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    0421happy_life

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    さねぎゆ版さワンドロワンライ【お題:夏の夜の夢、未熟、まばたき】で書かせていただきました。現代設定。一緒に暮らしている二人が、🌊が連れ帰って来た生き物をどうするかで喧嘩する話です。データが飛んで書き直したら、更に長くなってしまいました💦主催者様、読んで下さった皆様、ありがとうございました!

    #さねぎゆ
    #ワンドロ

    猫と視た夢 重苦しい沈黙が圧し掛かる部屋。時を刻む秒針の音にさえ苛立って、不死川は落着きなくテーブルを指で叩いた。すると、此方を睨みつける青い瞳が、それを咎めるように一際鋭さを増した。クーラーが音を立てて冷風を吐き出しているというのに。先程から少しも涼しさを感じられず、頭皮にはじわじわと汗が浮かんでいる。致し方ないのだろう、沸点を越えた思考は一向に落ち着を見せないのだから。
    「……………」
    「…………チッ」
    「お前はすぐそれだ」
    「ああ⁉」
    「苛立っていますという雰囲気を、前面に押し出てくる」
    「事実、苛立ってんだよォ‼」
    「なぁ――」
     不死川が感情に任せ、テーブルを拳を叩こうとした、その時。冨岡の腕に抱かれている黒い仔猫が突然鳴いて、勢いを削がれてしまった。宙でぴたりと止まる拳。不死川はそれを所在なさげに彷徨わせた後で、正面の男から顔を背けて腕を組み、小さく舌打ちする。
    「…………」
    「…………」
    「な――」
     可愛らしい幼い声に、怒りはみるみる吸い取られてしまう。おい! 絆されんじゃねえぞ。何回こんな場面に出くわしてきた⁉ ホイホイ簡単に拾ってきやがって。生き物の命はそんなに軽いものではない。最後まで責任を持てるかも分からないのに、中途半端なことを! 一旦は静まりかけた怒りが、腹の底から沸々と湧き上がる。
     黙りこくったままの男が気になって一瞥すれば、腕の中で上下左右に転がる猫へ柔らかな眼差しを注ぎ、微笑んでいた。
     きゅん。
     素直な反応をする心臓に忌々しさを覚えつつ、不死川は冨岡と仔猫を視界の中より追い出した。
    「しなずがわ」
    「…………」
    「しなずがわ」
    「………ンだよ」
    「かわいいぞ?」
    「玩具じゃねんだぞ? 軽い気持ちで行動しやがって」
    「軽い気持ちじゃない! ……確かに、今まではお前に迷惑をかけた。それは申し訳なく思っている」
    「…………」
     冨岡は、これまでも何回か生き物を二人が暮らす家へ連れ帰って来た。猫、犬、蛇、甲虫。カブトは家族として迎え、一匹では寂しいだろうと見つけて来たメスと無事つがいになり、生まれた幼虫たちは次々と大人になっている。他の動物たちも不死川が奔走して飼い主を全て見つけたのだ。
    『次、何か生き物を見つけたら。最後まで向き合いたい。責任もって』
     生き物図鑑や犬猫の飼い方、他にも幾つもの書籍を大事そうに胸に抱えて訴える男を、信じたい気持ちはある。だが、その前が悪すぎた。後先考えず連れてきては、此方がその尻拭いだ。生き物を前にして、放っておけなくなる気持ちは尊いとは思う。しかし、知識がない人間が闇雲にしていいことではない。
     不死川は外していた視線を正面に戻す。しかし、真摯な色を映す美しい青に気持ちが揺らぎそうになり、再び顔を背けると低い声で言葉を返した。
    「駄目だァ」
    「勉強もした。お前だって知っているだろう?」
    「…………しつけェ」
    「なぁ――」
    「こんなに頼んでいるのにっ」
    「気持ちがありゃあ、上手くいくもんでもねェだろうがっ」
    「な――」
    「…………」
     眉尻を下げた冨岡が、腕の中で寛ぐ猫を見つめる。不死川の頑なな態度が悲しいのだろう。桜色の唇に強く歯を立てる様が痛々しく、またしても心がぐらついてしまった。とんだ未熟者だ。俺は、この男が感情を押し殺そうとする表情や、何かを訴えかける時の潤む瞳に弱い。それをひとたび目にすると、折れてしまってもいいかと考え始めてしまうのだ。しかし、それが繰り返された結果、不死川は飼い主を探して走り回ることになっている。ここは厳しく対応すべきだろう。
    「な――」
     夜に紛れれば、区別がつかなくなりそうな見事な黒猫は、テーブルに飛び移り不死川のいる方へゆっくりと歩み寄ってきた。
