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    五夏師祖/全年齢
    離反後たまにあって体の関係を持っている話

    #五夏
    GoGe

    結ぶ「あ」
     新たな一年がはじまるその時、最初に聞いた声は耳に馴染んだ男のものだった。
     夜のにおいの残る毛布の下、背後から聞こえてきた声になに、と返してやる。喉に違和感があったのはどうやら思い違いではないらしい。湿った空気の漂うそこへ、掠れた声が落ちた。
    「誕生日おめでとう、傑」
     そう言われて初めて日付が変わったことに気づき、ああ、と気の抜けた声を発した夏油は、時刻を確かめようとナイトテーブルへと手を伸ばした。しかしその手は、声と同じく背後から伸びてきた手によって止められてしまう。
    「それは後で。今は僕だけにして」
     後ろから抱き竦めてくる体が一層ぴたりと身を寄せた。引き締まった厚みのある体が擦り寄ってくるさまは、どこかネコ科の動物を髣髴とさせる。
     夏油はこうして五条と夜を過ごす際、連絡手段であるスマートフォンの電源を落とすようにしていた。理由は明快で、ふたりの時間を余計な連絡によって邪魔されたくないからだ。
     夏油とその親友の五条が関係を持つようになって、もう十年が経つ。元より距離は近い方だった。同じ布団で眠ったり、ふざけてキスしたり、親友と呼ぶには近すぎる距離を長年歩いてきたのだ。彼の隣から離れ、ひとり別の道を歩むこととなり立場の異なる今もこうして時折逢瀬を重ねている。
    「時間を確かめようとしただけだよ」
    「電源入れたら通知に気を取られて僕の相手してくれなくなるだろ」
    「私はそこまで薄情な男では……いや、そうだったね」
     思い当たる節があるためそれ以上言い募ることができず、観念して手にした端末をテーブルの上へと置いた。伸ばした腕を大人しく引っ込め、毛布の中へと戻そうとした時、大きな手がそれを掴んで指を絡ませてくる。その甘えてくるような行為に夏油は困ったように笑って口を開いた。
    「一番に祝ってくれたのは悟だよ、ありがとう」
    「当たり前だろ、そのために今夜空けてたんだから」
     この忙しい僕が、と拗ねたような口調で言葉を紡いだ五条は、もう片方の腕でもって夏油を引き寄せる。長い髪を潜ってうなじへ寄せられたくちびるがちゅ、と音を立てた。
     あの五条悟が時間を作ってでも誕生日を祝う相手など、きっと自分しかいない。それは自惚れでもなんでもなく事実だった。十年以上の付き合いがその事実を確固たるものとしている。
     愛されている。特別に扱われている。それは、学生の頃から変わっていない。ただひとつあの頃と異なる部分は、この関係に名前がないことであった。
    「悟は朝まで時間あるんだったね」
    「ん、ギリギリまでここにいる」
    「私も君が出ていくまでこうしていようかな」
     指と指の隙間に差し込まれた節くれだったそれを絡ませて、わずかに身じろぐ。五条の腕の中で心地のいいポジションを見つけると、ゆったりと背中を預けて目を閉じた。その合間にもうなじへのキスは止まず、押し付けてきたくちびるが時折肌を吸い上げる時に生じる小さな痛みに眉を寄せ、それを逃すために熱の籠もった息を吐き出す。
     かつての五条と夏油は確かに恋人だった。誰よりもお互いを特別に想ってきた間柄だった。それが瓦解したあの夏、夏油はその手からすべてを切り捨てた。やりたいこと、やらなければならないこと、それへの道筋。それらが食い違うことになった今、五条にとって夏油は敵に他ならない。それでも時折こうして顔を合わせ、体を重ねてしまう。呪詛師であり非術師を殺すことを厭わないこの手で、彼の心に触れている。そのことに罪悪感を覚えつつも、五条の手のぬくもりに安堵する己を自制することができずにいた。
    「傑」
     夜のにおいの残るしっとりとした声が耳へと注ぎ込まれる。その声音には、長い付き合いである人間にしか気づくことができないほどの僅かな疲れが滲んでおり、それを労わろうと腹に巻きつく腕へ手を伸ばしかけて、やめた。彼がこうまでして予定を詰めていることのひとつに、己の影響もあることがわからぬほど夏油は愚鈍ではない。そしてそれを心配する資格すら持ち得ていないことも理解している。だから、指を絡めた。戯れの延長でしかないとそう言い聞かせるために。
