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    Enuuu

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    Enuuu

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    前に書いたプランツドール玄武くんとは別のドールんぶくん。

    ドールんぶ「今日は新しいのを買ってきたからな。昨日は少なかっただろう」
     雨彦はそう言うと、人肌に温めたミルクをカップへ注いだ。
     明かりはテーブルの上に置いた小さな電灯のみだ。部屋の電気をつけると玄武が嫌がるので常に薄暗い。嫌だと示されたわけではないが、明るい場所では眼帯を執拗に触るのでそうなのだろう。部屋を薄暗くし始めてから彼は落ち着いた表情を浮かべるようになった。時折、雨彦を見て何か言いたげな顔をする。彼が声を発するかは分からないが、何か言われるまではこのままにするつもりだ。
     アヤカシ清掃社の2階にある雨彦と玄武の部屋だ。
     社屋全体がそうであるように、シックなデザインの家具が置かれている。光源がテーブルの上の電灯だけなので、やたら暗い。雨彦は目を凝らし、カップを玄武の前へ置いてから彼の近くに椅子を引き寄せて座った。ほのかに照らされた玄武の姿が、ようやく見えた。
     玄武の瞳はチラチラと光っている。紫陽花柄の端切れにも僅かに反射して、雨粒のようだ。
     ふうと息を吐く音が聞こえ、玄武はカップを両手で持ち上げる。息継ぎをする様な音がして、みるみるうちにカップの中身が減っていく。
    「慌てて飲むもんじゃない。詰まらせるぞ」
     雨彦は笑う。
     玄武は彼の言葉に動きを止めた。一度カップを机の上に置くと、ほぉっと息を吐く。
    「お前さんは大きいからな。いつもの量じゃ、足りないんじゃないか?」
     カップを見つめ、もう少し大きいのに買い換えようかと雨彦が言う。玄武は首を横に振った。
    「そうか。玄武がそう言うなら、これからもそのカップを使うとしよう」
     玄武は首を縦に振る。カップを両手で持ち上げ、残りを飲み干した。
    彼は雨彦によく見えるように顔を傾け、片目をついと細めて笑った。口の端が緩やかに持ち上がる。蕩けるような笑みを浮かべた玄武に雨彦は見惚れた。
    「玄武は綺麗だな」
     雨彦は溜息を吐くように呟いた。
     玄武は名のある職人によって初作されたプランツドールであり、雨彦が掃除の礼にと押し付けられたものだ。高名な作家の作品でありながら価値は高くない。玄武は少年のドールであり、少々大きく無骨なシルエットをしている。可憐で愛らしい少女のドールが好まれるから、需要がない。近所の人形屋がメンテナンスついでにと教えてくれた。
     玄武は雨彦と出会うまでの所有者の手によって、片目を抉り出されている。瞳は太陽の元では虹色に輝いて見える、深いグレーの石だ。雨彦が出会った時には既に右目だけだった。左目の周囲は鋭利なもので傷つけられた跡があり、血が流れていなくても酷く痛々しく見える。
     雨彦は孤独死した男性が住んでいたアパートの部屋の清掃を頼まれ、依頼者である大家は目覚めさせた人間の責任だろうと言って雨彦に玄武を押し付けた。売れば金になるだろうから、代金はそれでとも言われた。
     やるせなかった。
     玄武が目覚めた時の、がらんどうのような瞳の色は忘れられない。
     雨彦は玄武の頭を撫でながら問いかけた。
    「明日は出かける予定なんだが、一緒に来てくれるか? お前さんに選んで欲しいものがあるんだ」
     艶めく黒髪が揺れて、雨彦を振り返った玄武は首を縦に振る。ありがとうなと、雨彦はさらに玄武の頭を撫でた。玄武の表情はよく見えなかったが、バタバタと忙しなく足を振っているのが見えて雨彦は嬉しくなる。
     翌日、雨彦は玄武を連れて雑貨屋へ向かった。
     玄武の頭よりも一回り大きなキャスケット帽を被せると、嫌がるそぶりを見せずに雨彦を見上げる。
    「今日は日差しが強いからな。それを被っていれば多少は涼しいだろう」
     玄武は首を縦に振った。
     ドールを持ち歩くと人目を惹く。通行人の中には玄武を指差し、驚いたり興味深そうな視線を送ったりする人もいる。玄武は僅かに眉間に皺を寄せ、帽子のつばを下げる。雨彦は腕の中で小さくなる玄武の頭を帽子越しに撫でた。
     雑貨屋の中へ入ると、玄武は顔を上げて控えめに周囲を見渡す。雨彦の家にはないものばかりが棚に並べられている。珍しいかいと雨彦が聞くと、玄武は首を勢いよく縦に振った。雨彦は玄武が視線を送る場所へ近づいて物をよく見せてやる。
