おうちでできること 例えばアイスがその筆頭。そもそもが向いていないものばかりだけれど。
片手が塞がるのが致命的。まぁ、これはほとんどがそう。冷たいのもいまはいただけない。一気に食べると腹が冷えるから、ゆっくり食べるしかなくなるわけで。もうひとつは溶けていくこと。制限時間があるから放っておけない。あげく、このタイプは溶けたら手を汚す。この手でぺたぺたと触れたら確実に汚れてしまうだろう。
まぁ、ゲーム中にものを食べるなという話だ。
それでも俺はいま、アイスを食べている。厳密に言うと、食わされている。
俺がポッキンソーダと呼んでいた、馴染みのないアイスだ。ガリガリくんに真ん中から切り取り線をいれたみたいなこのアイスは棒が二本ついていて、はんぶんこを前提に作られているものだとわかる。(そう、俺は三人兄弟だから無縁のアイスだったのだ)
コイツはたまにこれを買ってきて俺と食う。当然だけど、円城寺さんといるときは買ってこない。これは二人用だから。
これは三人では食えないだろう。でも、一人だったら食べてしまえる。コイツはものをたくさん食べるし、俺の味玉とかは取るし。ただ、独り占めが好きなわけじゃないみたいだと、そうだったらいいな、と思ってる。コイツは必ず、これを食べる時にはアイスをポッキンして半分を俺に渡す。
で、今。俺はゲームをしていて、コイツはどうしてもポッキンソーダが食べたいようだ。
別にゲームをやめても死なない。でも、ポッキンソーダを食べなくても死なない! いや、むしろゲームをやめたら仮想世界の『たける』は死んでしまうのだから、人の命がかかってるのはこっちのはずだ。
まぁ、そんなことは言わないけれど、ポッキンソーダはやんわりとお断りした。やんわりとお断りしても強行突破されそうになったから、今度は強めにお断りした。そして、いまのこの状況が出来上がっている。
俺の両手にはゲーム。コイツの両手にはアイス。そして、コイツの右手──の、アイスは俺の口元。まるで、雛鳥だ。
いや、俺が雛鳥でもコイツは親鳥に絶対向いてない。コイツが棒状の、ともすれば凶器になりかねないものを俺の喉元付近にうろつかせている。バラエティのおでんよりも危険なのだ。それでも俺は諦めたように口を開け、ポッキンソーダを歯が痛くならない程度に噛み砕いては喉を潤す。
あ、と口を開けるとそこにはアイスがそうっと侵入してくる。視界にちらつくそれに意識が逸れかけて、ボスのド派手な攻撃を受けて一瞬で『たける』に戻ったり。一瞬だけ認めた指先にちょっとだけ雫がまとわりついている。
不思議な感覚だった。だって、コイツはどう考えても食う側だろ。円城寺さんとかに餌付けされてるイメージ図が容易に浮かぶ。俺の邪魔をしないでただ食べさせてくるってのも大概だ。絶対にちょっかいをかけてくるに違いない。このゲーム機、防水だっただろうか。今までポテチだって箸で食って汚さないようにしてきたのに。
ゲームから顔をあげないとコイツの顔が見られない。それでも、数秒のロード画面。暗転した液晶にコイツの顔が映ってて。
(あ……)
なんか、のんびり笑ってた。のんびりってのも違うのかな。見慣れない、優しい笑顔だった。
「……ゲームはいいのかよ」
つまらなそうな声と、かち合う視線。
「……いまのでセーブはいった」
振り向けばコイツはちょっと意外そうな顔をしてて、あの優しい笑顔は幻みたいに消えていた。でも、確かに見た。
「あ」
少し大きく、口を開く。コイツの手が器用に動く。ああ、そういえばコイツって両利きだっけ。ゲーム機をそばに置いて、舌を出す。
(アイス、渡してこないんだな)
俺は両手をあけたまま、残り半分くらいになったアイスに噛み付いた。砂時計の砂を無理やり下に落とすみたいな乱暴さで、喉に棒が刺さりそうなくらい深く、コイツの指先すら噛みちぎってやろうかと、一息に、大きく。
コイツは動かない。コイツの左手にあるアイスが、じわり、汗をかく。
「あ、」
あーあ、って思った。びしょびしょに濡れたアイスの塊が床に落下する。コイツの左手がベタベタになって、床だってベトベトになって、俺の口の中にはアイスがたくさん詰まってて、コイツはずっと俺を見てる。こくり、液体になったソーダが俺の喉を伝う。
「……落としてる」
「……チビのせいだろ」
俺のせいじゃない。でも、コイツのなかではそういうことになっていた。コイツは両手に棒を持ったまま固まっている。どっちの棒にもアイスはついていないんだから、すぐにゴミ箱に捨ててしまえばいいのに。
コイツは両手をベトベトにして、ちょっとだけ途方に暮れているようにも見えた。こういうとき、どうしたらいいんだろう。たとえばタオルを濡らして持ってきたり、コイツを洗面所に誘導したり。でも、コイツといると、バカが移る。
そっと、その両手を握った。ふわりとソーダの匂いがして、俺の手もベトベトになって。そのまま、引き寄せて真っ白な手の甲に舌を這わせた。あー、こんな手じゃゲーム機を握れない。そんなくだらないことだけを考えながら。