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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    比治沖。海の話の続きの銭湯。

    群青ではない僕らの 1.2 湯気に煙る天井を仰ぎ、自分はどうかしていたと沖野は溜息を吐いた。他人からすればそれは湯の温かさに気を良くしているだけに見えただろう。
     比治山を海に連れて行ったのは隠し玉である12番機兵の場所を教えるためだった。浜辺から岬を指して「何かあったらあそこに集合だ」と伝えておけば勘の良い彼の事だ、たとえ沖野が居なくとも不自然な指定場所に意図を察するはずだ。それで仕込みは完了――だったはずだ。
     しかし沖野の足は誘われるように汀に向かってしまった。後から聞いたところによると比治山の声も耳に入っていなかったらしい。気が付いた時には腕を掴まれ、足が滑るままに海中に沈んでいた。
     自分がどんな感情でそんな馬鹿げた行動を取ってしまったのかまるで分からない。海に浮かんだ上着、内側に仕舞われたままの手紙、その封がいつまでも開かないことに一丁前に傷ついていたのだろうか。柄にもない。
     ここが公共の湯でなければ浴槽に頭まで沈めてしまいたいところだ。
     代わりに額に落ちてきた前髪をかき上げる。当然ながら桐子の三つ編みはない。湯に入るのに邪魔にならない男の髪だ。
     海から上がってすぐ、沖野は凍え始めた。水を含んだ長い髪は重く、首元から肩へ際限なく冷たさを伝えてきた。着替える前にウィッグだけ外して歩こうかと思ったが、それは恥ずかしかった。水気を絞るのに編み目を解いたのも失敗だった。だが比治山がどぎまぎしていたので良しとする。
     ……良しとするのか、僕は。
     その比治山は沖野から遅れて浴場へ入ったのでまだ体を洗っている。番台に海で遊んでいて転んだと申告したら水道を貸してくれたので潮まみれになった制服を濯いでいたのだ。比治山は機械を使わない洗濯に慣れている。セーラー服をちゃんと洗えるのか心配だったが、沖野があまりに凍えているので心頭滅却して預かるとのことだった。
     比治山くんは面白い。
     河原で水浴びをして風邪をひいていたのは誰だったか。決戦が近いのにそんなことになっては笑えない。幸いにも熱めの湯が既に身体を芯から十分に温めていた。
     一通り洗い終えた比治山が手拭いを片手に隣へ入ってきた。

    「すまないね比治山くん。君もゆっくり温まりなよ」
    「俺は鍛えているからな。これくらいどうということはない」

     比治山が湯へ身体を沈めると海のように波が立ち、浴槽から溢れ出た湯が気持ちのいい音と共に排水溝へ流れていく。沖野の座るあたりの湯もゆらゆらと揺れて煽られて、つい盗み見た。
     彼は非常に恵まれた体格をしている。まず身体の厚みというものが違い、湯の上に出た肩だけでも立派なものだ。長髪をまとめているから普段よりもよく分かる。浮力の助けがあったとはいえ、腕を回して捕まっているのはなかなか大変だった。
     同じ水の中でも風呂と海では随分違うもので、無言で隣り合う時間に沖野は今更のように気恥ずかしくなった。ここには生命の温度がある。湯は殆ど透明だが浴槽と洗い場とで色味の違う青いタイルが生活の場を彩っている。
     1944年、セクター5の海中に12番機兵を隠した時、沖野は必死だった。誰も信じられない。もしもの時の切り札である搭乗機。一機だけで世界を救うことは出来なくとも、最後まで足掻くために必要なカードだ。誰にも知られてはならない。ずぶ濡れになってあの浜から這い上がった。絶望している暇なんかなかった。今もだ。

    「のぼせそうだから先に上がってるよ。ゆっくり温まってくれ」
    「ちゃんと髪を乾かせよ」
    「わかってる」

     とはいえ服を買った時の袋に乱暴に突っ込んだウィッグはどうしたものか。
     しっかりと温まった身体の水気を拭い、身支度を整えていく。ふと比治山の脱衣かごを見るとあの手紙が目に入った。濡れてしまったのを少しでもどうにかしようとタオルに挟まれているのがいじらしい。抜き取ってみると弱った糊が今にも剥がれそうになっているが、まだ封は開いていない。

    「……これを拝借すると流石にバレるな」

     彼の眠っている間にすり替えるとするか。どのみち、こうも見た目が違っては気づかれるがすぐに読まなかった方が悪いのだ。沖野は元通りに手紙を戻して比治山を待った。
     もうしばらくはまだ、日常だ。


    2023.02.20
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