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    タオ_

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    クダノボ風味ブロマンス寄り小説

    ※モブが喋ります、ネームドキャラとの会話もあります。捏造が多分に含まれますのでご注意ください。

    ジャックポット・ジャンキー さあ行きますよクダリ! なんてはしゃいでぼくの手を引く兄さんをあの時ちゃんと止めてれば良かった。兄さんの目の前に積まれていくチップの山と、ギャラリーの視線にクダリは頭が痛くなってきて、溜息を吐くとともにこめかみを押さえたのだった。

     いや、最初のうちはよかったのだ。赤か黒か、奇数か偶数か、ハイかローか。これはどうやるんですか? ノボリが慎ましやかに尋ねるものだから、黒服も初心者向けのルーレットの卓を案内してくれて、イチから丁寧にルールを教えてくれた。飲み込みの早いノボリはすぐにルールを理解して、持っていた二〇万円分のチップをあっという間に倍にした。あとから考えれば、まずそれが良くなかったのかも知れない。倍になった辺りでディーラーから声を掛けられて、今やっている一枚一〇〇〇円のチップから、一枚一万円のチップを使う卓に移動した。しかしそこでもノボリは勝ち続けて、あんた強いから向こうでやっておいでと、今は一枚一〇万円のチップを使っている。




     「あらら……外れてしまいました。おかしいですね」

     卓を移動して、ノボリはほとんど勝てなくなった。大きい額を賭ければ外れて、小さい額の時に数回だけ勝てたが、明らかに勝率を操作されている。今のゲームで元々持ってきていたお金までなくなってしまったが、これで終わったとクダリは安心したように方の力を抜いた。

     「ノボリ兄さん、カジノなんてそう上手くいかないよ。これで分かっただろ? もう帰ろう」

     クダリの言葉にノボリは駄々をこねるように首を左右に振った。

     「もう一回! 次は勝てそうな気がするんです!」
     「初めてでしょ。ビギナーズラックってやつだよ、ノボリ兄さん」
     「お願いですクダリ、あとで必ずお返ししますから……!」

     まさかお金を貸してくれと言っているのかと、クダリは驚き言葉を失ってしまう。普段からノボリのあれが欲しいこれがしたいというお願いに対し甘やかしてきたせいか、ノボリは胸の前で手を組みどうか…! と可愛い顔で強請ってくる。

     ダメだ、絶っ対にダメだ。ここで頷いたらダメだろぼく! アッ、そんな、かわっ……! アッ───!

     気付いたら一〇〇万下ろしてたんだよ。ぼくも何が起きたか分からなくて。いや誰も分からないって思うけど、ぼくも何が起きたかちょっと……。ノボリ兄さんが、可愛いってことしか分からなくて……、

     「オールイン! 赤の一九です」

     ノボリはディーラーが球を投げ込んだと思ったや否や、ロクに動きも見ずチップの山を一九の数字に移動させた。たった今クダリが換えてきた、一〇〇万円分のチップの山を、である。しかも一点賭け、ありえないとクダリはもはや若干引いた。しかし本人は呑気にクダリを振り返り、絶対今度は大丈夫だと思います! などと言っている。ノボリの能天気そのものな言葉に二人の後ろの客は大笑いしていたが、あまりの衝撃にクダリは膝から崩れ落ち、両手を床について真下を見つめた。ギャラリーの一人がその不憫さに肩を叩いて、元気を出せと声を掛けるほどである。
     結果は当然大負けだ。何がオールインだ、一〇〇万円負けたのはこの際まあいい。仕事ばかりで休みに旅行に行くわけでもない。使うところと言ったらシャンデラやシビルドンなどパートナーたちに関することばかりだから、そこはもう構わない。

     「ノボリ兄さんが楽しんでくれるならまだいいけど、一瞬で終わったじゃないか!」

     かわいそうなクダリ……。ギャラリーも、面白い兄ちゃんだったけどなあと残念そうに呟くが既に飽きたとばかりに人だかりがほどけていく。……かと、思われた。




     「お金を貸していただけませんか?」

     相変わらずにこにこと笑顔を浮かべながら、なんてことのない声でノボリは言った。別に声を張り上げた訳ではないが、ディーラーばかりでなくギャラリーも動きを止める。

     「お金を貸していただきたいのです。はじめてでも一度だけ、ミニゲームに勝てれば融資してくださるんでしょう?」
     「ノボリ兄さん! たった今負けたところでしょ!? それも一〇〇万!」
     「でもわたくし、次こそは大丈夫だと思うんです」
     「その根拠の無い自信ってなに!?」

