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    ちゃつぼ

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    ちゃつぼ

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    未だに自分を好きだなんて信じない教祖と、ああそうですかという教師の平行線話。

    2022.2.3 帳の中の誕生日会

    主従の対等 帳──いや、そんな生易しいものじゃない。これは結界だ。それも現代最強呪術師が囲った界。最上級の強度、不可侵、洗練、絶望を、十年越しに謳われる。変わっていないのは──。
    (君の匂い…)
     思い出すと同時に、覚えているだろうと我が身自身に突き付けられる。懐古であって未練ではないと、果たして私は言い切れるか。十年、積み重ね成してきた私というものが、一瞬で飲まれ、消えてしまいそうになる。
    『傑…』
     パブロフの犬。声に縛られ、悦ぶ犬だった、私。
    「これはどういうことかな、悟」
     ここを破るのは骨だ。今、手持ちを減らす事態は避けたい。悟に、僅かなりとも隙を作らせなければ。接近戦に持っていくことができれば、或いは。
    (いや、それも厳しいか…)
     悟の十年を私は知らない。何故か姿を見せない悟に訝しみながら、私は戦意をかき集める。諦めるな。まだだ。殺すつもりなら、とっくに私は死んでいる。そうでないなら、チャンスはまだある。
     迂闊だった。十年逃げ延びた自負など、露ほどの価値もない。
    「悟!」
     叫ぶ。この空間が、私に齎す心地に容赦はない。当然だ、私は忘れることなどできていなかった、捨てることなどできていなかった。この匂いを、この冷涼たる清廉を、五条悟を、未だ!
    「ごめんごめん、久しぶりに結界術なんて使ったから、上手くいってるか確認してたんだ」
    「私は忙しいんだ。手短にお願いしたいね」
    「つれないなあ。折角昔の同級生に会ったっていうのに」
    「白々しい」
     隙など皆無、細胞のひとつひとつを握られているかのような重圧、瞳の移動さえ難しい。記憶と大きく違っているのは、サングラスが包帯なんてふざけたものに変わっていること。それ以外は驚くほど、悟だった。能力に底などないと突き付けてくる相変わらずぶりも健在で、悟と親友だったのは疾うに昔の話だというのに、昨日今日別れの言葉を交わしたんじゃないかとさえ。違うだろう。
    (しっかりしろ…)
     悟は、まだ何もしていない。私が勝手に騒いでいるだけだ。もがいているだけだ。素直に怖がれ、怒れ、脱出方法を考えろ。私は今、不気味の只中にいると知れ。
    「んな難しい顔すんなって」
    「っ…」
     思わず、息が乱れた。悟に眉間を押されたと気付いたのは、押されて後退ってからだった。
     悟が目元に巻いている包帯を解いていく。私は、いつでも呪霊を出せるようにありったけの緊張を纏い、悟を見つめた。
    「お前を祝いに来ただけだから」
    「……は?」
     祝い、とは何だ。呪い殺しに来たという意訳か?この強者が?らしくない。眉間に灯ってしまった熱に気をやられつつ、私は目の前に立つ男を警戒する。
    「誕生日おめでとう、傑」
     発言と同時に、悟の腕が、私に回った。私は全く動くことができなかった。木偶人形だった。息さえ忘れた。なぜ。どうして。こんな真似を。
    (殺せ、早く、逃げるなら今、無下限を切っている今!)
     空気がない。息が。
    「傑、落ち着けって。何もしてない」
    「っ!」
    「ったく、どういう状況になってんだよ、オマエは」
     呆れたような声音にぐっと奥歯を噛みしめた。瞬きを奪っておいてよく言う。呼吸を奪っておいてよく言う。何もしてないなんて嘘だ──。
     私の眦に、悟の唇が触れた。濡れた感触の正体は、悟の舌によるものであって、決して、私が零したものの残滓じゃない。仮にそうだとしても、不可抗力だ。
     更に悟は、私の頭を引き寄せる。一切の動きを抜き取られている私は、その手に抗えず、額が、悟の首元に押し付けられた。かつて、私がよくいた場所。かつて、悟がよくした動き。過ぎて十年にもなるかつてが、蘇る。
    「やめろ」
    「どうして?」
    「どうして…」
     何がどうしてだ。馬鹿なのか。いや、より馬鹿なのは私だ。悟を振り切り、逃げなければならないのは、私。
    「何故こんな真似をする」
    「だから、おめでとうって言いたくて」
    「陰険だな」
    「陰険!?酷くない?」
    「呪うにしてもやりようを考えてくれ。らしくないよ」
    「いや、オマエ、何言ってんの」
    「離せ」
     五条悟に情けを掛けられる呪詛師など、惨めでしかない。五条悟に立ち向かわない私など、更に惨めだ。
    「傑」
    「離してくれ」
     どうして今になって。十年隔てたのにどうして。私を、君を拒めない私を笑うことさえしやしない。
     腰に回っている悟の腕に力が籠り、私の背が反っていく。
    「悟」
    「嫌だ」
     その声音は、弱くもなければ、乞う響きにもないというのに、心より先に、体が、勝手に音を上げた。私の両腕が、悟を受け止めてしまう。同じように背を抱き返し、悟のそこへ、かつてのように、埋もれていってしまう。
     こんなのは私じゃない。今の私は──。
     なのに、動いたら最後、私は自ら逃げ道を潰してしまった。戦意が、砂のように零れ落ちていく。
     より深く、悟の匂いに包まれ頭がくらくらする。強烈だった。私の指先が、唇が、腹の奥が、もう一度だけ、悟が欲しくて堪らないと目覚めてしまう。
