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    タオ_

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    タオ_

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    ノボクダ風味ブロマンス寄り

    ※モブが喋ります、ネームドキャラとの会話もあります。捏造が多分に含まれますのでご注意ください。

    凱旋パレード ノボリとクダリは、どちらかと言えばあまり同僚との交流が得意な方ではなかった。
     ノボリの方は丁寧な口調というところがギリギリで潤滑油として働いたようで、仕事の話をするのに支障はなかったのだが、それでも融通が利かないだとか実は怒っているのではないかとか、まあやはり人付き合いは得意ではなかった。
     最初はマメに声を掛けてくれていた上司も、研修期間が終わった途端に必要時以外は話し掛けてこなくなったし、同期にいたっては入社時から二人を遠巻きに眺めるだけである。
     それでも同期の青年たちは、話さなければならないのならノボリだと、全員がそう思っていた。ことクダリに関しては、常に仏頂面のノボリよりも更に何を考えているのか分からないという。
     入社時の初回オリエンテーションの際、全員が中規模の会議室に集められ自己紹介をする場面があった。
     ファミリーネームのアルファベット順に席が配置されたため、必然的にノボリの次がクダリだったのだが、当のクダリは自分の順番になっても一向に口を開こうとしない。
     司会役の職員にがクダリの名前を呼ぶが、ぼんやりと窓の外を眺めるばかり。
     微妙な沈黙が流れかけたところで、ノボリが挙手をした。真っ直ぐに肘を伸ばした大変元気の良い挙手だ。

     「はい! よろしいでしょうか。……クダリ、皆様に自己紹介を」
     「うん。ぼくクダリ、ノボリの兄弟。えっと……よろしくね?」

     喋った! というのが全員の感想だった。
     内定式や入職式には当然出席していたものの、いつもクダリの受け答えまでノボリがしており、常ににこにこと笑顔こそ浮かべているが誰も喋ったところを見たことがなかったのだ。
     それまで窓の外を眺めていたクダリだが、ノボリに名前を呼ばれると上の空なんかじゃないですよと言った態度で、妙にカタコトのような喋り方で挨拶をした。
     クダリとは、ノボリがいなければまともに話すらできない。意思疎通ができない訳ではないのだけれど、大体ハイとかイイエとか、簡単な受け答えしかしようとしない。
     これがごくごく普通の新入職員ならいじめのひとつもあっただろうが、少し驚かせてやろうと屈んだクダリの背後から近付く同期の、更に背後へと音もなく現れたノボリに結局ちょっかいをかけようとした本人が腰を抜かす羽目になった。
     それ以来、ノボリとクダリは不気味で得体が知れず、できれば積極的に関わりたくないなというのが、同期の青年たちの共通認識である。






     ノボリとクダリはいつも二人で一緒だが、駅での勤務はシフト制であるし、当然休みが別々の日になるなんてことも、入職してから数ヶ月経った頃からはよくあった。
     初めの方こそ、ノボリがいなければクダリは仕事ができないのではと思われていた節があったのだが、どうやらクダリも仕事は問題なくできるらしい。当然と言えばそうなのだが、いつかの日にノボリが熱を出して休んだ時にもクダリはいつも通り仕事をこなしていた。
     その日も当直明けで若干眠たい目をしたノボリと入れ替わりで、クダリも一人出勤をしたのだった。

     「デンチュラ、おいしい?」
     「これね、新作のやつなんだって」
     「あっ、シビルドン待って。きみのはこっち」

     クダリは休憩時間になると駅舎の裏の小さなスペースの端っこで、まだノボリ以外誰にも見せたことのないパートナーたちにご飯をあげている。おしゃべりをして、毛繕いをしていると、いつも時間はあっという間に過ぎてしまう。
     目と目が合ったらポケモン勝負。ノボリもクダリも三度の飯よりバトルが好きだったので、当然同期たちとポケモン勝負はしてみたいと思っていたけれど、仕事中は我慢すると二人でルールを決めたのだ。
     ノボリが休みでも、クダリが約束を破るようなことは決してない。

     しばらくパートナーたちの調子を見ていると、不意に大きな音が辺りに響き渡った。
     どうやらミュージカルホールの方から聞こえてきたその音は、クダリにはポケモンの技の規模を超えているとすぐに理解できた。
     爆発音だ。
     アイアントと視線を合わせるようにしていたクダリは弾かれたように立ち上がり、すぐに駅へと戻る。
     かなり大きな音だと思ったが、利用客の喧騒と絶え間なく行き交う地下鉄の音とにかき消され、事態に気付いたのはまだクダリ一人のようだった。

     「外で、爆発音!」

     すぐにライブキャスターを現場の最高責任者に繋ぐ。クダリの必死な声とは対照的な駅の様子に相手が何か言いかけたその時、今度は駅構内で再び爆発が起こった。
     利用客の悲鳴が上がる。
     今は比較的人の少ない時間だが、それもピーク時と比べたらというだけのこと。観光の街、ここライモンシティでは旅行客も数多く訪れている。つまりどの時間帯も、それなりに人の出入りが多い。
     客の一人が叫んだことで、駅はパニック状態になった。我先にと一つしかない大きな出入り口に殺到しかけ、しかしそれはすぐに止まる。明らかにこの騒動を仕掛けたと見られる集団が、手持ちであろうポケモンを前に呼び出し出入り口を塞ぐようにして横並びに立っていたからだ。
     出口へと殺到する人間に後ろから押され、前列にいた客が転ぶ。改札近くにいた職員たちが駆け寄り、何とかパニックを収めようとする。しかし誰も彼も人の言うことが耳に届く精神状態ではなかった。

     「アーケオス!」

     利用客に技を打ってきた! 駆け付けたクダリの目に飛び込んで来たのは、今まさに攻撃しようとするポケモンの姿だ。考えるより先に腰のボールから、彼らを守ることのできる技を覚えているポケモンを出した。
     アーケオスは自分を呼ぶパートナーの声で何をすればいいかをすぐに理解し、まもるを繰り出す。見えない何かに弾かれるようにして軌道の逸れた攻撃は、人間に当たれば大怪我は免れない威力だ。咄嗟に行動し、クダリは心の中でノボリに謝った。

     あまり目立つことはしないようにしましょう。
     お互いのいないところで、無茶はしないようにしましょう。

     二人で決めた約束を二つも破ってしまった。だから三つ目まで破る訳にはいかないと、クダリは先程のようにすぐさまライブキャスターを起動する。

     「ノボリ! ギアステが襲撃されてる!」


     ▲▽


     爆発騒ぎの前日。
     この双子、自分のことはほとんど無関心なくせに、片割れのこととなると些細なことも気になってしまうらしい。
     特にノボリは自分が兄であるという自認からなのか、クダリの世話を焼くのが好きだという。曰く、半分趣味のようなもの、だそうで。
     ノボリは、いつだってクダリの前で恰好よい兄でいたいと思っていた。
     ノボリだって社会人になったばかりで、今までと全く生活が変わったから毎日仕事を覚えて、覚えたことを実践して、とするので結構精一杯の自覚はあった。あったのだが。それでも、可愛い可愛いクダリのためなら、頑張れてしまうのである。
     だってノボリも、男の子だったので。
     クダリのためなら、自分一人なら絶対に面倒でやらない料理もするし、クダリのためなら、家事も一通り覚えるし、とにかく「何でも卒なくこなす」というノボリのイメージは、確実にクダリのお陰で形成されている。

     先人達の知恵は偉大かな。今はレシピも動画で見れてしまう時代だ。「お手軽」「簡単」「リメイク」などのワードと、その時の冷蔵庫の中身なんかを検索ボックスに入力し、出てきた中でも一番簡単そう、まあつまりノボリ自身でも作れそうなものを探す。