     慌てるクダリをよそにディーラーはインカムで短く会話をしたあと、ノボリの方を振り返った。次は勝てるなんて夢を見て、この頭の弱い癖に金回りはよさそうなイッシュ人から、取れるだけ取ろうという算段らしい。

     いくら貸して欲しい。いくら貸していただけるんですか? 一〇〇万だ。うーん……少ないですね……。

     はじめてで信用のない人間にこれ以上は融資できない、という当然の言葉にノボリは目を瞬いた。

     「では、信用があればよろしいのですね」

     胸ポケットの中から名刺を取り出し、テーブルに置いた。サブウェイマスター・ノボリとしての名刺だ。バトルサブウェイ、その名を聞いてディーラーは目を見開く。自分でさえ聞いたことのあるイッシュ地方のバトル施設。そこのマスターとなれば、社会的地位も申し分ない。

     「調べていただいて結構ですよ。これなら……おいくら融通してくださいます?」

     ノボリはゆったり脚を組み直し、頬杖をついて前のめりに首を傾げる。にっこりと、笑顔を携えて。

     「……五〇〇〇万」
     「なんと! それはブラボーでございます!」

     目の前のやり取りに待ったを掛けたのはクダリだ。長い脚で一気にノボリの隣まで来ると、勢いよくテーブルに手を置いた。

     「ノボリ兄さん! あんまり変なことして出禁になっちゃったらどうするのさ!」
     「とっても大きなカジノなんですから、わたくしが少しくらい勝ってしまっても大丈夫ですよ」

     クダリの方も論点がおかしいが、ディーラーにとってはそんなものどうでも構わないと、揉める二人を止めにかかった。カモであるノボリがやる気になっているのだから邪魔してくれるなとばかりに話に割って入り、ミニゲームのルールは聞くのかと詰め寄る。

     「もちろん聞きます。しかしわたくし、その参加費すら払えそうにありません」
     「ミニゲームはタダだ、融資だからな。賭け代は身体で払ってもらえばいい。ゲームの名前は……」

     【Head or Hand】

     「【頭か手か】? どんなゲームなんです?」

     これから説明すると言ったディーラーは、テーブルの下からハンドガンを取り出し置いた。重く鈍い音がテーブルに響く。

     「拳銃ですね」

     あまりに淡々とノボリが言うので、ディーラーは少し拍子抜けした。大抵の人間はまずこれを見て怖気付くものだ。説明は一度だけ、質問は認めないと宣言してからディーラーはルール説明を始める。
     勝負は全部で三回。今回は五〇〇〇万の勝負なので一回戦は一〇〇〇万、二回戦と三回戦はそれぞれ二〇〇〇万ずつ、勝てば貸してくれるらしい。内容は、分かりやすく言えばロシアン・ルーレットだ。それぞれの勝負前に、まずは子が【頭】か【手】かを宣言する。親の同意が得られれば、ハンドガンを宣言した部位に当て、お互い交互に引き金を引き合う。ちなみに【頭】を選択した場合、成功すれば親は二倍の支払いだ。先行は子から。危ないと思った時にはパスできるが、子がパスを使い親が引き金を引いて弾が出なければ親の勝ち。子がパスして、親もパスした場合は子の勝ち。子がパスをして親が引き金を引いても、もし弾が出てしまえば子の勝ち。

     「分かりました。そのルールで構いません」

     特別融資のミニゲームをする奴がいるらしい、その噂はすぐにカジノを巡りいつの間にかノボリとクダリの後ろには更に多くのギャラリーが集まっている。
     まずは一回戦、【頭か手か】? ディーラーからの問い掛けに、ノボリはすかさず答えた。