    「な~~」  
     此方をまっすぐに見つめ、大きく口を開けて猫は鳴く。そうして不死川の膝の上に乗ると、体を丸めて目を閉じた。布地を介して伝わってくる、あたたかなぬくもり。てっきり、母猫とはぐれたところを冨岡に拾われたと思っていたが。人間を全く怖がらないし、会って数時間でゴロゴロと甘えるような声を出している。ひょっとすると、捨て猫だったのではないだろうか。飼っていた猫が想定外の妊娠をし、産んだはいいが困ってしまい捨てた……? 想像でしかないが、どんな理由があるにせよ許されることではない。生後半年どころか、その半分にも満たないだろう小さな体。一匹で生きていけないことは誰の目にも明白だった。
    「…………」
     膝上へ眼差しを注いでいた不死川に、ザクザクと痛いほどの視線が突き刺さる。きっと、顔を上げれば仔猫の窮状を訴える潤んだ瞳が待っているに違いない。その手には乗るものか。不死川は目を瞑り、冨岡の顔を見ないようにして眉を吊り上げた。
    「仔猫より、まずは大人飼ってからだろ」
    「なら、この猫と成猫の二匹を飼おう」
    「それじゃあ意味ねェだろうがっ」
    「だが、飼わないことには理解を深められない」
    「しつけえ‼」
    「…………」
    「…………」
     居心地の悪い沈黙が、再び我が物顔で部屋に居座る。瞳を研ぎ澄まして二人はローテーブルを挟み、睨み合っていた。
     ――逸らしたら負け――
     そんな、子供じみた矜持で保っていた平行線。それを最初に崩したのは冨岡の方だった。ふっと視線を外し、ローテーブルに手を付いてゆっくりと立ち上がる。
    「おい! まだ終わってねェぞっ」
    「いずれにしろ、食事は必要だろう? 店が開いているうちに行ってくる」
     どこか寂し気に感じる背中は、此方を振り返ることなく玄関に向かい。ドアを開けて家より出て行ってしまった。
     時刻は現在、十八時になろうとしている。仔猫用フードは自宅より徒歩五分のコンビニには売っていない。いつから食事をしていないかも分からないし、重要なことであると言えた。店が閉まっては、明日の開店まで猫を心配して過ごす羽目になるだろう。
    「…………」
     不死川はぼんやりと宙を見つめ、冨岡とのやり取りを反芻する。間違ったことは言っていない筈だ。だというのに、もやもやとした嫌な感情が胸の内で渦を巻いている。
     不死川は中学生の頃、少しの間だけ犬を飼っていた。兄妹が拾ってきて、ちゃんと面倒を見るからと必死に母へ訴えていたのを憶えている。しかし、うちは家族が食べていくだけで精一杯だったし、万全の態勢で飼育出来るとは言えない状況にあったと思う。少なくとも、母はそう判断したのだろう。飼いたいと言う人を見つけて来て、二週間ほどで犬との暮らしは終わりを告げることとなった。当時は泣いてばかりの下の子たちを慰めるのに忙しく、寂しさを実感する暇はなかったけれど。再びいつもどおりの生活が送れるようになると、心にぽっかりと穴が空いたような感覚が心を蝕み、暫くそれを引き摺って過ごしていた。大人になった今だからこそ、母の考えは間違っていなかったと理解できる。迎え入れる準備があり、環境を整えられる気持ちと用意がある人が、飼うべきであると思うのだ。二人は、冨岡家の実家だったマンションで一緒に暮らしている。ペット可の物件であるから、そこは問題ない。互いに仕事も持っているし、金銭面においても苦労させることはないだろう。しかし、忙しくて家を空けることが多いのが気になってしまった。日中、仔猫を一人にする時間が殆どになるし、寂しい思いをさせることになる。
    『なら、仔猫と成猫を二匹で飼えばいい』
     ああ、その通りだ。孤独という面においては問題を解決できるな。しかし、初心者が猫を二匹。俺たちは、二つの命を背負うという覚悟を持てるのか? その答えが見つからずに、思考は堂々巡りだ。
    「あ――……」
     不死川は大きな溜息を吐き出して、カーペットの上に寝転がった。すると、猫も膝から下りて伸びをし、顔の傍まで歩み寄る。すぐ脇で丸くなると、青い瞳を瞼の裏に隠して昼寝の続きを始めた。呼吸の度に上下する体。頬に当たる柔らかな毛は心地良く、熱く感じるほどの体温は微睡へと誘う。徐々に重くなってきた瞼は静かに落ちていき、意識はみるみる薄らいでいく。
     ――起きとかねえと。冨岡が帰ってきたら話の続き……。
     思考できたのはそこまでだ。それは前触れもなくふつりと途絶え、沼の中へゆっくりと沈むような感覚が体の隅々まで満ちていった。


