Let my jealousy dance,Let your jealousy dance.4 今週は待ちに待ったバレンタインデーなのだが、当日は日曜日のため学校でしか会えない者たちには金曜日が決戦と言えた。
先週の日曜日に胡蝶家に集まり、皆で大賑わいでチョコレートを作り、思い思いのものを作ることが出来た。
それぞれの想いを込めて、当日が過ぎていく……
‡ ‡ ‡
この間はすっごく楽しかった!
禰豆子は万全の用意を調えて今日は学校に来ていた。
チョコレートは教えて貰ったとおりに改めて家でも作ってみて上手くいったのでそこは自信がある。
後は実弥さんに渡すだけ……だよね!
何処で渡そうかとキョロキョロと探していると、前方から炭治郎、それに伊之助と善逸ががやって来て声をかけてきた。
「どうしたんだ、禰豆子? こっち高等部だぞ」
「お兄ちゃん、さ……不死川先生、見なかった?」
「不死川先生? あっちで見たと思うけど」
見つけた!
「有り難う、お兄ちゃん。あ、はい、チョコレート」
「家で渡せばいいのに」
受け取りながら炭治郎はそう言った。
「いいの、此処で渡すからいいんだから。伊之助に善逸さんもどうぞ」
ささっと二人にもチョコレートを渡し、
「おう」
「ね、禰豆子ちゃんからのチョコ! 有り難う!」
さらりと受け取る伊之助と感動している善逸に対してにこやかに禰豆子は対応する。
「どういたしまして、それじゃあ」
手を振り、その場を直ぐ後にして禰豆子は実弥を探そうとしたが、その前に彼の方が彼女の前に現れてくれた。
「……不死川先生! あの……」
「……おい、今、黄色いのに渡してたなァ」
いかにも面白くないと言った様子で実弥は言い、明らかに不貞腐れていた。
「だとしたら何ですか?」
唐突に絡まれ出したので禰豆子も思わずムッとする。
「……面白くねェ」
その言葉で禰豆子は気が付いた。
……それってもしかして、もしかしなくてもヤキモチ! 実弥さんが! なんて嬉しい!
嬉しくてつい顔がにやついてしまう。
「なァに笑ってやがる……」
ヤキモチが嬉しくてなんて素直に言えないので禰豆子はすまし顔になって、渡すべきものを取り出した。
「実弥さんには実弥さん専用でちゃんと作ってます。善逸さんたちには買ったチョコですよ」
スッと差し出し、頬を染める。
「特別は……実弥さんだけだし」
「お、おう……」
そこは素直に受け取りながらも照れくさい。照れくさい、が、一つ気に食わないことがあるのは変わりない。
「だけどなァ、あんなのに渡すことねェだろうが」
「それを言うながら実弥さんだって他の子たちから受け取ってるじゃないですか」
実弥が持っていた紙袋いっぱいのチョコレートをのぞき見しながら禰豆子が言うと、実弥はそうじゃないと慌てて言い訳をする。彼にしてみれば事実なのだが。
「いや、これはだなァ、勝手に机の上に置いてありやがってだなァ?」
「……どうせ胡蝶先生からも貰ったんでしょう?」
「なんで知ってやがる?」
「別にぃ。大人の魅力ですよねー、胡蝶先生は!」
禰豆子が嫌味めいてそう言うと、実弥はやや力を入れつつ彼女の頭をぐりぐりと撫でてやった。
「うー、痛いですよ?」
確かに胡蝶カナエは昔、彼が憧れた女性ではある。殺伐とした鬼殺の生活の中で朗らかでのんびりした彼女に癒やされていたのは事実だ。
尤もそれは彼女の死によって恋になる前に終わってしまったが。
「心配しねェでも今更心変わりもねェよ」
それは嘘偽りない本音。今更、禰豆子にいなくなられても困るのだ。それこそ前世の関係がなかったとしても、だ。
