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    Enuuu

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    Enuuu

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    雨玄♀
     ※ 玄武が女体化している。
     ※ 玄武が人魚っぽい何かになっている。
     ※ リハビリなので普段以上にひどい文章。メモ程度。

    泳げない人魚(1回/全5回) 早く帰ってくださいねと眉根を寄せる山村から事務所の鍵を受け取り、彼を見送った。
     葛之葉雨彦は315プロダクションに所属するアイドルであり、掃除屋だ。週に二、三度、先程のように事務員の山村から事務所の鍵を受け取って掃除をさせてもらっている。掃除屋としての業務ではない。趣味だ。
     葛之葉は事務所の応接室になっているスペースや、プロデューサーと山村の机周りから掃除をしていく。粗方すませると開け放していた窓を閉じて鍵を閉める。室内が先程までと比べて明らかに綺麗になったことに、葛之葉は満足気に息を吐いた。
     気が乗ってくると、ついつい本格的に掃除がしたくなる。しかし夜通し掃除をして、翌日の仕事に響いてしまうと困る。
    「次はレッスン室だな」
     葛之葉は独り言をこぼし、掃除道具を持って部屋を移動する。
     レッスン室の扉についているドアノブへ手を掛ける。いやに軽いなと思えば、扉が開いた。山村は事務所内の施設には全て鍵をかけてから自分へ渡しているはずだ。今日に限ってかけ忘れたのだろうかと考えつつ、葛之葉は掃除道具を抱え直してレッスン室へ入る。
     室内へ一歩踏み入れ、葛之葉は眉を顰めた。
     葛之葉は他人のネガティブな感情や魑魅魍魎の類を視認することができる。これは葛之葉の家の女性が持つ力だった。葛之葉は男でありながら、いわゆる「目が良い」とされていた。
     レッスン室の奥が淀んで見える。
     葛之葉は掃除道具を壁に立てかけ、澱みの原因へ近づいた。そこはレッスン着に着替えたり、荷物を置いておいたりするためのロッカールームだった。男性用と女性用とに分かれていて、女性用のロッカールームは315プロダクション唯一の女性ユニットである神速一魂が使っている。淀んでいるのは女性用の方だ。
     葛之葉は悩んだ。いくら同じ事務所の仲間と言っても、三十路の男が異性のロッカールームへ入るのには問題がある。それに加えて、葛之葉は神速一魂の玄武に思いを寄せていた。
     黒野玄武は女子高校生ヤンキーユニットとして売り出し中のアイドルであり、芸能界では葛之葉の先輩にあたる。彼女は葛之葉のことを「雨彦アニさん」と呼んでいるが、葛之葉はその敬称を不相応に感じつつ、くすぐったがりながら受け取っていた。彼女はまるで本当の兄のように慕ってくれている。眉目秀麗、才気煥発。惚れるなと言うほうが無理な話だと、葛之葉は思う。
     放っておきたくないんだがな。
     葛之葉は悩みながらレッスン室の壁にかけられている時計に目をやる。時計の短針が九に重なろうとしていた。山村も帰っているし、この時間に事務所に残っているのは自分しかいない。それは掃除をしていれば確認できた。
    「____すまん、入るぞ」
     葛之葉は息を吐くと、ロッカールームの扉を開けた。鈍い音がして扉が重たくなる。鍵がかかっていたのかと手を止めれば、思惑に反して扉はあっけなく開いた。
     ロッカールームは真っ暗だった。葛之葉の目が暗闇に慣れてくると、ロッカールームの隅に誰かいるのが見える。
     黒野だった。
     こんな時間に何をしているんだ。事務所の鍵は山村が閉めて回ったはずだが、どうして。葛之葉は何か言わなければいけないことがあると分かっていたが、口が重たくなって何も言えなかった。ただ黒野のレッスン着からのびる脚に釘付けになっていた。
     彼女の白い脚には鱗がいたるところに生えていた。
    「みないでくれ」