              ***


    「しなずがわ、しなずがわ」
     心地いい声が俺を呼ぶ。瞼を持ち上げると、びい玉のようにつるんとした海色の瞳が、視界いっぱいに広がった。
     ちゅう。
     粘膜が重なって、触れ合う場所を音を立てて吸い上げていった。唇が溶けていくような気持ち良さが頭を犯し、恋人が思考を埋め尽くしていく。癖のある濡れ羽色の毛先に指を絡ませ、不死川の手は背中を下る。そうして辿り着いた細い腰を、静かに抱き寄せてもう一度桜色を啄んだ。
     ちゅう。ちゅ。ちゅ。
     尻たぶを掴んでやれば、唇に呼気が当たる。その反応に昂った不死川は、ズボンを引き摺り下ろそうとした。しかし、それらしいウエストゴムは見つからず、背中には何やら結び目がある。何かがおかしい。不死川が瞳をしっかりと開けて姿を視界に捉えれば、冨岡は紺色の着物に黄土色の帯を締めていた。着衣のあまりの変わりように、不死川は目を見開く。
    「はァ⁉ おまっ。なんだ、その恰好ォ」
    「何がだ。いつも通りだろう」
    「そんなの、さっきまで着てなかっただろうがっ」
    「洋服を着ろと言いたいのか……? お前は楽だと言うが、俺は嫌だ。落ち着かない」
    「…………は」
     戸惑い混じりの問い掛けに、男は面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。不死川は言葉を反芻してみるが、全く理解出来ずに目を瞬かせた。何が嫌だ、だ。俺は、冨岡が着物を着ているところなど見たことがない。そもそも、この男は楽な格好を好むのだ。夏の間はTシャツかタンクトップ。下はハーフパンツや、ランニング用のショート丈を好んで穿いている。
    「…………!」
     何気なく自分の体へ視線を落としてみると、不死川も灰色の着物に黒の帯を付けていた。冨岡の向こうに広がる室内の景色。洋室だったはずの部屋は和室となっていて、家具の類もテレビで見るような昔のものに変わっている。二人は日本家屋の中にいるようだ。十畳はありそうな室内。一部屋でこれであるなら、屋敷全体ではどの程度の大きさになるのか、全く想像がつかない。何が起こっているのか状況が飲み込めずに、不死川が首を傾げていたら。冨岡が甘えるように此方へしなだれかかって来た。
    「それに……」
    「な、んだよ」
    「したくなったら、すぐ繋がれる」
    「…………っ」
    「だから、すきだ」
     瑞々しい桜色の唇が不死川の耳に触れ、湿った吐息が注がれる。誘われるがまま首筋へ舌を這わせれば、「いやだ、くすぐったい」と、少しも困っていない声が届いた。

