオイくん……!」
先生は多分そう返して、汗に濡れたアオイの髪をそっと撫でた。
「ハッサク先生……」
「アオイくん……」
見つめ合う二人。
「先生……!」
「アオイくん……!」
しっとりと視線を絡ませる二人。
「先生!!」
「アオイくん!!!!」
ガシィッッ!!と熱い抱擁を交わす二人。
「「ドラゴーーーーン!!!!!!」」
ばくおんぱで叫ぶ二人。
「――――いやそこはちゅーしろし!!!!!!」
思わずツッコんでしまってから、ボタンはいや寧ろしなくていいんだったと思い直した。
往来で現役教師が生徒にちゅーとか間違いなく逮捕される。そうなればアオイが悲しむのはもちろん美術部に入ったメロちゃんにも累が及ぶのだ。
だからあの二人はあれでいいのだ。
あの空気感ならハッサク先生が通報されることもないだろうし。ラブコメのはどうはマジでミリも感じんけど、それでもアオイは幸せそうだし。友達が幸せならそれでいいし。いや、好きな人とのハグの擬音が『ガシィ!!』でいいのかとは思うけど、アオイが満足してるならうちは何も言わんし。
――デート取り付けただけでお付き合いがどうとか、これで先生を悩殺するんだってシェルダーの水着買おうとしたりとか、大胆通り越して浮かれポンチになってたアオイがなんかブッ飛んだことやらかして、先生にドン引きされんか心配で見に来たけれど。
「ではアオイくん! 気合を入れ直したところでもう一本参りますですよ! よーい、ドラゴン!」
「っ!? は、はい先生! ドラゴーーーン!!」
そうだった。ハッサク先生もだいぶぶっ飛んでる人だった。ぶっ飛んでるひと同士で意外とあの二人はお似合いなのかもしれない。最初から、なんも心配することなんてなかったのだ。
安心半分呆れ半分の溜め息が、自然とボタンの口から漏れた。
(……そうだよ。スター団のみんなだって、うちが様子を見るまでもなくなんとかなったし……)
アオイもなんとかなるだろう。恋が実るかどうかは別として。余計なお世話も出歯コータスも無用だ。
誰に伝えるでもなく「お疲れ様でスター」と呟いて、面倒見の良いマジボスは友人とその恋に背中を向けた。
――なお後日、全身筋肉痛に見舞われひんしになったアオイの世話をはやくも焼く羽目になることを、この時のボタンはまだ知らない。
そして竜仕込みのハードトレーニングの結果記憶を吹っ飛ばしたアオイが、『あの、記憶があいまいなんですけど昨日……ハッサク先生が激しくて……なんかすごい体がつらくて……授業おやすみさせてください……』と学校に連絡した結果、職員室が阿鼻叫喚に陥ったこともまた、ボタンの与り知らぬ話である。