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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ/暗い

    sketch 西暦2188年。沖野司は人類最後の楽園となったコロニーから青く輝く地球を見下ろしていた。ナノマシン汚染により残った人類が通常の生命の終わり、俗に言う寿命を全う出来ないことは最早明らかであった。

     だけど――と、青年は考える。
     寿命、つまりヒトが何歳まで生きるかは所詮統計情報に過ぎない。DNA分析である程度の予測は可能となり、ナノマシン治療により前時代に比べて病死が大幅に回避されたにしても余命には考慮すべき変数が多すぎる。生物の死は個体の資質や生活習慣に留まらず、周囲の状態、例を挙げるならば大気中の物質や細菌、放射線等への暴露といった環境要因と、ストレスの言葉で端的にまとめられる社会的要素から生じる疾病リスク、そして災害や事件事故などといった身も蓋もない不運が複雑に絡みあっているため「結局いつ死んだか」が全てだ。
     子供の頃に一通りの情操教育は受けているため、ペットでも人間でも苦楽を共にした相手が世間一般の平均よりも早く死を迎えたとなれば誰もが強い悲しみを感じることは理解している。しかし残念ながら沖野にはそのような相手がいなかった――いたかもしれないが今日に及んで消息を気に留める程ではなかったので実感として感じたことはない。耐用年数五年を見積もっていたハードウェアが一年も経たずデータ諸共使い物にならなくなった時はとても不愉快な気分になったが。
     それに、一般にまだ若いと言われる自分の身に対しても別段、長く生きたいだとかまだ死にたくないなどと考えたことはなかった。平均寿命のデータを目にした時にはまだこんなにも人生が長いのかと呆れる程である。いや、自分の生活習慣では平均よりも短そうだが、それで特に不満はない。なかったはずだ。

     瞼を閉じ、ある人を思い浮かべる。再び開けば未だ美しいと形容に足る姿で見える惑星がある。
     地球という人類の生きる場所は計算上の惑星寿命よりも、克服しつつあった環境問題の限界よりも、破滅的な地殻変動や隕石衝突よりも遥かに早く終わりを迎えた。宇宙空間に残されたいくらかの人間はまだ安全な状態で生きてはいるが、衛星軌道上のこの場所は恒久的な人類の生存圏として機能するように作られてはいない。外部からの補給が無くてはいずれ生命維持に限界が訪れる。人類は詰んだ。
     だから自分を含めてまだ生き残っている人間が寿命を全う出来ないことについて、起こった感情は「そうか」の一言だった。「結局いつ死んだか」なのだ。

     先日、身寄りのない子供が保護されたと聞いた。正確にはデータベースに年端もいかない少女が新規に登録され、共に来たはずの父親のIDがその数日前に抹消されていたのを見つけて経緯を察した。これも最早当たり前のことだ。この少女とて残された時間が少し増えたに過ぎない。

     残された人類は「箱舟計画」に人類継続の望みを賭けるらしい。沖野にとってその意義は無いに等しいが、限られた生存資源を分け合うための義務だと解釈して参画を続けた。面倒を起こして立場が悪くなるのは自分だけではない。予定より大幅に繰り上がった納期もどうにかクリアした。

     しかしこのところ、意志決定者の間で議論未満のつまらない口論が増えている。彼自身も技術分野において重要な意思決定者として名を連ねているため、口にした内容は民主主義的多数決の頭数に入れられる。
     寿命が全う出来ないという状況は人をここまで追い詰めるらしい。沖野には分からない感情だ。
     沖野は元より弁の立つ方ではなく、合理性を優先した意見で他人を怒らせることが多い自覚はあった。改善する必要性を見出せないままこの歳になり、得た処世術は余計なことは言わないの一点。故に、口論に口を挟むなどしない。
     だが口を挟まないから意見が無いというわけでもない。むしろ双方の理論が破綻していることを把握しながら黙っているのはそれなりに苦行であった。地球最高峰の頭脳が集まっているはずの場所でこれだ。こういった人間の愚かしさについては常日頃から、それこそ幼少の折から感じていたことなので落胆はそれほど無い。人類なんか滅ぶなら滅んでしまえ。

     それが沖野司の見て来た世界であり、眼下に見る地球に対する感想だ。
     止めていた足を動かし、目的の部屋へと向かう。不機嫌を隠せない表情は少しでも柔らかくなっただろうか。
     結局いつ死んだかが全てだ。けれど一人だけ例外がある。
     比治山隆俊。これから会うことの出来る歳の離れた恋人だ。
     彼には死んでほしくないし、うんと長生きしてほしい。自分より先に死なないでほしいけど、自分が先に死ぬと彼が悲しむだろう。それは嫌だ。生命維持の限界できっと一緒に命を終えることが出来るから、それだけは幸いだ。


    「どうして人は仲良く出来ないのかな」
    「……ツカサがそれを言うとはな」
     部屋を訪れると案の定、比治山は沖野の機嫌を指摘して子供のような不平に苦笑した。
    「明日は雹でも降るか?」
     宇宙空間でそんなもの降るはずがない。だがそれが彼の故郷の古い冗談であることを知っている。
    「僕は雪の方が好き」
    「なら雪が降るといいな」
     窓を模したディスプレイには日本時間に準じた空模様が表示されるが、雪になるとしたら当分先の季節だ。
     甚だしく非合理的で意味のない会話だ。なのにそれがどうしようもなく心を満たす。堅物と称される比治山が沖野だけに向ける眉や口元、頬や目の柔らかい表情がこのような応酬を続けたいと思わせる。彼には明日も笑っていてほしい。そして、僕を笑わせてほしい。きっとずっと幸福な気持ちでいられるだろう。
     沖野がこの優しさを他の人間に向けることは難しい。先日保護されたような不運で無垢な子供相手であれば少しは装っていられるだろうか。いや、やはり面倒である。心にそんな余裕があるならばそれは比治山にこそ捧げたい。彼から教わった人間の情は全て、彼がされて嬉しいと思った事柄だろう。初めて持ち合わせた優しさというものを返すのならばそれは彼であるべきだ。
     我ながら子供染みていると自嘲しなくもない。天才などと言われても人格の方は不自然に歪んだ幼稚な人間なのが沖野司である。口論で貴重な日々を食いつぶす人々と何ら変わりない。
     それでも――。
    「どうした、ツカサ」
     沖野は腕の回りきらない厚い身体に寄り添い、深く息を吸った。
    「愛してる、隆俊」
     世界など救えない。世界など創れない。人間は嫌いで、長く生きれば生きるほど下らないと感じるのだろう。
     それでもこの愛だけは下らなくない。結局いつか死ぬのなら愛せるだけ愛したい。


     翌日、二人は鳴り響く緊急警報によって目を覚ました。
     発電エリアの壊滅的破壊により人類は明確に余命を突きつけられた。
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