happy Mary,/隼武 眼の前で。嬉しそうに、ホールケーキにナイフを入れる3号機を、何となく見つめた。
やっぱりクリスマスは生クリームにいちごだよな!と、コイツが拳を握りながら言った、あの一言は。誰も何も反対はなく―と言うか、あれは有無を言わせん迫力だった。こと食い物に関するコイツの情熱は凄まじいの一語に尽きる。本当に。
そんなこんなでその日のうちに予約されてきたのは、一番でかいサイズのホールケーキで。一体誰が頼んできたんだこんなでかいものを、と、サイズを見せられて辟易したのは、とりあえず黙っておく。まあ、これを注文したのはきっとムサシ本人か、ムサシと弟にはやたらと甘いミチルさんの仕業だろう。
「サンタのとこは、元気ちゃんな!」
慎重を期するように、殊更ゆっくりとした拙い手つきで、丁寧に等分されていくケーキ。ゲッターを操縦しているときよりも、余程緊張した面持ちで、ケーキに刃を入れながら。それでいていつもながらに楽しげに、そう言って元気ちゃんを見るその笑顔は、この場に居る誰よりも幼い。
『僕はいいよー、ムサシさん食べなよ!』などと、俺達よりも幾つも年下の元気ちゃんにすら、そう返されて。『えぇ!そんなこと言うなよ!サンタは元気ちゃんじゃなきゃ駄目だろ!』と、慌てたように言い返す様も、まるで子どものようだ。…いいから、ナイフを振り回すのは止めろ。危ない上にクリームが飛ぶ。
そんな2人を、呆れたように見遣る俺の横で。リョウが楽しそうに笑いながら、俺を見た。
「なに、にやけてんだよ」
その顔で、言われた言葉に瞠目する。何を言っている、それはこっちの台詞だ、にやけてるのはお前の方だろう。一瞬で脳裏に浮かんだのはそんな言葉で。けれど、それが口から表に出るよりも先に、…ミチルさんがにっこりと笑いながら、こちらを見た。
「あら、いいじゃない。だってクリスマスなんだもの」
いつも仏頂面のハヤトくんだって、笑わなくちゃ、ねえ?
まるで何もかもを分かっている、とでも言いたげな笑顔に、嘆息した。…その、何か噛んで含んだような笑顔は止めて欲しい。意味深に俺を見遣る、その目線も。俺は、別に何も想っちゃいない。そう、…別に、何も。
「ハヤト!」
誰にともなく言い訳するように巡らせた思考は、掛けられた威勢の良い声に破られた。我に返って、声の方向へ眼をやれば。相変わらずの丸い顔に幼い笑顔が、屈託なくこっちを見ている。
「これ、お前の!」
そう言いながら、勢いよくこっちに皿を差し出してくるその手に、反射的にそれを受け取る。皿の上には、鮮やかな赤色の苺が乗った、少し不恰好な2等辺三角形と。…多分チョコレートで作られているのだろう、恋チャイをした、丸太の家。メインであるケーキよりも、余程存在感のあるそれに、思わず眼を見張ってそれを見遣れば。
「家のとこは、お前にやる!」
特別だからな!
先ほどと同じに勢い良く、…けれど何処か照れを隠したように、こちらへと掛けられる声。その声に、ムサシへと視線を戻せば。…声と同じように、少しだけ照れを隠した顔で、ムサシが笑う。心臓の奥が、…微かに、けれど確かに、跳ねるのが自分で分かった。『特別』の一語が、波紋のように耳奥で反響する。
無意識に、口元を手で覆ったのは、…緩む口を隠したかったからか。
そんな俺に、ミチルさんがまたもにっこりとした笑顔で俺を見遣って。リョウが、揶揄うようににやりと笑いながら、肘で俺を勢い良く突いた。
まるで、俺よりも俺の感情を分かっている、とでも言いたげな笑顔の二人に。…それでも今は、睨むよりも苦笑で返した。ああ、きっとそれはその通りなんだろう。自分の感情を隠し、上辺を取り繕うことなど、今までは造作もなかったのに。
ゲッターに乗って。この研究所に来て。…コイツと出逢って。確かに、俺は変わったのだろう。その変化が良いか悪いか、自分でも判断がつかないけれど。…それでも。
「…有り難う」
こんな言葉が、口から出るほどには。俺も、変わったんだろう。そんなことを想いながら、目の前で、未だナイフを持ったままのムサシを見遣る。
俺の言葉に、その丸い目が、嬉しそうに細められて。満面の笑顔で、俺に頷くのを見つめながら。…今度こそ、隠すことなく俺も、笑った。