序章の序奏俺の人生は至って平凡。当たり障りのない面白げのないものだと思っていた。
……あの時までは
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序章の序章
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幼い頃から俺は、物語を作り出すことが好きだった。
在り来りな冒険譚、よくある恋愛もの、なんでも書いていた。
家族や友達、色んな人に読んでもらって、笑ってもらって、俺はすごくすごく嬉しかった。
それでも世界は残酷で。
中学にあがり、もっと色んな人に読んで貰いたい、と思い、文芸部に入部した。コンクールにも出した。
でも、結果は得られなかった。
あげく、2年の頃に部員が足りずに廃部。親からも「いつまでも遊んでいないで勉強しろ。」なんて言われるようになった。
それでも書くことは辞められず、高校に入っても、ひっそりと書き続けた。俺だけの物語を。
……それを、クラスのやつらが面白がって晒したんだ。
掲示板に張り出して、勝手にサイトにアップして、俺は笑われ者になった。
なんで?なにがいけないの。俺はただ好きな事をやっているだけなのに。
なんで、否定されなきゃいけないんだ。
……あぁ、今思えば、ひとりだけ、あの子だけは俺の物語をいつも読んでくれてたな。読んで、面白くない、って一蹴して、また読ませて、って笑ってくれた。顔も名前も思い出せない、優しい子……。
そんな事があって、俺は不登校になった。
親の罵声、学校からの催促、近所の眼、全てから逃げるように、俺は書き続けた。
誰にも見せることない、物語たちを。
偶然見つけた今は亡き小説家。彼のような物語を、書き続けた。
いつの日か、夢を見た。
あの子が、笑っていた。栗色のふわふわとした髪を揺らして、優しい少し緑がかった目を細めて、いつもみたいに「お前の話、面白くない。けど、また読ませて」って。
その子が一冊の本を差し出したんだ。
タイトルのついていない、黒い本。
そして目を覚ます。
机の上には、あの子がくれた黒い本。
読まなきゃ、呼ばなきゃ
そう思って、ページを開いた。
現れたそれは、白紙のページのような存在だった。
何も知らない、無知で純粋な塊。
そう、俺は、かの神を、世界を統べる魔王を“純粋”だと思ったんだ。
「ねぇ、俺の物語を読んでよ。」
あの子に言ったセリフと同じものを、何故か投げつけた。
理解なんてされるはずないのに。
「あ、見えないんだっけ。じゃあ、俺が読むからさ。聞いててよ。
……あった、これ、一番最初に書いた話なんだ。」
俺はそれに物語を聞かせた。
理解されないとわかっていたのに、でもそれは大人しく俺の言葉に身を委ねていた。
……ちょっとかわいいな、なんて。
「........そうして、少年は自分の帰る場所を見つけたのでした。めでたし、めでたし
……どうかな?」
黒い塊を見上げる。それは、ぐちゃぐちゃと耳をつんざく酷い音を鳴らしながら、なにか形を取り始めた。
伸びる四肢、揺れる栗色、光る翡翠。
それは、その子は、興味無いように俺の方を見ると、一言。
「つまらない」
そう言った。
そして、
「けど、もっと読ませてよ」
そう、笑った。
ふわりと、小首を傾げて、目を細めて。
俺の大好きな笑顔で、笑った。
これが、俺とかの神の出会いの話。
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少しだけ、それからの話をしよう。
それからも俺は書き続けた。狂ったように……いや、狂っていたのだろう。
書き続けたんだ。あの子のための物語を。
彼はそれを読んで、「つまらない」なんて一蹴して、「もっと」と強請った。
「んー……ネタ切れだなぁ……。なにかいいのないかなぁ
……外、行こっか。」
服を着替えて、あの子の手を取って、部屋の扉を開く。
「さ、いこ」
帽子を深く被って、マフラーに顔を填めて、冷たい彼の手を握って。
約一年ぶりの町は、なんにも変わらず、俺に厳しい現実だけを突きつけてきた。
「あの子──さんの家の息子じゃなかった?」
「あぁ、あの不登校の……」
「気味が悪い、何も無いところに話してるわ」
「あいつまだ生きてたんだ」
「だれ?」
「あ、妄想男じゃん。知ってるあいつさぁ」
「うわきもすぎ」
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
やっぱり外なんか出るんじゃなかった、誰も、誰も俺のことを認めてくれない
見つけてくれない
もう、いなくなってしまいたい
「聞いちゃダメだよ」
無表情の彼が、無感情の神がこちらを見つめる。
なんだか無性に泣きたくなって、人目もはばからず、彼を抱きしめて泣きじゃくった。
彼の手が周りの雑音をかき消してくれた。
彼の心臓が生きてていいよって囁いてくれた。
生きていく理由が無くなっていた、でも、君がそう言ってくれるなら……。
しばらく泣いて、一息ついて落ち着いて、彼を見つめる。
いつもみたいな笑顔。
「帰ろう」
彼の手を引いて帰路に立つ。
もう周りの雑音は聞こえなくなっていた。
彼の声だけが、俺の世界になった。
もう見たくない現実は見えなくなっていた。
彼の存在だけが、俺の世界になっていた。
俺は、君のためだけに生きよう。そう誓った。
これが、俺がおかしくなった時の話。
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最後に語るは、この“世界”ができた話。
ネタ集めのために流していたニュース。
とある街で起きた猟奇的で残酷な連続殺人事件。
それを見ていた彼が言ったんだ。
「これ、面白そうだね」って。
だから俺は、いつもみたいに物語を小説にするんじゃなくて、脚本にしたんだ。
俺の用意した脚本で、あの子が用意した舞台で、俺の記憶から生み出された人達が演じる。
それが、この“世界”。
観客はあの子だけ。
俺の大事な、大好きな神様。
俺の大切な、大好きな幼馴染の身体をした、かみさま。
君のために書き続けるよ。
飽きたら、壊してくれて構わない。
暇つぶし程度に考えてくれててもいい。
ただ、いつか、いつか、
君に絶対、「面白かった」って言わせてやるから。
それまでは飽きないでね。
君に届けたかった気持ちを込めて紡いでいく愛の物語たち。
それが、俺の描く物語。
これが、これからの俺たちの話。