ピクニックというものらしい。「ほう…!これがピクニックというものか!ネフィよ。」
太陽が眩しいお昼頃に魔王の歓喜の声が響く。
そこは北の聖地ーーエルフの里である。
ーーー珍しく嫁からデートに誘われたのであれば、それに応えずして何が王か!
この隠れ里はネフィの育った故郷だ。忌まわしい記憶しかないだろうに、彼女はそれすらも強さに昇華しこの場所を選んだ。
ーーーネフィは本当に強くなったなぁっ……!
ネフィの成長に、恋人としても、師としても感動を覚える。
「お気に召したようで、何よりでございます。」
蕾が花開くように、微笑むネフィに悶絶とする。
ーーーくぅ……!この破壊力っ!魔王の力を以てしても堪え切れん……!
膝を屈しそうになるがなんとか堪える。
深呼吸して気を落ち着かせると、視線を下へと移す。そこには可愛らしい小花柄のレジャーシートの上に、豪勢な弁当、水筒にグラスや小皿カトラリーといったものが並んでいた。
「ふむ……随分と豪勢な弁当だな。作るのが大変ではなかったか?」
「ラーファエルさんやフォル、それにリリスさんやセルフィさんも手伝ってくれたので、大変ではなかったですよ。」
「そうか……あいつらに何か褒美を考えなくてはならないな。」
ザガンは自身の為に尽くす配下には、寛大である。その働きに免じて褒美を取らす王だ。
日々忙しい彼等からの気遣いを無碍には出来まい。
改めて弁当を覗くと、人参が花型に模られていたり、タコのような型をしたウインナーにポテトサラダ、うさぎ型にカットしたリンゴにカラアゲという大陸ではあまり見掛けないリュカオーン特有の料理である品々が丁寧かつ綺麗に鎮座していた。
整然と並べられた料理に、バランス良く色を配置してある。
一種の芸術品のような見目の良さにほぅ…っと感嘆の息を漏らす。
「まるで芸術品だな。これもリリスたちに教わったのか?」
「ありがとうございます、ザガン様。はい、リュカオーンのお料理を教えていただきながら一緒に作りました。色々なお話が聞けて楽しかったです!」
「そうか、この人参やリンゴはどのようにしてカットしたんだ?」
「人参やリンゴ、ウインナーは飾り切りという手法でカットしています。見た目も美しくするのもそうですがーー食べやすいようにと配慮されているのだそうです。」
「リュカオーンの民は繊細な心配りが出来るのだな。気に入った。」
「ふふ、喜んでもらえたようで嬉しいです。」
ネフィは水筒を手に取り、グラスに茶色い飲み物を注いでいく。
どうやらリュカオーンのお茶みたいだが………。
「ネフィ、これは何というお茶だ?」
「ムギ茶というそうです。あちらの島国では、暑さ対策でよく飲むものだそうですよ。」
「そうなのか!なかなか機能的なお茶だな。」
どれ、と一口飲んでみる。
ーーーんっ……!これは……!香ばしい匂いに、味もスッキリとしていて飲みやすい!身体が潤うようだ。
「美味しいな……!暑い日には手が止まらなくなりそうだ!」
「ミネラルが多く含まれていて、水分補給には欠かせないそうですよ。」
夏になったら、多目に取り寄せよう。
次にネフィはタコ型のウインナーに小さな先の尖った木片を刺した。
手皿をつくってそれをザガンの目の前に突き出す。
「食べさせてくれるのか、ネフィ!」
「はい、どうぞお召し上がりください。ザガン様。」
ニコニコと笑うネフィにドキドキとしながら、口を開ける。
パクッと一口で口内に収まる。
なるほど。確かに食べやすい。このような行楽に適した料理と言えよう。
ーーー型も面白いが、味も美味しいなぁ!
彼女の手は次に人参、カラアゲと言った順に手を伸ばし、それらをザガンに食べさせていく。
「ネフィも食べてくれ。」
「は、はいザガン様。では!」
ザガンの手が運んだウインナーをパクッと愛らしく食べる。
「美味ひいです。ザガン様。」
口にまだ食べ物が入っているようで、もごもごと話す彼女は年相応に幼さの残るあどけない表情を見せた。
ーーーうぐっ……!なんて愛らしさだ!