    「みゃああああ」

    『こっちの準備は済んでいるぞ』 
     それを伝える為に伸し掛かり、腰をぐ、と押し付けようとしたら。聞き覚えのない猫の声が耳に届き、不死川は顔を上げる。すると廊下に繋がる襖の向こうより、白い長毛の猫がゆっくりと歩んできているのが目に留まった。
    「ああ、そうだ。忘れていた」
     冨岡は間の抜けた声で呟くと、不死川の下より這い出して猫に手招きする。その様子を見ていた不死川は、恋人の姿に言葉を失ってしまった。全く気が付かなかったが、この冨岡には右手が存在していない。いや、猫を呼ぶのに動かす様を見る限りだと、肘の辺りまでは残っているように思う。痛がってはいないし、最近の怪我ではなさそうだった。
     ――成程、これは夢か。
     それは、すとんと不死川の中に落ちて来た。冨岡は、当たり前であるが両手は勿論揃っている。洋服しか身に付けたことのない男の着物がいい発言も、夢だと考えれば違和感なく受け入れられた。パタパタと左右に揺れる袖。どの様になっているのかが気になって、見てみたい衝動に駆られる。しかし、冨岡は嫌だと思うかもしれない。不死川は不躾な好奇心を胸の奥へ押し込んで、頭を左右に振って気持ちを落ち着かせた。
    「みゃあああ」
     白い猫は柔らかそうな毛並みをしているが、顔つきはお世辞にもいいとは言えない。顔に幾筋も入る古傷は、厳しい環境下で生きて来た過去を物語っているようだった。冨岡の膝へ繰り返し頭を擦り付ける体躯は立派であるし、何匹もの猫を従えていたと言われても納得してしまうだろう。
    「みゃああああ」
     白猫は、先程から何かを呼ぶように鳴いていた。どうしたのかと思っていたら、廊下より「なあ……」と聞き取るのがやっとの小さい声が聞こえる。暫しの時間をおいて部屋に入って来た猫の姿に、不死川は目を剥いてしまう。それは、冨岡が連れて帰って来たのとそっくりな黒猫だった。唯一違うのは、此方は成猫であるというくらいか。驚いた不死川が数回瞬きを繰り返してみるも、目の前の光景に変化は見られない。だが、これは夢なのだ。何が起きても不思議ではない。そう胸の内で呪文のように繰り返し、動揺が過ぎ去るのを待った。
     黒猫に嘗てあっただろう毛艶はなくなっていて、体には汚れが目立つ。しかし、大きな青の瞳は宝石のようで、確りと手入れをしてやれば以前の美しさを取り戻せそうである。あのこどもも、このおとなのように麗しい猫になるのだろうか。一旦そう考えてしまうと、頑なだった筈の心が音を立てて崩れていく。成長した姿を見てみたい。素直にそう思った。
    「みゃああああ」
    「……なあ」
     白猫が鳴くと、黒猫もそれに呼応するように声を出すが、部屋の入り口から動こうとはしない。痺れを切らした様子の白猫が、歩み寄って畳の上に寝転がる。すると、黒猫も伸し掛かるように隣に体を横たえ、二人で毛づくろいを始めた。
    「さっきからあの調子だ。はなれたがらない」
    「…………」
    「ひとりで散歩に行ったのに。帰ってきたらふたりになっていた」
    「何でェ。街に出て雌猫引っ掛けて来たのかァ?」
    「いや、どうやら雄猫のようなんだが。離すと大きな声で呼ぶ」
    「…………」
    「しなずがわ」
     冨岡は不死川の手と自分の手を結び、名を呼んだ。どこか見憶えのある流れに、嫌な予感が一瞬過る。潤む瞳から僅かに視線を逸らし、不死川は返事をした。
    「……んだよ」
    「後生だ。……一緒に居させてやりたい」
    『軽い気持ちで、命を受け入れるんじゃねえ‼』
     先程の考えが揺るぎないのなら、そんな言葉を返す場面であるのだろう。しかし、この仲睦まじい姿を目にしたら、たちまち正論は引っ込んでしまう。
    「叩き出しちまったら。追いかけて、そのまま出奔しちまいそうだなァ」
    「しなずがわ!」
    「冗談だァ。……ま、一匹が二匹に増えたって大して変わんねえだろ」
    「……! 感謝するっ」
     はち切れそうな笑顔でかんばせを満たし、冨岡が抱きついてくる。そのまま押し倒して降らせる口付けの雨を、不死川は酸素を探しながら受け入れた。しかし、何故だか息苦しなさは変らない。此方の状況を把握していない冨岡が腕の中に顔を抱き込み、更に遠慮のない力を加える。苦しい。息が出来ない。楽になりたい一心で、気付けば大声をあげていた。