     ノボリは食べられれば何でもいいと思っている質なので、あまり味を気にすることはない。それがおおよそ食べ物に見えなかったとしても、食べられるというならとにかく何でも口に入れてみる。そうしてこれは大丈夫だと思ったら、初めてクダリに分け与えるのだ。
     だからクダリも、外で食事をする際はノボリが何か言うまで絶対に手をつけようとしない。
     ノボリが判断するのはあくまで「食べられる」か「食べられない」かの二択なので、当然クダリの口に合わないこともある。ついこの間もひと口食べて口に合わなかったらしく、かと言って吐き出すこともできず固まっていたのは記憶に新しい。
     「全速前進ーっ!」とばかりに食べ物を流し込もうとしたクダリが水へ手を伸ばしたところで、ノボリはグラスの上に手で蓋をした。
     「ペッしてしまいなさい」「でも……」「構いませんから」などと押し問答をしたのち、クダリはノボリの差し出したペーパータオルに口に入れていたものを吐き出す。
     ピカチュウ顔負けのしわしわ顔になっていた。

     だからノボリの頭には、クダリが一度食べて苦手だと示したものがしっかりと記憶されている。
     きっとノボリは、レストランを予約する際にはクダリの苦手な物を伝えるタイプなんだろう。そんな畏まった所へは二人とも、行ったことがなかったが。
     だからこれから家に帰るクダリのために作った食事も、クダリの好物が入ったスープだった。

     「ではクダリ、あとはお任せください。夕食は冷蔵庫の中に入れておりますので、温めて食べてくださいね」
     「わかった、ありがとノボリ。夜勤大変って思うけど、がんばって」
     「昼間しっかり休みましたから、大丈夫ですよ。……そうです、先日パートナーとなったイシズマイですが、やはりまだ緊張しているようですね。わたくしの見ている前では今日もご飯を食べてくれませんでした」
     「そっか、警戒心強そうだったもんね。ぼくも帰ったら様子見とく」

     日勤のクダリと個人的な引き継ぎをしたノボリは、家に残してきたイシズマイを思い出していた。つい先日の休みに野良バトルをしにクダリと出掛けた際、十八番道路で出会った子である。
     なかなか意志の強そうな目に惹かれ連れて来てしまったのだが、未だにこちらを窺うように見てくるのだ。しかしこの場所には自分を脅かすものはないことは分かったようで、見ていなければご飯も食べるし、天気のいい日は窓際でうとうとと日向ぼっこをしていたりする。
     ノボリもクダリも、これからイシズマイと更に強くなるのが楽しみだった。いつか一緒にバトルが出来たらいいな、と。



     ここでノボリの作ったスープの話だとか、お風呂で寝てしまうクダリにヒヤヒヤして狭い脱衣所で細くなりながら待つシビルドンの話だとか、書きたいことは色々あるがひとまず夜勤に勤しむノボリの話をしようと思う。
     夜勤だって大変なのだ。
     酔っ払いの対応と、酔っ払いの対応と、酔っ払いの対応だとか。
     ライモンシティはイッシュ地方随一の娯楽都市であり、人の集まる観光地なので飲食店だってたくさんある。

     「二十四時三十八分発、下り線最終電車でございます!」

     拡声器を使いノボリが改札前でアナウンスする。ノボリはいつだって物静かに話すので、先輩から手渡されたものである。終電に乗れなかったと絡まれる方が厄介なのだ、酔っ払いという生き物は。

     誰もいなくなった夜の駅を見回り、掃除をして、交代をしながら少しの睡眠を取る。ノボリは人々の声が飛び交う昼間の駅も好きだったが、静寂に包まれるこの時間も好きだった。長い夜は考えごとをしたり、空想の中でポケモンバトルをするのにピッタリなのだ。
     他の職員は妄想ポケモンバトル(ノボリは勝手にそう呼んでいる)などしないらしい。暇を持て余した10代、20代の男子たちがするのはやれどのアイドルが可愛いとか、脚派か胸派かとか、昨日ついに彼女とセックスしたとか、お前彼女いねーだろとか、そんなことばかりだ。
     待機室で盛り上がっているところにノボリが戻ってくると、全員がドアへ振り返り一瞬間が空く。いつものことだ。堅物、朴念仁、規則にうるさそう、クダリとべったり。仕事中の私語をあまりしないノボリに、お前って好きなアイドルとかいねーの? ほら、タイプとか、と勇気を出した一人がついに聞いた。全員あしらわれるだろうと思っていたから、タイプ、とだけ呟いたノボリが顎に手を当て考えるような素振りをすると場の空気がしんと静まる。……笑顔の可愛らしい方、ですかね。そう答えたノボリに再び静寂が訪れたのち、どっと笑い声が巻き起こった。真面目な顔で考え込むので何を言うのかと思えば、とんだピュアボーイだったらしい。無表情でにこりとも笑わないノボリが、笑顔の可愛い子。自分にないものを求めるって本当なんだなとノボリに話を振った青年は思った。

     不意に話していたうちの一人の腹が鳴った。ノボリは目を瞬いて、ジャケットのポケットへ手を入れる。何かあっただろうか、カサと指先に何か触れた。チョコレートの包みだ。キャンディ包みのそれは、クダリのおやつにと仕込んでいたものである。可愛らしい包みのものをあげるとクダリが嬉しそうな顔をするので、ノボリはコンビニやスーパーに行くとついお菓子コーナーへ足を運んでしまう。腹を鳴らした青年はノボリに差し出されたチョコレートに驚いて、けれどおずと受け取った。
     実はノボリは、クダリ以外だとなかなか同年代の人間と交流したことがなかったので、どう接していいのか分からなかっただけである。しかしそうこうしている内にタイミングを見失って今日まできてしまった。ノボリは座ったらどうかと促され、いつもは一つ空けるパイプ椅子へ素直に腰を下ろした。
     同年代とは思えぬどこか気安くなれない雰囲気とは別に、話してみればノボリは普通、だと感じられたらしい。だからまあ、クダリのことを聞かれるのも、当然と言えば当然だ。あいつってさ、いつもああなの? それまで和やかに談笑していたノボリの空気が一瞬揺らぐ。あまりに小さな綻びで、青年たちには感知できない。

     「ああ、とは?」
     「だからさ、クダリ全然喋んないじゃん。ノボリが全部話してるっていうか」
     「……実は俺もノボリ休みだと、どうしたらいいかちょっと分かんなくてさ」
     「別に嫌われてるようには見えねぇけど」

     一人が言いづらそうに、しかしハッキリとした口調で言えば周りも控えめな言葉であったが続けて頷いた。
     これにノボリは驚いた。別に目の前の青年たちは、クダリが変だとか、気持ち悪いとか、そういうことを言おうとしている訳ではなさそうである。
     クダリくんって変! ノボリがうんざりするほど聞いてきた言葉だ。子どもというのは、純粋が故に残酷なので。話し方を笑われたり、言いたいことがすぐに言えず詰まったりするクダリが面白いらしい。変だよおかしいよと言われてもニコニコ笑うクダリだが、時々ノボリの元へやってきて自分はおかしいだろうかと確認するのだ。その度にノボリはありとあらゆる褒め言葉で、クダリ本人にその素晴らしいところを語って聞かせるのである。
     だからあまり話すところを見られないようにしていたのだが、それはそれで浮いていたらしい。円滑な社会人生活のためにもこれは恐らくあまりよくないと、ようやく気付いたノボリは少し路線変更と表情を付け替えた。