「……そうでないと困ります……」
少し寂しげに俯く少女に男はぽんっと今度は優しく頭を撫でてやる。
「チョコ、有り難うよ」
「それ、愛情たっぷりですからね! 実弥さんの好みに合わせてちゃんと和風テイストですよ!」
「ふうん?」
可愛らしくラッピングがしてあるそれを眺めながら、
「開けていいのか?」
「実弥さんにあげたんだから勿論です」
了承を貰うと実弥は一見乱暴に見える仕草で、しかし丁寧に包装を開けていく。
……本当優しいんだから。
こういう然り気無い優しさが彼らしく、そして最早惚れた弱味というやつだろう、結局禰豆子はヤキモチを焼いても許してしまう。
「抹茶かァ、成る程なァ」
「ちゃんと練習したし、味見もしましたから!」
「そこは別に心配してねェよ」
包みを開けるとそこには禰豆子の言うとおり、抹茶のチョコ、それにもう一種類入っていた。格子状に入れられたそれは彼が見ても洒落ていた。
「へえ、凝ってるな」
「しのぶさんと蜜璃さんとカナエさんに教えて貰ったんです」
「ま、お前も器用だしな」
チョコを一つつまみ、口に運ぶ。すると抹茶の味が口に広がった。
「旨ェ」
素直にそう言い、禰豆子に向かって笑った。その笑顔にぱーっと禰豆子の顔も明るくなった。
「本当ですか?」
「んなことで嘘、言うかよ」
「よかった!」
「大事に食う」
「えへへ、頑張った甲斐がありました!」
こんな笑顔を見ることが出来て、実弥こそ有り難い気がしていた。尤も照れくさいので口にはしないが。
「あんま、遅くなるなよ」
「はあい」
一緒にずっといられないのは残念だけど、チョコを渡すことが出来たので禰豆子としては万々歳の結果であった。
「……偶然、帰りが一緒になれば話は別だろうがよォ」
そんなことをぽつりと実弥が言うと、それだけで禰豆子は彼が言わんとすることを理解する。
「はい、偶然なら仕方ないですよね」
そう明るく微笑い、言葉を形にしないまま唇だけ動かして応えた。
待ってます――と。
‡ ‡ ‡
「どうしたんですか、悲鳴嶼先生?」
職員室の窓から見える風景に行冥が戸惑っていると、カナエが声をかけてきた。
「いや……不死川と竃門妹がそこにいて……」
ちらりと行冥が見遣った瞬間、実弥と禰豆子がいる様子が窺え、それがどう見ても親密な関係に見えたのだ。
「ああ、不死川君と竈門さんですか。何でもあのお二人は前世で夫婦していたそうですよ」
そう言えばそのことについては彼に伝えてなかったなと今更カナエは気が付いた。そして彼女もそんな二人を直接見たのは今日が初めてであった。
「……成る程、それを知らないのは私だけか」
「いいえ、知らない人は結構いると思いますよ? そもそも私もしのぶやカナヲから聞いているだけですし」
詳細はよくは知らないが、カナヲがよく知っているとしのぶが言っていた。丁度日曜日には禰豆子にもあってはいるが、個人的に話をしたわけではないので結果的にはよく知らない、が正解だった。
「微笑ましい光景ですよね。それで、です、行冥さん。今週の日曜はバレンタインデーなんですよ」
「む、そうらしいな。今日は生徒たちが浮き足立っていて……」
そう言いかけた途端、行冥の前に差し出されるのはシックなリボンが巻かれた包装された箱が一つ。
「と言うわけで私から愛を込めてです、チョコレート。バレンタインデー当日の日曜日にもお逢い出来ればもっと嬉しいですけど」
「私に? ……その、日曜は特に用事はない……」
