結びつける噂 昼休みに入ったばかりの授業終わり。同じクラスの人達は各々弁当を取り出したり、財布を持って購買に向かったり、ワイワイと話に花を咲かせていたり。過ごし方は様々だ。
一緒にランチ食べよ!と誘われてハルトと待ち合わせをしているから、早くしないと。
そう思い、上がる口角をなんとか抑えて教科書とノートをトントンと机で揃え、リュックに突っ込もうとした時だった。
「ハルトくんの好きな人って2-Gにいるらしいよ」
前方から決して大きくはない声が耳に入る。
好きな人?ハルトの?そんな話、ハルトの親友であるオレでさえ聞いたことがない。思わず教科書を掴んだ手が止まる。
ハルトはアカデミー内どころかパルデア中にファンがいて、それはもう凄い人気。ジム巡りをしたときのナンジャモとのバトル映像は何百万回と再生されているし、ファンクラブがあるなんて話もある。
だから、ハルトの噂なんて嫌でも耳に届く。その噂は本当なこともあるけど、的はずれなことの方が多い。
それが分かっているはずなのに、そんなの慣れたはずなのに。
もし本当だったらと考えると、ぎゅう……と締め付けられるような胸の痛みは酷さを増すばかりだった。
*
「先輩、なんかありました?顔暗いですよ」
「えっ、あー……実はさっきお前の噂聞いちまってさ。」
サンドウィッチを頬張りながらハルトはそう言った。もごもごと口を動かしてはいるけれど、大きな瞳にオレを写したハルトの表情は真剣だった。
クラスの女子が話していた噂をハルトに言うと、ハルトは驚いたような顔をする。
「そんな噂流れてるんですか……!?うそ、ぼくそんなこと言った覚えないけどな」
どうやらハルトの発言が発祥の噂では無いらしい。そうなると一気に噂の信憑性は無くなる。ホッと胸を撫で下ろして、自分のサンドウィッチに手を伸ばした。
「オレはハルトの親友なのに、親友に好きな人がいるってことさえも知らなかったのかなって考えたらさ、すげー悲しくなっちまってさ……」
そうじゃなくて良かった、と独り言のように呟いて、オレはサンドウィッチにかぶりつく。
……でも、"ハルトに好きな人がいるらしい"とかのふわっとした曖昧な噂ではなくて、"ハルトの好きな人が2-Gにいるらしい"というやけに具体的な噂なのはなぜなんだろう。
そう考えながらサンドウィッチを咀嚼していると、ハルトがおずおずと口を開いた。
「……ぼく、好きな人います。先輩にも先輩以外の誰にも言ってないからその噂は偶然だと思いますけど……2-Gに、います。」
「っ、マジか!?……すげービックリちゃんだ。」
ハルトは、いつもよりずっと真剣な表情で一言一言慎重そうにそう紡いだ。
少し顔が強ばって、頬もほんのり赤く染まっている。
もしかしたら、もしかすると……噂は本当かもしれない。
その噂はハルトの発言がきっかけではないけど、オレに会おうと2-Gに通うハルトを見た人が言い始めたのだとしたら。ハルトが人に話してないだけで、好きな人がオレだとしたら。
一瞬、そんな思考が頭をよぎった。一気に顔に熱が集まる。
いや、でもそんなはずは。だってオレたちは親友だし、男同士だし。あのハルトがこんなオレのことを好きだなんて、親友ってだけで嬉しいのに高望みしすぎだろ。
そんなごちゃつく思考を誤魔化すように、応援するぜ、と引きつってそうな笑顔で言うと、ハルトは眉を顰めて俯いてしまった。
「気にならないんですか、ぼくの好きな人。」
ハルトの声は小さくて、今にも消えそうだった。
ハルトがそんな弱々しい声を出すのは珍しい。それほどハルトを悩ませてしまっていた。
オレは小さく唸りながら必死で言葉を探す。
「……気にならないわけじゃねえ。でも、そこまで踏み込んじまったらわりーだろ。ハルトだって今まで誰にも言ってこなかったんだからさ、言いてえわけじゃねえだろ、……っ?!」
「先輩なら嫌じゃないです。踏み込んでください、考えてください。……ぼくの好きな人が、誰なのか。」
オレが言い終わるより先に、ハルトの右手が机上にあったオレの左手に重なる。驚いて跳ねたオレの手を宥めるように、ハルトの指がするりと手の甲を撫でる。
驚いて手を数秒凝視した後に、ハッとしてハルトの顔を見ると、ぱちりと目が合った。ふざけているわけじゃないことが真っ直ぐにオレを見つめる瞳で分かる。
ここまでやられたら、もうオレの気持ちにもハルトの気持ちにも見て見ぬふりができねえじゃねーか。
そう心の中で呟き、意を決してハルトの手に指を絡める。
「ハルトの好きな人、オレだろ。
……偶然だな、オレもハルトのこと好きなんだ。」
ハルトをしっかり見てそう言うと、ハルトは一瞬目を見開いて、心底嬉しそうに笑った。