     「クダリは、喋るのがあまり得意ではなくて……」

     言いづらそうにしたあと口を開いたノボリの気落ちした雰囲気に、青年たちは何か自分たちがデリカシーのないことを言ってしまったのではないかと不安になる。

     「言葉に詰まってしまったり、喋り方もその、カタコト気味で……。笑う方もいるものですから、わたくしが受け答えを……」
     「……ノボリ、おまえが兄貴だろ。いや俺も妹いるから分かるんだよ」
     「っええ、はい。兄はわたくしの方です」
     「やっぱな!なんだ、ただの世話焼きな兄貴じゃんか」
     「実は俺ら、おまえらのことちょっと怖いって思ってた」

     いや俺は思ってないね。 一番ビビってたのおまえだろーが! 深夜の待機室が急に騒がしくなっていく。

     終電さえ出てしまえば、大きなトラブルがなければ案外夜勤は平和だ。けれどもやはり生活リズムが乱れるので終わった後は眠たいし、家に帰ればノボリは一人。恰好をつけたいクダリはいない。この時ばかりは制服も床へ脱ぎ散らかしたそのままにシャワーへ直行だし、シャワーが終われば下着とTシャツだけでベッドへ直行だ。
     だから数時間後、クダリから連絡を受けたノボリは息が止まりかけた。自分のいない所で、クダリの身に危険が迫っている。慌ててボールを掴むと、床に放っていたスラックスとシャツだけを身につけ走り出した。大型の飛行タイプがいればよかったと、この時以上に思ったことはない




     ノボリが家を飛び出し、クダリがまさに駅の玄関口へ駆け付けた瞬間、攻撃される利用客を庇うように鉄道員の一人が覆い被さった。強く歯を食いしばりせめて命があるようにと願う。しかしいつまで経っても、想像した痛みは訪れない。恐る恐る目を開け、ゆっくりと後ろを振り返る。まず目に入ったのは、ライブキャスターに向かって何かを叫ぶクダリの姿だった。何がどうなったのか、状況的に目の前の人間が何かしたのだとは分かったが、イレギュラー続きの事態に頭が追いついていない。

     「パパみて!きれいなハネ!」

     父親に守られるよう抱きかかえられた幼い子どもが、吹き抜け構造で広いギアステーションの上空を指差す。周りにつられて、利用客を庇った鉄道員も上を見た。アーケオスだ。名前くらいは知っている。けれどここにいる人間の多くは化石ポケモンであるアーケオスを初めて見たようで、みな一様に上を見てざわつくばかり。
     注目の的になったアーケオスは高く鳴いてからクダリの元へと戻って来た。そのまま背中に飛び乗るようにして着地し、自らの頭をクダリの頬へぐりぐりと押し付けて甘えている。

     「いいね、アーケオス。でも目逸らしちゃダメ、相手をしっかり見て」

     クダリは正面を見たままアーケオスの頭を撫でた。ピンと張り詰めた緊張感の中で、無意識に口角が上がってしまう。
     アーケオスはなかなか警戒心の強いポケモンであったが、クダリとノボリに対してはよく懐いていた。


     ▲▽


     幼い頃からクダリはノボリと共にポケモンバトルばかりに明け暮れ、博物館や一般公開されている研究センターには顔が覚えられるほど通った。
     目をキラキラと輝かせ、毎日のようにやってくる子どもを研究員たちは微笑ましく思っていたし、実際普段は公開されていないバックヤードまで見せてくれることも多かった。
    真っ白いLEDの、しんとした廊下にノボリとクダリは緊張して、お互いの手を握りしめ歩いたものだ。
     その時二人は、初めて本物のポケモンの卵を見た。

     ノボリ、あれ見て。オムナイトだよね?

     施設は子ども用に作られていないため、ノボリとクダリは窓の淵に手を掛け背伸びをした。窓の向こうの大きな部屋では研究員たちが何やら書類を見ながら話し込んでいたり、化石のかけら、水槽、それから二人にはよく分からない器具が並んでいる。
     最初にクダリの目を引いたのは、水槽の中で水流に揺られながら泳ぐオムナイトの姿。しかし中で話していた研究員が移動して、その背中に隠されていた物が視界に入るとクダリはあっ! と大きな声を出した。

     「ノボリっ、あれポケモンの卵だよ!」
     「この間テレビでやってたのぼく見た!」
     「ノボリも見たでしょ!」

     小さなクダリはぴょんぴょんと飛び跳ねながら興奮気味に捲し立てた。ノボリもはい、はいと目をキラキラさせてクダリの言葉に頷いている。生まれるかな? もうすぐかも知れません! この卵が孵るにはまだまだ時間が掛かると研究員は分かっていたが、二人があんまりはしゃいでいるのできっともうすぐさと頷いた。けれども困ったのはここからで、じゃあ生まれるの待つ! とクダリが動かなくなってしまったのだ。もうすぐなんですよね、楽しみだねと、四つの真ん丸い目が見つめてくる。どうしようか、今更嘘だと言うにはあまりに心が痛い。いよいよ本当のことを言うしかないと思った時、後ろを通りかかった所長が小さな二人とは対照的な顔をしている研究員へ声を掛けた。
     それは君が適当なことを言うからだな、と事情を聞いた所長は笑ってから、ついておいでと三人を手招いた。クダリは最初は渋ったものの、見られていると緊張して出て来られないかもという言葉に説得され歩き出す。
     分厚い本と、書類の山と、所長の私物とが入り混じった部屋は紙の匂いがした。奥から卵の入ったバスケットを持って来て、ノボリとクダリの目の高さまで下げて見せる。
     もし、すっごく気性の荒いポケモンだったり、見た目が怖かったりしても、ちゃんと大事に育てられる? 所長の問い掛けに、二人は顔を見合わせてから勢いよく頷いた。譲ってもらった卵は両手でそーっと抱きしめて大事に大事に家まで持って帰ったし、いつ生まれるだろうかと毎日話しかけたりもした。

     いくらポケモンが大好きだからと言って、年端もいかない子どもに化石ポケモンの卵を預けるのは異常だとは思うが、ここは10代の子どもにひとり旅をさせるような世界なので仕方ない。

     バスケットを膝の上に乗せたまま食事を始めた日には両親から少し強めに注意されたが、クダリは反省していそうな顔が上手なのだ。それにノボリを叱ればクダリが庇うし、クダリを叱ればノボリが庇いにくる。汚れていますと、卵に気を取られてミートソースのついたクダリの口元を拭いながらノボリは母に謝るのである。わたくしがよく言っておきますので、と。

     カタカタと、卵が揺れるようになってきた。それは日増しに回数が多くなり、今では声を掛けると答えるように左右に振れる。こうなるとクダリは片時も目を離さず、お風呂にまで卵を持って行こうとする始末である。クダリのこの様子が面白くないのか、シビシラスやバチュルが構って構ってと周りを行ったり来たりしている。小さなポケモンにじゃれつかれながら、ノボリのキバゴなども一緒になって見守った。
     だのに、だ。クダリが父に呼ばれた一瞬の間に、なんと卵にヒビが入っている!ノボリはあんまり驚いて、ブランケットで半分くるまれたそのままに、慌てて卵を抱えあげた。

     「クダリ!クダリ!卵が!ヒビが!早く来てくださいましクダリ!」
     「生まれます!生まれてしまいます!」
     「あああなたもお待ちください!クダリがもうすぐ参りますから!お待ちを!」