     「【頭】です」

     ノボリのひと言に、水を打ったような静寂が訪れた。それまでザワついていたギャラリーも、全員言葉を失っている。

     「…正気か?」
     「ええ、もちろん」
     「弾が出たら死ぬぞ」
     「でしょうね。ですがわたくし、昔から悪運だけは強いのです」

     こいつは死んだなと、ディーラーはノボリを哀れに思った。自分の実力も分かっていない。少しのラッキーに踊らされて、夢から覚められないでいる。だって当然、ディーラーが負けないような仕組みになっているのだから。これは掃除が大変そうだなどと思ってから、頭で成立だと頷いた。
     
     「なるほど! このゲーム、【頭】であってもあなたはノーリスクなのですね。ああよかった」

     ディーラーの返答にノボリはくすくすと笑い胸を撫で下ろしてから、その手元を指差した。

     「指輪の跡がございます。家では愛する奥様とお嬢様が待っている……爪のキワに蛍光ピンクのマニキュアだなんて、休日は実によいお父様なんでしょう」
     「そんなあなたが、【頭】なんて有り得ない」

     ディーラーは伸ばしかけていた左手ではなく右手でハンドガンを手に取り、弾をひとつ込めようとした。

     「ああ、ちょっと待ってくださいまし。こちらは命がかかっているのです、細工がないかくらいは確認させていただかなければ」

     ノボリは受け取ったハンドガンと弾をじっくりと眺めてから、クダリにも確認してほしいと手渡した。クダリは手に持ってサッと眺めただけですぐにノボリへと返してしまう。この兄弟、頭がおかしい。

     「思ってたより重いんだね、知らなかった」
     「凄いですよね、お兄ちゃん頑張ります」

     ディーラーが弾をひとつ装填し、シリンダーを回し弾がどこにあるのか完全に分からない状態にする。では、とノボリは安全装置を解除して自身のこめかみへ銃口を当てがい、躊躇いなく引き金を引いた。カチ、という気の抜けた音がしたのみだ。一発目ではさすがに当たり(外れとも言える)は出なかった。

     「交互に、ですよね」

     ノボリはそう言ってテーブルにハンドガンを置いて、ディーラーへと滑らせるようにして渡した。
     ディーラーはまさかノボリがこんなに早く引き金を引くとは思わず、訝しげにその表情を見つめながらハンドガンを手に取った。まだ大丈夫だ、ゆっくりとこめかみに当て、同じように引き金を引く。またしても軽い音がしたのみで、弾は出なかった。あと四分の一だ。

     「……うーん、次は危ない気がします。パスで」

     ノボリは一度ハンドガンを手に取ったが、二回ほど瞬きをする間にテーブルへと戻してしまう。またすぐに戻ってきた鉄の塊をディーラーも掴み上げるが、天井へ銃口を向けるたと思えば、部屋に大きな発砲音が響いた。

     「あんた、運がいいな」
     「だから言いましたでしょう?」

     ノボリはクダリを振り返り、はしゃぐような声で名を呼んだ。わたくし勝ちましたよ! 悪い癖が出ているなあと思ったクダリだが、見てたよと言うだけで特に一緒に喜んだりはしない。

     「では二回戦を!今回も【頭】でお願いいたします」

     実弾を見せてやったのにまたしても【頭】を選択してきたと多少驚いたが、ディーラーはイエスの返答をする。ノボリの前には再び弾の入ったハンドガンが置かれた。今度は少し長めに持って、手首を返したりとしながら観察している。そうしてこめかみに当てると安全装置を外し、引き金を引いた。一回。安全装置を外す、二回。安全装置を外す、三回。安全装置を外す。ノボリは結局、四回も続けて頭を撃ち抜いた。

     「はっ! おまっ……! おまえ、交互に引くって言っただろうが!」
     「? はい。交互にですよ。一回ずつとは聞いていません」

     さあ次はあなたの番ですとテーブルに置かれたハンドガンを、ディーラーは一応手に取った。が、すぐにこれは次に弾が出ると分かってパスを宣言する。

     「おや! クダリ見ました? お兄ちゃんまた勝てました!」
     「ノボリ兄さんは……ほんと、凄いよ。ほら、あと一回あるんだからちゃんと前向いて。今度も【頭】でやるんでしょ?」

