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    黒限、黑限(成長後) 
    百年ぶりに情欲を催したので誰でもいいから見繕いにいく无限に小黒が立候補するだけの話、だったんですが言いくるめるところまで書きました。

    #黒限
    blackLichen
    #黒限(成長後)
    #黑限
    blackLimit

    黒限 立候補黒限 立候補

    1.
    「小黒、すこしいいか」
    「はい」

    小黒が背筋をしゃんと伸ばして返事をしたのは、師の声に緊張の色を聞き取ったからだった。きっと、任務に関係する、それもいつもよりも難しくて重要な件についての話があるのだろう。そう思って振り返ったが、予想に反して无限はいつも任務におもむく時の格好ではなく、美しく装った姿をしていた。暗緑の長衫の上に、えりにラインの入った深衣。普段から无限が好んで着ている服だが、髪は丁寧に結われ、わずかに、香油のにおいがする。

    (デートだ)

    小黒は直観し、すぐさま心の中でその考えを振り払った。
    无限がデートだなんて、ありえない。六歳で无限の弟子となってから、小黒が大人になり、いっぱしの執行人としてひとかどの信頼を得た今に至るまで、无限には恋人の影など一切なかった。長くひそかにその座を狙っていた小黒にはわかる。
    だというのに、

    「いや、すまない。話があるというわけではないんだ。ただちょっと、出かけようと思って」

    小黒が改まって返事をしたのを見て、无限は早口に、すこし決まり悪そうに説明をした。

    (デートだ……!)

    小黒を雷がつらぬいた。
    こんなにやさしくてきれいな人が、誰にもちょっかい出されないはずがない。いつかは来ると思っていた。でもそんな、絶対ダメに決まっている。小黒の脳はめまぐるしく回転し、表面上はにこやかに、いつもと変わらぬ可愛い弟子の顔で尋ねた。

    「そうなんだ。任務?」
    「いや……そうではないんだが、その、私的な用があって、何日か留守をすることになりそうで……」

    (お泊りでデートだ……!)

    小黒を二度目の雷がつらぬいた。
    まさかそんな、こんなに清廉で男も女もそういう意味ではそばに寄せつけて来なかった人の心を一体誰が射止めたというのだろうか。ちょっかい出して来そうなやつには先回りして牽制していたのに、それをすり抜けたのも信じられない。无限とはもう……その、ある一線を超えて、親しい仲なのだろうか。それとも今回が初めて……!? いずれにしよ数日に渡ってということは、そういうことも、視野に入っているだろう。もしかしたらこの人はぼんやりしてあんまり考えてないという可能性もあるかもしれないが、それにしたって相手は絶対にその気だ。間違いない。だっておれなら、そんな機会逃さないから!

    心の中で小黒は大声で叫び、床を叩き、地団駄踏んで泣きわめいていたが、長年の片思いで積んだ修練の結果、よくできた弟子の顔を保っていた。あくまでにこやかに、可愛く、首をかしげて无限に尋ねる。

    「そうなんだ。どこ行くの?」
    「とりあえずは館に。そこからまた移動すると思う」
    「何日くらい?」
    「三日か……もしかするともう少し長くなる可能性もあるが」
    「今日の格好かわいいね」
    「どこかおかしくはないだろうか」
    「ううん、おれは好きだよ。いいにおいもする」
    「うん」

    はにかんだように无限が笑うのを見て、小黒は心の中でのたうち回った。かわいい! 大好き! 相手のやつ殺す!!
    表面上の小黒はわずかに不審そうな顔になり、いよいよ核心に迫っていく。

    「何の用事なの?」
    「……それは……」

    无限が顔をこわばらせた。きまり悪げに視線をさまよわせ、うつむいて何かを考えている様子を小黒はじっと見守る。こうやって聞き出してその後どうするか、そこまでまだ考えがまとまっていないが、何にせよ情報は必要だ。
    しかし、心を決めて顔を上げた无限は、小黒が思ってもみなかったことを言った。

