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    mougen_oc

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    mougen_oc

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    いえーい。プリンス(♀)ちゃんとパパカミの話(前編)です。

     ーーーー歌声が聞こえる。
     ゆったりと穏やかで暖かな、男性の低い歌声。それが鼓膜を打つ感覚はひどく心地良くて、少し力を抜いてしまえば際限無く堕ちていって、最後は戻ることすら自ら拒んでしまいそうになる。
     ーーーー子守唄が聞こえる。
     愛おしい存在に向けられた、安寧へと誘う邪神の歌声。それが脳内に侵入してくることに抗えずに、途方もなく偉大な『彼』に全てを預けて、考えることすら放棄してしまいたくなる。

     近しい者でなくては、生物として超越した何かでなくては、私もすぐに堕ちていただろう。

    「ただいま戻りました」

     私がそう声を掛けてからその空間に入室すると、子守唄が止まる。それと同時に声の主である、ソファに腰掛けた『彼』がこちらに目を向けた。

     うねるような癖のある雨雲色の髪に、黒帽子を被った男性だ。彼は私の姿を認めると口角を僅かに上げて、黄色の右目を細めて微笑みを寄越す。ーーその美貌で一際存在を主張するのは、本来左目がある場所を覆う白の医療用眼帯だ。
     端的に言ってしまえば、そこにあるはずのものは無い。損なわれた、と表現するのが適切だ。しかし、誰もそれを『惜しい』とは思わない。

     欠損があっても、それはやはり美しい。彼の神の威光が、威厳が、悠然が、傲慢が、そんなもので陰るのか。否、そうではない、そんな話ではない。その欠損は謂わば装飾品なのだ。傷ですら彼を貶めることは叶わない。
     彼の神の真名を■■■■。それが邪神であり私の父であるもの。私が生まれる前には、地球で主に『ナルカミ』として名を馳せたものである。

    「お帰り」

    「……母様はお疲れでしたか」

    「ああ。悪いが起こさないでやってくれ」

     そしてその傍らには、父の左の太腿に頭を乗せる形で静かに横になって眠る黒の長髪の女性……私の『母』がいる。

     私と話している間にも、父はずっと母を愛でている。父とは異なりさらりとしていて真っ直ぐな黒髪を指先で鋤き、毛先を絡ませ、慈しむように撫で付ける。割れ物を扱うかのような丁重さこそないが、それは加減を間違えない程に人間を、その人を熟知した証左だった。
     節々に母への愛おしさを滲ませたその行為がひどく穏やかで、優しくて、暖かくて、何より綺麗で。実のところ、そんな二人から生まれた娘である私でさえも……否、私だからこそ邪魔をせず、静かに退散しなければならない使命感に駆られてしまう。

     もっとも、父の方針により帰って来たら『ただいま』は必ず言って、『お帰り』と返されなくてはならないと課せられているため、その使命感には蓋をする羽目になるのだが。

    「何時から母様は?」

    「少し前……三十分も経っていない。目覚めるには少し時間がかかる。何か用があったか?」

     言いながら、父は母の目にかかる前髪をそっと耳に掛けた。規則正しい呼吸を繰り返して眠る母の表情は、起きている時と変わらず感情がない。しかし普段よりも幼く思えるのは状況が理由だろうか。
     何もかも父に委ねてしまっている母ではあるが、こうも緩んでいるのは珍しいから。

    「……母様に聞いてみたかったことがあったんです。けれどタイミングが悪かったですね。失礼しました、父様」

     眠っている母を今すぐ起こしてしまうのは、母自身もそうだが父に申し訳ない。滅多には無い母の甘えかもしれないもの、それに水を差しても父は笑って許してくれるだろうが、他ならぬ私が許せない。
     正しい意味で二人の間に生まれた娘ではないけれど、それくらいの配慮はある。すぐに退出しようと体の向きを変えたところで、ポスポスと柔らかなものを軽く叩く音が耳に入った。

    「そう露骨に逃げなくても良い。まあ、座れ」

     振り返れば、自身の右隣の空いたスペースへ着席を促している父の姿がある。一瞬だけ躊躇い、しかし促されるがままにソファへと歩み寄って、指定の場所に腰掛けた。沈むような柔らかさに甘えて、そのまま背中を背もたれに沈める。隣に視線を向ければ、丁度父の右瞳と私の左瞳の視線がかち合う。
     全く同じ、黄色の瞳が。本来、交差するはずの無いものが。未だほんの少し奇妙な感覚はあるが、今回の話題はこれではない。

    「どうされましたか?」

    「お前が母に何を聞きたかったのか気になってな。良ければ聞かせてくれ。それとも、俺には言いたくないことか?」

    「…………いえ」

     ーーーーそんなことはない。一語一句違わない全く同じ質問を、父にすることが出来る。寧ろ母に答えてもらいたいのと同じように、他ならぬ父自身の口から聞いていたいことがある。

     私は二人の娘ではあるが、あまり多くのことは知らないと思う。母は日頃から口を閉ざし会話に応じることは極めて稀で、父は良く話をしてくれるが、こちらから切り出さなければ自分達についてそう語らない。隠したいという訳ではないだろうが、積極的に聞かせる必要性も薄い、恐らくそう考えているのだろう。

     だから、聞き出したいのなら己の口で。

    「父様にも聞きたいことがあるんです」

    「ーーーー」

     敏い父は私の纏う雰囲気の変化にいち早く勘付いて、黙ってこちらの言葉を待ってくれた。
     両親に聞きたいことがある。娘として、知りたいことがある。私にとって重要なことで、大切なことなのに、いざ口にしようとすると言葉に迷う。急かすことなく待ち続ける父に感謝をしながら、少し時間を掛けて言葉を整えた。

     そして、開いた口から紡がれたのはーー

    「父様と母様は、どうして出会ったのですか?」

     そんなありきたりな、問いだった。
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