雨やどりそう言えば今日の星座占いは最下位だった。取引先から帰社する途中突然降り出した雨は、勢いを増し、寂れた商店街の外れのシャッターが下りた小さい店舗の軒先にリゾットを追い込んだ。二三歩歩けば即刻濡れ鼠になる激しさで、在り処の分からないコンビニを探し回るわけにもいかない。よりによってこんな場所で、と、朝の占いが頭を掠めた矢先、脇から人影が飛び込んできた。
ふうっ、と息をついたのは鞄を提げたスーツ姿の若い男だった。前後左右とも幅広とは言い難い軒の下、間に三人分くらいのスペースを挟み立った男が肩や袖を拭っているのを、リゾットは向かいの店を見ながら視界の端に入れていた。
「あ」
突然の声に思わず横を向いた。煙草とライターを手にした男が、そんなリゾットを見返した。
金髪碧眼の、とても、見栄えのいい男だった。
「吸っても?」
瞬間見入り、慌てて「ああ――どうぞ」と返す。ああ、を了承と取られては不遜に思われるのではないかと、急ぎ言い足した。がたいがよく声が低く強面なので、普通の反応をしても相手を誤解させ、時に怖がらせることがあるのだ。
「どうも」と呟く声に脅えはなかった。「よかった。ツイてる」
ツイてる、か、とリゾットは思う。ツイてる。この天候、それを言う男の軽い笑いに皮肉な感じはなかった。なら自分も、取引先に向かう前でなくてよかった。ツイてた。
我知らず、ふ、と漏らした息を感知した男が、煙草を咥えたまま、喉の奥だけで、ん?と言った。
「いや……」どの程度の気安さで話していいものか案じながら、前に向き直る。「要は捉え方だなと」
男の沈黙に、飛躍しすぎた返事だったかと反省し、
「この雨だし、今朝見た占いも最下位だったんで」
「へぇ。そういうの気にする人?」口から抜かれた煙草に煙はない。
「いや」真に受けて行動することはない。起こった出来事の質や量によっては「そう言えば……」と思い出すことが稀にある、今のように、という程度だ。
「たまに見るけど、いいも悪いもないな、自分の星座忘れると」
再度横を向く。乙女座じゃなかった、と男は妙にきっぱり言った。
「誕生日は?」知ったとて、星座を即答できるあてもなかったが、何となく尋ねる。返された月日から、やはり何座かなど分からなかった。が、
「お、やんだ?」と男は言った。気づけば、雨はぴたりと降り止んでいた。
結局火をつけぬままの煙草とライターを仕舞う男にリゾットは「よければ」と言った。
「昼食を」どこかでとってから帰社する予定だったが、相手の事情は何一つ分からない。それでも、「折角だから」
男は妙にこなれた視線をリゾットに素早く走らせた。「オレがとんでもない大飯喰らいだったら?」
「とてもそうは見えないが」余りまじまじ見るのもどうかと思い、大飯喰らい、という言葉の響きがそもそもそぐわない容姿にさっと目をくれるに留める。
「痩せの大食い……って、別に痩せてはねーけど」男は幾分言葉を崩したものの、一転取り澄ましたように言う。「そちらに較べれば多少は?」
「それならそれで、『そう言えば最下位だった』と」
男は笑って一足先に軒下を出た。
駅に近づくにつれて、飲食店がちらほらと姿を現し始めた。
横断歩道の赤信号で立ち止まり、名前を聞いていない、と気付いたが、リゾットは先に言った。
「誕生日おめでとう」
虚をつかれたのか、男はすこし口籠り、言った。
「どうも――ありがとう」
言い直したのか、一際丁重な礼を述べたのかは分からなかった。店でもう一度、面と向かって言ってみよう、とリゾットは思う。
信号が変わり、「吸えるところで」と男が一歩を踏み出した。
「喫煙者だ」リゾットが返すと、ツイてる、と男は愉しげに水たまりを跨いだ。