    「催したので、相手を見繕いに行こうと思う」
    「……え?」
    「百年ぶりくらいに情欲を催したので、誰か適当な相手を探しに行こうと思っているんだ」

    小黒は混乱した。

    「……ま、待ってまってまって」

    心臓がばくばくと鳴っている。心を落ち着かせようと、無意識に片手で顔をおおう。清廉で、高潔で、今まで色も恋も影すら見えなかった无限の言葉とは思えなかった。
    无限のほうは、言いづらいところを言ってしまったからか、落ち着きを取り戻したようだった。

    「……今後、私がこうして出歩くこともまたあるかもしれないが、そのたびに言葉をにごして出れば不審に思うだろう。もしかしたら、私の行動に嫌悪を感じるかもしれないが……お前ももう立派な一人前だし、変にごまかして心配させるよりはいいと思った」

    すーはーと呼吸をする。无限を見る。目が合うと、无限はまるで悪いことをしたかのように目を伏せた。
    ……べつに、悪いわけではない。无限には小黒が知る限り仲を誓った相手はいないし、无限だって一応人間である。むらむら来ることだってあるだろうし、人肌恋しくなることだってあるだろう。ただ、小黒が他の人としてほしくないだけだ。
    そう、してほしくない。无限が誰かと愛を誓いあって睦みあうのは想像したくないし、体だけの関係だって他の人とは絶対にしてほしくない。他の人とは……。

    (おれでもいいじゃん!)

    小黒を三度目の雷がつらぬいた。
    はっとして无限を強い目で見て、挙手し、天啓のように浮かんだ考えを口にする。

    「おれがやります!」
    「……え」

    无限がぽかんと口を開けた。
    小黒と无限が師弟関係を結んでから、最大の勝負所がおとずれたのだった。



    2.
    「それはできない」

    无限は、彼の常時の判断の速さからすると驚くほど長い間呆然としていたが、しかし何度か深呼吸する程度の時間で我を取り戻し、きっぱりと言い切った。

    「小黒、座りなさい」
    「はい」

    无限が師として弟子を指導する時の声で言うから、小黒は導かれるまま、大人しく畏まってダイニングの椅子に腰かけた。无限は出かけよう――相手を見繕いに行こうという気はすっかり失せたようで、真剣な顔で小黒の向かいに腰かけている。无限は自分の欲を優先して弟子をないがしろにするような人ではないのだ。ひとまずのところ、突然訪れた窮地は脱したと思っていいだろう。だが、問題が消えてなくなったわけではない。无限は小黒を説得し終わったら出かけてしまうだろう。今日でなくても、そのうち、いつかは。

    (嫌だ)
    (そんなの絶対ぜったいぜーったいに、嫌だ!)

    もし无限が誰かとそういう事するなら、彼の事を世界中の誰よりも大事にしてくれて、いるだけで无限のことを幸せな気持ちにしてくれる人じゃないと嫌だ。あと无限に時々は勝てるぐらいは強い人がいいし、弱いものいじめとかしない人がいいし……。

    おれじゃん。

    (そんなのもう、おれじゃん!)

    「……もう、私も長く生きている。その分世の中の価値観も随分と変わったから、五倫五常とは言わないが、しかし変わらず守るべき規範もあると私は思っている。たとえば、お互い労りあわなければならぬとか、私利私欲にとらわれず、なすべきことをしなければならないとか」
    「はい」

    心の中はごうごうと燃え上がっていたが、表立っては小黒は神妙な態度を崩さない。とうとうと述べる无限の顔をしっかりと見つめるよくできた弟子そのものの姿だ。

    「そして、そういった事柄のひとつに、親子や師弟はその間柄を踏み越えて、そういったことをしてはならないというものがある。つまり……肉体関係を。これは子や弟子を守るためのもので、親や師を戒めるためのものだ。私もそれは犯してはならない一線だと思っている」
    「はい……」

    (固いんだよなあ)

    真面目な顔で頷いてはいたが、小黒は内心ちょっと呆れていた。
    小黒としては、知ってるし、と言いたい。
    无限がそういうのを気にしない人なら、小黒はとっくの昔に告白していた。

    (おれ、もう、大人だし。強いし。けっこうもてるんだけど)