     絶対に外に出たいアーケンと、絶対に外に出したくないノボリ。早く出ておいでと声を掛けられ続けたアーケンは混乱した!まだ出て来てはいけませんとヒビ割れを押さえつつ、割れない程度の力でノボリは卵を抱きしめる。父の部屋か、裏の庭か、とにかくノボリは駆け出した。クダリに卵を届けるために。
     ノボリの悲鳴に近い声が向かってくると、父の話の途中だったクダリも走り出した。お互いの姿が見えたノボリはちょっとだけ安心してしまって、気の抜けたその瞬間に足がもつれた。かごから投げ出された卵が宙を舞う。今度こそ正真正銘悲鳴を上げたノボリと、必死に手を伸ばすクダリ。落ちちゃう! とクダリが思ったところで先に卵の殻が割れた。弧を描いて飛び出してきたポケモンが、そのままの勢いでクダリの腕の中に収まった。ぽけ、ととぼけたような顔でそのポケモン──アーケン──はクダリを見つめる。雛は最初に見たものを親だと思う習性があると言うが、アーケンもそうだったらしい。ノボリにももちろんとても懐いているけど、クダリはほんのちょっとだけ更に特別だ。


     ▲▽


     まもるのタイミングは正直かなりギリギリだった。クダリは甘えん坊のアーケオスをたくさん褒めてあげたかったが、あまりそうもしていられなかった。敵の目的は分からなかったが、こちらに敵意を向けているのだけは確かだ。パートナーが一匹だけでは数の力で確実に押し切られる。
     トレーナーもポケモンも多対一。こんなものを、ポケモンバトルとは言わない。言わないけれどやらねばならない。何故ならここはギアステーションで、クダリは鉄道員で、今日も6匹フルメンバーを連れて来ている。何より大好きなノボリの大事な職場、好きにやらせる訳にはいかなかった。

     「みんな出てきて!避難する時間、稼がな……っ!」

     言葉の途中で先ほど利用客に向けて攻撃してきたポケモンとは別の個体が、クダリもろともアーケオスを狙って技を打ってきた。クダリは間一髪のところで横に飛び退いたが、まさかこんなに早く追撃がくるとは思わず大きく息を吐く。

     「あっ……ぶなかったぁ……!」

     クダリが飛び退くよりも早く、その肩からジャンプで離れたアーケオスが威嚇に鳴く。

     「アーケオス、ジャンデラ、ギギアルは前衛!シビルドン、アイアント、デンチュラは後衛!下がって広く守って!」

     クダリは自分の右手側、中央、左手側の順番にパートナーの名前を呼び、急拵えではあるが守りの体勢を整えた。そして自分自身とパートナーたちを鼓舞するように、今まで同じ職場の誰も聞いたことのないようなよく通る声で高らかに宣言する。

     「ノボリが来るまで耐えればぼくらの勝ち!全員、ぼくの指示をよく聞いて!」




     コアルヒーのバッジ付けた子が、このまま一人で応戦する気ですわ! 恐らく駅長からの通信が入ったベテラン職員がクダリの背中を見上げる。

     新入職員たちは全員、ネームプレートの横にコアルヒーのバッジを付けている。これは利用客のためというよりかは、この広い駅の中で他部署の人間に対し「この子は新入職員ですよ」 と明示するための物であった。
     イッシュ地方全土の路線が乗り入れるライモンシティは、一日の乗降者数も当然イッシュNO.1だ。繁忙期には手馴れている先輩職員でさえ疲弊の色を覗かせる。あまりの忙しさに辞めてしまう新人も少なくない。
     コアルヒーのバッジを付けさせるのには、そんな彼らのケアも出来るようにとの理由もあった。

     「シビルドン!次の合図でバルジーナに10万ボルト!攻撃準備!」
     「ギギアル、ワルビルにどくどく!」
     「シャンデラ!アイアントとかえんほうしゃの間に入って!」

     だからこの場にいる全員、驚いたのだ。まだ入職し一年にも満たないクダリが、明らかに鍛え上げられたポケモンたちと心を通わせ、一人で侵入者の猛攻を防いでいることに。6体もの手持ちへ代わる代わる、指示を出していることに。そんなバトルの仕方は、誰も見たことがなかったから。
     怖がっているのか、バトルが始まっても誰も動こうとしないのでクダリは焦る。パートナーたちは今のところ全員よく動いてくれている。そういうバトルの仕方をとっているから、致命傷も受けていない。それでもいつまでも一人で食い止めてはおけない、だからってノボリ以外とのマルチバトルなんてしたことがない、きっとお互い足を引っ張りあってしまう。利用客の避難のためにも、ただでさえこの時間は少ない鉄道員の数をこれ以上バトルのために割くことはしない方がいい。避難が遅れるだけだ。であれば一秒でも早く移動してほしいと、クダリはちらりと後ろを見た。鉄道員の一人と目が合う。

     「ノボリ呼んだ!もう大丈夫。先輩、お客さま外まで誘導してほしい!」
     「お客さま!落ち着いて。非常口に誘導するから!」

     クダリの言葉で、呆気に取られていた鉄道員たちは我にかえった。職歴の長い人間は一年目の新人に負けられないと思ったし、同期は同い年のクダリに怖がっていると思われたくないと思ったから。
     目的は不明だが、これは誰がどう見たってテロ行為だ。こんなことなら己のパートナーを連れて来れば良かったと、クダリを見ながら悔やんだ職員もいたらしい。彼らは基本的に列車運行業務だったり、迷子の保護だったり、遺失物の拾得だったりが主な仕事だから、皆それぞれパートナーを連れて来ていたとしても一匹、多くて二匹だ。就業規則としても、それ以上は連れて来ないようにというのが一応のルールである。
     それでも何人かはクダリへ加勢しようかと駆け寄る素振りを見せた。

     「避難優先して!お客さまいたら、こっちに集中できない!」
     「絶対通さない、けど先輩たちの子にもお客さまのガードしてほしい!」

     クダリは己のパートナーより下がり、敵のポケモンを見渡す。まず最初にシビルドンの【ほうでん】で3体、まひ状態にした。ギギアルの【どくどく】と、シャンデラの【おにび】でそれぞれ毒とやけど状態が2体。時間を稼ぐなら残りも状態異常にできるのが理想だが、攻撃は最大の防御ともいう。隙が生まれたポケモンから倒して行けば、諦めなければ数的不利も絶対にどうにかできる。
     今まで感じたことのない速度で脳みそがフル回転しているのが分かった。だからクダリはまず、自分のポケモンへ指示を出しながら10体もいる敵のポケモンが打ってきた技を必死で見る。なにしろ広いギアステーション、気を抜いては攻撃を取りこぼしかねない。そしてポケモン同士のタイプ相性と、その目で見た技のタイプ全てをデータとして瞬時に記憶したのだ。敵のトレーナーが技を打たせようと名前を呼んだ時点で、クダリはもし自分であればこの局面にどの技を出すか予測し、避けるか技で相打ちさせるかを判断している。チェスの多面指しと一緒だとクダリは言うが、普通のトレーナーにそんな芸当はできるはずもない。当然ノボリはできるけれども、何事にも例外は付き物だというし。

     「…………シビルドン!」

     上空を飛び回っていたバルジーナの動きが、まひの効果で一瞬鈍った。体の周りに小さな火花が散る。クダリは待ち構えていたその隙を見逃さず、シビルドンの名前を叫んだ。
     こうかは バツグンだ! 10万ボルトが直撃したバルジーナはそのまま地面に落下した。