腰を抜かしそうだ。座っているので、なんとか誤魔化せた。
ザガンは人参、カラアゲという、先程のネフィと同様に食べさせていく。
「この木の棒切れは何というのかな?ネフィ。」
「ツマ・ヨージというのだそうです。こういう行楽や細かい作業をするときに使うみたいです。」
「ほぅ!多岐に渡って使えるのだな。」
なんとも機能的なものだ。無駄がない。
フォークでポテトサラダを突き、彼女の口元へと運ぶ。
頬を染めながらもまんざらではなさそうな顔で口を開く。
『ザガン様も、どうぞ』と同じように、フォークで突き己の口元へと運ぶ。
段々と気恥ずかしくなってきて、視線を見慣れない料理へと移す。
黒い紙のようなものが巻かれ、白くて柔らかそうで丸い粒々とした穀物が密集としていて、ボールのような型をしていた。
手に取ってみる。柔らかい。
「これは、どのようにして食すものなのだ?」
「そのまま、手に取りかぶり付くのだそうです。」
「うむ。こう食べるのかな?」
「はい。」
ネフィも手に取り一緒に食す。
ーーーこれも美味い!磯のような香りと味、柔らかい食感に、ほどよく口内に広がる甘み。塩の分量も良い塩梅だ。
なんだか、懐かしい味だ。
例えるなら故郷に帰ってきたかのような。
元裏路地の浮浪児たる自身に故郷などないはずなのだが………。
そうして中ほどまで食べ進めると、何か具材のようなものが当たる。
酸っぱい。だが、不思議とその酸っぱさが白い穀物に調和する。
「この酸っぱいのは、何だ?」
「ウメ・ボーシという食材です。ライスボールと合わせると不思議とよく合うんですよ。」
「ふむ。このライスボールとやら、気に入ったぞ。」
「それは、良かったです。ライスボールの具材はこの他にもオカーカにタ・ラーコといったものもあるそうですよ。」
「ほぅ……!それは、食べてみたいな。」
「はい、食材が手に入ったら作りますね。」
「貴重なものなのか?」
「タ・ラーコというものが生モノなので、輸入が難しいのです。」
「ふむ。何、魔王に不可能はない。俺に任せろ。」
「はい!楽しみにしていますね。」
料理のバリエーションが増えることは、彼女にとっても喜ばしいことなのだろう。
付け合わせのブロッコリーやミニトマト、フライドポテトも食べていく。
あらかた食べ終わり、最後にデザートのリンゴが残される。
リンゴを手に取りネフィに近付ける。
恥じらいながらも、赤い舌を覗かせ、パクっと喰らい付く。
『あっ……』と小さく声を漏らす少女を見ると、リンゴの汁が唇から垂れ顎を伝っていた。
視線が合い、見つめ合うと、彼女は『かぁぁ…』と耳の先まで真っ赤になり耳が忙しなくピコピコと動く。
グルグルと目を回しながら、『あぅ、あぅ』と身悶えていた。
そんな少女を観察していると、妙に溢した汁が艶かしく感じる。
美味しそうと思った瞬間、身体が動いていた。
「ひゃぅ……!ざ、ザガン様……?」
ペロッと彼女の顎から口元へ、その雫を舐め取っていた。
『あわあわ』と慌てるネフィを見つめて、己のした行為を今更ながらに自覚した。
「うん……?あ、すすすすまない……っ!つい、美味しそうでっ!」
「ひぅ……!お、美味しそう……ですか?はは恥ずかしいです。ザガン様。」
「おお美味しかったぞ……?」
言葉選びを間違えたかもしれない。完全に変態のそれだ。
ーーーキスまでした仲だ、だだ大丈夫だろうっ!
ネフィを見遣ると、もう恥ずかしくて堪えられないといった様子で両手でその愛らしい顔を覆っていた。
ーーーぐぬぬ……ッ!ネフィは一体どこまで可愛くなるんだっ?
あまりの可愛らしさに、胸を抑える。
「だだ大丈夫ですか?ザガン様。」
「だ大丈夫だ。ネフィよ、案ずるな。お前は世界一可愛い。」
「ほわぁ……っ!?はうううううぅぅうッ!!」
ネフィは堪え切れず、ザガンの胸に顔を埋めてしまう。
耳が激しくピコピコと震えている。
ーーーくっ……!良い匂いがする!ネフィはいったい俺をどうしたいのだっ?可愛すぎるッ!それに、おかしいな……?何も間違った言葉は掛けていないはずだが……。
彼女の髪に触れてみる。日頃、手入れされているだけあって指によく馴染む。
白い髪を梳き、サラサラとした感触を楽しむ。
「ザガン様、ずるいです。」
「う……うむ。嫌か?」
「その聞き方もずるいです。」
「う……っ!す、すまない。」
彼女の追撃に慌て始めるザガンをじぃと見るネフィがクスッと笑う。
「ふふ、嫌がってないです。それよりもーーー今日のピクニックはご満足いただけましたか?」
「あ、ああ!もちろんだッ!2人きりというのも久々だからなっ……!」
「はい。デートですから。」
ザガンは知る由もないことだが………彼の誕生日当日は城の皆で祝う故に、2人きりで祝うことはまず、ない。
なので、誕生日前にネフィはザガンに喜んで欲しくてデートに誘ったのだ。
ーーー流石に誕生日のプレゼントは当日に渡すつもりですが……。
ラーファエルやフォル、リリスにセルフィ、アルシエラといった面々もネフィの意を汲み取り協力してくれた。
ザガンに喜んで貰えたのなら、ネフィの目的も達成されただろう。
おわり。