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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.1.24。夏祭りのししさめ。ン年前に書いた一次創作のリメイク。

    夏の夜は夢のあと 村雨礼二は決断を迫られていた。
     目の前には、小さな手がある。
     おずおずと、けれど決して引かないという自信に満ちて自分に伸ばされた手。
     とるか。
     とらざるか。
     そもそも何故こんなことに。と、もう何度目か分からぬ毒吐きを脳内で繰り返した。

     ***

     話は、数時間前へと遡る。
     いや発端は更に数日前。叶が見かけたという街頭の貼り紙だった。
     夏祭りのお知らせ。
     行こうぜ! という提案から、自然な流れで(誰も口を挟めない程の自然さで)行くことが決まった。
     そして、当日である今日。
     4人連れ立って祭りに赴いたわけなのだが……
     動画配信に走り回る叶、面白い物に躊躇せず突撃をかける真経津、それを一応は止めようとしながらも、明らかに振り回されている獅子神、それを手伝おうとしない村雨自身……この面子で、はぐれない方が不思議だった。
     気が付けば村雨は1人、人混みに取り残されていたわけである。
     やれやれ……と、人だかりを縫い、敷地の隅で足を止めた。
     あまり着慣れない浴衣が着崩れていないか、確認する。
     これも提案者である叶が準備したものだった。
     全力で楽しむ雰囲気の為にはこれくらい必要だろう! とのことである。
    「……」
     軽く、溜め息。
     さて、どうしたものか。
     そこまで祭に興味をそそられていた訳ではないが、ここで一人帰宅するのが悪手であることは、村雨礼二であれどさすがに理解していた。
     だから、悩んでいた。
     悩んでいたから、その人物がすぐ近くにしゃがんでいることに、少しも気が付かなかった。

     ****

    「おじさん」
     最初に声をかけられた時、自分が呼ばれているとは思わなかった。
     三十が目前に迫ったとは言え、甥姪以外に「おじさん」と呼ばれることはあまりない(そもそも彼らが呼ぶのは『叔父さん』だ)。
     なので応えずにいると、ツイ、と、横から浴衣の袂を引かれた。
     怪訝に思い、視線を下ろす。
     そこに居たのは、小さな子どもだった。
     長めの髪はあまり整えたことが無いように無造作で、やや薄汚れているように見える。
     伸びっぱなしの不揃いの前髪の奥の瞳が、村雨を見つめていた。
    「……私か」
    「そうだよ、おじさん」
     頷かれる。
     念の為に記憶を辿ってみるが、子どもに心当たりはなかった。
     身内や親戚は勿論、過去からの患者とその身内含め、覚えのある顔ではない。
    「……」
     子どもは得意では無い、という空気を滲ませ、無言で視線を送る。
     それに怯えた様子はなく、子どもは「おじさん、迷子?」と訊ねてきた。
    「私は迷子ではない」
     迷ったのは連れの方だ、と続け、あなたは? と訊く。
     念のための確認ではあったが、あっさり「はぐた」と回答があった。
     なるほど、と呟く。
     さすがに知らない子どもとは言え、このまま立ち去るのはあまり良い判断とは思えなかった。
     それに今ここに居ない誰かなら、きっと全力で子どもを助けるだろう。
     そんな想像に苦笑し、問いかける。
    「私に、どうして欲しい」
     とはいえ、小児科は絶対に無理だと評価される村雨礼二である。
     言葉になったのは、そんな簡潔な一言だけであった。
    「うーん……」
     しばし、子どもは考える素振りを見せる。
     そして「えっと……」と、呟いて。
     連れを探すのを手伝って。
     出てきたのは、そんな結論。
    「……」
     眉を寄せ、村雨は考える。
     さっさと運営テントか何かに連れて行き、スタッフに任せるのが恐らく最適解だろう。
     子連れでいることで、面倒に巻き込まれないとも限らない。
     けれど、自分も、連れを探す必要があった(運営に迷子放送を頼むのは、流石に躊躇われる面々ではある)。
     それに、本当に、これは村雨にとって不可解極まりないことなのだが、もう少し、この子どもと居てやろう、という気になったのだ。
    「……いいだろう」
     嘆息混じりに、頷く。
    「私も連れを探す。あくまでついでに、貴方の連れを探してやろう」
     パッと、子どもの顔が明るくなることがわかる。
     伸びっぱなしの前髪の奥で、目が喜色を帯びていることが伝わった。
     そうと決まれば、と、歩き出そうとする村雨の前に、ずいっと手が差し出された。
     またはぐれたら嫌だから、おじさん、繋いでよ、と。
     それで、冒頭の事態に繋がったわけである。