戸惑いながらも返事をするとカナエは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたのお好みに合えばいいのですけど」
自分なりに調べ、考え作ったものではあるが、本当に好みに合っているかまでは食べて貰うまで分からない。
「……有り難う。日曜には私からお礼をするべきだな。こんな立派なものを貰ったのは初めてだ」
お菓子などは子供たちから貰うことはあるが、改めての贈り物としては行冥が初めて貰うチョコレートだった。
「それでは私が一番乗りですか?」
「ああ、そうなる」
「それはとても光栄です」
二人きりの職員室の中、どちらからともなく微笑み合い、何とはなしに傍に寄っていく。
「日曜は何処に行きましょうか?」
「また猫カフェも悪くない」
「そうですね、楽しかったですから」
バレンタインだというのに猫カフェという行冥にらしいと思うカナエだった。
‡ ‡ ‡
「た、炭治郎、チョコレート……今年も受け取ってくれる?」
毎年渡しているとは言え、いつもこの時には緊張すると思う。それは貰う側の炭治郎もそうなのだが。
「か、カナヲ、いつも有り難う。お返し頑張るね」
「ううん、炭治郎が美味しく食べてくれるならそれでいいよ。今年はね、頑張って自分で作ってみたから。味は姉さんたちに保証して貰ってる!」
そこは肝心なところだとカナヲは思う。幾ら恋人補正があろうとも味は大事だ。
「……カナヲの手作り」
思ってもみなかった展開に炭治郎は思わず喉を鳴らした。
「ね、カナヲ、食べてみてもいい?」
「え、うん、どうぞ」
可愛らしい包みを出来る限り丁寧に開け、箱を空けた。するとチョコレートが目に入るが、見た目からして美味しそうだ。
「有り難う、凄く嬉しいよ! これは食べるの勿体ないな」
「食べて……」
一つ、手に取り、それを口に運ぶとチョコレートの甘さと苦みが上手い具合に混ざり合って彼の好みにとても合うものだった。
「凄く旨い! 本当にカナヲは器用だな。これならいくらでも食べられるよ!」
「そう言って貰えると嬉しい。また作るね」
大切そうに、そして美味しそうに食べてくれる恋人の少年を眺めながら頑張った甲斐があったと心から胸を撫で下ろす。
「うん、楽しみだ。だってカナヲから貰えるだけで嬉しいのに更に手作り! 今日は本当に特別な日だよ」
にこやかに満面な笑みで炭治郎はそう言い、カナヲにはその笑顔が眩しくて、そして嬉しくて仕方ない。
「ねえ、日曜日、一緒に何処か行かない?」
「日曜日、いいよ」
きっとバレンタインデー当日なんて気が付いてない、だけどそんなところがカナヲは炭治郎らしくて好きだった。
多分、当日気が付いて大慌てするんだろうな。
そんなことを考えるだけでカナヲは当日が楽しみで仕方なくなるのだった。
‡ ‡ ‡
放課後、漸く捕まえた恋人にアオイは照れくささもあって視線を外しながらチョコレートを渡した。
「はい、伊之助さん」
「お、チョコか。さっき、禰豆子から貰ったぞ?」
それを聞いてムカッときたアオイは伊之助に向かって言い放つ。
「あんたねえ、義理と本命くらい理解りなさいよ!」
仮にでも何でもなく二人は恋人同士なのだ。時折それをちゃんと分かっているのかと尋ねたくなることもあるが、こんな日にそう言うことはないと心から思う。
本当にもう!
「アオイの手作りか」
包みを見る限り、伊之助の知る売っているチョコレートではないらしいことは理解した。そうなれば料理上手のアオイのことだから作ったのだろう、そう推察した。
そうとなれば食うしかない!
