宝箱での生活快適な宝箱。いきなり詰められたけど、慣れればとても暮らしやすい。でも帰りたい。
宝箱での生活
誘拐されて1ヶ月が経った。
どんなひどいことをされるかと思ったが、朝昼晩に飯が出て、夕方にはお風呂に入り、夜には暖かい布団でねていて、全てに誘拐犯が付いてくるという点以外は一般的生活を送っていた。
最初は怖くて怖くてたまらなかったが、10日過ぎたあたりから怖がっていることに体力を使うのがもったいなくて、図々しく使えるもの使うし、食べれるものは食べている。体力を落とさないよう筋トレもはじめた。逃げる準備をしていると勘付かれるかとおもったが、「アキは昔から筋トレ好きだよな…」と言われただけでお咎めなしだった。
誘拐犯のデンジはずっと家にいる。俺を見張っているのだろう。今は難しいが、いつか油断した時に絶対逃げてやる。
人間はまともな生活ができるようになると落ち着くようで、情報収集でデンジと色々なことを話すようになった。
「そういえばさ、前、デンジが言っていた、俺が大切なものっていうのはどういうこと?」
誘拐された次の日に、デンジから呼び捨てで敬語使わずしゃべるように言われたため、その通りの話し方にしている。
「…そのまんまの意味だよ。俺にとってアキは大切なんだ」
「一度も会ったことないのに?」
「アキは俺に会ったことないかもしれないけど、俺はアキに会ったことがあんだよ」
意味がわからなかった。父さんか母さんの知り合いなんだろうか。それにしてはデンジが若すぎるように思える。高校生ぐらいにしか見えない。
「そういえば、最近帰りたいって言わなくなったな」
「衣食住が保証されるなら帰らなくてもいいかなって思ったんだよ」
嘘だ。
顔が引き攣ってないか、変に身体が強張ってないか、気にしながら嘘をつく。デンジの前では絶対に油断してはいけない。
「ふ〰ん。じゃあ俺もそろそろ働くかな」
「働いてたんだ!」
「なんで驚いてんだよ、これでもれっきとした社会人なんだぜ?」
千載一遇のチャンスは思ったより早く来るかもしれない。
「じゃあ、いってくるな。ご飯はちゃんと食べろよ」
「分かった。いってらっしゃい」
早く行け。長くいなくなれ。
そう思いつつ手を振ると、デンジははにかんだ。
「こういうの、懐かしくていいな」
俺は曖昧に笑った。
何が懐かしいのだろうか。
デンジを見送った俺は家捜しをすることにした。仕事に行くというのは罠で、俺が本当に逃げないか確認している場合も考えられる。もしかしたらドアを開けたらデンジがいるのかもしれない。相手を油断させるためにも、逃げる準備をするためにも、まずはこの家の中を探していく。
まずは寝室を探すことにした。
寝室に貴重品を置いている家庭が多いとドラマでやっていたので、もしかしたらこの状況を打開する何か糸口があるかもしれない。
寝室に置いてある引き出しを片っ端から開けていった。実は隠しカメラとかあるのではないかという疑いも持っていたのだが、ただものが入れてあるだけだった。使えるものはなさそうだなと思いつつ、最後の引き出しを開けると、数枚の写真が出てきた。ほとんどは女の子とデンジが写っている写真だった。以前は女の子を誘拐したのかと思ったが、その女の子はデンジが大好きだったのだろうと分かるぐらい笑顔で、もしかしたらデンジの妹なのかもしれない。他は、麻色の髪の女性と黒髪の青年が写っているものが1枚あった。ぶれていて顔がよくわからなかった。
時計を見ると、そろそろ夕飯の時間だ。本当に仕事に行っているならばデンジも帰ってくる頃だろう。風呂に入っている間に、レンジでスパゲッティを茹でる。風呂から出たら、茹で上がったスパゲッティに市販のミートソースをかけて夕飯完成。一応デンジの分も同じように作っておく。
デンジが帰ってくるまで待とうかと思ったが、目の前の夕飯が美味しそうなので先に食べることにした。
いつ帰ってくるか分からない中での家捜しは思っていたより緊張していたようで、夕飯を終え、皿洗いをして片付けて、洗濯を終える頃には眠くなってきた。
そんなときに鍵の開く音が聞こえた。デンジが帰ってきたようだ。
「ただいま〰疲れた〰」
「おかえ…なんだその格好?!」
デンジは血まみれで、服もいたるところが破けていた。
「どうしたらそんなに血まみれになるんだよ!手当しないと!」
「あ〰、これ全部返り血だから手当てはいらねえよ、風呂入ってくるな」
そういってデンジは血まみれのまま風呂場に歩いて行った。
その後、風呂から出たデンジはいつも通りの姿だった。いつも通りご飯を食べて、一緒に寝た。
布団の中でものすごく怖くなった。今、俺は、とんでもないものの巣にいるのではないだろうか。相手は人間だと思って油断していたのは俺の方だった。