    「ここなら、誰も見てない」
     腕の囲いを緩め、イタズラを覚えた子供の内緒話のように悟は言った。これは、私が招いた失態だ。仕掛けたのは悟でも、逃げなかったのは私。今更、悟にこんな醜態を晒す破目になろうとは。
     愚かにも程がある。
    「おめでとう、傑」
    「呪われるつもりはない」
    「呪ってねえよ」
    「いや、君ならおめでとうのひとつでも成してみせるか」
    「あのさ、いい加減カマトトぶんな、二十七にもなって」
     勝手に苛立っておいて何をと思った。それに、私はまだ二十六──。
     あ、と腑に落ちた私は、さぞ間抜けな顔をしているに違いなかった。今日は二月の。
    「今日は三日だよ」
     失念していた私を見透かす瞳から、逃れる。覚えていたのかと思った。
    「…誕生日は、捨てたんだ」
     両親を手にかけた翌年、私は自分の誕生日を捨てた。だから、私にとって誕生日とは、家族たちを祝う日だった。生れてきてくれてありがとう、出会えて嬉しいと伝える日。そして、産んでくれた人にも感謝を。
     私に祝いは必要ないが、他人に強いるものではない。私が家族を祝うように、家族も私を祝った。
     けれど、悟が相手となれば、私に受け取るつもりは毛頭ない。道理がない。
    「無駄足だったね」
     吐き捨てはしたが、悟の瞳を見返すことはできなかった。
    「それは、僕が決める」
    「…僕?」
    「ん?」
     この悟が幻ならいいのにと、この期に及んで、悪足掻きをしてしまう。そうすれば、何も思い煩わなくともいい。醒めればそれまで。私はひとり、久しくなかった自嘲を噛み殺すだけでいい。
     悟の、どこか角の取れた柔らかい声音は、存外に合っていて、伝え聞く教師像を垣間見るようだ。ほんの僅か、伸びたと感じる身長は確かな年月の証であり、なのに、私へ向ける眼差しに、剣呑の欠片を探すことが叶わない。
     悟から移って来る体温に変わらず温められる私は、一体何者なのだろう。気が変になりそうだ。
    「僕も変わったんだよね。オマエほどじゃないけど」
    「私は…」
     私は──。
     何と応えようとしたのだろう。
     何ら、障害などないように、開いたつもりのないそこから、悟の舌が滑り込んできた。或いは、私の言など潰すつもりだったのか。口の中で、熱いそれに貪りついてしまう。手足の先が、脳髄が痺れる。
     美々子と菜々子に、早く帰ってきてねと言われていたことを思い出す。家族たちが集まる予定だった。今日は三日。悟の邪魔がなければ、今頃私は、いつもよりも賑やかな食卓についていただろう。帰らなくては。帰らなくては。ああ──。
     私は、何も、変わっていない──。
    「でもこれだけは変わらなかった」
     悟の唇との間に伝った糸、それを追うように迫った舌を、もう一度迎え入れる。唾液を交換し、溢れる前に飲み下し、かつてのように、至近距離にある瞳に映った私は、熱に浮かれ切っていた。
    「だから、オマエを捕まえた」
    「これ以上ない牢獄だね」
     至高の牢獄。逃げられないというのに。悟の瞳しか見えないというのに。私は。
    「なんせ相手ゴリラだし」
    「じゃあ、君はゴジラ」
     悟は噴き出すように笑って、「まだ好きだから」と、言った。だから殺せないかもしれないと、お手上げみたいな情けない顔を私に見せる。
    「…それは、最高に都合がいいね」
    「悪い奴だな」
    「知ってるだろ」
     丸みが取れ、スマートになった悟の顔を、隅々まで見つめる。頬の弾力を指先に掬い、肌の感触を堪能する。首筋の薄皮を撫でる。鎖骨を撫で軽く指先で打ちつけ、その振動と耳良い音に満たされる。悟に触れて遊ぶことが、私は好きだった。欲の足された匂いが鼻孔から全身へと廻り、へたり込みそうになる腰を何とか支える。
     拒まれた覚えが一度とてなかった傲慢な矜持が、今や未練となってここぞと肥大し、悟にもっと触れと私を煽る。
    「どうやら私たちは互いに昔が懐かしすぎて、息の根をとめることができない」
    「オマエもなの?」
     私のしたいようにさせながら、肯定を強請る悟が憎らしくて、濡れて艶を増している唇の形を、両頬を圧し潰すことでぐにゃりと変えてやった。
    「今日は私の負けだ。牢獄とはいえ中々の居心地だからね」
    「僕は優しいからね」
    「突っ込まないよ」
    「突っ込まれること言った?僕」
     純粋に不思議がる悟の瞳に全て焼かれる。駄目だと思った。正気でいるにはもう、頭が回らない。
    「寝首を、かかれないように」
    「肝に銘じるよ」
     まるで殊勝な発言をする悟が新鮮で、面白かった。
     私が不甲斐ないばかりに、かつてが再現されてしまう。かつてをなぞった私たちは、やがては我に返り、この時を後悔するだろう。私は、悟を跳ね退けることができなかった。次は、殺す。殺してみせる。だから悟、こんなことはこれきりにしてほしい。必ず、ケリをつけに行く。だから。
    「傑」
     咎めるような悟の声に、私は現実を見た。
     悟の指が、私の耳朶を擽り、次いで外界の音を絶つ。喘ぐ私の声が脳内に響き、頭を振って嫌だと示すも、悟は許さなかった。ならいいさと、私は目を閉じ、感度を上げる。離れてはまたすぐ舞い戻る悟の舌に噛み付きながら、私は溺れた。
     重なり合う唇の上で、悟が何事かを呟いた気がするが、私の預かり知る所ではない。元に戻るものなど何もない。
     ──救われる気はなし、か。
     悟の熱い吐息に身悶える私は、苛烈に瞬いた青色を、見逃していた。
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    ちゃつぼ