     敵は時間が経つほどにクダリのポケモンたちへ攻撃が当たらなくなっていることには気付いていた。そもそもがクダリのパートナーたちとレベル差があるので、一撃の効き方に小さくない差がある。今もバルジーナが倒され、その少し前にはおにびをくらっていたホイーガが戦闘不能になっていた。それどころか、気付けば半分以上が気絶している。ただ攻撃をくらって倒されるならまだいい、怖いのは本来味方であるはずのポケモンの攻撃に当たって戦闘不能にされていることだ。
     緊張と集中から、クダリのこめかみに汗が伝った。ノボリはまだ来ない。後ろを確認する、溢れるほどだった利用客の姿も確実に減り最後尾で誘導する鉄道員が見えた。これなら、そうかからないうちに全員の避難が完了するだろう。

     「みんな!もうちょっとできっとノボリくる!」

     時折クダリはバトルの指示とは別に、パートナーたちへ呼びかけた。駅舎に重篤なダメージが入るような技は出せず、前へ出すぎればクダリが守ろうとしている人間たちが危険になる。時間を稼ぐためのバトルは想像以上に全員を疲弊させた。それでも全員、クダリの声が聞こえると元気が出て、勇気が湧いてくるのだ。

     「デンチュラ!クロスポイズン!」
     「アイアント!避けてアイアンヘッ、……っ!」

     集中しすぎてまばたきを忘れたクダリの目に、額から流れた汗が入った。沁みるような痛みに反射的に呻いて、アイアントに打たせるはずの技を最後まで言うことができない。デンチュラはクダリの指示通りにクロスポイズンを繰り出したが、アイアントは突然聞こえた息の詰まる音に気を取られ避けると同時にクダリを見る。他のパートナーたちも、クダリが何か気付かないうちに攻撃をくらっていたのではないかと気にした様子を見せる。不自然に詰まった声と止んだ攻撃に、敵はこれだと思った。

     トレーナーを攻撃すればいい。何もこの強いポケモンたちを全部倒す必要はない。

     身長ばかりが伸びて痩せっぽちのクダリ、見るからに力も体力もなさそうなクダリ。これにゾッとしたのはクダリのパートナーたちだ。自分たちが技に当たってダメージを受けるのとは訳が違うと、明らかに動揺した。

     敵が名を叫んだポケモンの名前で、ストーンエッジがくるとクダリは読んだ。このポケモンで、一番後ろで指示を出す自分の所まで届く技はこれしかない。
     やっぱりストーンエッジ! 距離もあった、予想もできていた攻撃をクダリは横に避けてかわす。けれども攻撃はこれで終わらなかった。

     「シャンデラ!目離しちゃだめ!」

     ストーンエッジを受けてすぐ、クダリを助けようとシャンデラが動きかけた。普段ノボリといることの多いシャンデラは、ノボリがどれだけクダリを大切にしているか一番近くで見てきたから、利用客より何よりもクダリを守らなければと思ってしまった。それでもクダリは、シャンデラにその場で待機しろと言う。シャンデラは、でも、と言いたげに鳴いたけれど、クダリとシャンデラの会話は長くは続かなかった。
     ハイドロポンプにリーフストーム、ストーンエッジと敵は長距離攻撃ばかりをクダリに向けて打ってくる。予想できても、ポケモンの技が自分自身に向けられるのはやっぱり恐ろしいことだった。どの攻撃も避けるだけで精一杯で、まともに戦況を分析し有効な局面で攻撃できない。それでもクダリも、僅かなチャンスを生かすように声を出し続けた。避けて避けて、頭と身体、先についていけなくなったのは身体の方だ。攻撃は予想できる、分かっているけどポケモンの技の速度の方がクダリが走るよりも速い。再びのハイドロポンプがクダリの利き手を掠め、水圧で大きく後ろに転んだ。体勢を立て直そうとすぐさま上半身を起こしたクダリが見たのは、目の前に迫るかえんほうしゃ。子供の頃バオップの炎で火傷をしたことのあるクダリは、真っ赤な視界にその時の記憶がフラッシュバックして動けなくなった。

     気付けばクダリは、真横に吹き飛ばされていた。打ちつけた背中の痛みに息が乱れる。かえんほうしゃが直撃すると思っていたのに、何があったのか。先程まで自分がいた場所を見れば、通常よりも4倍のダメージを受けたアイアントが気絶して倒れていた。

     「アイアント!」

     アイアントに駆け寄ったクダリは、あの瞬間視界の端に入ったものを思い出す。パートナーたちの中で一番の素早さを誇るのはアーケオスだが、後衛にいたアイアントの方が早かった。アイアントはハイドロポンプがクダリへ当たった瞬間に駆け出し、自分の判断で先程は出せなかったアイアンヘッドを体当たりするように繰り出したのだ。
     自分のせいだとクダリは唇を噛み締めた。けれど、反省も後悔も、今はしている場合ではない。ありがとうアイアント、それだけ言って安全なボールの中へとアイアントを戻す。

     こんなのポケモンバトルじゃない。ポケモンバトルは、もっとワクワクしてドキドキして、勝てるかな、負けちゃうかな、でもまだやれることある! って、すっごく楽しいのに。こんなバトルする人たちに、絶対負けたくない。

     クダリは身体の痛みを見ない振りをして、もう一度立ち上がる。そして深く息を吐き、辺りを見渡して状況を整理した。敵のポケモンはあと3体、みずとゴースト、くさ、ほのおとエスパータイプ。こちらはアイアントが戦闘不能にされたが5体。数はこちらが有利だけれども、向こうはトレーナーへの直接攻撃という飛び道具を使ってくる。ギアステーションへの損傷もお構いなし。でも利用客の避難は終わった。

     「シャンデラ!」
     「みんな、ぼくちょっとシャンデラと話すから、その間守ってくれる?」

     クダリは後ろからシャンデラを呼ぶ。デンチュラ、シビルドン、ギギアル、アーケオスは任せとけとばかりに鳴いた。シャンデラはすぐにクダリの元まで下がって一人と一匹は二言三言、言葉を交わす。傍らで寄り添うように浮遊するシャンデラの触腕でクダリの目元は見えないが、口元は笑顔を浮かべていた。当然無防備なクダリを狙って敵は攻撃してくるが、今はクダリだけを守ることに全力を注いでいるパートナーたちは攻撃を取りこぼしたりしない。

     「シャンデラ、ぼくを信じて」

     高く鳴いてクダリから離れたシャンデラは、選手交代とばかりに他の手持ちたちへクダリの近くにいるようにと呼び掛ける。
     利用客も鉄道員たちも、全員の避難が終わり大きく空いたスペースを使うようにクダリはシャンデラ以外のパートナーと今までよりも更に後ろへと下がった。

     「みんな、もっとぼくに寄って」
     「次にシャンデラがオーバーヒートを打ったら、アーケオスとギギアルはまもるでぼくたちの周りガードして」

     言っている途中にも攻撃が飛んできた。けれども一番後ろまで下がった状態では射程範囲外で、かえんほうしゃはクダリたちの所まで届かない。
     敵も前に出てきた。今度はかえんほうしゃとハイドロポンプよりも有効範囲が少しだけ広いリーフストームで、シャンデラも一緒に狙おうという算段らしい。シャンデラは避けようとして触腕に触れたがタイプ相性不一致であまり大きなダメージにはならず、こちらもやはり壁際までは届かない。このままではクダリに直接攻撃を当てられないと躍起になった敵はポケモンをかなり前進させた。敵のポケモンがトレーナーと離れたのを見たクダリは腰のボールホルダーへと手を伸ばし、今か今かとその瞬間を待っている。

     きた!ハイドロポンプ!