    まあ、分かっていたことだった。だからこそ小黒はずっと片思いを貫いてきたのだ。无限は、小黒にべたべたに甘くて、彼が望めば何でも叶えてくれるような人だった。でも、それが未熟さや無知さのせいで、知らず小黒自身を傷つけるようなことであれば、頑として否と言い続けられる人でもあった。

    「分かってくれるか」

    无限の、珍しく怖いくらいにきりりと引き絞られた顔がゆるむ。だが小黒は、今度ばかりは引き下がる気も、今までどおり我慢してよくできた弟子の座に戻る気もなかった。
    なんてったって、目の前に座る人は、こんなにかわいい。

    普段より丁寧に整えられた衣服も、編んだ髪も、いいにおいも、それを意識すると胸がざわめく。无限は小黒以外の誰かのために、こんな風に装ったのだ。无限が誰かに触れられるさまを想像すると嫉妬で胸が張り裂けそうになるが、无限が誰かを思い、触れられることを期待して、こんな風に準備をしたことを想像すると、腹の底が煮えくり返りそうだった。

    人間で言えばおじいちゃん、をはるかに超えて、棺桶どころか骨だって風化しているかもしれない。それくらい長く生きた无限には、性欲も残っていないのだと思っていた。でもそうじゃなくて、しかも誰でもいいなんて酷いことを言うなら、小黒が我慢をやめてしまっても、彼の弱みに付け込んでしまっても、いいじゃないか。

    (おれのほうが、絶対マシ)

    「……そうだね、たしかに、グルーミングとかもあるもんね、子どもを守る決まりは大事だよね。じゃあさっきのは取り消すよ。おれはあなたの行動に口を出すほど子どもじゃないから、行ってきてくれていい。でも何も言われなかったらすごく心配したと思うから、話してくれてよかった」
    「うん」

    ほっと息を吐いた无限の声は、緊張がとけたために少し掠れていた。それに気づいた小黒が立ち上がり、お茶を淹れて勧めると、一口飲み下して師の表情はさらにやわらいだ。
    小黒は神妙な表情を崩さず、手の中でお茶を揺らしながらゆっくりと言葉を探した。无限が頑固に考えを崩さないことは、无限がそれは小黒を損なってしまうと考えている時だ。でも小黒はもう子どもじゃないし、第一、子どもだった時から自分でちゃんと選べた。そして今は、もっとたくさんの選択肢から選んでこうなのだ。それを无限に分からせてやらなければならない。
    小黒は、あからさまなくらいに声に喜色を乗せ、はにかんだ笑顔を作った。

    「そうだ、言ってくれてちょうどよかったかも。ちょうど、おれもどう言おうか迷ってたから」
    「……うん?」

    すっかり安心して気をゆるめた无限が首をかしげると、髪とともにさらりと甘い香りが揺れる。无限はデートのとき、こういう気づかいをするのか。知りたかったけど知りたくなかったにおいを吸い込みながら、首筋にかぶりつきたい衝動を静かに腹の底におさめる。

    (戦いのときは、感情や手札を読ませないこと)

    師に教わったことだが、ちょっと不器用なところのある无限よりも、もしかしたら小黒のほうがこれは得意かもしれない。

    「おれも、同じ理由でしばらく家を空けようと思ってたから」
    「…………」

    ぽかんと口を開けて、无限が小黒を見返す。そればかりか茶杯を取り落としさえした。ごろりと音を立ててテーブルに転がった陶器とお茶を二人して一瞬見つめ、それから无限がこぼれたお茶を能力でさっと集めて流しに捨てた。

    「新しいお茶、淹れようか」
    「いや、いい。それよりも小黒、今の話は」

    无限が余裕のない手つきで茶杯をテーブルに置きなおす。以前、しばらくの間二胡を習った縁で、閔先生から小黒に、闘帥宮大会で優勝した際のお祝いとしてもらった紫砂の茶器だ。小黒ももちろん贈り物を喜んだが、茶器自体にさほど興味はなく、むしろ无限のほうが大事にしてよく使っている。自分が正式な場で一本取られた記憶でもあるはずなのに、「あの時の小黒はとても強くて、私の思いもよらない手を使って」と、无限はこれでお茶を飲むたびに何回も繰り返し話すものだから、こそばゆくて仕方がなかったものだ。