    「おい! やめろって‼ くるし……あ?」

     黒い塊が、首より下りていくのが一瞬見えた。不死川の目に映るのは、和室ではなく洋室だ。いつもと同じ冨岡家のリビング中に居て、足元には先程二人が睨み合っていたローテーブルも置いてある。やはり、夢を見ていたのか? 朧気な記憶からそう認識はしたが、見た夢は随分と生々しく、未だ手には冨岡の着物の感触が残っている。現との境界がひどく曖昧で、不死川は顔を強く擦り眠気を頭の中より追い出した。
     壁の時計を見上げれば、既に十九時を回っている。家には先程までと同様に、自分以外の人の気配はなかった。仔猫用フードがあるスーパーまでは徒歩で二十分。往復を考えても少々遅い。迷いはしたが、不死川は冨岡を探しに行くことに決める。これ以上問題を拗れさせたくはなかったし、夢を見た後で己の言動を振り返ってみれば、少々頑なだったと反省もあった。何より大きかったのは、冨岡の顔を見て安心感を得たいという気持ちだ。ここは、俺の在るべき場所なのだと。
    「なぁ――」
    「すぐ戻ってくるからよ、ちょっと待ってな。飯もって帰ってくるわァ」
     不死川は仔猫の頭を掻き混ぜると立ち上がり、玄関で靴を履いて外に出た。スーパーまでの道を辿りながら、慎重に周囲を確かめて進んで行く。家から十分程度の場所にある駐車場へ差し掛かると、その敷地内にしゃがみ込んでいる探し人を見つけた。
    「とみおかっ」
    「…………しなずがわ」
     冨岡は手の平に買って来たフードを乗せ、野良猫に餌をやっているようである。駆け寄って見た足元で寝そべる猫の姿に、不死川は言葉を失ってしまう。夢で見た白猫にそっくりだ。傷は鼻筋の上を通る一本だけのようだが、目つきはやはり鋭い。月齢は家に居る黒猫とそれほど変わらない小さな体で、痩せこけている上に汚れがひどかった。
    「家に帰ろうとここを通ったら、この子を見つけた。痩せているし、周りにも母猫がいなくて」
    「…………」
    「しなずがわっ」
     冨岡は立ち上がると、その勢いのままに此方へ向けて、深く深く頭を垂れた。
    「不死川、頼む。どうか、この子の面倒を見させて欲しい」
    「…………」
    「中途半端なことはしない、約束する。この子が元気になったら……それぞれ大事にしてくれる人を探す。だから……」
     じゃり。
     足を踏み出すと、アスファルトに転がっていた小石が音を立てる。それに俯く男の肩が強張るのが、視界の端に映った。屈んだ不死川は腕に白猫を抱え、地面に置いてある餌の入ったビニール袋を、冨岡の胸に押し付ける。
    「一緒に飼えば問題ねえだろ」
    「え、……え?」
     袋を受け取った冨岡は、瞬きを繰り返し此方を見つめる。不死川が手を引いて歩き出せば、戸惑う様子を見せながらも足を動かし家路を進んだ。
    「ど、どうしてっ」
    「ああ? そうだなァ……。離すの可哀想になるくらい、仲良くなるだろうからよ。それに」
    「それに……?」
    「責任。もてんだろ」
    「あ、ああ! 勿論‼」
     冨岡は顔を綻ばせ大きく頷く。そうして隣に身を寄せると、腕の中で不安そうに見上げる紫を覗き込んだ。
    「これからよろしくな」
     頭を撫でて、優しい眼差しを注ぐ。すると、返事をするように仔猫が「みゃあ」と、小さく声を出した。


