君と出会った日・友人Yの証言
え?リョータが知らないこと俺も知らないよ。あ、でも昔は母親の仕事の都合で何度か引っ越してたって。そこに沖縄が含まれてたかは知らないけど。そんなに気になるんなら本人に聞けばいいじゃん。
・後輩Kの証言
知らねーっす。別に人の過去とかキョーミ無いんで。俺が知ってるのは、中2と中3の部活中の先輩だけっす。もう戻っていいっすか?あー、何か、コッチ来る前には好きっていうか何か、あった人?がいたみたいっすけど。もう、マジで戻っていいっすか?
・後輩Hの証言
えー!?初恋の相手ですか!?えー、そうですね、女子同士なんで……そういう話しはしましたけど……でも、私からは、すみません。え?沖縄ですか?あぁ、小学生の時に1年だけ居たみたいですよ。そういえば、宮城さんも沖縄出身ですよね。どこかで2人会ってたりして。
「高校生活最大の行事」と、はしゃぐ同級生たちをリョータは冷めた目で見ていた。
修学旅行が近付いてきたが、場所はリョータの故郷、沖縄であった。湘北に入ってがっかりした事は色々あったが、この修学旅行先が沖縄であることはトップクラスにがっかりしたことの1つであった。年に1度はおばぁに会いに里帰りしてるし、珍しくも何とも無いからだ。「まぁ、いいけど、俺はインターハイで全国行ったし。みんなで泊まって旅行みたいなもんじゃん。アヤちゃんも一緒だったし」と、思いながらホームルームの先生の説明もうとうとしながら聞いていた。
2泊3日の2日目はグループ行動の日となっていたが、沖縄に親戚や知り合いのいる人は先生に相談すれば、単独行動が認められていた。
「宮城は?向こうで親戚に会ったりすんの?別行動する?」
グループごとに2日のスケジュールを話しあっていると、班のメンバーがリョータに訪ねた。
「まぁ、たまに向こう行ってるし」
別行動をするまでは無いと思っていたが、空いていた窓の隙間から流れる風が昔の記憶を思い出させた。
『秘密基地、どうなってるんだろう』
その思いからリョータは、当日、別行動を取ることを決めた。とはいえ、親戚や知り合いに会うわけではないので、先生への申請は面倒で班のメンバーに「行きたいとこあっから、3時間くらい抜ける。後で合流するから途中で先生に会ったら誤魔化しておいて」と言った。同じ班は真面目とは言い難いメンバーばかりなので全員笑顔で「オッケー!その代わり、向こうの美味い店教えろよ」とノリの良い一言で交渉が成立した。
「えー!?彩子、マジで!?」
「それってどういうこと?何で、何で?」
リョータの交渉が終わると同時に、女子のグループからキャーキャーと黄色い声が上がった。これは誰かが恋バナをしている時のテンションだ、とリョータと班のメンバーも声の上った方に視線を向けた。どうやら話題の中心は彩子のようだ。
「別に会うわけじゃないけど、思い出の場所なの。せっかくだから、ちょっと行っておきたいなと思って」
「えー、だってさ、それって彩子の初恋の相手ってこと?」
「んー……そういうんじゃないけど……」
「あ、待ってヤバいよ、宮城に聞かれた面倒だよ」
同じクラスで彩子に思いを寄せるリョータには聞かれたくない話しのようで、女子たちは声のボリュームを一気に下げた。
「だって、リョータも聞いてただろ?」
「女って初恋の相手忘れないっていうじゃん」
「つか、彩子って沖縄いたことあんの?あれはきっと沖縄に初恋相手と思い出の場所があるってことだろ?」
リョータの思いはクラス中にバレているので、班のメンバーたちは次々とリョータをからかった。当のリョータは青ざめた表情で固まっていた。
「おーい、リョータ?」
「あーあ、ダメだこれ固まったわ」
「いいよ、お前当日抜けんだしこっちで勝手にスケジュール決めちゃうからな〜」
クラスでも比較的仲の良いメンバーで組んだので、リョータの扱いはお手の物。彩子絡みで固まるリョータも無視して話しを進めるのだった。
こうして、リョータは沖縄で彩子が行きたい場所はどこなのか、調査を開始したのだった。
これまでリョータが知っていた彩子と沖縄の情報としては「行ったことがある」という程度だった。里帰りをした際に、お土産を渡すと「食べたことがある」と言ったので、その時の会話から「行ったことがある」という事はわかったが、てっきり旅行だろうと思っていた。しかし、ヤスの証言によると沖縄に住んでいた可能性も出てきた。そこで、次に悔しいがリョータよりも彩子の過去に詳しい中学が同じ流川にも聞き込みをしたが「何か、あった人」という曖昧な情報しか掴めなかった。しかし、この「何か、あった人」が沖縄と関わっているだろうと推測した。「もっと人とコミュニケーション取れよ。ネクラヤローめ!いや、あんまりアヤちゃんと仲良くされてもイヤだけど」と部活へ戻る流川を睨んだ。最後は恋バナと言えば、女子同士だろうと晴子にも聞いてみた。何か知っているようだが流石に口を割らなかった。しかし、1年、沖縄に住んでいたということはわかった。その1年がいつなのかは聞いていないらしいが。
