この汚れた手では君の頬に触れられない(Twitter診断)毎日の恒例となってしまった執務後のバルバロスとのティータイム。
2人で紅茶を飲んでいると、目に異物感がした。
ーーーゴミでも目に入っただろうか?
何度か擦ってみると、段々痛くなってきた。
チクッと細い何かが刺さりとうとう悲鳴をあげてしまった。
「ーーー痛っ!」
「あん?目ん玉にゴミでも入ったか?」
「ああ、そうかもしれない。確認してみるよ。」
執務机の引き出しを開き、中から手鏡を取り出す。
下瞼を人差し指で引っ張り確認してみる。
瞳ほどの長さの睫毛が瞳のド真ん中に張り付いていて、見え辛い。
『洗ってくる』と一言告げると、流しへと向かう。
方手の平に水を掬うと、片目を洗う。瞬きを繰り返し念入りにすすいでいく。
ーーーこれだけ洗えば取れただろう。
顔をあげ洗面台に備え付けられた鏡を覗き込むが、眼の中の睫毛は下瞼の際に移動しただけであった。
ーーー取れるまで洗い続ければ、いつかは取れるだろう。
と根気強くすすぎ続けるが……………。
眼が赤く充血してゆくだけで、なかなか出て行ってはくれない。
これには参った。
すると、小さな扉が押し開かれバルバロスの顔が覗いた。
「あー、なんだ。取れたか?」
「全く取れない」
ふるふると頭を横に振ると、サイドで縛った髪の毛も同様にサラサラと揺れる。
「しゃあねぇ。見てやるよ。」
その言葉に自然と見えやすいように指で下瞼を引っ張っていた。
彼の顔が鼻と鼻がくっつきそうな位置までグッと近くなった。
彼は自身の顎に手を当て首を傾げる。
「はん?ねぇじゃねーか」
「よく見ろ……!下瞼の付け根のところにあるじゃないか!」
「ゲッ!………んだってそんなとこに入るんだ??」
「べべべ別に好きで入れたわけではないのだが!」
「瞬きしたら、ズレんじゃねーの?」
言われた通りにぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「移動したか?み、見てくれ」
「ったく、こんなとこでもポンコツやってんのかよ。オラ、よく見せてみろ?」
手を伸ばしシャスティルの頬に触れようとして手が宙を彷徨う。
ーーー迷ってる?俺が?なんで??
改めてシャスティルを見てみると、己を見上げていてどこか緊張しているようだ。
まぁ、問題の大小はあれど目の異物感というものはさぞかし気持ちが悪いだろう。
どうしてこんな時にとは思うが…………。
ーーー今日も彼女は眩しい。
内側から溢れ出すエネルギーというのだろうか。生命力溢れるといった表現は目の前の少女にこそ相応しいと思う。穢れを知らない純真無垢で綺麗な存在。血を見ることもあれば、自ら敵を斬ることもある。おぞましい体験もしているはず、だと言うのに………この魂が穢れることはない。
自身と全く真逆の彼女。
数え切れないほどの人間を殺してきたが、もちろん後悔は微塵もない。
必要だから消した、それだけだ。
だが。
ーーーこの汚れた手で少女に触れて良いものか。
己の掌は血で汚れ、染み付いている。
少女を見てると自身が汚れ果てた人間に見えてくる。
「バルバロス?どうした?まだか……?」
その言葉にハッと我に帰る。
どうやら、珍しくも感傷に浸っていたようだ。
また、手を伸ばすがどうしても触れることが出来ずに葛藤する。
そんなバルバロスの様子を見て彼女は何を思ったのかこう言った。
「さ、触っても良いぞ………?その方が見えやすいんじゃないのか?」
「……………良いのか?俺が触っても」
「あなたが何を迷っているのか知らないが………今更じゃないか?」
「そうか………今更か。そうだな。」
ポンコツのフォローのために、触れることはまぁある。確かに今更と言えば今更だ。
なのだが、不思議とその言葉で救われたような気がする。
彼女が知ってて言ったのかそうじゃないのかは彼女にしかわからないが。
そうして、手が頬に触れると存外にしっくりときた。
受け入れられているようで、胸がむず痒くなる。
ーーーこいつ、顔ちっせぇな……。
掌で覆えるくらい小さい。
頬を支え眼の中を覗き込むと、瞳いっぱいに自身が映り込む。
ーーー今、こいつの瞳には己しか映っていない。
その事実になんだか顔が火照ってくるのを感じる。
頭を振り、改めて見つめると睫毛は移動して真ん中に戻って来ている。
治癒魔術などの他人の身体へ干渉するような魔術は加減が難しい。下手をすると眼球にダメージを与え最悪潰してしまうこともある。
特に眼球は繊細で粘膜に覆われているため、慎重を期す必要がある。
眼球への負担を考慮し、バルバロスはパチンと指を鳴らす。
すると、1つの液体が入った小さな小瓶が出現した。
ーーー目薬である。
こうゆう時の為に常備している。
「冷たッ………!一言あっても良いんじゃないのかっ??」
一滴、点眼したバルバロスに抗議の声をあげる。
「ああん?取れたんだから良いだろ?」
「えっ?取れたのか?」
鏡を確認すると綺麗さっぱりなくなっていた。
『良かったぁぁ』と安堵するとバルバロスと向き直る。
「ありがとう、バルバロス!お礼と言ってはなんだが、次は私が紅茶を淹れるよ」
「ふん。またマジぃ紅茶だろ?」
「これでも腕を上げたんだぞ?」
「ケッ!どーだかな」
言葉とは裏腹にその表情が穏やかなことにバルバロスは気付かない。
おわり。