黒限 立候補黒限 立候補
1.
「小黒、すこしいいか」
「はい」
小黒が背筋をしゃんと伸ばして返事をしたのは、師の声に緊張の色を聞き取ったからだった。きっと、任務に関係する、それもいつもよりも難しくて重要な件についての話があるのだろう。そう思って振り返ったが、予想に反して无限はいつも任務におもむく時の格好ではなく、美しく装った姿をしていた。暗緑の長衫の上に、えりにラインの入った深衣。普段から无限が好んで着ている服だが、髪は丁寧に結われ、わずかに、香油のにおいがする。
(デートだ)
小黒は直観し、すぐさま心の中でその考えを振り払った。
无限がデートだなんて、ありえない。六歳で无限の弟子となってから、小黒が大人になり、いっぱしの執行人としてひとかどの信頼を得た今に至るまで、无限には恋人の影など一切なかった。長くひそかにその座を狙っていた小黒にはわかる。
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