Mum's the word サニーから受けた食事の誘いにアルバーンは迷うことなく頷いた。少し前までは不思議な行動も多くて何かあったのかと心配していたが、最近ではそういったこともなく以前のように他愛のない会話を楽しんだり島の探索をしたりと平穏に過ごせている。薔薇をプレゼントされた時には少し驚いたけれど、気恥ずかし気にオレンジ色で自分を思い出したから と言って贈られたら悪い気なんてするはずがない。それどころか嬉しくてしばらくは浮かれていたし、その薔薇の為だけに花瓶も用意して、枯れて終わりだなんて寂しいからとなんらかの形で残せないかと浮奇に相談したくらいだ。
そんな相手からのお誘い、しかも手料理を振る舞ってくれるだなんて。手土産には何を持って行ったらいいだろう。同じように食卓を飾る花を贈ってもいいけれど、飲み物や、デザート代わりにお菓子を持参してもいいかもしれない。あれこれ考えを巡らせるだけでもうきうきしてしまって、あっという間にその日はやってきた。
結局、どうせなら自分も手作りのものにしようと作り慣れたブロンディをバスケットに入れてサニーの家へ。 スキップでもしてしまいそうな軽い足取りで向かったアルバーンだったが、ノックに応じて顔を出した家主の顔を見てすぐさま心配そうに声をかける。
「大丈夫? 具合悪いなら今日は帰ろうか……?」
妙に強張った表情で出迎えたサニーにそう問うてみたものの、大丈夫だから中に入ってと扉を開いて促されてしまえば断わる訳にもいかず、アルバーンはそれならと室内に足を踏み入れる。 何か失敗でもしたのだろうかとも思ったが、キッチンの方からは食欲がそそる匂いが漂っておりそういうことでもないらしい。いったい何があったというのだろう。不思議に思いつつも良かったらデザートにとバスケットを渡し、向かい合うようにダイニングチェアに腰を下ろすとサニーがどこか思い詰めたように口を開いた。
「本当は俺、ものを食べてるところを見られたくないんだ」
それを聞いたアルバーンは驚いたように目を丸くする。 だって自分は今日食事に誘われていて、当然のように一緒に食事をするつもりでいて、でもサニーは食べているところを見られたくなくて……。わからない、どういうことだ?その疑問は表情にも出ていたようで、だからかサニーは少し焦ったように言葉を続ける。
「俺……というか俺達ワニがそうなんだけど、ものを食べると涙が出てくるんだ。それって自分ではどうにもならなくて、けど泣いてるとこなんて見られたくないし」
言われてみれば、サニーが何かを食べているところをアルバーンは見たことがない。思い返してみても、そういった場に彼の姿はなかったように思う。そういうことであれば、『見られたくない理由』には納得がいった。 でもそれなら、どうして――
「でも、食べることは好きだから…… アルバンとも一緒に楽しみたいって思ったんだ」
その言葉に胸の奥でトクンと心臓が脈打ち、じわじわと熱が広がっていく。この感覚はなんだろう。嬉しいは分かる。でもそれ以外にも何か別の感情が湧きあがってくるのをアルバーンは感じていた。
「だから…変かもしれないけど、俺が泣いても笑ったり」
「しないよ」
堅い声で話し続けるのを遮るようにきっぱりと言い切ると、サニーはハッとして俯きかけていた視線を上げた。
「笑ったりなんてしない。それにね、ちゃんと教えてくれてありがとう。 僕だってサニーと一緒にいーっぱいオイシイもの食べたいから、そう言ってくれて嬉しい」
そう口にしてアルバーンがふにゃりと笑うと、サニーの表情がくしゃりと歪みかけたのが分かった。あ、これは本当に泣きそうな時だ。そうと気付いてしまったものの、そこは勿論気付かないふりで。
わざとスンと鼻を鳴らして、お腹すいちゃった、ずっといい匂いするんだもんとキッチンに視線を向けてみせると、 サニーが目元を擦って席を立つ。 用意してくるから少し待っててという言葉にうんと頷いてお行儀よく座って待っていると、間もなく深めのプレートがトレイに乗せられ運ばれてきた。
湯気のあがる皿を覗き込むと、そこにはデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグが。思わずアルバーンがわぁと声をあげていると、追加でテーブルロールも隣に置かれる。
ああでもこんなに美味しそうなのに、こうもアツアツでは…
「ごめんねサニー、僕猫舌だからすぐには食べられないんだ」
しょんぼりとそう告げたアルバーンに、大事なことを失念していたと大きく動揺するサニー。その狼狽えようがなんだかおかしくて、つい笑いだしてしまうと拗ねたような声がぼそりと呟いた。
「っ……ふはっ…そんなに慌てなくても…っ」
「くっそ……格好悪いところ見せてばっかだ」
僕に格好つけたいの?そりゃあ、少しは…。今更だと思うけどなぁ。うぐっ…。んはは、じょーだんじょーだん。
そんな軽口を叩き合っているうちにすっかり場の空気もほぐれ、アルバーンが皿の温度を確認しつつ食べるタイミングを見計らっているとサニーがそわそわとしながら口を開く。
「あのさ、これ…先に食べていいかな」
これ、と視線の向いた先にあるのはアルバーンが持ってきたバスケット。その中身がどれだけ甘いかは作り手だからこそ誰よりも知っている。
「それ結構甘いよ?」
だからデザートにと持ってきたのだ。けれどサニーも引く気はないようで、すぐにでも中身を取り出せるようにいつの間にかバスケットを引き寄せていた。
「…でも、アルバンの作ったもの食べたい」
なにそれ。なにそれなにそれ!食べるところ見られたくないって言ったくせに…!
食べてもらうつもりで作ってはきたが、事情を知る前と今とでは思うことも変わってくる。とはいえダメなんて言えるはずもなく、いいよとアルバーンが答えるとサニーは嬉しそうにバスケットからブロンドカラーの焼き菓子を取り出した。
そんなやり取りをしているうちに皿から上がる湯気の勢いも落ち着き、ようやく食べられる温度に。いただきますと声を揃えて食事を開始すると、少し大き目の一口大に切り分けたハンバーグをアルバーンはハグッと頬張る。じゅわりと口内に広がっていく肉の旨味とデミグラスソースの甘み。美味しいし、これを自分の為に作ってくれたのだということが嬉しい。そんなふたつの幸福感に包まれながら正面を窺うと、大きな口で焼き菓子に齧り付いたサニーの瞳の変化に気付いた。
予め聞いていたから、それがどういう理由でなっているものか知っている。感情は関係なくて、ただ生理的なものだと。それなのに、分かっているはずなのに、見ていると勘違いしそうになってしまう。
「ねぇサニー、オイシイ?」
好きで作ってきたものだから、口にあったら嬉しい。そんな思いからの問いかけに、サニーは潤んだ瞳を細めて答える。
「うん、ウマいよ。アルバンは?」
「僕もね――」
期待した言葉は想像以上に胸に響いて、自分の方こそ泣いてしまいそうだとアルバーンもつられて微笑んだ。