     はい! なんて元気な返事とともにディーラーへ向き直る。融資なので関係ないが、すでに六〇〇〇万円分だ。これ以上は負けられないとディーラーはクダリを見た。

     「おいあんた、次も【頭】なら兄弟に撃たせるぞ」
     「あと出しルールですか? そういう男は嫌われますよ。……クダリ! ご指名です、来てくださいまし」

     パンパン! なんてノボリは手を叩いて後ろのクダリを呼びつける。また何か面倒なことに巻き込もうとしているなと察したクダリであったが、ほかの人間をノボリの隣へ立たせる訳にはいかないと椅子の斜め後ろへ控えるように移動した。ノボリは今まで使っていたハンドガンをクダリへ手渡そうと手を伸ばしかけたが、それよりも早くディーラーが掠め取った。

     「次の一回、あんたが撃つなら続行する」
     「何それ、ルール説明の時に言ってなかったよね」
     「……やめさせろよ、自分の弾で死なせたくないだろ」
     「まさか。ゲームは続行、ぼくの弾じゃ死なないよ」

     だから早く貸してと、クダリは左の掌を上に向けて差し出した。右手はポケットに入れたままである。

     「本当にいいのか? あんたの撃った弾で兄貴が死ぬかも知れないぞ」
     「これ、兄さんに触らせたくないだけでしょ」
     「酷いです! わたくし命がかかっておりますのに!」
     「大丈夫だよ、ノボリ兄さん悪運強いじゃない」

     ぽこぽこと、まるで小さな煙が出るようにノボリは遺憾の意を示した。弟の方の態度を見るに仲が良さそうに見えて実は不仲なのか、ディーラーは早くこのミニゲームを終わらせるべく今一度【頭】で勝負を受けた。

     「撃つかパスするか、クダリに伝えればよろしいですか?」
     「わたくしも、早く融資していただいたお金で遊びたいので……先程と同じようにやりますね」
     「また続けて撃つ気か?」
     「クダリ。いくつ目に弾が入っているかではなく、何回撃って欲しいかで回数を言いますから、間違えないでくださいね。三と言ったら、三回撃つんですよ」
     「撃つ回数ね。……ディーラーさんごめんね、兄さん言ったら聞かないんだ。さっきと同じで、一発勝負でいいかな?」

     断られるなんて想像もしていないという顔で、クダリはノボリの真後ろへ立った。安心してとでも言うように右手を肩へ添え、そのままノボリのこめかみに、安全装置を外したハンドガンを宛てがう。

     「手元が狂うから、動かないでよ」
     「ふふっ、心配していません」

     絶対に手元が狂わないよう、クダリは肩に添える手へほんの少しの力を込めた。

     「で、何回撃てばいいの?」
     「……五回撃って出なかったら、面白いと思いませんか?」
     「五回ね」

     ノボリは六発目に弾が入っていると思ったということだ。ギャラリーが信じられないとザワつくなか、クダリだけが平然とした顔をしている。普通は撃たれる方も撃つ方も、驚いたり怖がったりするものだろうとディーラーは思った。しかしクダリはお願いを叶えてくれるいい男なので、すぐに頷き五回続けて撃ち抜く。

     「一応聞くけど、次撃つ?」

     子どもだって次は弾が出ると分かるのに、クダリは首を傾げた。答えは当然ノーである。

     「クダリ!」

     三回戦が全て終わり、黒服が持ってきた一億円の大金を前に、ノボリは立ち上がって人目もはばからずクダリへと抱きついた。首の後ろへ手を回し、頬にキスまでする始末である。

     「さあ、せっかく融資していただきましたから、もう一度勝負いたしましょう」

     クダリへ抱きついたまま、ノボリは顔だけで振り返りディーラーへ笑いかけた。正直に言えばディーラーはもう勝負したくなかったが、ここまで一方的に負け続け、ギャラリーからはブーイングを受け、どうにかノボリに一泡吹かせたいとも思っていた。あと一回くらいはラッキーで勝てそうですから、などと言われたままでは帰れない。必ず狙った所へ落とせる自信もあるし、今まで通り仕掛けも使えばいい。ディーラーは制服のパンツで手を擦り、席へどうぞと正面の椅子を指した。ギャラリーからも歓声が上がる。
     ノボリは席へ着くとたまたま目が合った黒服をちょいちょいと手招きして、チップに交換してくれとお願いする。いくらのものにされますかと聞かれて、少し考えてから耳打ちした。黒服はよろしいのですか? と確認していたけれど、ノボリはまたにっこりと頷いた。
     時間にして三分も掛かっていないだろうか。先程の黒服が戻ってきて、ルーレット専用の、鮮やかな赤のチップが一〇〇枚積まれたトレーをノボリの横へ置く。

