ハッピーバースデーおおかみさん 日付は変わって、一月二日の深夜。カルデアのマスター、藤丸立香が自室のベッドで目を覚ますとそこには自分のサーヴァントであり恋人でもある斎藤一が目の前で微かな寝息を立てて眠っていた。
(――っ!?)
瞬時に数時間前の出来事を思い出して立香はカッと顔を赤らめる。数時間前の一月一日に斎藤への誕生日プレゼントとして立香は自分の体を差し出したのだ。
そういわゆる、『プレゼントはわ・た・し』を地で行ってしまったのである。
そして途中から記憶が飛んで今に至ると言う訳だ。
(服、着てる……下着も……)
斎藤を起こさぬよう、自分の様子を恐る恐る確認してみる。丸裸にされたはずなのに、いつも着ているルームウェアも下着も身につけているのは恐らく斎藤が気を失った立香に着せてくれたのだろう。
それだけではない。あれだけ汗まみれになったのに肌はべたべたせず、さらさらしている。となれば、きっと濡れタオルか何かで体を清めてくれたからではないだろうか。
(何から何まで申し訳ない……)
斎藤がずっと自分の事を大切にしてくれているのは分かっている。恋人になってもキス止まりで男女の一線を越えようとはしなかったのも立香を大切にしたいと思ってくれているからだ。
それは分かっているけど、自分だって斎藤のことが負けないくらいに好きだ。ちゃんと二人は想い合っているのだと伝えたくて、だからこそ一番好きな斎藤に大切な処女を差し出したのである。
とは言えども、所詮処女だ。
(……上手くやれたのか自信が全くない)
勢いで抱いてくれと半ば斎藤を押し倒した形になってしまったが、こうして我に返って考えてみると一から十まで斎藤に全部お任せである。
実のところ立香には性経験はおろか恋愛経験さえもろくにない。刑部姫の部屋にあったそう言う本とメイヴから聞き齧ったそう言う話で、何となくこう言う感じと言うふんわりとした知識しかなかった。
(マグロってやつだ……たぶん……)
何せ用語さえも良く分からない体たらくである。
誕生日にマグロの処女を押し付けられて斎藤は嬉しかったのだろうか。勝手も分からない恋愛音痴を押し付けられてしまっては、ただただ面倒だったのではないか。
冷静になればなる程どんどん思考がネガティブになってしまう。
立香がそう考えてしまうのも実は理由があった。行為の最中斎藤がほぼ喋らなかったから、と言うのがネガティブになってしまう根拠であった。
立香のなけなしの知識をかき集めてみても性交の最中では「愛してる」とか「好き」だとか何かしらの甘い言葉を囁かれるものである。それか「スケベ」とか「いやらしい子」とかそう言ういじめる方向で言ってくるものだと立香は知っていた。
斎藤はいつも二人きりの時は「立香ちゃん可愛い、好き」と後ろから抱きしめて耳元で甘ったるく囁いてくれる。照れた立香が真っ赤な顔で抗議しても「恋人なんだから当然でしょ」とどこ吹く風で返してくるのだ。
それなのに昨夜は何も会話がなかった。
斎藤は恐い顔をしたまま強く立香の腕を掴んで組み敷くと、それからただただ立香の全身を隈なくあらぬところまで執拗に指と舌で愛撫した。そして無言で荒っぽい仕草で着ていたスーツを脱ぎ捨てると性急に身体を繋げてきたのである。
「――っ!」
行為の記憶を思い出し、つい立香は再度赤面してしまう。立香の身体の奥まで斎藤のあの太く大きいアレが挿入ってきたのだ。有り体に言えば一つに繋がってしまったのである。
体の奥まで、胎が壊れるかと思う位めちゃくちゃに突かれて、快楽の激流に逃げようとする立香を斎藤はその鍛え抜かれた逞しい両腕でがっちりと抑えてきた。そのまま立香を分厚い胸板と鋼の様な両腕に閉じ込めて、それから「立香」、と熱に浮かされたように一言だけ斎藤が囁いたのである。
その時の掠れた低い声色を思い返すだけで、立香の背筋がビクリと震えると同時に胸もキュウッと切なく痛んだ。股の辺りもなんとなくもじもじと落ち着かなくなってしてしまう。
