『ハッサク先生が怖かったAくんの話』――――――――
(うわ、ハッサク先生だ)
コート近くで手持ちのチルットと遊んでいたら、その人の姿を見付けてしまって、ぼくは嫌いな味のサンドウィッチを食べたときと同じきもちになった。
ハッサク先生はたまにグラウンドにやってきて、ああして同じ場所に立っている。
うわあ、やだなあ、何してるんだろ。
美術の先生だから、モデルになるようなものを探しているんだろうか。
それとも、気に食わない生徒を見付けて、叱りつけようとしてるんだろうか。
ぼくは先生の姿が目に入らないように体の向きを変えた。
――あのひと苦手だ。だって怖いんだもん。
声でっかいし、全然笑わないし。何よりもあの目が怖い。ドラゴンポケモンみたいで、何考えてるかさっぱりわかんない。あの目でじっと見られたらって、考えただけで泣きそうだ。
美術の授業を受けてる人や、美術部の人たちの気が知れないよ。
「けっこうおもしろい先生だよ」とか「授業も楽しいよ」って言われるけど、ぼくは受けようと思わない。美術なんてポケモンに関係ないし。
(まだいるかな。いるっぽいなあ。やだな、はやくどっか行かないかな)
ちょっとしたことで怒られたりしたら嫌だなあ……そんなこと思っていたら、ぼくのとなりをびゅんっと風が駆け抜けた。考えごとしてたからびっくりしちゃってよろけちゃったけど、チルットがふわりと羽でぼくを受け止めてくれた。
今のなんだったんだろ。チルットを抱き締めながら風の吹き抜けてった方を向く。
その先で、ぼくは信じられないものを見た。
「ハッサクせんせー! こんにちはー!!」
突風の正体は女の子だった。
帽子を被った女の子がハッサク先生に突撃している。
うわうわあの子なにやってるのとひやひやしながら見守っていると、――さっきよりもっと信じられないものを見てしまった。
「――アオイくんではありませんか!」
目の前できゅっと止まったその子を見て、ハッサク先生は笑ったのだ。
先生の、いつもむっつり下がった口の端っこが上を向いているのを、ぼくは初めて見た。
あまりの衝撃で目を離せないでいたら、先生がふとこっちを向いた。
「今日も元気があって大変よろしい! ……ですが、ちゃんと周りも見るように。あちらの方たちがびっくりしてましたですよ」
うわうわ、こっち見て何か言ってる。
そんで、女の子がこっち来る。
跳ねる三つ編み。まんまるの目。よく見たらその子はアカデミーで有名な『転入生』だった。
転入生はぼくとチルットの前に立つと、ぺこっと頭を下げた。
「驚かせてごめんなさい! 大丈夫だった?」
「え、……うん、平気。別にぶつかったわけじゃないし」
ね、と腕のなかのチルットに声を掛ける。チルットも、うんって言ったみたいに元気よく鳴いた。転入生はそれを見て、よかったって言って笑った。
なんとなくハッサク先生の方を見たら、先生もその子と同じ顔して笑ってた。
――美術、受けてみよっかなって、ちょっと思った。