オメガバハルペパ「……ッ…ぁ、ぐ、…はぁ…っ」
―――身体が、熱い。頭も、ぼんやりする。
「…っ…はぁ…ッ…ロト、ム…今日、ハルト、…何時に帰ってくる……?」
野菜を切っていた手を止めて、何とか包丁を落とさない様にしてその場にずるずると崩れる。膝に力が入らない。
…折角、料理の専門的な知識を学べる学校に入る事が出来たのに、課題の提出期限だってあるのに。それでも周期のことを考えて、一週間の休みを貰った。
予定通りに現れた症状なのに、抑制剤を飲んではいるものの所詮は気休め程度で、その証拠に身体は熱くなる一方で。
『ハルトの帰宅予定時刻まで、約あと30分ロト!』
そう元気に返答するロトムの声を聴きながら、わかった、と短く答えて、ずるずると身体を引きずる様にして寝室へ向かう。
寝室は二つある。オレの部屋と、ハルトの部屋。
一年の差でアカデミーを互いに卒業して、ルームシェアのように一緒に住むことを提案したのは、ハルトだった。
卒業しても親友と一緒にいられるのは学園生活の延長のようで楽しかったし、嬉しかった。例えハルトにとってその一番の理由が、『オレの身体への気遣い』から来るものだと、わかっていても。
寝室のドアを何とか開いて、ベッドに倒れ込む。けどこれはオレの部屋じゃない。ハルトの部屋だ。
「…っはぁ、は……ッ」
シーツを手繰り寄せて、熱い癖に不自然な寒さを憶える自身の身体へ巻き付けるように纏う。
枕へ顔を埋めて、すぅ、と深く吸い込めば、当然とはいえハルトの匂いが鼻から脳まで満たす様に流れ込んできて、たったそれだけのことで、下肢の疼きは一層強いものになる。
「…っぁ、ハルト……ッ」
…30分も、待っていられない。
下着の感触すら不愉快で、荒らぐ呼吸で急いで全てを脱ぎ去ると、ベッドの中に広がるハルトの匂いを嗅ぎながら、下肢へと手を伸ばした。
とろ、と既に下肢は内腿まで先走りで濡れきっていて、性器、先端に指先で触れれば、たったそれだけのことで、まるで身体中に電気が駆け巡ったかのような快感が全身を支配して、気付けばオレは夢中になって『ソレ』を扱いていた。
「っぁ、ア、ぁ、っぁあ…ッ!!」
……気持ちいい。
自分の弱い箇所を重点的に擦り上げれば、その分快感が返ってきて、頭の芯が痺れるくらいに気持ち良い。
なのに、すぐにでもイけそうなくらい、気持ちいいのに。いつもその寸前で、『足りない』事に気付かされる。
「…っぁ、…ま、た……ッ」
限界まで高まった射精欲に反して、身体は一向に精液を吐き出そうとしない。
――ハルトが戻るまで、まだ時間がある。それどころか、もっと遅くなる可能性だってあるのに。
それまで、この、ある意味で地獄のような時間を過ごさなければならないのかと思うと、視界が涙で霞み、不規則だった呼吸は一層浅くなって、そして、
「…っ…ペパー、遅くなってごめ、…ッ…ただいま…っ」
突然、玄関が開く音、バタバタと忙しない足音が近付いて来たかと思えば、相当走ってきたのか、必死に呼吸を整えるハルトがそこには立っていて。
「…ぇ…ハル、ト……?…オレ、オマエにヒート来たって言ったっけ…?」
確か、メッセージすら送っていない。今回は念のため余裕をもって休みを貰ったから良かったものの、いつもに比べれば数日早く来たくらいであり、…だから、ハルトが何でこんなに急いで帰ってきたのか、理由がわからない。
「…さっき、もうすぐ着くよって言うつもりで連絡入れたんだけど、出なかったでしょ?だからもしかしてと思ったんだけど…急いで帰ってきて良かった。
…ぁ、そうだ抑制剤!いま持って、」
ベッドから離れていこうとするハルトの手首を掴んで、引き寄せる。
バランスを崩したハルトの身体はオレを組み敷く様な体勢で、その顔に一瞬で熱が灯るのを見た瞬間。初めてヒートが起きてから数年、自分以外を受け入れる事を、
――ハルトを。その熱を、形を、憶えた身体…下肢に、強い疼きが走った。
「……オマエが、いい。……薬は、いらない、から…」
オレを見下ろすハルトの普段柔らかで穏やかな、優しい瞳が一瞬、少しだけ鋭く、欲に濡れ、揺れるのを見る。心臓が、僅かに跳ねる。
瞬間、両手首がベッドに強い力で縫い留められた。