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    ヨコカワ

    @wanwaninushizu

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    ヨコカワ

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    国内プロサッカー選手 rn × 地下アイドル後列組 isg

    ドルパロ--

    「よいぴ、今日も最高だったよ。アイドルになってくれてありがとう!」

     地雷系って言うんだっけ。黒とピンクを基調としたフリフリの洋服に身をまとった女の子が、差し出した俺の両手をぎゅっと握って幸せそうにそう言った。その目の中は人工的な色や模様が見えるけど、いつもキラキラと輝いていて、言ってくれる言葉が全て嘘でないことを示してくれた。

    「ありがと! やっぱこの瞬間が一番、アイドルやってて良かったって思うよ」

     ――本当に、そうだろうか?

    ***
     潔世一、20歳。都内の私立大学に通う極々普通の大学3年。学業の傍ら、"アイドル"をやっている。
     アイドルといっても、テレビに出るようなメジャーなアイドルではない。小さなサーキットイベントへの出演、キャパ200人くらいの小さな会場での定期ライブなどを週に何度か行う、所謂”地下アイドル”っていうやつだ。
    ライブ後に行う特典会が主な収入源で、特典券と呼ばれるチケットを購入すれば、その分話したり、写メやチェキを撮ることができる。これがメインといっても過言ではない。

     小さな頃からアイドルになりたかったわけではない。俺の夢は高校二年まで、揺らぐことなくプロサッカー選手だった。高校の部活動中に大きめのケガをして以来、その夢はポッキリ折れてしまったけど。
     今考えてみても、夢見がちな目標だったと思う。でも、当時本気でそれを志していた俺は、ケガをしてからどこか心にぽっかり穴が開いたようで、どこか満たされない日々を送っていた。
     これまでサッカーに充てていた時間を勉強に割いて、それなりのレベルの大学に入学した。入学から数週間後、どうせやりたいこともないんだから、給料のいい居酒屋か何かでバイトを始めようと思い立って、繁華街にある店に足を運ぶ途中でたまたま今のマネージャーにスカウトを受けたことが始めたきっかけだ。
     この秋デビュー予定のアイドルグループの1人が突然音信不通になってしまい、絶体絶命だと。君はうちのファン層に受けるから、どうかアイドルになってほしい。その辺のアルバイトよりは稼げると思う。と、道端で大人に全力で頭を下げられたのは衝撃だった。

     どのように断れば納得してもらえるか思いつかず困り果てながらも、サッカーと全く関係ない、こういう所に身を置いたら、うんざりするような日々も少しはましになるのだろうか。そんなことを考えてしまった。よく分からないけど、この人も相当困っているみたいだし……。

    「分かりました、話聞きます」

     こうして俺は、夢もクソもない理由且つ、半ば勢いに押される形でアイドルになった。

    ***
     自分で言うのもなんだけど、適応能力はある方だと思う。右も左も分からなければ、アイドルに興味もなかったけど、数か月の準備期間を経て、何とかアイドルグループのメンバーとしてデビューを果たすことができた。
     5人組で、メンバーはみんな俺と同い年くらいか、少し上。本気でアイドルが夢だった奴もいれば、俺みたいにアルバイトの延長みたいな感じでゆるっと入った奴もいる。各々が自由だったことが逆に功を奏したのか、揉めることもなく、誰かがトラブルを起こすこともなかった。
     大人気とは言わずとも、地下ドルの界隈ではそれなりの知名度を築きながら、今年の秋で結成3年目を迎える。俺は相変わらず大学に通いながら、今では毎回のように来てくれるようになった十数人の固定ファンと日々交流して、同じようなセトリのライブをする日々を送っている。

     パフォーマンスすることは、想像していた何倍も楽しかった。練習すればするだけ結果が出るし、その点ではサッカーと同じでやりがいがあった。盛り上がるファンの人の熱量もバチバチと心を刺激する。それまでぼんやり存在していた空虚みたいなものは、確実に埋められた。

     でも最近は、これでいいのだろか、なんて思うことがたまにある。人が何にハマった時、一番楽しいは最初の3年間で、あとは飽きていくという話を聞いたことがある。惰性のライブに、義務のように足を運ぶファン。このループに、また、塞いだ心の穴が開くような――。
     グループの後列にいることが多い俺は、自然と周りの動きに合わせることが癖になっていた。パフォーマンスはセンターがより映えるように。日頃から、メンバーとあらゆる系統が被らないように注意する。それがこの活動のつまらなさを加速させていることには、うっすら気が付いていた。

     ステージに立っている時、たまに思う。この場を全て支配できたらいいのにと。ソロパートで、観客の視線を集めている瞬間、いつもの自分がやっていることが途端に馬鹿らしく思えてきて。
     ーーもっと俺だけを見てほしい、1番になりたい。そんな衝動が、少しずつ、少しずつ増していた。