    「ええと、何だっけ」
    「同じ理由でというのは、お前が……!」
    「相手を見繕いに行くって話? うん、ちょうどいいからおれも何日か行ってこようかなって」
    「…………」

    のんびりと茶器を手に取り、何でもないことのように告げると、无限は無理やり何かを飲み込んだかのような顔で黙り込んだ。表情はこわばっており、ありあまるほどの心配と、忌避感が感じられた。

    「おれもいい歳だからさ、そういう気分の時もあるんだよね」
    「……お前は、そういうことに興味がないのかと思っていた。妖精には、そういう者も多いし」
    「ううん、そんなことないよ。思春期の頃なんか隠すの大変だった。絶対にばれたくなかったから」
    「そうか……それは……考えが及ばなくてすまなかったな……」

    ずれた謝罪をする无限を見て、小黒は軽く笑った。ばれたくなかったのは、无限への欲情に気づかれたくなかったからだ。ばれてしまえば、距離をおかれるかもしれないと思った。小黒にも、今みたいに開き直れない時期もあったのだ。

    「だがその、いや、お前ももう大人だし、信用しているし、私が口を出すことではないかもしれないが……相手が誰でもいいというのは……いや、私もそう言ったが……だが、霊力を吸うたちの悪いのもいるし、信頼関係や愛情が……」

    どの面下げてということだろう。言いあぐねた无限が口ごもる。无限が言おうとしてることはまったくその通りだと小黒も思う。性交渉なんて、もういい大人なんだし個人の自由だけど、でも相手がどういうやつなのか分からなくて心配だし、あなたのことが大事だから、信頼関係や愛情がないやつとしてほしくないと思う。それなら、それなら……自分のほうが、ずっといいと思うのだ。

    誰かもわからないそいつより、无限のこと好きだし。ずっと大好きだし。大事にするし。気持ちよくする。……ように頑張る、すごく!
    小黒は自他ともに認めるよくできた弟子だから、師の教えはよく覚えている。

    (戦いのときは、感情や手札を読ませないこと)
    (一手防がれても、次の手を用意すること)
    (相手の弱い部分から攻めること)
    (必要以上に相手を追い詰めず、しかし、確実に仕留めること)

    小黒はゆっくりとまばたきをした。向かいに腰かける无限は、いつになく悩んで、何を言うべきか迷って、くよくよして、弱り切って見えた。さっき出かけようとしていた時はあんなに匂い立つようだったのに、今はしおれた花のようだ。

    「本当は、あなたがいいって思ってたんだけど」

    茶器を置き、テーブルに身を乗り出して、小黒は无限の手を取った。手の平は剣だこで固く、今はひんやりと冷たい。

    「あなたの方はそういう風には思ってくれないみたいだし。子どもを守るルールってのも分かるしね。おれはもう子どもじゃないけど、あなたの気持ちも分かる気がするから」
    「……私がいい?」

    ずっと遅れて、无限が反応を返す。握った手にじわりと汗がにじむのが分かった。无限は手を引こうともしたが、小黒は強く握ったまま放さなかった。

    「うん、だって、一番いいでしょ。お互い好きで、信頼してる。あ、わかってるから師弟の云々っていうのは今は置いといてね」
    「……」
    「誰でもいいって言っても本当に誰でもいいわけじゃない。少なくとも害意のある相手は嫌だよね。それにおれは強いし、執行人で立場もあるから、無理やりにならないかなって気になったりもする。でもあなたなら強いし、嫌なら嫌って言ってくれるでしょ。お互いにそう」
    「それは、まあ」
    「条件として、あなたとおれは一番適していると思う。だって、おれ以上に信頼できる相手っている? おれはあなたのこと好きだし、信頼してるよ」
    「……それはそうだが」

    无限がうろうろと中空に視線をさまよわせる。

    「でも、あなたが嫌だって言うなら仕方ない。おれにもそういう欲があるし、あなたもそういう気持ちがあるならちょうどいいと思ったんだけど、よそで誰か探すよ。実はまだやったことないんだけど、騙されたり傷つけられたりはしないから大丈夫」
    「騙されたり傷つけられたり……」

