宝箱の維持今度こそ絶対、何を犠牲にしても。
宝箱の維持
朝5時。目覚まし時計の音が鳴る。
脱走もできないので、とりあえずこの暮らしに順応する。パワーから昔の話を聞くたびにデンジへの嫌悪感は少しずつ減ってきた。だからと言ってここから出たい気持ちがなくなったわけではない。今はここで暮らしながら出る方法を考えるしかない。
学校に行ってないから早起きしなくてもいいのだが、パワーが「ご飯は3人揃って食べたい」と言うので、それに付き合っている。出かけるデンジの時間に合わせて食事を用意するためには早起きしなければならない。なお、張本人はぐうすか寝ており、怒りを通り越して呆れるばかりだ。
今日は簡単にトーストと目玉焼きとサラダでいいだろう。作っているとデンジが起きてきた。
「アキ、おはよ」
「おはよ。パワーを起こしてきて」
「パワ子ちゃんまだ起きてねえのかよ、仕方ねえな〰」
デンジとパワーは仲がいい。たまに2人で喧嘩して、酷いときにはデンジがパワーに噛みつかれたりしているときもあるが、ちょっと経つと仲良りしている。本当の兄妹のようだ。
パワーが起きてきて3人が食卓に揃った。早速朝ごはんを食べようと思った矢先に、食卓に並んでるラインナップを見て、パワーが吠え始めた。
「毎日毎日同じような飯ばかりじゃ!ワシが帰ってきたというのに、豪華な飯が一度も出ておらんではないか!」
また始まった。呆れながら「いただきます」を唱える。
「聞いておるのか?!」とパワーが喚いているが無視だ。ご飯作ってやってるだけありがたいと思え。
「デンジもそう思っとるじゃろ?!」
俺では埒が開かないと思ったのか、パワーはデンジに泣きついている。
「今でも十分豪華だろうが」
「いやじゃ〜!焼肉すき焼き寿司ステーキがいい〜!」
8割肉なメニューだ。実際に目の前に出されたら喜ぶけど、食べていくうちに絶対「飽きた」と文句を言われるに違いない。
肉を連呼するパワーに取り憑かれたデンジは諦めたのか声高らかに宣言した。
「しょうがねえな〰。今日の夕飯はすき焼き!」
「やった!」
「帰りに肉買ってくる」
デンジはパワーに甘い。呆れつつ、久しぶりのお肉らしいお肉はちょっと嬉しい。「ごちそうさま」を唱えながら夕飯に思いを馳せる。
朝8時。施錠の音が鳴る。
デンジが仕事に行った。
洗濯でもするかと思っていると、床に転がってるパワーが退屈そうにため息をついた。
「デンジをこき使えるのもだんだん飽きてきたのう」
「洗濯手伝えよ」
「いやじゃ」
こいつ全然家事しねえな。
「昔みたいに、3人でスーパーに行って好きなもの買って打ち上げしたかったんじゃが、難しいのう」
遠くを見るパワーは少し寂しそうだった。
「なんの打ち上げだったんだ?」
「大体強い悪魔を倒したときじゃな。デンジの命を狙った武器人間を捕まえたときの打ち上げは特に楽しかったのう。アキのバディを殺したやつでもあったから、そのときの打ち上げはアキもテンションが高くて、3人で食べたり飲んだり楽しかった」
パワーはデンジのいないときにこっそり前世の話をする。俺に思い出してほしいらしい。パワー自身も前世と同じように3人で暮らしていると、忘れていたことも思い出したりするようだ。懐かしさを感じたするわけではないが、パワーの昔話は面白くてつい聞いてしまう。
その後、パワーに手伝わせながら洗濯や掃除をすすめていく。
昼12時。電子レンジの音が鳴る。
今日の昼はレンチンパスタ。簡単に作れるので重宝している。また、パワーに野菜を食わせることができる数少ない機会でもある。
これに加えて、デンジが買ってきた冷凍フレンチドッグを温める。俺の地元ではフレンチドッグと呼んでいるが、内地ではアメリカンドッグと言うらしい。しかも砂糖ではなくケッチャプとマスタードをかけるそうだ。あの甘い生地にしょっぱいものをかける意味が分からない。
「フレンチドッグ!久しぶりじゃ」
「甘くておいしいよな」
パワーはフレンチドッグを頬張りながら懐かしそうに昔の話をした。
「北海道旅行も楽しかった」
「北海道?」
「アキは北海道が故郷で、墓参りで帰るときに連れて行ってもらったんじゃ」
俺の今の実家も北海道だ。驚いた。
パワーはとても楽しそうにたくさん話しているからきっと特に楽しかったのだろう。
「墓とホテルして行ってないが、3人でいるだけで楽しかった。また3人で行きたいのう」
「ここから出られたら案内してやるよ」
「それは良いな!楽しみじゃ。早く外に出たいのう」
午後7時。パワーの腹の音が鳴る。
夕飯の準備はとっくのとうに終わった。風呂も入り終わった。デンジはまだ帰ってこない。
「肉ははまだなのか?」
「今日は早く帰ってくるって言ってたのに帰ってこないな」
午後10時。チャイムの音が鳴る。
「あいつやっと帰ってきたよ」
それなのに、なぜか開けてはいけない気がする。めまいのような浮遊感。電話が鳴る。
「電話…。電話…でなきゃ」
いつまでも鳴るチャイムにおかしいと思ったのかパワーも出てきた。
「チャイムなっとるぞ。ドアは開けんのか?」
「あ…うん…ちょっと開けないでくれ」
「なんでじゃ」
なんで…なんでだろう。ぐるぐるまわる視界。受話器を持ち上げる。この人は何を言っているのだろうか。チャイムは鳴り続けている。
「なあ!なんでドア開けちゃダメなんじゃ?」
「なんか公安の人が…ドアの向こうにいるのは悪魔なんだって…」
パワーは怪訝な顔をしていた。
「何寝ぼけたこといっとんじゃ?まだデンジが帰ってきてないじゃろ。アイツが鳴らしとるんじゃ」
パワーは廊下に身を乗り出してドアに向かって叫んだ。
「なあ!デンジじゃろ?!」
チャイムが鳴り止んだ。
パワーにはその場から動かないよう指示してから恐る恐るドアを開けてみる。そこには悪魔のような頭と人間の体の何かが血まみれで立っていた。ところどころ切り傷や擦過傷が見られ、服はぼろぼろだ。思わず尻餅をつく。
「うわ、わ、わ」
「ア…アキ…パワー…」
何が話しかけてくる。怖い。動けないでいるとパワーが駆け寄ってきた。
「デンジ!なんで回復せずに帰ってきたんじゃ!」
「パワー…ごめん」
悪魔の部分がどろりと溶けて、いつものデンジが現れる。
「遅くなって…ごめんな」
目の前の出来事に処理が追いつかず、ただ立ち尽くすばかりだった。