              ***


    「すごい、不死川の言う通りになった」
    「な? 離したくねえだろ」
    「ああ。……一緒に居させてやりたい」
     不死川の言葉に、冨岡は柔らかく頬を緩める。夜も更けた、後は眠るだけという時間。二人はベッドに潜り込み、話をしていた。視線の先であるベッド下には、猫たちの寝床が用意してある。そこには隙間がないほどに体を寄せ合って眠る、白と黒の猫が。
     二匹を見つめ、不死川はあの日見た夢を思う。不思議な体験だった。まるで実際の出来事を体験したような、妙な現実感が未だ残っている。あれは一体……。
    「しなずがわ? どうした」
     不死川の顔を覗き込む恋人。身に付けているタンクトップからは淡色の胸の尖りが見え隠れして、無防備な様が逆に欲を誘う。碧の瞳には無垢な光が宿り、健康的な色香を纏っていた。その姿に、妖しい魅力を醸し出す、夢の中の冨岡がよみがえる。たっぷりと仕込まれたことが窺える絶妙な隙。此方の恋人も、育てればあんな色気が滲み出すようになるのだろうか――。
     抱き寄せて尻を揉めば頬は真っ赤に染まり、困ったように眉尻が下がる。美しい青は、何かを期待するように甘く潤み出した。
    「……いや。悪くねえかもな、これも」
    「なんだ? 誰かと比べてるのかっ」
    「おう。テメェとなァ」
    「あっ、ふ! ふむ」
     眉を吊り上げた男をベッドに縫い付け、唇に食らいつくと下着の中に手を滑り込ませた。やがてベッドが揺れ出せば、それに気付いた猫たちが薄っすらと目を開ける。しかし、いつも通りの様子に目を閉じて、するりと互いの尻尾を絡ませた。やがて聞こえ始める健やかな二つの寝息。清々しい朝がやって来るまでは、あともう少し。

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    DONEさねぎゆ版ワンドロワンライ、お題【50、半分、勘】で参加させていただきました。
    現パロの付き合っている二人。
    【待ち合わせ前に近くをブラついていた🍃。本屋の店頭に並ぶ商品へ手を伸ばそうとしたら、突然声を掛けられて。】
    『初めての振りでデートしよう』そんな🌊の言葉から、他人として振る舞おうとするさねぎゆです。
    見知らぬあなたと街角で 不死川はショーウインドーに映る自分の姿を、上から下までじっくりと見つめた。左右に身体を動かしてみるが、黒のタートルネックに同色のジャケット、チャコールのチノパンにおかしいところはない。最後に乱れた髪を整えれば、準備は万端。硝子の向こうで最新のファッションに身を包むマネキンに背を見せると、雑踏入り乱れる交差点へ眼差しを注ぐ。
     待ち合わせ相手の姿は、まだ辺りにない。腕時計を確かめれば、十時を過ぎたところである。約束は三十分だったので、当然と言えば当然か。街中でぼうっと立っているのも落ち着かず、不死川は近くの店を適当にブラつくことにした。
     美味そうなパン屋の店頭販売が少しだけ気になったが、それは後で一緒に食べながら歩いた方が楽しいだろう。フルーツパーラー、雑貨屋の店先を冷やかした後で、書店へとやって来た。
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    「……………」
    「…………チッ」
    「お前はすぐそれだ」
    「ああ⁉」
    「苛立っていますという雰囲気を、前面に押し出てくる」
    「事実、苛立ってんだよォ‼」
    「なぁ――」
     不死川が感情に任せ、テーブルを拳を叩こうとした、その時。冨岡の腕に抱かれている黒い仔猫が突然鳴いて、勢いを削がれてしまった。宙でぴたりと止まる拳。不死川はそれを所在なさげに彷徨わせた後で、正面の男から顔を背けて腕を組み、小さく舌打ちする。
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