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    mougen_oc

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    mougen_oc

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    海の話です
    夕暮れ時はなんかいるらしいから気を付けようね!

    海辺の怪鼻を吹き抜けていく潮の香り、歩みを止めてしまえば瞬く間に夢へと誘われてしまいそうな穏やかな波音を耳に、足を取られる程サラサラな砂浜の上を独り歩く。
    ちらと視線を水平線に移せば、丁度夕陽が水面に沈み始めてきたところだった。オレンジに照らされてキラキラ反射する水面は、感受性のある人々が足を止めるに値する十分な魅力がある。しかし独り歩く少女の歩みに対して効果はない。目元に黒が縁取られた仏頂面をそのままに直ぐ前を向いて、無言で歩を進めていく。
    「たすけて」
    穏やかな海の中に、穏やかでない異分子が紛れていることを聴覚に訴えられた。
    「おぼれる」
    少し視線を斜めにずらして、声の主を視覚で捉える。橙を反射する一面の青の中に、生えたような腕が見えた。微睡みを覚えてしまう幻想的な空間を全部ブチ壊して、腕は誰かを求めてバシャバシャ足掻いて、波紋を広げている。
    「しにたくない」
    少女と腕の距離はそれなりにあるが、遠いという訳でもない。迷うことなく彼女は海の中のそれに目的地を定めた。
    絶えずに喚き散らすそれの戯れ言には一切耳を貸さず答えず、彼女はどんどん距離を縮めていく。そしてついに波際に足を踏み入れようとしたその時、唐突に腕を引かれてそれを阻止された。振り返れば、黒に身を包む見知った男と視線がかち合う。
    いつの間に背後を取られて、なんて疑問をこの美丈夫の前で思考するのは無意味だ。何故なら彼は、自分と同じヒトではない。ヒトでないから出来ると、それで全てを受け入れるしかないのだから。
    「シノリ」
    「……うっわぁクズだねー、ナルカミ」
    名前を呼ばれ、少女を改めシノリは観念したように溜め息をついた。それでも抵抗として、ナルカミと呼んだ男に悪態をつくことは忘れない。しかし彼は鼻で笑っただけで、彼女の人を食ったような態度を意に介した様子は欠片もない。それが逆にシノリにとっては気に食わない。
    「日が暮れる、帰るぞ」
    そして有無を言わせず引っ張られるシノリの腕。大して痛くはないが、振りほどけはしない絶妙な力加減に呆れながら、離れゆく海をもう一度瞳に移した。
    揺れる水面にはもう、腕はなかった。
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