宝箱の鍵暮らしやすいここは恐ろしい何かの宝箱
「宝箱の鍵」
血まみれのデンジが帰ってきた日、俺は布団の中で怖くて眠れなかった。人だと思っていた隣で寝ているそれは得体の知れない何かで、自分は殺されるかもしれない、死ぬより辛い目にあうかもしれない。そう思うとすごく怖かった。
でも、外に出れないのも、両親や友達に会えないのはもっと嫌だ。今まで何も考えずに享受してきた日常に戻りたい。しかも、デンジは仕事と称して、相手に出血させるようなことをしてるならば、自分の身も危ないかもしれない。悠長にしてられない。
この家は内側からドアを開ける時にも鍵が必要なドアになっている。そのため、デンジが仕事に行っている時は逃げられない。逃げるならばデンジが寝ている夜中しかない。
早速家捜しをしていると、大きな骨壷や女の子の服と共に犬用と思われるリードが出てきた。以前、引き出しに入っていた写真の女の子のものだろう。逃げる時に使えそうだ。
次の日、デンジが「今日は遅くなる」と言って仕事に出かけた。デンジは眠りが深い方で、疲れている時はほとんど起きてこない。今日がいいかもしれない。
デンジは宣言通り、夜遅くに帰ってきた。
「おかえり」
「アキ!寝ててよかったのに」
「デンジのこと待っていたかったんだ。早く風呂に入ってきてね」
風呂からでたデンジとご飯を食べて、一緒の布団に入った。デンジは疲れていたようですぐに寝息を立て始めた。
デンジが寝入ったと思われる時間から1時間後、俺はトイレに行くという体で起き上がった。トイレに行く途中でリードと鍵を回収する。鍵はデンジがいつも同じ場所に隠しているからすぐに分かった。
トイレから寝室に戻る最中に不安に襲われた。逃げられなかったら、デンジが起きてきたら、途中で捕まったら、罠が仕掛けてあったら、協力者がいたら…
考えても意味のないたらればが頭に浮かんでくる。
でもやるしかないんだ。覚悟を決めろ。
寝室の前で深呼吸をする。寝室に入り、デンジを見るとまだ眠っていた。少し安堵する。
寝室に用意していた紐をデンジの脚に結びつけ、その紐にリードの首輪を引っ掛ける部分をつける。反対側の手持ち部分はベットの脚に結びつけた。
「アキ…」
「起こしちゃったか、ごめんな。水飲んだらすぐ戻ってくるな」
「うん…」
デンジはまた眠ったようだ。その姿は高校生ぐらいの子供にしか見えなかった。
台所に向かうフリをして玄関に行く。うまくいきそうな期待と緊張で心臓はバクバクだ。ドアに鍵を刺し回すとドアが開いた。
外だ!
久しぶりの外は広かった。肌寒さも気にせず出て行く。ドアを閉める時に振り返ったが、デンジは起きていないようだった。
夜道を走る。早く自由になりたい。交番があると1番いいが、人がいて電話を貸してもらえるならお店でもいい。希望をもって走る夜は綺麗だ。
走り疲れた頃、交番が見えた。
本当に今までの日常に戻れるかもしれない。
「お巡りさん、誘拐されてました、助けてください」
お巡りさんに名前と住所を伝えた。捜索届が出ているか確認するらしい。その間に電話を借りて父さんに連絡をとることにした。数コール後、「もしもし」という父さんの声が聞こえた。やっと帰れるんだ、そう思ったら嬉しくて涙が出てきた。
「父さん!」
「アキ?」
「こんな夜中にどうしたんだ?」
これは子供を心配する親の声だ。でも子供が誘拐されてたとは思えない声音で、戸惑った。
何かがおかしい。嫌な予感がする。もしかしてが本当になりそうで、目の前がぐらぐらする。
「俺、誘拐されてて…」
「誘拐?デンジくんと一緒じゃないのか?」
この扉は開けてはいけないものだったのかもしれない。
「父さん、デンジ知ってるの…?」
「知ってるも何も」
「デンジくんは父さんの命の恩人なんだ」
「アキ、帰ろう」
あーあ、最悪だ。
その後、デンジは父と親しげに話し、デンジと喧嘩してデンジの家から家出したことになっていた。
お巡りさんとも知り合いのようで、デンジが今後このようなことがないよう注意すると話し、交番から追い出されてしまった。
デンジに手を引かれながらデンジの家に向かう。空を見ると星がきらきら光っていた。
またこの家に帰ってきてしまった。デンジはドアが閉まると同時に、泣きながら俺を抱きしめていた
「アキ、いかないで…俺を1人にしないで。もう抱きしめられないのはもう嫌なんだ…今度こそ俺が守るから、死なせないから…アキ、アキ」
幼子のような泣き方だった。
ただ、俺には目の前で泣いてるデンジの心配よりも、殴られたりしなかったことへの少しの安堵と、逃げられなかったことへの絶望が多くを占めていた。
なんで俺なんだろうか。