     「見てくださいクダリ、あなたのトレインの色ですよ」
     「えっ、何それ。いいな、グリーンってないの? ぼくもノボリ兄さんの色で記念に一回だけやろうかな」
     「クダリが乗り気だなんて珍しいですね! ……ああ、お兄さん、お手数ですがこちらグリーンのチップに換えてくださいまし」

     ノボリは今しがた換えてもらった黒服を呼び、チップを一〇枚掴んで手渡した。

     「ぼくはテキトーにやるからさ、負けちゃったらごめんね」
     「いいんですいいんです。クダリと一緒に遊べるなんて、わたくしとっても嬉しいです!」

     一〇枚のチップがクダリの前に置かれ、準備が整った。ディーラーは手を膝に置くノボリを見て、積まれたチップをパラパラと重ねながら落とすクダリを見て、ボールを投入した。勢いよく盤の中でボールが回るのをクダリは三周ほど見て、先程ノボリが大外しした赤の一九へチップを移動させる。

     「クダリは一点賭けですか」
     「さっき外してたとこ、当たったら面白いなって」
     「いい場所ですが、そこは外れかと」

     ノボリはチップの九枚を手に取り、黒の八が中心に来るように縦三列と横三列、つまり正方形に並べた。

     「ノボリ兄さんがフラワーベットするなら、ぼく一枚でよかったのに」
     「わたくしそんな狭量な兄ではありません」

     九つの数字へ残りのチップも同じ数だけ積んだノボリは、クダリの言葉に肩を竦めた。

     「そうだね、ノボリ兄さんはすっごく心が広いから」

     クダリはそう言いながら、掌の中へ隠していた最後の一枚のチップをノボリと同じ黒の八へ重ねる。

     「ぼくも一枚だけお揃いの所に賭けちゃおっかな」
     「当たるかは分かりませんよ?」
     「いいのいいの、ゲームだから」

     クダリと話しながら、ノボリは回り続けるホイールへ視線を移した。ああやっぱり、勝負は真剣でないとつまらない。

     「いやしかし……先程からずっと見ていますが、ディーラーの方は皆様器用なんですねぇ」
     「狙ったスポットへピッタリ入っているでしょう?」
     「よく見ていらっしゃいますもんね、そのナンバーを」

     これは完全にノボリのハッタリであった。さすがにいくらノボリといえども、僅かな視線の誘導だけではどの辺りを狙っているかは分かっても、具体的な数字までは分からない。しかし正に図星であったディーラーには、これがハッタリなのか本当に見えているのか確かめる術はない。

     「はは、さすがに毎回狙った所に入るなんて」
     「ええ。入っては、いないでしょうね」

     真剣でないとつまらない。つまらない細工で水を差され続けているノボリはもう我慢する必要がないと、回るホイールからディーラーへと向き直った。

     「こちらのルーレット、毎回ボールが投入されてからきっかり一二秒後にナンバーが下から浮いてきますね」
     
     そういう台なのでしょう? ノボリは言いながら脚を組み直した。

     「それも〇・五ミリも! 分かるんですよ、それだけ変わったら。そしてあなたはいつも、一一秒ピッタリに賭けを締め切る」
     「自分が狙った所へベッドする参加者がいないか、確認しないと不安ですよね」
     「だからクダリがその数字へチップを置いたのを見て、仕掛けを発動させた」