    PAST転生。
    魂で恋をした男たちの話。

    2024.2.3 今夜帳の中で【5】
    愛の領域 女のように長い髪。低い声と重い筋肉を持つ男。
     子宮なんてありはしないから、尻の奥に精を注ぐ。
     マメのできた硬い掌だろうと繋ぐだけで嬉しくて。
     悪い内緒話をいくつもして、馬鹿みたいにはしゃいで一緒に転げ回った。
     うぜえ説教は癪に障るし、鼻血吹くほど殴ってくるし、楽しいことばかりでもなかったけど。

     恋だった。

     あの日オマエが隣からいなくなっても。

     今日この手がオマエを殺しても。

    「恋は愛に、ってね」

     



    *





     彼の気配を感じることが、目にするよりも好きなのだと思う。そこにいると知っている、それだけでいいのだと。

     足音と呼ぶ声、存在感が、綺麗に混ざり合って私へと覆い被さる。上着を羽織った時の感覚に近い。肩を掴まれた掌に然したる力は込められてはいなくとも、抗うことなんて思いつきもしないのだとばかりに、私は腰を捩って向きを変えている。探すまでもなく恐らく最短で視線の出所へ行きつくと、すぐさま眼差しを掬い取られて、ふんわり柔らかく抱き締められる。応えたいという欲求が湧き立つのと、開いた口に舌を差し込まれるのはいつも同時で、正確に、少しだけ上向けていた眼をそっと閉じて、私も彼を抱き返す。触れ合う度、彼の言う「体が覚えている」ということについて考える。確かにそうだと感じる。思考と動作のどちらが先んじているのか、はっきりとは分からない。肉体に引っ張られているのなら、それだけ私たちは愛し合っていたのだ、心から。
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    ちゃつぼ

    PAST転生五夏と元祖五夏のふんわりした話。

    2022.10.30 今夜帳の中で
    あなたは甘い、甘い毒。 傑とは高校からの付き合いになる。家から一番近い高校を選んだら傑がいた。
     俺の運命。
     何だかんだ、ケンカしながらも三年間同じクラスでつるんだ。
    『お前、大学どこ行くの?』
    『〇大』
    『…初耳』
    『今決めた』
     俺は爆笑した。
     傑は面白い。老け顔っていうんじゃないが、タッパのデカさと三白眼で輩みたいな服装を好み──それがまあ似合うのなんの──初見の印象はすこぶる悪い。が、その見た目を大きく裏切るのが一人称『私』を採用している話し方だ。意外にも程がある。意図された微笑みなんて胡散臭いことこの上ないが、それも何故か似合っていた。おまけに声もいい。知らぬ間に吸い込んでいた神経毒の様に、滑らかに浸透している。傑の作る完璧な外面に思うところがない訳じゃないが、好きにすればいいと思った。俺の横でお笑いを見て大爆笑してる様子は可愛いし、俺にブチ切れて拳を出してくる容赦の無さには胸が躍る。傑が悟、と俺を認識して名を呼ぶ行為が、どういう訳か俺を高ぶらせる。呼んでくれもっと俺をと、そういう気分になる。おかしいというより、ああ好きなのかと、俺は俺自身を分析した。俺は傑がいれば他は割とどうでもいい。傑から目を放せない。抱きたい。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
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