    「これは父の日のプレゼントだな。世話になってる父親へハンカチや花を送るんだ。俺も送ったことがある」
     玄武は並べられているプレゼントと雨彦の顔を交互に見た。
    「どうしたんだ?」
     雨彦は首を傾げる。
    「他の場所を見たいのか。違う?」
     玄武は雨彦を見上げ、自分の右目に触れる。おぼつかない手つきで目蓋を撫でていた指先が、不意に目蓋の裏へ潜り込んだ。
     雨彦は引き攣った叫び声を上げる。
     慌てて玄武の腕を取り、目蓋から手を離した。玄武は不思議そうに雨彦を見つめ、それから悲しそうに眉尻を下げる。
     雨彦は深く息を吐いた。
    「玄武。俺はお前さんの瞳をどうこうしたいと思ったことはない」
     知らず知らずのうちに語気が強くなる。玄武が怯えたように体を小さくさせるので、雨彦は彼を商品棚の上に乗せて視線を合わせた。店内の照明を反射して、玄武の瞳がゆらゆらと揺れている。泣きそうに見えた。
    「俺はお前さんの瞳はいらないんだ」
     玄武は瞬きをする。
    「だから俺に瞳をやろうなんて二度としないでくれ」
     雨彦は苦々しく思いながら、わかったか? と言った。玄武は首を縦に振った。
     玄武がそうすることが雨彦にとって悲しいことだと、彼は理解してくれるだろうか。時間がかかっても良いから理解してくれると嬉しい。
     ふたたび玄武を抱え上げ、雨彦は目当ての品が置かれている棚へ向かう。そこには様々な模様の布が並べられている。雨彦はいくつかを手に取って、玄武の肌に当てた。
    「お前さんの眼帯を新しくしようと思ってな。今までは叔母さんが端切れで作った物だったろう。今度は俺が作るから、好きな布を選んでくれ」
     雨彦は玄武を床に立たせた。玄武はしばらく困ったように周囲を見渡していたが、やがて棚へと近づいて布を物色し始めた。雨彦はその様子を見ながら、眼帯に使うちょうど良い紐を探す。
     やがて玄武は雨彦のもとへ一枚の布を持ってきた。歪んだ時計の模様は雨彦が最近はじめたアイドルの仕事で身につけるようになった衣装に似ている。
    「Legendersの衣装みたいだな。これでいいのか?」
     玄武は深く頷いた。
     雨彦は玄武が持ってきた布地にあわせて紐を選び直す。玄武に見せ了承を取ると、雨彦は玄武を抱えて布と紐を会計へ持っていった。雑貨屋の名前が印刷された袋に商品を入れてもらう。雨彦は興味深そうな表情をする玄武に袋の中身を開いてみせる。玄武は目を見張り、どこか嬉しそうに目元をゆるめた。
     雨彦と玄武は店を後にする。
    「帰ったら早速おまえさんに眼帯を作ってやろう。叔母さんほど上手くできるかは分からんがな」
     玄武は雨彦の首に腕を回し、肩口に顔を擦り付けた。玄武に使っているシャンプーの香りがかすかにする。
    「応援してくれているのかい?」
     雨彦の言葉に玄武はふにゃりと口元を緩めた。
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    SPUR ME7/30新刊サンプル第4話です。
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    すぐるくんが五条のおうちに行く回です。モブが若干でしゃばる。

    前→https://poipiku.com/532896/9061911.html
    イカロスの翼 第4話 目の前に聳え立つ大きな門に、夏油はあんぐりと口を開けた。
     重厚な木の門である。その左右には白い漆喰の壁がはるか先まで繋がって、どこまで続くのか見当もつかない。
     唖然としている少年の後ろから、五条はすたすたと歩いてその門へと向かっていく。
     ぎぎ、と軋んだ音を立てて開く、身の丈の倍はあるだろう木製の扉。黒い蝶番は一体いつからこの扉を支えているのか、しかし手入れはしっかりされているらしく、汚れた様子もなく誇らしげにその動きを支えていた。
    「ようこそ、五条の本家へ」
     先に一歩敷地に入り、振り向きながら微笑んで見せる男。この男こそが、この途方もない空間の主であった。
     東京から、新幹線で三時間足らず。京都で下車した夏油を迎えにきたのは、磨き上げられた黒のリムジンだった。その後部座席でにこにこと手を振る見知った顔に、僅かばかり緊張していた夏油は少しだけその緊張が解けるように感じていたのだけれど。
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