    无限が目に見えてうろたえた。小黒がこんなに大きくなって、強くなっても、誰に聞いても一人前どころじゃないって答えるようになっても、无限は相変わらず弟子のことが目に入れても痛くないくらい可愛くて、心配しているのだ。任務で多少の怪我をするくらいなら許せるのだろうが……。

    「无限は今日出かけるんでしょ? あなたが出たら、おれも行こうかな。さすがに同じところで誰か探すのは嫌だから、別のところに行くよ」
    「いや……今日は出かけない。家にいる……」
    「そうなの? こんなにかわいくして、いいにおいもするのに、もったいない」
    「家にいる。小黒もまだ行かないだろう?」
    「……どうしようかな」

    手を握り返し、焦った様子で尋ねてくる无限に、もったいぶって首をかしげる。无限は焦って、必死で、隙だらけだ。こんなんで、何十年も虎視眈々と機会をうかがっていた弟子から逃げられるわけがない。

    「おれ、本当に今日のあなたの格好とか好みで」
    「好み……」
    「うん、可愛い。いいにおいもするし。いいなあ、おれもあなたとしたかった」
    「…………」
    「だからさ、実は、すごーく、そういう気分になっちゃってるんだ。我慢できそうにないから、やっぱり行ってこようと思うんだ。妖精の中には性欲が強くて常時相手を募集してるやつもいるし、心当たりもあるからさ」
    「小黒、そういう者の中には本当にたちの悪いのもいて……」
    「大丈夫だよ。いざとなれば殴って逃げるから」
    「…………」

    弟子に言われるとは思ってもみなかったような言葉を次々にぶつけられ、目を白黒させて无限は黙った。

    (ちょっとかわいそうかも……)

    本当は、誰でもいいなんてこと、全然ない。

    もうずっとずっと、一人だけを想ってきた。无限は小黒のことを深く慈しんでくれるから、気持ちを告げれば苦しめることになるだろうと黙っていたけれど、だからと言って、他で代わりになるようなものでもない。一人で処理はするが、他人とするのは、なんだか裏切りのような気さえして、一切そういうこともなくここまで来た。だから巷では、執行人小黒は性欲がないタイプの妖精なのだと思われている。一番近くにいる无限ですらそう思っていた。
    誰か探すなんて、嘘っぱちだ。
    でも小黒は、これが一番无限に効くと知っていた。

    「……私は……」

    長い熟考の末、无限は口を開いた。

    「やはり、小黒。お前には、誰か信頼しあえる、愛情をお互い向けあえる相手を見つけてほしいと思う。だがそういった相手はなかなか見つかるものではないし、その間情欲を完全に抑えていなけらばならないということもない、とも思う。だから……相手が見つかるまでの間、お前がその、したいときに、私が付き合うというのは、どうだろうか……」
    「いいの!?」

    搾り出すような无限の言葉を聞き、小黒は諸手をあげて喜んだ。

    「う、いいか、相手が見つかるまでだ。好きな人ができたり、もう私としたくないということがあればすぐ言いなさい」
    「ほんとにほんとに!? やった! 无限、おれあなたのこと一生大事にするからね!」
    「待て小黒、だから相手が見つかるまで……」
    「うれしいなあ。今日から恋人だからね! もう無しとか言わないでよ!」
    「無しは言わないが。恋人? ということになるのか? 一夜の相手では」
    「毎日するなら一夜じゃないじゃん」
    「たしかに。……毎日?」
    「无限ももう他の人探す手間いらないからね。おれが責任もってちゃんとするから。まさか自分だけよそ行くなんて言わないよね?」
    「え、ああ、そうだな、もちろん……」

    ずっと握っていた无限の手は、いつの間にか汗をかいて熱を持ち、指先までもしっとりと熱い。何か思っていたのと様子が違うとうろたえる无限と目を合わせて、指先に唇を寄せると、心底驚いてまた口をぽかんと開けた。

    「おれでいいでしょ」

    他の相手なんて、見つかるわけがない。探す気もない。探させる気もない。
    今は同じ温度で握り返してはくれないけれど、无限のことだ。そのうち小黒可愛さで、折れてくれるに決まっているのだ。

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