伊之助はそう決め、渡された包みを乱暴に開けていく。やはり早く食べてやらねばと思ったからだ。
箱を空ければ予想通りにチョコレートが入っており、先程食べた禰豆子のものより旨そうだった。
ひょいと一つ、二つ摘まんだかと思うと、さっさと口に彫り込んでいく。
「旨え!」
口に広がるのは彼の知るチョコレートの中でも一等旨さを感じるものだった。
「綺麗に包んだのに……もう」
困ったように言うものの、アオイは夢中で食べている伊之助の姿に安堵したようで、その表情は微笑っていた。
「んなのよりとっとと食いてぇ」
「今年は結構、頑張ったんだからしっかり味わいなさいよ」
「何言ってんだ、アオイのはいつも旨えだろ」
「……理解ればよろしい」
然り気無い褒め言葉にアオイは照れくささを感じながらも伊之助の顔をに付いているチョコレートを自分のハンカチで拭ってやるのだった。
‡ ‡ ‡
「玄弥さん、どうぞ」
すみは帰宅しようとしていた玄弥を見つけ、慌てて呼び止め、チョコレートを渡した。
「お、俺に?」
「ご迷惑でなければ受け取って戴けると嬉しいです」
此処で受け取らないのは駄目だろうと思い、玄弥はすみからの包みを有り難く貰った。
「そっか、わざわざ有り難うな」
「お口に合うといいです」
「いや、合わねえってことはねえと思う」
そう答えながら包みを見れば手作りだと言うことがよく伝わる。
俺のために……?
そう思うと照れくさいが、同時にとても嬉しいと感じた。
「大事に食わせて貰うな」
「はい、食べてくださいね。いつも助けて貰ってますからお礼です」
「俺こそいつも助けて貰ってるだろ?」
「そんなことはないですが、そう思って戴けるなら嬉しいです」
愛らしい笑顔でそうすみが言うと玄弥は自分の鼓動が早くなるのがよく分かった。この状況になるのは目の前の少女がいる時だ。この感情は何だろうかはまだ分からないが、気持ちは心地よい、心からそう思う。
すみも玄弥にだけこうしてチョコレートを渡す意味を考えるが、答えは自分の中で保留する。
そのまま二人で互いの気持ちに気が付かないまま暫し談笑する。
端から見れば微笑ましいカップルにしか見えないのだが、まだ当人たちにはそれは早いらしい。
横目でそんな玄弥とすみのやりとりを眺めながら、なほときよは善逸にチョコレートを渡した。
「はい、善逸さん」
「どうぞ、先輩」
「なほちゃん、きよちゃん、有り難う! 俺、大切に食べるからね!」
チョコレートこれで三つ! 三つめ!
可愛い女の子からチョコレートをゲットした嬉しさで目一杯、爽やかな笑顔の善逸を見つめながら、なほときよはため息を付いた。
「いつもそのくらいにしていればモテるのに」
「本当……」
ぽつりと言ったその言葉は残念ながら当人には届いてないが、二人とも伝える気もないのでそっと玄弥とすみの様子を陰ながら見守るのだった。
‡ ‡ ‡
「伊黒さん!」
「甘露寺? どうして此処へ?」
思わぬ訪問者に驚きながら小芭内は慌てて彼女の元に走り寄る。
「今日来るのは当たり前よ、だって日曜日はバレンタインデーですもの! だからデートのお誘いに直接逢える学園に来たの」
にこやかな笑顔で蜜璃がそう言うと、小芭内は感動していた。
「わざわざ俺に渡しに来てくれたのか」
「直接手渡しのがいいかなって思って……駄目だったかしら? 職場に来るのはよくなかった?」
言われた途端、小芭内は凄い勢いで首を振り、否定する。
「い、いいや、とても嬉しい、有り難い。寧ろ感謝している」
「それならよかったわ。それにきっと生徒さんからもチョコレート貰ってると思って……」
そう言いながら持っていた紙袋を照れくさそうに小芭内に渡した。
「いや、俺は別にチョコレートは貰っては……」
そう小芭内が言いかけるが、その前に蜜璃が遮ってチョコレートについて伝えた。
「その、手作りなんだけどお気に召してくれたら嬉しいわ」
て、手作り!