     ギャラリーの方から、イカサマ台ということかと囁くような声が聞こえてきた。

     「発動してしまえば、どこに落ちるかあなたには分からないでしょう」
     「でもわたくし、運だけはいいんです」

     ボールの転がるスピードが落ちていく。浮いた数字に触れて玉が少しだけ揺らいだ。この場にいる全員の目が、ホイールに釘付けになる。

     「きますよ」

     黒の一〇、その真下のスポットへ入りかけた玉が、仕切りに弾かれ、隣のスポットを飛び越えて、入った。ホイールだけが未だ回り続けている。ノボリは笑顔を崩さない。

     「ノボリ兄さん見て! 入ったの真ん中の所だ!」

     一四四倍だ! クダリの言葉に、ギャラリーの一人が声を上げた。そこにクダリの一枚三六倍も加わるから、いくらになったかと後ろで計算が始まる。

     「おお! 本当です! どうしましょうクダリ、やっぱり今日はラッキーです!」

     目の前で起きたことが信じられず、ディーラーは穴が空くほど黒の八に入った玉を見つめている。融資した一億は返ってくるとして、そんなものでは埋められないほど大勝ちされた。あまりに不味すぎる。

     「お相手ありがとうございました。さあ、支払いをお願いします」
     「…………っ、こんなの無効だ……!そもそも、ミニゲームでイカサマしてただろ……!」

     これに瞬間的に反応したのはクダリだ。そちらが始めたことなのにノボリの挙動をイカサマ呼ばわりされたや否や、内ポケットからボールペンを抜きディーラーの目を突こうとした。

     「クダリ、暴力はいけません」

     言った時にはノボリがクダリの腕を掴み抑えていて、遅れて気付いたディーラーがよろけて後ろの壁へと寄り掛かる。

     「わたくしに、この方の治療費を払わせる気ですか?」

     せっかくこんなに勝ちましたのに、ノボリは拗ねるように頬を軽く膨らませる。これにクダリは我に返って、ボールペンを握りしめた手から力を抜いた。掴まれていない方の手の甲でノボリの頬を撫ぜ、額を合わせて内緒話のように声を潜める。その内にノボリはクダリの手からゆったりとした動作でボールペンを抜き取って、胸ポケットへしまい直すと襟を正すように正面からポンと叩いた。

     「ごめんってば、ノボリ兄さん。これは、兄さんとぼくの夢を叶えるためのお金だもんね」
     「そうですよ。それにこの方ももしかしたらお客様かも知れないのです、あまり怖がらせてはいけません」
     「ノボリ兄さん……うん、ぼくそこまで考えてなかった。ごめんね」
     「謝らないでくださいまし、嬉しかったです。さ、これはしまいましょうね、……はい。今日も恰好いいですよ」

     かわいそうに、ノータイムで目玉を突かれそうになったうえ更に目の前で仲のよすぎる姿を見せられ、ディーラーは恐ろしいものを目の当たりにしたというのにノボリとクダリから視線を離せない。内緒話が終わってノボリに褒められたクダリは表情を緩めたが、こちらを凝視するディーラーを横目で見ては睨みつけた。すぐに怖い顔をしてしまったクダリの頬を両手で包み、いいこいいことノボリは撫でてやる。それから壁にもたれて最早自分の足で立つこともままならない男に、今日一日中の笑顔を潜ませて、蔑むような目で言い放った。

     「あなたも、呆けていないでさっさとしなさい」

     絶対零度、一撃瀕死の視線で試合終了だ。

     テーブル前の椅子へ座り、ゆったりと会話を楽しむ双子を見ながらディーラーはガタガタと震えていた。何が悪かった? どこで間違えた? このイカサマ台で、フラワーベットなんて当てられる訳がない。いや、重要なのはそれじゃない。大損失だ、マズすぎる。オーナーに殺される──。

     「……あなた、」

     いつの間にか二人揃ってルーレット台に片腕ずつで頬杖をつき、ディーラーを見つめていたノボリが口を開いた。ヘビがカエルを見つめるかの如く視線に、ディーラーはまた何かされるのではないかと喉を引き攣らせる。

     「なぜ負けたのか、この台は完璧なのにと、そう思っていらっしゃいますね」
     「ノボリ兄さん!」
     「構わないでしょう、クダリ。換金を待つ間ヒマですし、少しお喋りをする時間くらいはありますよ」

