両立人を見た目で判断してはいけません。
子供の頃から事あるごとに、そして第一志望だった女子大に通う現在ですら未だに言われ続ける言葉だ。
確かに、都会に出てきてつくづく実感した。
人を見た目で判断してはいけない。
進学の為に上京してすぐの頃。バイト先へ急いでいた時のことだ。
地下鉄の駅で、金の辮髪の不良じみた大柄な男の人が階段の近くで荷物を持ったお婆ちゃんに声をかけていて何事かと思ったら、次の瞬間お婆ちゃんを荷物ごと背負って階段を上り始めていた。
エスカレーターが故障していたのだと気付いたのはその後のことだ。
駅員さんを呼ぶべきかと思ってしまった自分を恥じた瞬間だった。
逆に赤ちゃんをベビーカーに乗せた綺麗な女の人がバイト先のレストランに来店したけれど、帰った後のテーブルの下には隠していったつもりなのか、使用済の紙オムツを置き土産にしていった。
二度と来るな、そして今後一生赤信号に捕まり続ける人生を送れと呪った自分は悪くないはずだ。
改めて思う。
人を見た目で判断してはいけないのだ。
小さな喫茶店に似つかわしくない、派手なジャージの金髪君と派手な柄物の服を着た黒髪君がテーブル席で向かい合わず、肩が触れ合う距離で隣に座っていたとしてもきっと事情があるに違いない。
ヤンキーファッションが好きなだけで、ごく普通の好青年なんていうのはきっと都会ではよくある話なのだろう。
講義が終わって遅番のアルバイトが始まるまでののんびりしたこの時間、邪魔されず読書ができるならそれでいい。
彼らが隣り合わせに座っているせいで、少し顔を上げると黒髪君と目が合いそうになるのが難点ではあるが、目が合っただけで女子供に喧嘩を吹っ掛けるようなタイプではないだろう。
「イヌピー、口開けて」
「……美味い」
「良かった」
「フライドポテトなんて何処も同じだと思ってたけど、全然味違うな」
「そりゃあ値段が違うからね。それを置いてもこの店のポテトは絶品だけど」
メニューにやたら大きく店長お勧めと書かれていて、実は気になっていたフライドポテト。
他のメニューは平均的な値段なのにポテトだけ少し高い気がして不思議だったのだが、それだけ自信があるということなのか。
ちょっと食べたくなってきた。
メニューを開く。
雛に餌をやる親鳥のように、せっせと金髪君の口へポテトを運ぶ黒髪君から目を逸らすためではない。
「ココ」
「ん? 二つ目頼む?」
「いや、いい。オレばっかり食ってる気がするから、ココもちゃんと食えよ」
「じゃあイヌピーが食べさせて。俺がしてたみたいに」
黒髪君が口を開ける。
何も疑問に感じないのか、金髪君は摘んだポテトを黒髪君の口の中に入れた。
「……もうガキじゃねぇだろ、オレ達」
動いてからようやく疑問に思ったようだ。
そもそも自分がそうやって食べさせられていたことは良いのだろうか。
「ガキじゃねぇけど。マブだからこれで良いんだよ」
爽やか過ぎて、いっそ胡散臭いにも程がある笑顔で黒髪君は言い切った。
金髪君はというと。
「そうなのか」
「そうだよ」
「ココが言うならそうなんだろうな」
あっさりと丸め込まれていた。
私の知るマブはマブダチの略のような気がしたのだが、ヤンキー文化ではもっと深い別の意味があるのだろうか。多分そうなんだろう。
だからきっと、金髪君の指先についた塩を「汚れちゃったな」と笑いながら黒髪君が舐め取るのも本人達にとっては日常茶飯事に違いない。
お絞りはお絞りであってテーブル拭きではないのですよ。手を拭くものなんですよ。
そんなことを指摘するのはきっと野暮なのだ。
何故なら。
二人はそのままキスしそうなくらいの距離で、揃って相手のことしか見えていないと言わんばかりの表情で微笑み合っていたのだから。
とりあえず。
塩まで美味しいらしいフライドポテトを私も注文することにした。
きっと初老のマスターは新しいお絞りとフォークをきちんと付けて出してくれることだろう。
◆
「イヌピー、寝ちゃった?」
「……ん……」
「寝るならベッド行けよ。オレもすぐ行くから」
「……そうする……」
ソファでうつらうつらしていたイヌピーは、大人しく寝室へ向かって行った。
半分寝てるときは素直なんだよな。
要するに、意識が曖昧なときだ。
普段は素直というよりも、本能で生きているという表現がイヌピーには近い。
その本能には、どうやら「九井一は乾青宗に危害を加えない、裏切らない」というものも含まれているらしかった。
関東事変であんな決別をして、そして音沙汰無く二年も離れていたのにその感覚が残っていたことに驚いたが、結果的に正しいとしか言いようがないので、彼の勘や本能は正しいと認めざるを得ない。
「それにしたって信用し過ぎだろ、オレのこと」
子供の頃から「ココがそう言うならそうなんだろうな」と信頼しきった眼差しを向けられてきた。
それは今も変わらない。
今日もそうだった。
手ずからポテトを食べさせ合うマブなんて、イヌピーの言う通りせいぜい小学生のガキくらいまでだろう。
イヌピーだって流石にわかっていただろうに、それでも「ココが言うなら」と頷いてくれた。
「マブって便利な言葉だなー」
とりあえずマブと言っておけばイヌピーは許してくれる。
ひとつのベッドで眠ることも。
家の中でなら頬や額へのキスすら受け入れてくれた。
とはいえ、そろそろ限度があるだろう。
便利すぎて「マブだから」で片付けていたが、キスより先はさすがに言葉にしないとまずい。
元はといえば、お互い言葉にしなさ過ぎたせいで拗れたようなものだし。
電気を消し、寝室へ向かう。
熟睡するイヌピーの隣に潜り込み、額に口付けながら囁く。
「マブと恋人は両立できるんだぜ、イヌピー」
寝顔への宣言通り、イヌピーとオレがマブ兼恋人になったのは、それから一週間後のことだった。