     それの衝動を止めるのは、同じく俺自身だった。3年目にしてセンターとか1番人気とか目指さなくてもいい。今いてくれるファンの子たちを大事にして、今年は就職活動頑張って、大学卒業と共にアイドルも卒業する。バイトみたいなもんなんだからーー。
     それで、いいのだろうか。俺はまた夢中になれそうだった場を半端に終わりにして、どこか穴の開いた日々を送るのだろうか。そうは思いつつも、何もできない日々が続いていた。
     それなのに、俺の世界を変える男は、あまりにも突然やってきたのだ。


    ***
    「潔、今日お前の特典券、買い占められた」
    「へ……?」

     ライブ後、同じフロアでいつものように特典会の準備が進められていた。メンバー別に仕切りのパーテーションが並べられ、ファンとメンバー分のパイプ椅子が1つずつ設置される。
    落書き用の小さなバインダーとマッキーなどを確認していたところ、血相を変えたマネージャーがスペースに入ってきて、そんなことを言った。

     うちのグループは、メンズ地下アイドル界では珍しく購入制限を設けていない。文化的に買い占めがタブーとされ自治されていることや、1000円の特典券を100枚以上買おうという猛者もファン層にあまりいないことが理由だ。

    「え、100枚以上準備ありましたよね……?」
    「あった。全部買っていった、しかも男だ」
    「男!?」

     飲みこみがたい状況に加えて、新情報がパニックに拍車をかける。うちのグループのファンの男女比率は、0.1:9.9ぐらい。常連の男性ファンは存在せず、たまに新規且つ単発で見かけるくらいだ。
     まさに異常事態。100枚、10万円。突然、自分と話すために10万円つぎ込んだ初対面の男性がやってくる。1枚で30秒話せるから、時間にして50分、その人と話すことになる。普通に恐怖だった。

    「マスクとメガネで顔は分かんなかったけど、多分イケメンだった。スカウトしたいくらい」
    「そ、そうですか。若い感じですか?」
    「潔と同じくらいか、少し上くらいに見えたなあ」

     中年男性ではないことに少し安堵しつつも、同い年くらいということは大学生くらいの男が10万円払ったということだ。その事実にめまいがした。こんな異常事態、アイドル3年目にして初めてだ。

    「まあ、俺も近くにいるから。何かやばかったら声かけて」
    「はい、ありがとうございます」

     手鏡を取り出し、前髪を整えて、リップを塗り直す。ちょっと怖いけど、仕事だ。いつもと同じように対応したらいい。
     深呼吸を一つして「特典会始めまーす」というスタッフの一声で腹を括る。こちらからは見えないパーテーションの向こうのファンを見つめた。
     数秒置いて、男はスペースに足を踏み入れた。

    「こんにちは! ありがとうございます!」

     アイドルは、一に笑顔。二に笑顔。満面の笑みで両手を差し伸べながら、迎え入れた男の方を見上げた。

    「……」

     で、でか……!? でかい。身長、185は超えているだろう。体格もいい、かなり引き締まって筋肉がついているのが服の上からも分かる。
     大きめのメガネに、黒いマスク。あまり顔は分からないけど、切れ長の瞳や、通った鼻筋から、芸能人のようなイケメンだと伝わってきた。
     思わず見とれてしまい、男が無言を貫いているのに対して、こちらもぼうっとしてしまった。スタッフに「潔くん」と小さな声をかけられて、はっとする。

    「あ、すみません。かっこいいので見とれちゃって! あ、握手とかチェキとか写メとか、何回ずつでしたっけ?」

     握られないままの両手を差し出したまま、慌ててスタッフに確認すると、スタッフは困ったような顔で首を振った。聞き出せていない、みたいなニュアンスを何となく察する。

    「お兄さん、特典は何しますか? すごく沢山特典券買ってくれたって聞いたんですけど」
    「何も要らねぇ」
    「え?」

     何も要らないとは、どういうことだろう。自分の意志で10万円かけて特典券を買い占めたけど、何もいらない? システムとか分からないまま、来てくれたのだろうか。それにしても、変な返事だけど。あと、声も見た目通りかっこよかった。
     男はツンとして目を合わせてくれないまま、未だに入ってきた位置から1ミリも動いていない。たまに変わったファンの人は見かけるけど、こんな感じの人は初めてだ。どうしよう。アイドルとしての対応力が問われる。

