目の中の宝(ザクジン)「フェニックス号のザックレッドは、副船長の目の中にとっておきの宝を隠しているらしい」
賑わう飲み屋の中でどこからか飛んできた新聞にはそんなことが書いてあった。誰かが投げつけてきたのかと見回すが、酔っ払いばかりであまり気にされている様子もない。この小さな港町に来た時は俺たちの他に海賊船もなかったようだから、他所から喧嘩を売られたわけではないだろう。
「なんだよこれ」
「あ?……ほう、こんな噂出回ってるのか」
同じ机で今まさに肉を頬張ろうとしていた右腕に話しかけ、新聞を投げ渡す代わりに皿ごと奪い取る。興味深そうにそれを読み始めたのをいいことに全部口に詰めると、机の下で思い切り足を踏まれた。
「新聞の一面を飾れるようになるたぁ、この船の一員として誇らしいぜ」
「そうじゃねぇ!内容だ、内容!」
「カシラが俺の右目に宝を隠してるって?面白いこと考える記者もいたもんだな」
ケラケラ笑うブラックは酒も入っているせいか楽しそうだが、こちとら不服極まりない。足を踏み返しながら樽ジョッキを煽ると、新聞が返ってきたので、グシャグシャにしてそこらへんに捨ててやる。
「酒2つとこれ、もう1つ」
「んな悪趣味なことするわけねぇだろうが!お前もお前だ、ブラック!それ年がら年中着けてるからこんな噂流れるんだろうがよ!」
「おい、八つ当たりはよしてくれ。普通に外す時は外してるだろ」
片手間に通りすがった姉ちゃんに追加の肉と酒を頼むのを見ながら文句を垂れる。ビシ、と指さしたのは軽装の今でもその噂の右目を覆っている眼帯だ。
暗所に目を慣れさせる為である眼帯は、昔こそ流行って海賊全員が着けていたらしいが、今ではあまり見かけない。理由は単純。距離感が掴みにくく、動きが鈍るから。時代遅れだと揶揄する者も多く、ある程度名の知れた若手海賊船の中ではブラックくらいしか着けているのを見たことがない。
それ故か、度々ブラックの右目について噂が広がるのだ。やれ下っ端時代に潰されて無くなっているやら、亡国の血を引く白い瞳を隠しているやら、見られたら石になるメデューサの目を持つやら……。別に右目があるだけだってのに。
「だが、面白い案かもしれねぇな。よっぽどの事がない限りここなら守り切れる自信がある。義眼の代わりに容れ物を入れりゃ、案外実現できるかもしれないぜ?」
「まあ、そうなりゃ最強の宝箱だが……」
「容量は少ないだろうけどな。なんとしてでも奪われたくない宝を手に入れたら言ってくれ。空けてやるよ」
今夜のブラックは本当に上機嫌だ。自らの眼帯をトントン叩いてそう言うと、ずっとニコニコ笑っている。多分俺が新聞の一面を飾り世間に注目されたのが嬉しいんだろうが……その発言はいただけない。
名を呼び、チョイチョイと指で招く。近寄ってきた顔に触れ、眼帯を上げると一瞬眩しそうに震えた目が揃ってこちらを見た。
「これより良いものなんて無いだろ。奪われたり失くしちまったら許さねぇからな」
笑いかけると、キョトンと間の抜けた顔になる。見開いた目には満足げな表情の自分が写っていて、間抜けに見えるのは俺も同じようなもんだった。
そのまま頬を撫でていると、ブラックは思考力を取り戻したのか困ったような、でもちょっと照れた顔で眉を寄せている。それでも二つの眼がこっちを捉えたままなのが良い気分だった。
「濁った灰なんざ綺麗じゃない」
「俺にとっちゃ一番の宝だぜ」
目ん玉だけじゃない。黒い髪も、大きい手も、長い足も。低い体温と心地良い声も、古傷の一つから涙の一滴まで、全部俺だけの宝だと言えばわかってくれるだろうか。
身を乗り出して瞼に口付けだなんてクサいことをしてみると、口をムッと結んでいたブラックは観念したように呆れて笑った。そういう、何かが崩れる瞬間が無邪気にも見えて、結構俺はこういう顔も好きだったりする。
「こんなの欲しがるのはカシラくらいだよ」
「あぁ?見る目がねぇ奴らばっかりだな」
店内は騒ぎが大きくなっていて色んな物が飛び交っている。足下に転がった新聞記事も、どうせ明日にはゴミ箱行きだ。噂だって、どうせすぐに新しいもので溢れる。
ああ、ただ……目の中に物を入れさせてるなんざ悪趣味だ、とは最初こそ思ったが、その目ん玉自体がとっておきなのだから記事は間違ったことを言っていないのかもしれねぇな。
そんなことを考えていたら、後日「噂は本当!?ジーンブラックの目に隠された宝を見て笑うザックレッドを激写!」だなんて新聞記事が出回り、それどころか「目の中の宝にキスをするザックレッド」まで隠し撮られていたことが判明し、船の上で未知の情報屋に吠えることになったのはまた別の話である。