最期に。(ゲタ無印/隼武) 俺しかいなかったんだ。ゲッターと死ねる人間は。ゲッターと一緒に死ぬなら、それは、絶対に俺だった。
ゆっくりと、格納庫に足を踏み入れて。見慣れた三色のマシンに、撫ぜるように触れる。冷たい感触は指に馴染んで、…これが最後だなんて嘘みたいだ。そんなことを思いながら、小さく笑う。機体の鮮やかな色合いが、滲んで掠れた。
これが、最後。
…これで、最期。
浮かんだ思いに、今度は苦笑した。こんな感傷的なのなんて、俺の柄じゃない。わざと乱暴に目をぬぐってから、顔を上げた。空を覆うのは、今まで見たこともねえような、無数の敵。地上にも、やっぱり数えきれねえくらいの敵が、研究所に向かってきているのが見えた。…嗚呼、やっぱり必死なんだ、あっちも。ゴールたち、ハチュウ人類も。
その光景を見遣ってから、大きく、ゆっくり息を吸った。手に持っていたメットを掴んで、頭に被る。ちゃんと、俺にも搭乗用のスーツだって用意されてたけど、一回このメットに胴着で乗っちまったからかな。この方がしっくりきて、それからずっとこの格好だった。最後までこの格好かよ、って言われるかもしれねえけど。それも、俺らしいんじゃねえかな。
『博士、最後の手段です』
ほんの数十分前に、自分で博士に言った言葉が、脳裏を過ぎった。最後の手段。その言葉に、迷いは無かった。だって、俺しかいないじゃんか。リョウは、マシンに乗れる状態じゃねえし。ハヤトは、あの研究所にこれからも必要な人間で。や、俺が必要ないとか、そう言う自虐じゃなくってな?そういうんじゃなくて。
俺しか居ないんだ。ゲッターと一緒に死ねる、人間は。
だって俺が、多分世界で一番ゲッターのこと好きだもんよ。なんたって、ゲッターに一目惚れして、この研究所まで押しかけたんだぜ?
なあ?って目の前のイーグル号に向かって笑ってみせたら。まるで笑い返してくれるみたいに、赤い機体に日のひかりが反射して。
…泣きそうになった。ひかりが目に、とても痛くて。
後悔なんてしない。欠片もしてない。だって俺しか居ないんだ、今、この瞬間に、あの大軍勢に向かって特攻出来る人間は。ゲッターと死ねる、人間は。
多分、これから迎える最期のときにも、後悔なんてしないだろう。
もう一度、ゆっくりと三色の機体を撫ぜて回って。それから、息を吐いて、乗り慣れた三号機のコックピットに座った。他の2機を自動操縦にして、自分のマシンだけ動かす。黄色の機体、俺のベアー号。その機体が空へと上昇した。もう帰ってくるのことのない、最後の道のり。
…真っ直ぐ、前だけ向いてようと思ってたのに。無意識に見てしまった、振り向いてしまった、地上の光景。瓦礫に化した、研究所の一部。
その、影から身を乗り出して、…俺に叫ぶ、あいつの、姿。
その顔に思わず笑う。…あーあ、なんて顔してんだよ。普段、クールだ冷静だって言われてる顔が、台無しじゃんか。折角の『いけめん』なのに。ミチルさんも言ってたじゃん、『ハヤトくんって、顔だけはイケメンなのにねぇ』って。そんなことを、楽しそうに話していたミチルさんと。よく分からねえって顔をしながらもミチルさんの話に頷いていたリョウと。ため息交じりに気のない返事をしていたハヤトの姿を思い出す。…あの時、俺は何を言ったんだったか。でも、絶対に笑ってた。だって、リョウと、ハヤトと、ミチルさんと。皆でいるときに、楽しくなかった訳がないから。
リョウ。ハヤト。こころのなかで、二人の名前を呟いた。…お前らといるときが、俺、最高に楽しかったよ。三人でいたら、何でもできる気がした。誰にも、何にも、絶対に負けねえってそう、信じてた。今だって信じてる。…だから。
だから、行くんだ。
もうすぐ、敵の攻撃範囲内だ。そろそろ合体しねえと、と、何に変形するか考える。やっぱりゲッター1かな、変形するのは。ほんとは3がいいんだけど。一番愛着あるしさ、やっぱり。でもここは、空でも陸でも闘える、ゲッター1が一番向いてるだろう。
そう思って、合体ボタンを押しかけて。…最後に、もう一度、地上を見遣る。
…こっちを見上げて、今まで見たこともないように必死の顔して。…きっと、俺に叫んでるあいつを、目に焼き付ける。視界が一瞬で滲んで、ちょっと見づらかったけど。でも、ちょっとでも長く、見ていたかった。だってさ、もうさ。
これが、最後だから。
これで、最期だから。
あいつを見るのも。見ることが出来るのも。…俺が、俺として。
早送りのような勢いで、下界が、視界から消える。目の前には、ただ、ただ広がる蒼と、それを埋めつくすみたいなメカザウルスの群れ。息を吸って、そのなかに突き進む。
俺しか居なかったんだ。ゲッターと、死ねる人間は。
だから後悔してない。これは間違った選択なんかじゃない。これは、俺にしかできないことだった。
ただ。…ただ。
なあ、ハヤト。こころのなかで、呼びかけるようにその名前を呟く。きっと、誰よりも口にしていた、奴の名前。呼ぶだけでなんだか嬉しくなった、あいつの名前。…なあ、ハヤト。もう一度、その名前を繰り返して。
「俺、もう少しだけでも」
…お前とおんなじ道を、歩いていきたかったな。
小さな声で呟いた言葉は、自分でもう叶わなくした夢だった。
俺たちの道は、此処で違える。でも、それでいいんだ。本当は、…お前の歩む道を、俺も一緒にいきたかったけど。お前が進む姿を、ずっと、隣で見てたかったけど。でも、これでいいんだ。だって俺は。
誰よりも、何よりも。…お前に生きててほしかった。
こころのなかで呟いた声は、もう誰にも届かない。でも、それさえもそれでよかった。だってこれは俺の勝手なんだ。あいつらに未来を押し付ける、俺の最後で最大の自分勝手。…本当にごめんな、勝手ばっかして。
苦笑するように笑った顔には、少しだけ涙が浮いた。そんでも、それをそのままにして、操縦桿を握る。
さあ来い、来るなら来い。俺たちの死は、無駄じゃない。これは間違った選択じゃない、俺は後悔なんて、絶対しない。自分を鼓舞するように、ベア―号の中でそう叫んで。
合体ボタンを押して、もう一度呟いた。ごめんなハヤト、今更だけど。もう、絶対届かない、けど。
俺、おまえのこと好きだったんだ。
息だけの声をかき消すように、機体が変形する。それに気づいた無数の敵が、一斉に押し寄せる。甲高い機械獣の鳴き声が聴こえて、鋼鉄の翼の羽ばたきが機体を覆う。
もう、音なんか届かないのに。
あいつの叫ぶ声が、もう一回、聴こえた、気が、して。
最期に、も一度呟いた。
『 』