    「じゃ、じゃあとりあえず全部握手で、話してて、撮りたくなったら写メとかにしましょう!こっちの椅子でお話することになってるんで、来てもらってもいいですか?」

     もう一度、誘導の意味で手を差し伸べてみるものの、それが取られることはなかった。ジロリとこちらを睨むようにした男は、渋々と言った様子でパイプ椅子に腰を掛けた。慌てて後を追って、隣に腰かける。な、何だコイツ……。本当に俺のことが好きなのか? もしかして、強烈なアンチなんじゃないだろうか。俺に罵詈雑言を浴びせるために、わざわざ特典券を買い占めて……?
     未だかつてないほどの気まずい沈黙にあらぬ妄想を繰り広げていると、男がぽつりと口を開いた。

    「3曲目の2番Bメロ、振りミスったろ」
    「えっ……!?」

     慌てて今日のライブを思い出す。3曲目は確かダンスナンバー。センターのメンバーのソロパートの多いその曲は、俺はほぼ後列で、ソロパートも1フレーズくらいだ。ましてや、彼が言ったのは、後ろで踊っているだけの部分。でも確かに、間違えた。ほぼ気付かれないくらいだったけど、自分ではやっちゃったと思ったし、終演直後に反省ノートにも書いた。あのレベルのミスは、集中して後列の俺を注視していたとしても、気が付けるか怪しい部分だった。

    「すごい! 何で分かったんだ!?」

     開口一言目がパフォーマンスの些細なミス指摘なんて、後々考えたらしっかりアンチの振るまいだったが、そこまで見てくれていたという感動が上回って、思わずそう尋ねてしまった。ついでに勝手に男の両手も掴んでしまったし、タメ口になってしまう。

    「……っ!」

     男は驚いたように少し目を丸くしたけど、手は振り払うことはなく、ぶっきらぼうに視線をそらした。そうしてまた一言「5曲目の落ちサビ前も半音外した」と付け加えた。今日はミスした自覚がまだなかったけど、以前からずっと俺が苦手で反復練習している部分だ。多分、今日の録画を見たら半音ズレているだろう。

    「すげえ! そんなところまで!? お兄さん、めっちゃ俺のこと見てくれてるじゃん……! 初めて会ったのに、今言ってもらったのどっちもドンピシャ! ダンスとか歌やってる人?」

     この男、初対面の男の特典券を10万円分買うだけあって、やっぱり普通ではない。アンチだとしても、ここまで来たら有難い存在まである。感動で、ぐっと顔を近づけてしまう。

    「やってねえけど、身体動かすことは何となく分かる。てか近ぇ」

     男は気まずそうだったけど、本気で嫌がっている素振りはない。近くで見ても、すごく顔が整っている。うちのグループに来たら、ファンを全員吸収してしまいそうだ。ていうか地下ドル止まりではない。モデル、芸能人? そういう雰囲気。お金を持っているということは、社会人なのだろうか。運動神経がいいみたいだけど、何の仕事をしているんだろう。

    「あ、そうだ。一枚チェキにしていい? お兄さんかっこいいし、一緒に撮りたいなって」
    「チェキ……?」
    「マジでシステムとか知らずに来てくれた感じ? 特典券1枚でチェキーー小さめのポロライド写真が撮れるんだよ」
    「断る」
    「そこを何とか! もっと仲良くなりたいし! お近づきのしるしに! 要らないなら俺が貰うから。ね!」

     眉間には彫刻のようなシワは作られていたが、何秒か見つめていれば、やがて折れたように「勝手にしろ」と諦めの返事が返ってきた。人は7秒以上見つめられると、相手のことを意識してしまうという話がある。特典会の時に意識していることだ。アイドル2年目ともなれば、初対面の人間と7秒見つめ合うことは容易いもの。

    「スタッフさん! チェキお願いします! ポーズは……やりたいやつとか無いよな?」
    「ある訳ないだろ」
    「はは、そうだよな!定番なのはハートとか、見つめ合いとか。うわ、露骨に嫌な顔するなって。じゃあ手繋ぎにしよ。簡単だし」

     どこかのタイミングで離れていたお兄さんの右手を掴んで、恋人つなぎするように絡ませてからカメラの方を見る。男性ファンにこれはやり過ぎただっただろうか。案の定、繋いだ手から明らかな動揺と抵抗を感じて、振り払われる前に「押してください!」とスタッフに伝える。撮りまーす、の一言の後、すぐにシャッターが切られた。すぐさま手のひらが離れていった。
     スタッフから手渡されたチェキの根本を指先2本で温めながら、サインと宛名を書くためのマッキーを取り出す。お兄さんの方を見ると、ゴリ押しし過ぎたのかさっき以上にツンとしてしまっていた。

    「お兄さん、宛名書くから名前教えて」
    「いらねぇ」
    「チェキ要らなくても、さっきから呼ぶとき地味に困ってたんだ。言いたくなかったら、俺があだ名つけていい? そうだなぁ……」

