好きな人の好きなものは気になるだろう? 肥前忠広は南海太郎朝尊が好きだ。
だからといってどうこうしたいわけではないが、あわよくば何か起きてもいいと思っているものの自分の意思だけでどうこうできるものではないので、このままの関係でも良いと思っていた。恋仲になったところで今と何かが変わるわけではないと思っていたからだ。
思っていたのだが。
「ひぜんくん」
舌の回っていない南海に名前を呼ばれる。
それだけで周囲の騒がしい声が遠くなる。
「……なんだよ」
「ふふ、ひぜんくん」
先ほどから何度も名前を呼ばれ、返事をするとまた名前を呼ばれる。その繰り返しだったので一度返事をしないでいたら、眉尻を下げた顔で見つめられた。肥前はぐぅと喉の奥が鳴るのを感じながら「なんだよ……」と返した。
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