ヤスの言う通り、本人に聞けば早いのだが、下手すれば好きな人の初恋相手の話しを聞かされるかもしれないと思うと、リョータには心の準備が出来なかった。そして、そのまま修学旅行の日を迎えてしまった。
1日目は移動とクラス行動の為、自由時間も無くあっという間に終わった。問題は宿泊先のホテルで起きた。
「でもさー、あの彩子が」
「先生にバレたらヤバくない?」
「や、彩子なら1回くらい先生に怒られたってどうってことないよ」
「普段の行いか〜」
「やー、でもロマンチックじゃない?再会とかすんのかな?」
「そこで会えるわけじゃない、とは言ってたけど。ドキドキしちゃうな〜」
「いや、アンタ関係ないじゃん」
「そうだけど!」
「まさか、彩子の初恋が小学生の時に沖縄で1回会っただけの子だなんて」
「本人は初恋じゃないっていうけど、あれは絶対初恋だね!」
「彩子って、あんな見た目イケイケなのにピュアだね」
「そこがいいんじゃん」
「わかる〜」
「そりゃ、宮城達も夢中になるわ」
「は?アヤちゃんの初恋の相手が沖縄にいるの?」
「あ、ヤバ、宮城じゃん」
「嘘ぉ!?」
ジュースを買いに来た彩子と同室の女子たちの会話をリョータが聞いてしまったのだ。
その晩、リョータは部屋に戻るとそのまま布団へ倒れ込んだ。同室のメンバーたちは「どうした?」「彩子に何か言われたんか?」とからかわれたが「そんなんじゃねーよ」とだけ呟いてそのまま動かなかった。リョータは2日目、彩子が班とは別行動をするだろうと思った。幸い、自分も別行動の予定だ。どうにかして、後を付けるか?いや、そんな信用を失くすようなことはできない。
それに、あの秘密基地に行けば、自分も少し元気になれるかもしれない。
その日、リョータは一人の女の子の夢を見た。あの秘密基地で会った女の子。ピアスを開けるきっかけになった、女の子。あの子は今、どこで何をしているのか。写真、引っ越した時にどっかいっちゃったんだよな。そうだ、そういえば同じ名前だったよな。でも、特別珍しい名前ってワケでもないし。漢字、は、わからないのか。きっとあの子も今頃、美人になってっかな。アヤちゃんみたいに。
目が覚めると、夢のことはほとんど覚えていなかった。でも、今日、あの秘密基地に行かなければ、という使命のような思いを感じていた。
途中まで班で行動していたリョータは班を抜け、一人、かつての秘密基地を目指した。あの基地はもう無いことは知っている。でも、久しぶりにあの場所から海が見たいと思った。バスを使い、海へ出ると崖を登り、秘密基地のあった場所へと向かった。制服では動きにくかったが、日頃から体を鍛えていて良かったと思った。
兄との別れ、自分の言葉への後悔、あの頃はまだ幼くて受け止めることが出来なかった。あの子も受け止められない何かを、抱えていたのだろう。そんな事を思いながら足を動かすと、秘密基地の前に着いた。基地は当時の面影は無く、ただの崖の一部だった。周りの植物も管理されていないのか、木や蔦が伸びきっていた。
「初恋かぁ」
自分の初恋はどれなんだろうか、とリョータは考えた。多分、大人になってからカウントできる初恋は彩子だ。間違い無い。間違い無いが、いつから?
入ることの出来ない秘密基地の前に立ち、海を眺めた。高校生になり、背も伸びた。あの頃は座って海を眺めていたので、同じ海でも今はまるで違う海に思えた。
高校に入って、バスケ部の見学に行って、彩子に恋をした。バスケだって頑張れた。部活仲間として付き合ううちに、もしかして、と思うことはあった。大きくきれいな目をしていること、男子に対しても物怖じしないところ、学校には付けてこないがピアスが開いていること。それでも、リョータはその可能性に蓋をした。『そんな都合のいいことあるもんか。だいたい、俺の人生はワリと、いや、かなりツイてない』と。
それでも、夏の大会で心が折れそうになったのを支えてくれたのはマネージャーとして側にいた彩子だった。特別な関係で無いにしろ、好きな子が支えてくれるなんて、凄いことなのだ。本当はリョータだって、彩子と特別な関係になりたい。他の男子とはあんまり喋ってほしくないし、一緒に登下校したいし、休みの日だって会いたい。それでも、クラス中どころか学年中で「リョータは彩子のことが好き」と知れ渡っているくらいアピールしているのに、彩子の態度は変わらない。
「アヤちゃん、どんな人が好きなんだろ……」
しばらく1人静かに海を眺めるリョータは、時計を確認した。そろそろ戻る時間だった。もう一度秘密基地を眺め、大きく伸びをしてから崖を降り始めた。
砂浜へ戻ると風が強く、リョータは俯きながら歩いた。すると、砂を踏む足音が近づく。足音の感じから1人だろうと、顔を上げるとそこにいたのは彩子だった。