     あとひとつだけ攻撃をかわし、ようやく待っていた瞬間が訪れた。クダリの読み通り大爆発が起きて、霧が晴れれば敵のポケモンは3匹とも床に伏している。数瞬の静寂のあと、クダリが未だ左手に持つボールからシャンデラが飛び出した。何が起こったのかと動揺する敵を脇目に、クダリはパートナーたちと勝利を喜んでいる。
     クダリはみず・ゴーストタイプのポケモンがハイドロポンプを繰り出すのを待っていた。予備動作に入った時点でオーバーヒートを打ち込み、ハイドロポンプの発生地点、つまり限りなく敵のポケモンに近い位置で水蒸気爆発を起こしたのだ。残りの体力が少ない中、やけど状態になるほどの高音の水蒸気をモロに浴びてはひとたまりもない。できれば他の2体も巻き込みたいが、人間に攻撃を当てるのはクダリは嫌だった。大きく後ろへ下がったのも、ポケモンだけを誘うためだ。そしてハイドロポンプとオーバーヒートがぶつかる瞬間に、クダリは腰のボールへとシャンデラを戻していた。シャンデラ自身に戻って来させるより、ボールを使って安全地帯に避難させる方がずっと早い。他のパートナーたちも、ひと塊りになっていればアーケオスとギギアルのまもるでカバー可能な範囲になる。

     「やった……! やったよ……!」

     本当に大変だった。クダリはもう大丈夫だと思ったら急に力が抜けて、床にへたり込んでしまった。パートナーたちも本当に大変なバトルだったから、クダリの頬に背中に腕にと体を擦り付けて一緒に喜びを表した。3体とも倒れていた、だからクダリは気付かなかった。直撃を免れた2匹は、まだ微かに意識があったことに。
     何か叫んだ? いま、何て? そう、サイコキネシス。……サイコキネシス? サイコキネシス!
     
     マズイと思った瞬間には身体が勢いよく宙に浮いていた。
     次の攻撃がくる!
     ぐるんと回る視界に戦況が分からず、咄嗟にクダリは顔や腹など急所を庇うように身体を丸くしきたる衝撃に備えた。
     クダリ自身に向けられた攻撃を回避できる技を瞬時に判断し、パートナーに打たせることは難しい。しかしタダではやられてあげないと、デンチュラに指示を出すべく口を開きかけた。

     「シャンデラ!オーバーヒートで相殺しなさい!」

     瞬間、この場に飛び込んできた誰かが叫ぶ。
     クダリの目の前でリーフストームとオーバーヒートがぶつかった。取りこぼした鋭利な葉がクダリの制帽を吹っ飛ばす。
     衝撃に備えるよう固く瞑っていた目を開ければ、そこにいたのは待ち望んだ片割れだった。

     ノボリが来てくれた!

     常ならば皺ひとつないワイシャツに、綺麗に折り目のついたスラックス。身だしなみにうるさいノボリだが、今この瞬間ばかりはネクタイすらも締めていない。そんなことを気にする余裕もないほど、急いで来たのが手に取るように分かった。
     ノボリは爪痕のような傷がついた床に落ちたクダリの制帽を拾い上げ、軽く汚れを払ってから大切な片割れへ視線を移す。

     「クダリ、お待たせしてしまい申し訳ございません。怪我はありませんか?」
     「ノボリ早かったね、ぼくなら大丈夫。もうちょっと遅くても平気だったよ」
     「それは失礼いたしました。あなたが随分と切羽詰まった声でわたくしの名を呼ぶもので、つい駆け足になってしまったようです」
     「シャンデラ、今のオーバーヒートで結構威力限界かもしれない。ぼくも何回か打たせちゃった」
     「なるほど、それでいつもより控えめな炎だったのですね」
     「……あと、アイアントも。ぼくの判断ミスで、やられちゃった」
     「ではこちらが片付きましたら、すぐにポケモンセンターへ行きましょう」

     うんうんと納得したようにノボリが頷く。職場がこのような状況になっても、クダリさえ無事であったことを確認できればそれで構わない。
     ひとまず大怪我はしていないようだとノボリは安堵して、周りを見渡した。あの柱の傷はストーンエッジ、あそこの壁はかえんほうしゃ、一際大きな損傷はだいばくはつと言ったところだろうか。
     クダリは本来、バトルに熱中すると目の前の相手とその手持ちしか見えなくなってしまう。勝つことが大好きなクダリにとって、利用客の避難が最優先事項である防衛戦はさぞ集中しづらかっただろう。
     目の前の集団を倒すだけであれば、クダリはきっとじしんを使った。手持ちの数の差を埋めるにはやはり、広範囲技で一気に攻める方がリターンが大きい。
     けれどそうしなかったのは、じしんでは避難に差し障りが出るとクダリも分かっていたからだ。それを理解して、ノボリは一度天を仰いだ。涙が出そうになったので。
     けれども次に正面を見据えたノボリには、感傷の跡は何ひとつ見えなかった。何より大切にしてきた片割れを傷つけられて、ノボリの腹の奥では怒りの炎が轟々と燃え上がっていたからだ。

     敵は同じ顔の男が出てきたと困惑していた。先にライモンシティの各所で爆弾騒ぎを起こしたので、本命であるここギアステーションへ警察が来るのは当然遅れ、もっと自体は簡単に進むと思っていた。圧倒的有利かと思われたがクダリによってすでに自陣のポケモンはほぼ倒され、残っているのは今まさにサイコキネシスをかけている一体ともう一体の二匹のみだ。
     いつの間にか、アーケオスがクダリを庇うよう隣で鮮やかな羽を目一杯広げ羽ばたいている。それも威嚇付きで。
     そのアーケオスも、ノボリとクダリの他のパートナー同様無傷という訳にはいかず、床には抜けた羽が落ちている。シビルドンも、シャンデラも、デンチュラも、ギギアルだって、鋭いキバで噛み付かれた跡から出血していたり、やけど状態でジワジワと体力が削られていて既に限界が近い。

     「全員、まだやれますね」

     ノボリの身の内側で燃え上がる炎の熱を、パートナーのポケモンたちは感じ取っていた。青白く揺らめく冷静な怒りを湛えたノボリの声に、満身創痍なはずだがそれぞれが大きな鳴き声で応えて見せた。ノボリが連れてきたドリュウズとオノノクスも、元気いっぱいでボールから飛び出てくる。

     「アーケオス、ありがとうございます。シビルドンとギギアルも、クダリの傍に」

     でんきうおは、空を泳ぐ。そういう生き物だ。ノボリは浮遊特性を持つシビルドンと、常に浮いているギギアルに指示を出してクダリの周りに配置させる。
     敵は己を真っ直ぐに見据えるノボリの眼光の鋭さに、身動きが取れないでいた。何故なら目の前のノボリは何をする時でも決して目を逸らさず、一歩でも動けば跡形もなく消されるのではないかという恐怖に支配されていたからだった。
     クダリには、サイコキネシスを自分にかけているポケモンの持ち主が恐怖を感じていることに気付いていた。

     「きみね、ノボリが来た時にするべきこと。ぼくなんかに構ってるんじゃなくて、そのポケモンで一秒でも早くノボリに攻撃することだったよ」
     「ノボリ、1 vs 1 のバトルで負けたことない」

     ここ一年は、とは言わないけど。
     くふくふとクダリが笑う。敵は極限の緊張状態でいるところを話し掛けられ、己の判断ミスに呼吸が浅くなる。クダリの笑い声が、頭の中で巡る。何だかとても不安になる笑い声なのだ。脳内に響く笑い声を掻き消すように敵は叫んだ。