     暗にやめろと言うクダリに、ノボリは肩を竦めた。全く兄思いの心配性な片割れだ。

     「最初はわたくし気付きませんでした。ここに入るはずなのに、なぜ外れるのかと」
     「あなたの技術は素晴らしい。常に一定のスピード、盤の速度もきちんと考慮に入れていますね」
     「でもあなた自身は……とっても露骨です」

     その露骨な仕草を思い出したのか、ノボリは肩を揺らして笑っている。ああこれは思い出し笑いになるタイプの記憶だなとクダリは思った。

     「まずこの台だけ、他の台と違ってほんの五センチほど、奥に置いてある。仕掛けを見えにくくするためですね」
     「それに先程も言いましたが見すぎです、狙っている番号の一二個手前から投入するのは癖ですか?」
     「ああそれから赤の一九、あれはわたくしへの意趣返しでしょう。先程大外しした所に入ったら、惜しかったのに! と思いますもんね」
     「こいつバカそうだからイケるって、思いましたでしょう?」
     「兄さん!」

     自分を卑下するような言い方に、クダリがまたしてもノボリの言葉を遮った。しかしノボリは気にせず言葉を続ける。

     「まぁ……本当に悪手だったのは、わたくしとのミニゲームを【頭】で受けてしまったことじゃないですか?」
     「ノボリ兄さんがバカなんて、そんなことある訳ない」
     「クダリ、分かりましたから」
     「ノボリ兄さんはバカじゃない」
     「クダリ、お兄ちゃん話してます」
     「ごめんなさい」

     おまえが兄さんをバカにしたから怒られたじゃないかと言わんばかりに、クダリはディーラーへ鋭い眼光を向ける。思ったけれども言ってはいないディーラーは、理不尽だと心の内で嘆いたがとても言葉にはできない。

     「……きみ、さっきイカサマって言ったね? 違うよ、全然違う」
     「重さ計ったことある? あんな、五グラム以上もある弾が動いてて分からない訳ないだろ。バカなのか?」
     「さすがに触るなと言われたら分かりませんが、代わりにクダリが教えてくれましたから」

     ね、とノボリは座るクダリの腿の上へそっと手を置き、人差し指だけに僅かな力を込めカリ、と擦る。クダリが先ほど、ノボリの肩へ置いた手の、小指だけに圧をかけたように。もちろん今この場のやりとりはディーラーからは見えておらず、何をどうされたのかは分からないままだ。

     「何回撃てるか教えろって言われた時、ぼく本当にヒヤヒヤしたんだから」
     「露骨でしたかねぇ……」
     「あれで別の人に変えられてたら、ほんとにマズかったと思うよ」

     あの時ノボリが言った、何回撃つかで言うというのはつまり、何回撃てるか教えろということだった。だからクダリは少し時間をかけ、微妙な重心の傾きでシリンダーに入った弾の位置を確認し、期待通り寸分違わず正確にノボリに教えてやったのだ。

     お喋りに花を咲かせていると黒服がワゴンに現金を乗せて戻ってきた。二人で勝った差し引き一二八億九六〇〇万円もの金額は、一枚一〇〇万円だとしてもそのままチップでもらうことはさすがにできず、かと言って持って帰るには重たく、現金を見せてもらったものの結局小切手を切ってもらうことにした。やり取りの最中、ノボリは一枚だけ一〇〇万チップに交換しろと言っていて、もう勝負できませんと泣くディーラーに安心しなさいと首を振った。
     とにかく一枚、チップにしてもらうと後ろのギャラリーの一人に近付く。ノボリがくると、全員が一歩引いていた。

     「ああ、そこのあなた。そう、あなたです。弟に優しくしてくださってありがとうございました」

     ノボリはクダリが床に崩れ落ちた際、肩を叩いていた男にチップを握らせて微笑んだ。掌に隠せるほどの小さな大金が降って湧いた男は、目を白黒させている。
     渡してしまえば興味はなくなって、ノボリはすぐにクダリの元へと戻ってきた。クダリは先に受け取っていた小切手をオノノクスへと握らせ、ボールへ戻すところである。

     「終わった? お金オノノクスに任せたから」

     戻ってきたノボリにクダリは立ち上がって二人分の椅子を戻した。好青年の笑顔でディーラーに笑いかけ、別れの言葉とともにヒラヒラと手を振るとテーブルへと背を向け出口に歩き出す。ギャラリーは自然と二人のために道を開けた。