     あだ名がつけられるようなキーアイテムや特徴がないか探すべく、ぐっと近づいて、その綺麗なラインの横顔を見つめる。嫌そうに眉間に寄ったシワに、エメラルドグリーンの瞳が細められた。……あれ、ていうか、どこかで見たことある顔だ、とその時に気が付いた。長めの下まつげに印象的な目元。長身に、体格の良さ。

    「えっ……!?」
    「あ?」

     自分の中で芽生えた仮説に、思わず後ずさって、パイプ椅子ごと距離を取って手を離す。突然狼狽えた俺に何事かと、小さな声で唸った男を行儀悪く指さして、ごくりと唾をのんだ。そんな、まさか、いやでも、似すぎている。
     もう一度、椅子ごと男と距離を詰めて、スタッフに聞こえないように耳打ちをする。

    「お兄さん、もしかして、サッカー選手の糸師凛……?」

     糸師凛。19歳。日本サッカー界で注目を集める超新星。確か今は、Jリーグ1部チームでエースストライカーとして八面六臂の活躍をしている。

    「……だったら何だ」

     男、いや、糸師凛は、それだけ言うとメガネを外して素顔を晒して見せた。本当に、本人だ。
    あの糸師凛が、星の数ほどいる地下アイドルグループの、ぱっとしない後列メンバーの俺にわざわざ会いに来た。その事実に、頭がくらくらした。い、イカれてる――。

    ***
    「俺、凛のファンなんだ。海外だと一番好きなのはノエル・ノアなんだけど、国内選手で最近のイチオシと言ったら糸師凛だよな~。あ、俺ユースの時から見てたから結構古参なんだぜ! 全部規格外に上手いって超ずるいって。特にキックは群を抜いて――」
    「うるせぇ……ペラペラ喋るな」

     謎の異常男性ファンがあの糸師凛だと気が付いて1分後、一時はドン引きしたのも事実だが、そこはこのアイドル活動で一層培った適応能力が働いた。俺は、元々高校時代--凛がユースチームに所属している時代から、彼のことを知っていた。とある大会の配信で、彼のゴールを見た瞬間、その美しさに目を奪われたのがきっかけだ。
     本当に自分が好きだった選手だと思うと、こんな二度とない機会を楽しもうと切り替えることができた。先ほどまで胸に決めていたアイドルとしての自覚は、大好きなサッカーのことで押し出されて抜け落ちてしまった。

    「お前、サッカー好きなのかよ」

     正体に気が付くなり、マシンガントークをぶつけ始めた俺をうんざりといった顔で見ていた凛は、訝し気にそう問いかけてくる。サッカーが好きであることは、たまにライブ配信やSNSで触れているが、知らないということは凛はそういったものまで見ていないのかもしれない。公式のSNSも確か持ってなかったし、そういうの見なそうだしなぁ。マジで、何で俺に会いに来たんだろう。

    「好きだよ。高校までやってた。ケガで続けられなくて、辞めちゃったんだけどね」

     今となっては感情を出すことなく言えるようになっていたその言葉も、さすがに凛の前では頬が引きつってしまう。凛が悪いわけではないのに、妙に古傷をえぐられた気持ちだった。いけない、暗い顔はマズい。仕事をしなくてはいけないという義務感が、ようやく戻ってきた。
     手元で放置してたチェキに目を向けると、男前が台無しのしかめっ面の凛と、チェキ用のキメ顔の俺が映っている。こんなところで、こんな形で、またサッカーが人生に絡んでくるなんて不思議な気持ちだ。
     マーカーを振ると、日付と、手に馴染んでいるサインを書く。宛名は――凛って、漢字で書くとミスりそう。そう思って『リンへ♡』とカタカナで書いた。癖で♡まで付けてしまった、これは怒られるかもしれないな、と思いながら、黙ったままの凛にまた話を振る。

    「俺、凛が出てる試合の映像よく見てるよ。てか割と欠かさず見てる。最近の中で良かったのは神戸とのやつかな。自チームのFWを、あんま手駒みたいに使うのかって。横暴で気持ちよかったなあ」
    「……フン」

     俺の試合の感想は、彼の気分を害すことはなかったらしい。あの日凛が決めたゴールは1点だったけど、他の2点決めた試合より凛っぽくて好きだったんだよなぁ。やばい、また普通にプライベートの気持ちになってきた。

    「ごめん、サッカーの話ばっかり。凛はさ、何で俺に会いに来てくれたの?」

     何とか軌道修正をしようと、対面してからどんどん膨らんでいた疑問をぶつけてみる。凛はようやく俺の顔を見たかと思うと、小さな声で「2年前のソロライブ」と零した。
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