その言葉を聞いただけで小芭内としては気絶するかと思うほどの衝撃を受けた。愛しい彼女が自分という男のために作ってくれたのだから然も有りなん。
「お、俺のために?」
「勿論よ、伊黒さんに喜んで欲しくて頑張っちゃったの」
「だ、大事に食べる。寧ろ保存して……」
どうやって保存しようかと考えていると、蜜璃がダメ出しをした。
「伊黒さん、ちゃんと食べてね。駄目になっちゃったら勿体ないもの」
それは小芭内にしてみても本意ではない。それならば大切に大切に食べることにしよう。そう思った。
「お口に合えば嬉しいんだけど。あ、変なおまじないとかは入ってないから!」
「甘露寺のことは信頼している」
寧ろそのまじないが何であれ彼は受け入れること、間違いない。
「……愛情は沢山籠めたの」
信頼しているという言葉を嬉しく思いながら蜜璃は照れくさそうにそう言った。
「有り難う、甘露寺。これは本当に大事に食べる」
「……伊黒さんの好みに合うかしら」
「心配はない。甘露寺が作ってくれたのなら必ず合うとも」
有り得ないがそれが激辛だろうが、激甘だろうが小芭内は喜んで食べるだろう。彼女が作ってくれただけで好みに合う、そう言うことだ。
「か、甘露寺、その、もしこの後時間があるなら食事でも……仕事は一段落しているから少し待ってくれれば」
「嬉しいわ、伊黒さん。丁度、私からもお誘いしようかと思っていたの」
折角逢えたんだものと微笑う少女に男は見惚れながら深く深く頷き返すのだった。
「……あ」
今気が付いたという様子の蜜璃に小芭内が心配そうに尋ねた。
「どうした、甘露寺?」
「私たち、名前で……呼び合うって決めたのに戻っちゃってて」
そうだ、二人で決めたことだったのに長年の習慣とは恐ろしい。
「あ、うん……その、蜜璃、有り難う」
名を呼ぶことに未だに緊張はするが、それでも自分から呼ぼうと決めて小芭内は彼女の名を呼んだ。
「どういたしまして、小芭内さん」
蜜璃も彼の名前を口にする時はとてもドキドキするけれど、それがとても嬉しい。
夕焼けの中、初々しい恋人たちが寄り添うのだった。
‡ ‡ ‡
「……」
いつも通りに薬学研究部の部室でしのぶは義勇と落ち合っていた。そして義勇の片手にある紙袋を見つめる。その中にあるのは幾つものチョコレートであるのは聞くまでもなかった。
恋人の冷たい視線にたじろぎつつも義勇は言い聞かせるように言う。
「言いたいことは分かるが、話は聞け」
「……はい」
「お前の思うとおりのものがここには入っているが、これでも名前の分かるのは返したんだ」
見回りのついでにまだ残っている生徒がいれば返して回ったのだ。受け取らないと約束したのだからその行動は彼にしてみれば当然だった。
「え、何て言って返したんです?」
わざわざ返したという言葉に驚きつつ、しのぶは尋ねた。
「俺には決めた相手がいるから受けて取れない、と」
「……生徒相手にそう言ったんですか?」
「学校でその手のは禁止されていると言っても聞かないのでな」
義勇にしてみれば規則などどうでもいい、受け取るわけにはいかない、それが理由だったから。
「ああ、指輪の効果もあったぞ」
彼の右指に光る指輪は彼に恋人がいることを示している。それはチョコレートの数を減らすことには貢献していたらしい。
「そ、そうですか……それは何よりでした」
ほっと胸を撫で下ろすしのぶを見つめつつ、今度は義勇が問うた。
「それよりお前」
「はい?」
「俺以外にもチョコをやっていただろう?」
見たくもなかったが、授業の合間などに見えた光景の一つにそういうものがあったのだ。どう見ても親密な関係には見えない相手ではあったが、義勇にしてみれば面白いはずもない。
「全部、義理ですよ。去年までやっていたことを急に止めるのもどうかと思いまして。部活の後輩とかに渡しただけです」
