どうしようもなく君が好き 明日から三連休だし、大きな仕事もひと段落したし、飲み会をしましょう、と言ったのは一人の部下だった。
つい最近まで僕たちは取引先に大型の案件を任されていてようやくそれが終わったのだ。
「逢坂主任」
「ん? なに?」
「逢坂主任も行きますよね」
「え」
今日は金曜日。金曜日は、というか、休みの前の日から僕は恋人と過ごすことにしている。
だから僕はその恋人ーーを見ると残念ながら席を外しているところだった。
「今日は仕事も落ち着いてますし。ね!」
行かないとも言えず、僕は頷いた。
「回覧するので行く人は印鑑を押してください」
回ってきた回覧に僕の恋人、四葉環くんの名前も入っていた。じとりと僕のことを見ている環くんにどう謝ろうかと考えているうちに定時になってしまった。
「明日仕事終わったら明日はそーちゃんち行きたい」
昨日、仕事が終わって家に着いた頃、かかってくる電話で環くんがそう言った。
同じ職場だし、同性同士。付き合っているとも言えずこうやって休みの前の日だけ一緒に過ごすこの生活。
「うん、この前は環くんの部屋だったもんね。来て」
毎日こうやって電話をするのもいいけどそろそろ一緒に暮らしたい、と思う気持ちが日に日に強まっている気がする。
彼が泊まった日、彼の部屋に泊まった日の朝、彼と一緒にいたい、という気持ちを追いやるのがここ最近本当に大変なのだ。
できれば毎日彼と一緒に眠って朝を迎えたい。
今は同じ部署だけど最近の環くんの成績は本当に良くて彼に一つの部署を任せたい、なんて話が持ち上がっていることも知っている。
喜ばしいのと同時に彼と過ごす時間も減ってしまうんだと思うから余計になのかもしれない。
取引先からかかってきた電話に対応してから集合場所へ向かえば仏頂面の環くんがスマートフォンで何かを打ち込んでいた。
数秒後、僕のスマートフォンが震える。
『今日はあんまり飲まないで』
あんな仏頂面で打ち込んでいたのにその文字と彼の好きな王様プリンさんのスタンプに僕は思わず笑ってしまった。
金曜日、僕と一緒に過ごす環くんは色んな人の誘いを断っているので今日飲み会にいることが珍しいのか色んな人に囲まれていた。その様子をぼんやりと見つめながら烏龍茶を飲んでいると、
「逢坂主任はお酒飲まれないんですか?」
と聞かれた。今年入った新人の子だった。
「うん。今日は飲まないでって言われて」
「彼女さんに?」
「あー……うん、まあ、そんなところ……」
環くんは彼氏なので、彼女と言われると困ってしまうけど、そこで否定するのもなあ、と思いながら思わず目の前にいる環くんをじっと見つめてしまった。
環くんは本当に皆に人気がある。普段は人付き合いもいいから先輩にも後輩にも好かれるんだろう。
その中の一人が、「あっ、逢坂主任グラス空じゃないですか、ビールどうぞ」と気を利かせて注いでくれた。
環くんから飲まないで、と言われたことを破りたくなくてどうしようか困っていると、
「逢坂主任はダメ」
と環くんが僕のビールを一気に飲んでしまった。
不覚にもときめいてしまった。
「一気に飲んだけど大丈夫?」
「へーき。俺あんたより酒強いし」
「そうだけど……」
僕の言葉に環くんが僕の頬をふにゅ、と掴んだ。
「お酒、飲まないでくれてありがと」
そう言ってふにゃ。と嬉しそうに笑う環くんにまたときめく。
環くんと恋人になって数年。いろんな環くんを見てきたし、僕だって見せてきた。こうやって笑う環くんだってもう何度も見てきたのに。なのにこうやって毎日、彼のことが好きになってしまう。どうしようもなく。
「うん……」
「なに、どしたん?」
「え?」
「なんか、顔真っ赤だけど。もしかしてちょっと飲んだ?」
「飲んでないよ」
「そっか。熱ある?」
「ない、けど」
「けど?」
「……環くんが、好きで」
「えっ、あ、うん」
「……どうしよう、すごい好きで」
「うん」
「……困ります……」
「…………帰ろ」
「えっ」
「あんたのその顔見せたら! 絶対他のやつそーちゃん好きになっちゃうから! だめ! ここで待ってて」
僕と彼の荷物を急いで持ってきた環くんに引かれて急いでタクシーに乗り込むと、環くんは何も言わずに窓の外を眺めた。
「環く、」
「ちょっと黙ってて」
少しだけ怒った様な声にやっぱり急に好き、なんて言ったら困るよなと思っていると環くんが僕の手を握ってするりと恋人繋ぎなんてしてくるからまた環くんを見ると環くんの顔が心なしか赤くなっていて、僕は俯いた。
合鍵で僕の部屋のドアを開けて我慢できないというように玄関先でキスをした。
近所に声が聞こえてしまうんじゃないかとか、そんなこと考えられないぐらいに角度を変えて何度もキスをしてようやく落ち着いた気がする。
「ああいうこと、外で言わないで」
「ごめん、気持ち悪かったよね」
「違くて! 俺だってそーちゃんが好きでしょうがないからああいうこと言われたら顔にやけちゃうし、あん時のそーちゃん、俺以外に見せたくない顔してた」
「……」
「俺も、そーちゃんが好きだよ」
「あの、たまきくん」
「ん?」
ふわふわとした心地の中、これだけは言いたくて口を開くと環くんが「なあに」と聞いた。
「毎週こうやって一緒に過ごしてるけど」
「うん」
「それを、やめたくて」
「は?」
「君と、一緒に、暮らしたいなって、思ってるんだけど」
「それって毎日?」
「うん」
「電話をするのも、こうやって週末一緒に過ごすのも好きだけど毎日一緒にいたいなって」
「もー!」
ぎゅうううっと音がしそうなくらい抱きしめられて僕は目をパチパチさせていると、
「それ、今日俺が言おうって思ってた」と拗ねたように言われてしまった。
「そう、なんだ……」
「ごめん、そーちゃん」
「ん?」
「嬉しくて、もういっかいしたい。もういっかい、していい?」
「……いっかいだけじゃ、やだよ」
そう言って手を伸ばすと目の前に環くんだけが映った。
彼の瞳にはどうしようもなく、目の前の彼が好きだと言っている僕が映っていた。