冬空に硝煙 初めて人を殺した感覚を未だに覚えている。
大きい、壁みたいな背中。そこに思い切り体当たりをするつもりでぶつかった。
殺意はあった。死んでしまえと思ってぶつかった。どうしても、どうしても邪魔で、明確にその死を願って大きな背を押した。
セブンがその孤児院を訪れたのは、早い話が下見だ。そこにターゲットが通っていた。それだけの話だった。決して、慈善事業に目覚めたわけではない。
ターゲットは俗に言う地上げ屋の類だった。組織に依頼をしたのはその地上げ屋に立ち退きを強要されている孤児院の主、その人だった。報酬は決して安くないのに、人の命を奪うことなのに、孤児院の主は依頼を撤回することはなかった。それだけの覚悟を持って依頼をしたということだろう。
ならば、と。当然のことだが手を抜くつもりはなかった。セブンは限りなく、正義に近いことをするつもりだった。この殺しで、いくつかの小さな命が路頭に迷わずにすむのならば。
ターゲットはちょうど孤児院を出て行くところだった。先程まで罵声を吐いていた下品な口元が弧を描いている。セブンは純粋に腹が立った。余計な感情だとわかっていても、止められるものではなかった。
ターゲットは階段のほうに向かう。街並みと孤児院を繋ぐ長い階段。彼が階段を降りようとした時、物陰から少年が飛び出してきた。
あとは一瞬だった。
少年がターゲットを突き落とした。文字にすればたったこれだけのことだった。ゴロゴロと、そういったギミックかのようにターゲットが落ちていく。それを少年が見つめている。ターゲットの動きが止まると、少年もまた階段を駆け下りてターゲットへと近づいていった。見た限り、ターゲットにはまだ息が合った。
「まだ死んでいない」
セブンは近づいて、少年に声をかけた。
少年はビクリとこちらに向き直った。逃げ出したりはしなかった。
「……だれ」
「殺し屋だ。依頼を受けている。そいつを殺す」
そう答えたセブンは銃を取り出す。それを見つめる少年の目はこの鉄と同じくらい冷たい。
「それとも、お前が殺すか?」
拳銃を少年へと差し出す。その銃を躊躇いもせずに小さな手が取った。
「人を殺すのか」
「その覚悟で突き落とした」
「使い方は?」
「……教えてほしい」
しばらくして乾いた音が二発、よく晴れた冬の空に響いた。
「殺し屋のおじちゃん」「お兄ちゃんだ」「僕のこと、連れてって」「孤児院には?」「戻れない」「どのみち俺が殺してた」「殺したのは僕だ」「どーせ寝てんだからいいじゃねーか」「僕が選んだ」「それはクローの饅頭だから」「お願いがあるんだ」「おい、起きろ」「ああ、約束しよう」「起こすなって」「僕がもしも」「おい」「おい!」
混濁した意識が引き戻される。夢を見ていた。昔の夢だ。
「なんだ、呆けているな」
「昔の夢を見ていた」
初めて人を殺したときの夢だ。ひだまりのようなあの施設の夢はもう見ない。繰り返し夢に見るのは長い長い階段を転がる顔も忘れた男と、高い空に吸い込まれた銃声。
「昔の夢ねぇ」
興味もなさそうにファングが言う。
当然だけど、コイツも人を殺してきている。初めての殺しはどんなものだったのだろうか。僕と違って、震えたり泣いたりしたのだろうか。
繰り返し夢に見る光景。でも、涙を流したことは一度もない。僕のこの反応が正常なのかはわからない。ただ、僕はあいつを殺して良かったと思っている。それだけがとても怖い。殺してよかったと、心からそう思っている。みんなが帰る場所を守ることができてよかったと。ただ、だからこそもう二度とあそこには帰れない。
でも、今はセブンがいる。どうでもいいけど、ファングも。血なまぐさいホームもある。これはこれで悪くない。そう思ってしまう。
時々思う。僕は狂っているのではないか。いつからかなんてわからないけど、そう思う。
でも平気。僕の倫理はあの時からたまに迷うけれど、僕が間違えたらセブンが殺してくれる。そういう約束だから大丈夫。
だから安心して、今日も正義を執行しよう。