     「ぼくらと遊んでくれてありがとう。きみが賭けたものが、首じゃないといいね」

     建物から出ても嬉しそうなノボリが可愛らしい。クダリは自分とノボリのボールホルダーへ手を伸ばし、シビルドンとシャンデラを呼び出した。何があったのか、ボールの中から見ていた二体はすぐにノボリとクダリへくっついて、喜びを分かちあっている。オノノクス以外が、自分たちも出して欲しいと言うようにボールを揺らしたが、家に帰ったら出してあげるからと宥めるように撫でてやった。
     シャンデラはひとしきり体をすり寄せ甘えると、夜の散歩なのかすいっと上空高く飛び上がっていってしまった。シビルドンは二人の周りをくるくると泳いでいる。

     ノボリは後ろで手を組んで、隣から覗き込むように背中を丸めクダリを見る。そしてニコッと笑ってから数歩前へ駆けてその場で後ろ向き──つまりクダリと向かい合う形──に身体を翻した。黒いスプリングコートが舞う。



     「これでようやく、スーパーマルチトレインも開設できそうですね!」
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    Replies from the creator

    タオ_

    DONEノボクダです。
    クダリくんが不意にノボリさんに好きって言っちゃったお話。
    ひとしずく 「ノボリ、すき」

     その日最後のマルチトレインでのバトルを終えた直後、クダリは言ったのだ。ノボリに向かってハッキリと、好き、と。挑戦者もかなり手強い二人組で、正直今までで一番白熱したバトルだったとノボリは思う。ジャッジが「勝者、サブウェイマスター ノボリ・クダリ!」と宣言した瞬間二人は同時に顔を見合わせた。

     ところでわたくしノボリは、それはもうクダリのことが可愛くて可愛くて仕方ないんですね。周りからは似ているだとか、見分けがつかないと言われることばかりですが、わたくしからすればどこが似ているのか! と叫んで差し支えないほどなのです。クダリはとても心の優しい子でございまして、その話も挙げだせばキリがないのですが、例えばつい昨日も大量の書類と戦っているわたくしにコーヒーを淹れてくださったのです。今そんなことで? と思った方がいらっしゃったかも知れません。ですがわたくしの状態を見て淹れてくれるコーヒーは甘さや濃さがその時その時で違いまして、これを心遣いと呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。幼い頃から花が綻ぶように笑って、鈴が転がるような声でわたくしを呼ぶのです。そしてクダリといえば、わたくしのやることを何でも、すごいと手を叩いて褒めてくださり、カッコイイと褒めてくださり、さすがノボリ! と褒めてくださるのです。そうです、クダリはわたくしのやること成すこと全て褒めて認めてくださるもので、そんな笑顔の可愛いクダリを大好きにならない選択肢などございませんでした。そう、これは運命、デスティニー。
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    タオ_

    DONEクダノボ風味ブロマンス寄り小説

    ※モブが喋ります、ネームドキャラとの会話もあります。捏造が多分に含まれますのでご注意ください。
    ジャックポット・ジャンキー さあ行きますよクダリ! なんてはしゃいでぼくの手を引く兄さんをあの時ちゃんと止めてれば良かった。兄さんの目の前に積まれていくチップの山と、ギャラリーの視線にクダリは頭が痛くなってきて、溜息を吐くとともにこめかみを押さえたのだった。

     いや、最初のうちはよかったのだ。赤か黒か、奇数か偶数か、ハイかローか。これはどうやるんですか? ノボリが慎ましやかに尋ねるものだから、黒服も初心者向けのルーレットの卓を案内してくれて、イチから丁寧にルールを教えてくれた。飲み込みの早いノボリはすぐにルールを理解して、持っていた二〇万円分のチップをあっという間に倍にした。あとから考えれば、まずそれが良くなかったのかも知れない。倍になった辺りでディーラーから声を掛けられて、今やっている一枚一〇〇〇円のチップから、一枚一万円のチップを使う卓に移動した。しかしそこでもノボリは勝ち続けて、あんた強いから向こうでやっておいでと、今は一枚一〇万円のチップを使っている。
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    recommended works