     名を呼ぶ声には応えない。目を閉じ、ただ背中に伝わる鼓動を感じていた。彼の生きている証が肌へと伝播するその心地に、詰めていた息を吐き出してなんとか体裁を保つ。五条が死ぬわけがない。誰にだって、殺されるわけがなかった。それを最もよく知っているのは夏油なのだ。それなのにどうしても彼の心音に安堵する自分がいる。
     今日も生きている。生きて、触れて、名を呼んでくれる。夏油にとってそれがすべてであった。
    「もう寝ちゃう?」
     ま、いっか。と応えることのない体をゆるりと抱いたままひとり呟く。長い髪へと鼻を埋めるようにして身を寄せ、息を吸い込む音がした。事後の体はどうしても汗の感触が残りお世辞にもいいにおいだとは言えないと夏油は思っているが、五条はそんなことを気にする素振りすら見せず夏油のにおいを肺へと送り込む。これは学生の時分から変わらない。時間の巡りが尋常な人間よりもずっと速いのであろう彼が、落ち着く、と穏やかな声を漏らしたあの瞬間を、今に至るまで胸に刻んでいる。吐息まじりの心底安心したような、やわらかな若い声色を追懐した夏油の胸はぎゅっと痛み、五条にそれを勘付かれないよう眉を寄せた。
     元に戻ることなどできない。少なくとも五条と自分だけはそれを望んでなどいなかった。過去をなくすことも轍を振り返ることもできるはずがないのだ。それが多くの屍の上に築いた己の大義への道筋だからだ。後悔などない。未練さえも。しかし、こうして彼に触れることで心臓が悲鳴をあげそうになって、それがどうしようもなく苦しかった。それは、ひとときの安堵のために得る代償としてはあまりに重い。
    「どうせ朝になったらいなくなるんだろ」
     責めるような言葉は学生の頃の彼よりも低く響くが、そこに隠された幼さは変わらず残っている。夏油は何度か躊躇い、そして口を開いた。
    「悟が起きないからだよ、その言い方だと私が悪いみたいじゃないか」
    「普段は物音ひとつで目が覚める。熟睡させるオマエが悪い」
     起床して去る際に五条が目を覚まし、何を言うでもなく背中を見つめていることを夏油は知っている。そのためその先の言葉を紡ぐことができなくなり、曖昧に濁して笑った。きっと五条もそれをわかっているのだろう。それ以上それについて触れることはなかった。
     静かだった。ゆっくりと流れる時間の中で、ここだけはどこよりも穏やかに夜が深まる。じっと黙り込んだふたりの呼吸と衣擦れの音だけが、簡素な室内へと響いた。
    「傑」
     長い沈黙を破ってぽつりと落ちた声に胸がざわめいた。呼びかけているのか、ただのひとりごとなのか、まだ判断がつかない。息を潜めてその次を待つ。
    「すきだよ」
     体に回された腕を引かれると同時に聞こえてきた言葉は、シーツに肌が擦れる僅かな音に飲まれて消えていく。先ほどより更に密着した体から心音が伝わらぬよう、そっと息を吐き出した。
     五条はこうして時折好意を伝えてくることがあった。若い時分の青春ごっこを思い出したかのように夏油に甘く囁いてくる。それを見て見ぬふりしてやり過ごすのはもう何度目かわからない。
     こういった類の言葉に今の夏油が応えたことは一度もなかった。最中の睦言は返す余裕がないことでごまかせていたが、こうして落ち着いた頃誰に聞かせるでもなくひとりごちる声に、唯一残った心のやわらかい部分をそのまま掴まれている気分になる。これといった目的のない言葉だ。打算も下心もない純粋な好意。だから余計に苦しかった。積み上げてきたものを壊し、何もかも汚してしまう前の、あの輝いていた青臭い頃の時分に引き戻されてしまう感覚さえ覚えた。
     だから、こみ上げてきたものを無理矢理に飲み込んでまぶたを閉じる。感傷に引きずられることはない。生半可な覚悟で道を違えたわけではないのだ。
     だけど今このひとときだけ、繋いだ指を握り返すことを許して。これが彼と見える最後になるかもしれないのだから。
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