イメージというものが私にもあるんですよとぼやいた。流石にこれまで築いてきたものを打ち崩してしまうような真似は残念ながら出来なかった。ただ今年は明らかに義理と分かるタイプのチョコしか購入しなかった。そこだけは線引きしたのだ。
「なら来年は……」
コホンと咳払いをしてから義勇はしのぶを真っ直ぐ見つめて一言言う。
「俺だけにしておけ」
その一言は誰より聞きたい言葉で、彼の口から聞きたかったわけで
「……はい、そうします」
来年になればイメージだの何だの気にしないですむ上に彼だけに贈ればいい。そう思うだけで心が躍った。
「……はい、義勇さん」
背中に隠し持っていたチョコレートの箱を義勇に差し出した。
「今年しか学校で渡せないから……受け取ってくれますか?」
「……ああ、有り難う」
差し出された箱を手に取り、義勇は嬉しそうに微笑う。
「頑張って手作りしましたからね、味わってくださいよ?」
「勿論、そうさせて貰う。今食べるのは勿体ないな」
今すぐに開けて食べたい気もあるが、折角ならゆっくり味わいたいとも思う。
「ほんの一口だけ食べてくれてもいいんですよ?」
「……そうするか」
実は先程からしのぶの作ってくれたチョコレートを食べてみたくて仕方なかったのだ。
彼女らしい装飾の包みを開ければカードが一枚……それにはI love you.と彼女の綺麗な筆跡で書かれていた。
「改めて書くと照れくさかったです……」
「うん、俺も照れくさいな……だが、俺は果報者だ」
次いで箱を空けると丁寧に作られているチョコレートたちが目に入った。
「チョコレートケーキも考えたんですけど、学校で渡すなら食べやすい方がいいかなって」
「お前が作ってくれるなら何でも嬉しいがな」
言いながら一粒取って己の口に運んでいく。
少し苦みの利いたそれは彼の好みにとても合っていた。少しアルコールを感じたが、それも上品な味わいを醸し出していた。
「お酒、少し入れてみました。後、苦めのチョコレートと」
「うん、旨い。流石、しのぶだな。俺の好みを分かっている」
ゆっくりと味わいながら義勇はしのぶを引き寄せる。
「有り難う……」
そう言いながらしのぶの唇に己のをそっと重ね、抱き締める。
「まだ学校ですよ?」
「ん、分かっている。つい嬉しくてな」
「そんなに喜んでくれます?」
「惚れた女からのチョコレートだぞ? 喜ぶに決まっている」
「頑張った甲斐がありました!」
「今日も胡蝶家に戻るか?」
「……今日は一緒に帰りたいです」
この一週間はチョコレート作りのために実家に戻っていたのだが、それは今日で終わり。だから彼と一緒に家に帰りたい、そう思った。
「俺もお前と帰りたい」
そう言ってもう一度しのぶを抱き締め、唇を重ねる。
「義勇さん、大胆ですよ?」
「もう直ぐ此処で逢えなくなるからな」
「それはそうですけど……」
口づけは少し苦いチョコレートの味で、それなのにとても甘かった……
「いつものところで待っていてくれ」
「はい、待ってます」
義勇は会話をしながら丁寧にしのぶのチョコレートを包み直し、手に持つ。
「その袋に入れてもいいですよ?」
わざわざ一つを別に持つのは大変だろうと思い、しのぶがそう言うと義勇は即座に答えた。
「お前のを他のと一緒には出来ん」
「……! あ、有り難う御座います」
自分のチョコだけ特別に思ってくれていることが嬉しくて、思わず彼の手を取っていた。
「全部、此処で食べてもいいですよ」
「それでは勿体ないからな、帰ってからゆっくり味わいたい」
「……はい」
そうして互いに暫し見つめ合い、微笑い合った後、二人で部室を後にするのだった。
‡ ‡ ‡
甘い甘いチョコレートで繰り広げられる恋模様はやはり甘い甘い物語。
恋人たちはそれぞれの想いを描きながら想いを伝え合う……
Happy Valentine