     葛之葉は顔を上げる。
     黒野と目があった。
    「みないでくれ、たのむから」
     彼女は顔を青くして、葛之葉の顔をしっかりと見据えながら泣いていた。涙は頬をつたい、床や彼女の手の甲へ落ちる。手の甲にじわりと鱗が浮き上がるのが見え、葛之葉は咄嗟に視線を逸らした。
     葛之葉の目には黒野の周囲は澱んで見える。ロッカールームが汚れているのではなく、黒野自身が汚れている。ロッカールームの外へ汚れが漏れ出ていた原因は彼女だろう。何度も彼女のそばにいたにも関わらず知覚できていないことが不思議だが、おそらく普段の彼女は鱗を生やしていなかったのだろう。黒野の脚に鱗が生えているのを見るのは初めてだ。
     黒野が嗚咽をこらえ、小さく悲鳴をあげる。
     聞いていられない。
     葛之葉は黒野がいる方へ視線を戻した。こわばった表情の黒野が自身の脚をタオルで拭いている。力が強いのか、その動きはタオルを擦り付けるようになっていて、バラバラと鱗が剥がれ落ちていた。タオルのところどころに血が滲んでいる。黒野の浅い息遣いと鱗が触れ合ったり千切れたりする音だけが響く。
    「黒野」
     葛之葉の呼びかけに黒野は腕の動きを強くする。
     葛之葉は大股でロッカールームの中へ入り、タオルを掴んでいる黒野の腕をとった。彼女は驚いたように体を跳ねさせると、嫌々と頭を振って暴れ始めた。
    「黒野、落ち着いてくれ」
    「や、やだ。みないで。みないで、アニさん。みるな」
    「すまん、黒野」
     見ないでと繰り返す彼女の両腕を取り、背に回って後ろから抱き締める。ようやく黒野は動きを止めた。彼女は体を震わせ、涙を拭う。腕や頬に鱗が生えていくが、黒野はもう構わないようだった。
    「なんで」
    「勢いで鱗を剥がすもんじゃない。痛いだろ」
     葛之葉は彼女を抱きしめたまま、片手を血が滲む彼女の足へ滑らせる。鱗が生えていたあとは普通の傷口になっていた。これなら一般的な手当てをすれば問題はないだろう。このまま放っておけば化膿してしまう。葛之葉は体を丸めるようにして震える彼女を落ち着けるように、努めて冷静に声をかけた。
    「黒野、足の手当てをさせてくれないか。このままじゃ傷が残っちまう」
     ややあって黒野は首を縦に振った。
     黒野が泣き止むのを待ちながら、葛之葉は彼女の傷口を消毒していく。みるみる減っていく絆創膏に痛々しさを感じながらも、手を止めはしなかった。足にできた傷口を全て治療してしまう。
    「……他に痛いところはないか?」
     黒野は俯いたまま首を横に振る。彼女はすんと鼻を鳴らすと、伸ばしていた両足を抱えた。俯いたままで彼女の表情は分からない。
    「気色悪ぃだろ」
     彼女は自嘲気味に言った。
    「足にびっしり鱗が生えて、血だらけで、気味悪かっただろ」
     葛之葉はそんなことないと言いかけ、口をつぐむ。彼女に届く言葉を葛之葉は持ち合わせていなかった。
    「私、人魚らしいんだ。絵本に出てくるような綺麗な奴らじゃないから信じられねぇと思うがよ」
     黒野は顔をあげた。また彼女の両目に涙が溜まっていく。震える声で彼女は、見られたくなかったなあと呟いた。
    「黒野、俺はお前さんのことを気持ち悪いとは思っちゃいないぜ」
    「慰めはいい。こんな、普通とは違う……。普通の女の子じゃないだろ」
     腕や膝に落ちた涙から、また鱗が生えてくる。
     葛之葉は息を吐くと、立ち上がった。
    「そいつはレッスン着だろ。黒野、まだ電車はあるな。送っていくから着替えな」
    「雨彦アニさん、私は」
    「一人で帰るって? お前さん、今が何時かわかっているかい。俺はこんな時間に同じ事務所の仲間を一人で帰させるほど薄情じゃないぜ」
     ロッカールームに座り込んでいる黒野は葛之葉の表情を窺う。
     葛之葉は深呼吸をし、黒野を見据えた。
    「帰ろう、黒野」
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