「アヤちゃん!何でここに!?」
「リョータ、あんた気付かなすぎよ」
聞けば、彩子は崖から降りてくるリョータをずっと見ていたと言った。
「制服、そんな汚れてると『どこ行ってたんだ』って怒られるよ?」
「アヤちゃんだって怒られるよ」
「私は大丈夫よ。制服は汚してないし、日頃の行いがリョータとは違うから」
胸を張る彩子に、返す言葉も無いリョータはぐっと奥歯を噛んだ。
「ほら、後ろ向いて。ちょっとごめんね」
リョータが後ろを向くと、彩子は肩と背中を軽く叩いて汚れを落としてくれた。彩子にとってはなんてことのない行動だったが、リョータは予想外のスキンシップに顔を真っ赤にした。でも、今なら後ろ向いているし、もう真っ赤だから、これ以上緊張することも無いかと、口を開いた。
「アヤちゃんは、初恋の人に会えたの?」
「え?」
「他の女子たちが言ってたんだけど、思い出の場所に行くから別行動する、みたいなこと言ってたから……」
「あぁ。その話し、リョータも知ってたのね。会いたい人には会えた、かな?」
彩子の発言が疑問形だったことに違和感はあったが、そんなことが吹っ飛ぶくらい彩子が会いたがっていた人に会えたというのはリョータにとって大事件だった。彩子の初恋の相手がどんな人かはわからないが、この沖縄で会えたこと、そして女子は初恋を忘れないという友達の発言、リョータの脳内に顔の見えない男が彩子を遠くに連れて行くイメージが湧いた。そのショックで、リョータは膝から崩れ落ちた。
「あぁ!また制服汚して!もう!!」
彩子は前に回り込み、リョータの腕を引いて立ち上がらせた。すると、リョータは目を真っ赤にして今にも涙が溢れそうだった。
「泣くんじゃないわよ!男でしょ!」
「だって……アヤちゃんが遠くに行っちゃうから……」
「えー、もう昔のことじゃない。確かに、あれからすぐ引っ越しちゃったけどさ」
「引っ越し?何の話し?」
「は?6年生の時の話しじゃなくて?」
噛み合わない話しに、リョータの涙は引いた。
6年生、引っ越し、思い出の場所、ピアス、あやこ。
「そんな都合のいいことあるもんか。だいたい、俺の人生はワリと、いや、かなりツイてない」
リョータの中で、都合の良い妄想が繋がっていく。これは夢じゃないのか、とリョータは自分の頬を抓った。
「何言ってんのよ、私と再会してんのにツイてないワケ無いじゃん」
彩子は大きなため息をつくと、屈んでリョータの膝の砂をはらった。
「でも、私、初恋なんて言ってないから。みんなが勝手に騒いでるだけ。だって、そんな雰囲気じゃなかったじゃない、あの日の私達」
あの日。お互い攻撃的だったし、2人とも家族や捜索に来ていた大人たちに叱られた。
「さ、戻りましょう。もうリョータと一緒に叱られたくないし」
歩き出す彩子の後をリョータは追った。海に慣れているリョータは直ぐに彩子に追いついた。
「アヤちゃん、いつ、気付いたの?」
「いつって、高校で最初に話しかけられた時だけど?私、てっきりアンタは知っててふざけてるんだと思ったのよ」
最初からそっけなかった彩子はまさか、リョータも気付いていてふざけていると思っての態度だったのだ。
「でも、この人、気付いてなんだな〜。と、思ったら、面白くなって。このまま卒業まで黙ってようかな〜?なんて思ってたんだけどね」
彩子は楽しそうに笑った。あの時、秘密基地で笑わなかった彼女は今、こんなに楽しそうに笑うようになったのだ。
「リョータの秘密基地で見たキレイな海が忘れられなくてね。見に来たくなっちゃったのよ。時間帯も違うし、私は制服で登れなかったけどさ」
いいね、リョータは上がったんでしょ?とリョータを覗き込む。彩子のその瞳がキラキラと輝いていた。
「うん。もう基地はもう面影もなくて、ただの崖の一部だったけど」
「そっか」
「また来ようよ。夜の海はキレイだよ」
「もう抜け出せないわよ」
彩子は後ろで手を組み、海を見ながら歩く。リョータももちろん、この修学旅行中も2回も抜け出そうとは思っていない。次に沖縄に一緒に来れるとしたら、個人的に行くしかないのだ。
「大人になったら、とか」
リョータはチラリと彩子の表情を覗いた。彩子は海を見ているので、リョータからはどんな表情をしているかは見えない。
「んー、まぁ、考えとくわ」
断られなかったことにホッとしたリョータは彩子の隣を歩いた。できれば、少しでも長く隣を歩けますように、と願いながら。
その後、彩子を心配したリョータが、班のメンバーとの合流場所まで同行すると「どういう事!?」と女子に騒がれるのだった。一方、リョータも前日までの落ち込みが嘘のようにご機嫌だったので男子には不思議がられた。
翌日、移動時に集合した女子が「彩子が戻ってきた時、リョータと一緒だった」と言うと「ついに付き合った!?」と盛り上がるのだった。