     「痛っ…!」
     「オノノクス!アイアンテール!」

     技の名前が聞こえた時には足元の床が大きくひび割れているのに気付いて、敵はもう本当に、一歩だって動けなかった。身体のすぐキワを、オノノクスの分厚い尻尾が掠めていったのだ。同じ顔をしたクダリが未だ宙に浮いているのを思い出し、作戦変更とばかりに「次に攻撃してきたら、あいつの腕を折るからな!」と、叫んだ声は情けなく震えている。
     クダリを引き合いに出されても、ノボリは感情の見えない表情で見据えるばかりで動こうとしない。敵はノボリの地雷を踏んだことにも気付いていないのだろう。

     「次は当てます。確実に、あなたの、頭が、吹き飛びます。わたくしが打とうとしているのは、そういう威力の技でございます」

     クダリはというと、敵の叫んだ瞬間にサイコキネシスで利き腕を後ろに捻り上げられ、たった一度だけ痛みに呻いた。幸いノボリの大声で技を掛けているポケモンの方が怯んだらしく、折れたり関節が外れたりすることはなかったが。空いている方の手で、庇うように肩を抱いている。ギギアルは心配そうに周囲を旋回して、シビルドンは自身の両腕であと少しでも力を込められては折れそうなクダリの手を掴み、目一杯元の位置に押し戻そうとしている。アーケオスは柔らかい部分の羽でクダリを撫でてから、パートナーに何をするのだと敵のポケモンに吼えた。
     ノボリは鉄道員がそんなことを言っていいのか、と苦し紛れに言われるが、そんなもの脅しにもならないと溜息を吐いた。

     「監視カメラは、全て壊れているようですし」
     「この場所の損傷は、全てあなた方がやったものになりますのでご心配なさらず」
     「それよりも……クダリの腕を折るとか、おっしゃいましたか?」
     「脅しのつもりでしょうか。クダリを少しでも損なわれたら、あなた様ご自身がどうなるのか、想像できないと」
     「わたくし、お伝えいたしました。頭が吹き飛ぶと。……クダリの片腕とあなた様の命では、等価交換足り得ませんよ」

     コツ、と革靴の音が響く。

     「ノボリ。折れちゃっても、いいよ。でもね、片方で……どうにかして」
     
     苦しそうに、時々言葉に詰まりながらも声を上げたのはクダリだった。痛いのだろう、浅く息を吐きながら、それでも痛いもつらいも助けても言わず、ただノボリを信じてじっと耐えている。

     「……あなた、わたくしの攻撃を通すためなら怪我も作戦のうち、みたいなのやめなさいね」
     「ノボリ怒った?」
     「怒りました。家に帰ったらお説教です」
     「ぼく今日がんばったのに、怒られるの?」
     「ええ。怒りましたので、あなたが嫌と言うほど美味しい物を食べさせて、ふかふかの布団でくるんでやります」
     「あはは!ノボリそれお説教じゃない!」
     「……さて。ではクダリ、お客様にお見送りのご挨拶を」
     「6匹バトルなんて、ぼく初めて!でももう二度とこないでほしいな!」

     「ドリュウズ!じしんです!」

     片割れの身の危険すら顧みず、まさか本当に躊躇いなく攻撃してくるとは思わなかったのだろう。いつの間にか地上にいるパートナーを全てスペアのボールへ仕舞っていたノボリが、最後の一撃を繰り出す。まともに攻撃を食らった敵とそのポケモンは、倒れて動かなくなった。ポケモンが戦闘不能になったことでクダリにかけられていたサイコキネシスも解け落下しそうになったが、そこはすかさずシビルドンがぎゅうっと抱きしめる。
     ギアステーションの天窓を通して差し込む光が眩しく、ノボリは目を細めた。陽の光を背に受け地上に降り立つクダリに両腕を伸ばし、その手を取って迎える。

     「さあクダリ、こちらに手をどうぞ。……ああ、足元にひび割れが。気を付けてくださいまし」
     「大丈夫、見えてるよノボリ」

     飛び込んできたノボリの見立て通り、大怪我こそしていなかったが細かい切り傷や打ち身、打撲などでクダリは傷だらけだった。上から下まで見たのち、堪らなくなってクダリを抱きしめる。

     「無茶はしないようにと、約束しましたでしょう……!」
     「うん、ごめんね。でも咄嗟にからだ、動いちゃった」
     「大怪我がなくて、よかったです」

     ノボリの声が震えて、抱きしめる腕に力がこもる。まだ後処理が何も終わっていないが、ノボリをどうしようとクダリが迷い始めたところで警察がなだれ込んできた。

     「あのっ、こっち!こっち!」

     ノボリは警察が来たのにも気付かず、未だクダリを力一杯抱きしめている。クダリが「警察きたよ」と言って初めて顔を上げたほどだ。人前でいつまでも抱き合っている訳にはいかないと分かったらしい。それでも隣に立って手を握るのは、クダリがどんなに「人いっぱいいる」と言ってもやめようとしなかった。


     ▲▽


     「──ですから、わたくしたちバトルサブウェイの職員は、有事の際は躊躇なく対応に当たらねばなりません」

     ギアステーションの、バトルサブウェイ。明日から正式オープンとなる、ライモンシティの新しいバトル施設だ。
     『ノッテタタカウ』のキャッチコピーの通り、地下鉄に乗車してポケモンバトルが出来るらしい。こんなの初めて! とイッシュ地方のポケモントレーナーたちはその開業を今か今かと心待ちにしていた。
     数年前のギアステ襲撃事件の時に活躍したトレーナーも乗ってるらしいぜ! あの6体同時バトルのやつだろ? そいつもだけど、その後で現場に駆けつけて制圧したっていうやつもいるらしい! マジかよ! オレも一般トレーナーの公募、応募すればよかったわ あんたには無理! 誰も彼も、期待に満ちた目だった。

     「昨今、他人のポケモンを奪おうとするおかしな集団の存在もありますし、気を引き締めて参りましょう」

     ギアステーションは、例の襲撃騒ぎのあとクダリの回復を待ってから緊急で会議が行われた。クダリを含め怪我人は出たものの、その全ては擦り傷などの軽傷で、幸いにも死傷者はゼロであった。しかし本来職場に連れて来ていいとされているポケモンは二匹までで、その点に関しては口頭で注意をされてしまった。それでもクダリの功績は大きく、その後ギアステーションでは「手持ちは二匹まで」のルールがまず撤廃されたという。
     そこからは目の回るような毎日だったと、クダリは思う。
     今後また同じようなことが起きた日にはどうすればいいのか。一番は起きないことだが、そうなった時のために、鉄道員たちもバトル技術の向上を図るのはどうかという意見が出た。これは、全ての鉄道員がポケモントレーナーではないという理由から実現が難しそうだった。駅の強化をする必要があるという意見も出た。こちらもまさにその通りで、事件のせいで修復が必要な箇所が出てしまったから、一緒に補強も行った。
     ライモンシティの地下は、どこにでも繋がっている。どこにでも行ける。だからこそ、おかしな輩に狙われた時は必ず守りきらなければならない。しかし鉄道員たち全員が手練れのポケモントレーナーとあっては、利用客が変に緊張してしまうかも知れない。何回目かの会議で、ノボリが口を開いた。