あれだけの快感を与えられたのにまた斎藤の熱が欲しいと体の中が騒ぎ出したようだ。
(私ばっかり気持ち良くしてもらって……本当に……ダメダメだ……)
本来ならば斎藤の誕生日なのだから、自分が斎藤に奉仕をしなければいけない立場だったのだ。それなのに自分は何もせず斎藤に全て委ねてしまい、挙句一人気を失って斎藤に自身の後始末までさせてしまったのである。
どうしようもない自己嫌悪に陥ってしまうのも無理はない。
はあ、と立香が小さくも重たい溜息を吐いた時だ。
「ひぅっ!」
何気なしに斎藤の顔を見たら、黄葉を思わせるような斎藤の瞳がいつの間にか開いていて立香を静かに見つめていたのである。
「お、起きてたの……?」
驚きで上擦った声を上げると斎藤はにやりと笑った。
「うん、ずっと俯いて青くなったり赤くなったり百面相してたから面白ぇなって見てたわ」
起きたのなら面白がってないで一言位声を掛けてほしい。自分の葛藤の一部始終を見られていた気恥ずかしさを立香はわざとらしい咳払いで誤魔化した。
「あ、あの一ちゃん、ごめんね」
そして少しの逡巡の後、立香が小さい声でそう謝ると斎藤はきょとんとした顔を見せる。
「……? 何が?」
「その、私ばっかり、気持ち良くなっちゃって」
斎藤の喉が小さく上下するのが見えた。
「……気持ち、良かった?」
「それは、うん、でも、本当は一ちゃんの誕生日なんだから私が一ちゃんのこと気持ち良くしてあげなきゃいけないんだよね、でも全部一ちゃんに任せっきりで私何にもしてなくて。でも何したらいいか分かんなくて」
「んー……そう?」
斎藤の視線は立香を見ているようで立香の後ろの何かを見ているようである。何か他のことを考えているような上の空の態度だ。
やはり処女のマグロは面倒だったのだろうか。
もう少し下調べをしてから臨むべきだったのだ。右も左も分からないまま何も準備しなかった自分が悪い。
そう言うところからして斎藤にもう甘えてしまっていたのである。
「だからその、ごめんなさい」
こんな恋人では愛想を尽かされて当然だ。しゅんと俯いて謝る立香に斎藤はしかし、慈悲深そうに微笑んだ。
「へえ? 立香ちゃんもそうなんだー? 僕も全然余裕なくてさぁ、思わずがっついちまって、ついつい言葉が足りなくなったなーって反省してたところなのよ」
今にも泣き出しそうな立香の心からの謝罪に対して斎藤の回答はあっけらかんとしたものであった。
「よ、ゆう?」
不思議そうに聞き返す立香の髪を愛おしそうに撫でながら斎藤が頷く。
「そぉ余裕。そりゃ初めて惚れた女に触っちまったんだからさー。僕だって余裕なくなっちまうわけよ。で、さあ。これは提案なんだけど、一ちゃんこう見えて遊び人でしょお? 色々知ってっからさあ、ちゃーんと立香ちゃんにたくさん教えてあげるからぁ、ねえ? もう一回やり直し、シよっか?」
斎藤の笑顔は優しい。声も甘ったるいくらいに優しい。立香のオレンジの髪を撫でてくる手つきだってくすぐったくなるくらい優しい。
それなのに何故か「三匹のこぶた」「おおかみと七匹の子やぎ」「赤ずきん」という童話のタイトルの数々が脳裏をよぎるのは何故だろう。
「えっと、はい、今度こそ頑張るね」
自分の内側から湧き出る疑問を無視しつつ、立香が頷くと斎藤の笑みはますます濃くなる。そしてにっこりと笑ったまま彼は三臨へと何故か変わった。
「?」
何故三臨になる必要があるのだろう。不可思議な斎藤の行動に思わず立香が首を傾げる。
「じゃあお言葉に甘えておかわりいただきまーす♡」
「???」
斎藤の大きな口がカパリと立香に向かって更に大きく開かられる。その様子はさながら童話のオオカミのようだ。
何かすっごい嫌な予感がする。
「やっ」
やっぱタンマ、と言う言葉は斎藤の口によって塞がれてしまうのであった。
「ちょっ! そんな! そんなの駄目っ! 無理ぃ!! あっ、あっあ……! 嫌だ嫌だ無理無理そんな! 変態、んーーーっ!!」
立香が自身の決断を後悔したのはそれからたった数分後のことであった。
おわり