SCRAPその日、龍宮寺堅は思い出した。
自分の共同経営者、乾青宗が世間一般から見て美形であるという事実を。
中身や過去はともかく、黙ってさえいれば被写体としてもモデルとしても非常に絵になるという現実を。
取材をさせて欲しいという電話が入ったのは、林田の結婚式を終えて数日経った後の三月下旬だった。
バイク雑誌がこんな小さな店をどこで見つけたのかと思ったが、よく聞けばバイク雑誌ではなくタウン情報誌だった。それならば松野のペットショップや河田兄弟のラーメン屋も取材を受けたことがあると先日の結婚式の際に耳にしたことがあったので納得した。
林田の結婚式の為にととにかく仕事を前倒しで終わらせていたので、ちょうど落ち着いていたということもあり取材を受けることにする。
電話を置いてから共同経営者である乾に相談しなかったなと気付いたが、取材が来たとして口数の多くない彼がインタビューに答えることはなく自分が全て話すだろうことは容易に想像がついたので、事後承諾で許されると結論付けた。
予想通り、外回りから戻った乾へ取材を受けた話をしても「ドラケンが対応するなら別に構わない」とあっさり了承される。
想像と一言一句違わない言葉に苦笑しつつ、そんな予想が簡単に立てられるほどの長い付き合いになったんだなと龍宮寺は感慨深く思った。
「お忙しい中、ありがとうございました。雑誌が完成しましたら一部お送りさせて頂きます」
取材当日。
偶然にも常連客が顔を出してくれたこともあり、インタビューは和やかかつスムーズに終わった。雑誌の担当者も笑顔だったので、恐らく記事として書きやすい情報を提供できたということなのだろう。
こういった雑誌は事前に中身をチェックさせてもらえることはほとんどない、と以前八戒と三ツ谷が言っていた。八戒が載るような雑誌は当然事務所のチェックが入るのだが、そういった雑誌の方が少ないということなのだろう。ならば書きやすい無難な情報をこちらから提供しておくに限る。
八戒と柚葉と三ツ谷が結婚式の席で何の気もなしに話していたことを聞いていたのが役立ったようだ。
とはいえ、松野も河田兄弟も特段取材で不快になったということは言っていなかったし(ただ売上にも繋がらなかったと苦笑いしていたが)、これを偶然見かけた昔の知り合いが顔を出してくれたり、あわよくばバイクのメンテを依頼してくれたら良いなという程度の気持ちだ。
最後にカメラマンから記事に使用する為にと、バイクに跨っている写真をリクエストされ快諾する。
数枚撮られ、取材が終わりというところでバックヤードに引っ込んでいた乾も連れてきて全員での写真をついでに頼もうかと思った時だった。
「ドラケン。発注終わった」
タイミング良く乾が出てくる。
その瞬間。カメラマンの目の色が変わった。
別に今まで手を抜いていたとは龍宮寺も思わない。
だが明らかに今までと纏う雰囲気すら変わって、背筋まで伸びていた。
「共同経営者の乾さんですよね! 写真撮らせてください!」
「え、はい」
乾の返答は共同経営者にかかっていることは龍宮寺だけがわかった。だがカメラマンは写真の了承と受け取ったらしい。というか普通はそう取るだろう。
人が変わったようにカメラマンが動き始める。勢いに押され、乾は言われるがままにナナハンを引っ張り出してきた。
愛車の側で数枚、ヘルメットを被って一枚。ヘルメットを取って頭を振った瞬間は特に連写音が響き渡った。
カメラマンは乾だけではなくきちんとバイクも入れてシャッターを切っている。雰囲気に呑まれたせいもあるが、乾もそれがわかっているからこそ大人しく指示を聞いているのだろう。
一通り満足したカメラマンが何故かこちらを向く。
「龍宮寺さんも改めて撮らせてください。跨っている構図は先ほど撮らせて頂いたので、次はしゃがんで」
バイクに興味のあるカメラマンには見えなかったのだが、乾をきっかけにプロとしての魂に火がついたのかもしれない。
仕事に余裕はあるし、バイクと一緒にプロに撮影してもらえるのなら悪い話ではないだろう。
苦笑しながら龍宮寺もまた再度被写体になることを了承した。
もうずっと会えない友人達の誰かが、決別してしまった親友が。
もしこの写真を、雑誌を見たとして。自分達の近況を知ってくれるという偶然が存在するのだとしたら、やはり良い写真を見て欲しいから。
◆
「良い記事と写真だったな」
「……」
「あの雑誌を見た日。首領が珍しくちゃんと寝て、食事も摂ってた」
「そうか」
良い写真だった、ともう一度呟いた後で鶴蝶が苦笑した。
「三途は『やり方が回りくどい』とかぼやいてたけどな」
九井は肩を竦めるだけに留める。
なるべく気付かれないようにやったのだが、やはりというか流石というか、幹部序列二位と三位には把握されていたようだ。
この分だと、腕は良いが少々燻ってたまたま手が空いていた一流カメラマンを偶然を装ってあの日だけ捻じ込んだことまでバレているのだろう。
携帯や望遠レンズで撮った写真でも近況さえわかれば良いと今までは思っていたのだが、やはりピントの合ったプロの写真は格別だった。ネガも含めて全て買い取ったのは言うまでもない。
雑誌に使用されたのは二人揃って店の前で撮ったもの、龍宮寺が愛車の側でしゃがんでパーツを丁寧に磨いているところ。
そして、乾がヘルメットを取った瞬間のものだった。
靡く髪の一筋すら美しかった。
タウン情報誌には勿体無いくらいのカメラマン渾身の一枚だ。
バイク屋自体の売上に繋がるかどうかは微妙なところだが、雑誌自体の売り上げは多少上がるだろう。
雑誌が売れたのを見計らって、末端の奴らにバイクを買わせるなりメンテに行かせるなりすれば良い。
首領も顔にこそ出さないが喜んでいるようなので、幹部連中からの文句も出ないだろう。
「邪魔したな」
穏やかな鶴蝶の声に片手を上げることで返事の代わりにする。
扉が閉まると同時に、鍵のかかった引き出しからファイルを取り出す。
現像した写真は山ほどあるというのに、複数手に入れた雑誌から切り取った一枚のスナップ。
「……スクラップなんてガラじゃねーんだけどな……」
梵天においてスクラップは鉄屑、ただの死体となった廃品を意味する。
そのことにもう何の感慨もない。
ただ、たまには。本当にたまには。
別の意味のスクラップ。切り抜き記事を作ってみたいなんて、そんな言葉遊びにもならない感傷に耽ってしまったのだ。
「最初で最後の気紛れだ」
言い聞かせるように呟く。
明日からはまた切り抜き記事ではなく、鉄屑の方がまだ価値のある死体の山を築く日々が始まる。