     ギアステーションに、バトル施設を作るのはいかがでしょうか。
     また何かあった際には、バトル専門の職員がすぐに駆け付けられる仕様でございます。

     ノボリとクダリは、三度の飯よりバトル好きであった。だから二人はこれ幸いとばかりに、初めての会議の日の後からずっと考えていたのだ。職場でバトルができる方法を。
     まず第一に、駅とバトル施設を併設させること。これはライモンシティなら、資金さえあれば問題ない。その資金も、ポケモンリーグに申請をすれば補助が出るだろうからクリアできるはずだ。一応、ギアステーションの経営は赤字ではなかったはずなので。
     第二に、駅でバトルをするなら通常とは違う趣向を凝らしたい。そう、電車内でのバトルだ。世界広しと言っても、電車の中でバトルができる場所なんて聞いたことがない。きっと他の地方からも客がやってくる、そうすれば駅の収益にも繋がる。
     第三に、これが一番大事だが、バトルに特化した職員を在来線のすぐ近くに配置できるようになる。名目上はバトル施設の職員だから、テロ対策が本命だとは思われないはずだ。まあこの辺りの言い訳に関してはどうとでもなるだろう。
     そんな内容のことを、ノボリは実に滑らかに語って提案した。

     そうしてどうなったかというと……事態はノボリとクダリが想像したよりもずっと、彼らにとって好ましい方へ進んでいった。二人の意見は、多少の修正が加えられつつも概ねそのまま採用された。発案者ということもあり「バトルステーション(のちのバトルサブウェイ、当時のコンセプトとしてはバトルをしながらイッシュ地方各地を巡ろう!というだいぶライト層に向けたそれだった)」プロジェクトの中心人物となったが、これは新人としては異例のプロジェクト入りだった。それもこれも、人格者である当時の駅長様様である。面接の時からカタコト気味、ほぼ満場一致で不採用かと思われたクダリを採用したのもこの人だ。

     バトルに向けた新車両の導入。シングルバトルはもちろんとして、思わぬところで才能を見せたクダリはダブルバトルも取り入れたいと言って、本当に押し通した。マルチもと二人は企画書を出したが、ひとまずはこの二路線からスタートし、軌道に乗ればそちらも考えようというところに落ち着いた。シングル・ダブルと一気に二路線も増設するため整えるのはそれなりに大変だった。時間もかかった。新たな路線の開設はライモンシティの許可だけでなく他の街への交渉も必要だったので、ポケモンリーグの担当者と、時にはノボリやクダリも同席した。
     襲撃の騒ぎはすぐにイッシュ地方内外のニュースになっていたし、どこから流出したのか避難の際にクダリの勇姿を後ろから映した映像が出回っていたから、誰もがその勇敢な若者に会いたがったのだ。期待の新人です、と紹介されたクダリが笑顔を浮かべながら「バトル施設、作りたいって思ってる」などと話すと、何故だろうか交渉が上手くいくことが多かった。もう誰も、クダリのことを「ノボリがいないと何もできない」と言う者はいなかった。ノボリにとっては誇らしくもあり、少しだけ複雑だったが。

     気付けば4年の月日が経っていた。イシズマイはイワパレスとなり、かつてコアルヒーのバッジを付けていたノボリとクダリも中堅職員になった。そしてバトルサブウェイのオープンが公式に発表されてから、バトルサブウェイ部門の責任者になった。若いのではという声もあったが、駅としての通常業務を担うギアステーションと異なり、バトルサブウェイはバトルの強さこそが絶対の指標なのだ。一応トーナメント形式で順位を決める試合もあったものの、優勝はノボリ、準優勝はクダリだったため、異論はすぐに却下された。つまりこの駅で今この瞬間、ノボリとクダリ以上に強いトレーナーはいなかったのである。ちなみにトーナメントがダブルバトルであれば自分が優勝だったと、クダリは今でもそう思っている。

     「なお公募の一般トレーナーの皆様ですが……基本的に短期間のアルバイトや契約職員と同じですので、定期的に入れ替わりがございます。このあと午後からはそちらの皆様向けの最終ミーティングがありますが、今話した内容は口外しないよう徹底してください」

     黒とエンジ色の特徴的なコートを羽織ったノボリは説明し終えた書類を整理しつつ、中規模の会議室へ集められたバトルサブウェイ専門の鉄道員に念を押した。隣にいるクダリはというと、ノボリと色違いである白とエンジ色のコートを身に纏い、聞いているのかいないのか窓の外を眺めている。

     「クダリからも、何かございましたら!」
     「ぼくたち、まだ誰も見たことない電車に乗って、新しい旅に出るんだって思う。どんな景色が見れるのかなって、ぼくすっごくワクワク!きっとみんなも、同じって思う。……そうそう!言ってなかったけど、鉄道員も入れ替わり制ある。全員、本気のバトルをぼくに見せてね?」

     今回ももちろん、上の空なんかじゃないですよと言った態度で、妙にカタコトのような喋り方である。2m近い長身から見下ろされ圧を受けると、鉄道員たちは背筋を伸ばした。生ぬるいバトルをしたら、本当に入れ替えられる! ニコニコ笑顔のクダリが、ちょっとだけ怖かった。
     
     窓の外では、今日もスワンナの群れが青空の中で羽ばたいている。



    End.
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    Replies from the creator

    タオ_

    DONEノボクダです。
    クダリくんが不意にノボリさんに好きって言っちゃったお話。
    ひとしずく 「ノボリ、すき」

     その日最後のマルチトレインでのバトルを終えた直後、クダリは言ったのだ。ノボリに向かってハッキリと、好き、と。挑戦者もかなり手強い二人組で、正直今までで一番白熱したバトルだったとノボリは思う。ジャッジが「勝者、サブウェイマスター ノボリ・クダリ!」と宣言した瞬間二人は同時に顔を見合わせた。

     ところでわたくしノボリは、それはもうクダリのことが可愛くて可愛くて仕方ないんですね。周りからは似ているだとか、見分けがつかないと言われることばかりですが、わたくしからすればどこが似ているのか! と叫んで差し支えないほどなのです。クダリはとても心の優しい子でございまして、その話も挙げだせばキリがないのですが、例えばつい昨日も大量の書類と戦っているわたくしにコーヒーを淹れてくださったのです。今そんなことで? と思った方がいらっしゃったかも知れません。ですがわたくしの状態を見て淹れてくれるコーヒーは甘さや濃さがその時その時で違いまして、これを心遣いと呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。幼い頃から花が綻ぶように笑って、鈴が転がるような声でわたくしを呼ぶのです。そしてクダリといえば、わたくしのやることを何でも、すごいと手を叩いて褒めてくださり、カッコイイと褒めてくださり、さすがノボリ! と褒めてくださるのです。そうです、クダリはわたくしのやること成すこと全て褒めて認めてくださるもので、そんな笑顔の可愛いクダリを大好きにならない選択肢などございませんでした。そう、これは運命、デスティニー。
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    タオ_

    DONEクダノボ風味ブロマンス寄り小説

    ※モブが喋ります、ネームドキャラとの会話もあります。捏造が多分に含まれますのでご注意ください。
    ジャックポット・ジャンキー さあ行きますよクダリ! なんてはしゃいでぼくの手を引く兄さんをあの時ちゃんと止めてれば良かった。兄さんの目の前に積まれていくチップの山と、ギャラリーの視線にクダリは頭が痛くなってきて、溜息を吐くとともにこめかみを押さえたのだった。

     いや、最初のうちはよかったのだ。赤か黒か、奇数か偶数か、ハイかローか。これはどうやるんですか? ノボリが慎ましやかに尋ねるものだから、黒服も初心者向けのルーレットの卓を案内してくれて、イチから丁寧にルールを教えてくれた。飲み込みの早いノボリはすぐにルールを理解して、持っていた二〇万円分のチップをあっという間に倍にした。あとから考えれば、まずそれが良くなかったのかも知れない。倍になった辺りでディーラーから声を掛けられて、今やっている一枚一〇〇〇円のチップから、一枚一万円のチップを使う卓に移動した。しかしそこでもノボリは勝ち続けて、あんた強いから向こうでやっておいでと、今は一枚一〇万円のチップを使っている。
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