     ****

    「おじさん、アレ何」
    「……神輿だ」
    「あれは?」
    「わた菓子」
    「どんな味??」
    「砂糖の塊だ」
    「なら、甘いんだね」
     村雨の手を引き歩きながら、子どもは辺りを見渡しつつ、質問を重ねて来た。
     その一つ一つに答えながら、引かれるままに会場を歩く。
     人混みの中は暑く、髪の間から汗が流れてくるのを感じる。
     繋いだ手は、子供の体温特有の熱を伝えてきていた。
    「おじさん、あれは?」
    「金魚すくい」
    「金魚? 掬うの? なんで? 食べるの?」
    「……食用ではない」
     子どもの質問は、目に入る全てに渡っていた。
     そんなことも? と気になる内容もあったが、この年頃の子がどこまで世間を知っているかは分からない。
     いや、甥姪と同じ歳頃であれば、もう少し……?
    「……?」
     つ、と、引っ張られるような力に、村雨は足を止めた。
     子どもが足を止め、一つの祭屋台を凝視している。
     そこからは村雨自身も嗅ぎ慣れた、芳醇な香りがしていた。
     食欲を唆る匂い、と言い換えてもいい。
    「……肉か」
     牛串の屋台、である。
     ステーキ、牛タン、或いは豚肉。
     複数の肉が串に刺され炭火で焼かれ、周囲に堪らないニオイを放っていた。
     そう言えば、と、村雨は思い出す。
     今日は朝に食べた以降、何も口にしていなかった。
     祭に来て、何かを食べる前にはぐれたから、であるが……当然のように、空腹である。
     ふと、子どもを見る。
     とても、真剣な、或いは信じられないようなものを見る目で、肉を凝視していた。
    「……」
     らしくない、と思った。
     何故かひどく、その目が気に障った。
     子どもなら、美味しそう! とキラキラさせるか、買って欲しい、と、期待に満ちた目をしていればいいのに。何故そんな、切実過ぎる顔をしているのだ。
    「……食べたいのか」
     こう、声をかけたのは、普段の村雨であればあり得ないことであった。
     知らない子どもである。
     どんなアレルギーを持っているか分からないし、そもそも、そんな義理は元よりない。
     それなのに、だ。
     この子どもは、自分が、お腹いっぱいにしてやらないと気が済まない、と思ったのだ。
    「え?」
    「食べたいなら、言えばいい。私もちょうど空腹だ」
     食べ慣れたステーキではないが、祭りの場所で食べるなら、こういう物が相応しい。
    「え、でも……」
     ああ、だから。
     子どもが、そんなに遠慮しなくていいだろう。
    「どうだ?」
    「……たい」
    「……」
    「食べたい!!」
     思いの外大きい声に、子ども自身、驚いたようだった。
     頷き、村雨は屋台の人間に「牛串二本」と注文する。
     お金と引き換えに渡されたそれを手渡したせば、子どもは満面の笑顔で笑った。
     そう、それでいい。
     ひどく満足感を覚えながら、牛串を口にした。

     ****

    「おじさん、射的下手くそー」
    「この角度であの位置に当たれば倒れるはずでは……?」
     解せん、と呟いた村雨をおかしそうに子どもは笑う。
     頭には、キツネのお面。
     片手には、りんご飴。
     すっかり、祭を楽しんでいるスタイルだ。
     その全ては勿論、村雨が買い与えた物で。
     子どもが何かを……特に食べ物をあの目で見る度に、財布を出さずにはいられなかった。
     まったく、不可解極まりない。
     けれど決して、不快ではなくて。
     手を繋ぎ引かれるまま、祭をまわる。
     歩きながら村雨を振り返る顔が、段々と子どもらしいと感じるものに変わっていく。
    「おじさん」
    「なんだ」
    「おじさん、南の国って行ったことある?」
    「?」
     唐突な問いかけに、子どもの視線を追う。
     そこにあるのは、ひっそりと立つ掲示板。
     宣伝や告知の貼り紙の中、いかにもなヤシの木を前面に写し出した、南の島風の写真を使ったポスターがあった。
     近くのショッピングセンターでやっている福引の告知らしい。
     じっと写真に見入る子どもを見やり「何度か」と答えた。
    「いいなー大人になったら行けるのかなー」
    「それはあなた次第だ」
    「……そっか」
     大人になれるのかな? と続いた呟きに、答える言葉を持たなかった。
     繋いだままの腕に、目を落とす。
     コツコツとした肉の下の骨を感じる……不自然なまでに、折れそうなまでに、細い腕。
     甥姪とは全く違う、その、手触り。
    「おじさん」
    「なんだ?」
    「あれ何??」
     子どもの興味が移ったことに、安堵する。
     指差していたのは、一つの屋台。
     何人かの大人や子どもが、机に半ばかがみ込む様になりながら真剣に向かっていた。
    「ああ『カタヌキ』か」
    「カタヌキ?」
    「行ってみればわかる」
     言えばグイグイ腕を引っ張られるのに、ついて歩く。
     辿り着けば、皆んな小さなピンクの板を、細いピンと呼ぶべき物で突いていた。
     誰もが無言で、時折「あぁ……」と絶望に溢れた声がする。
    「……?」
    「澱粉や砂糖でできた、小さい板がある」
    「うん」
    「それを、線の通りに、ああやって抜く」
    「……」
     やってみるか? と促せば、しばし考えた後に「ううん」と首を振る。
     しかしその目は、明らかに興味を持っているに違いないのに。
    「……何故だ」
    「たぶん、うまく、できないから……」
     牛串を食べるか? と訊いた時と、同じ目をしていた。
     ひどく、村雨を苛立せるあの目だ。
     いや、違う。
     苛立つのは、子どもにではない。
     こんな目をさせる、この子を取り巻く環境全てに、だ。
    「……うまくいく必要はない」
     その苛立ちを抑えきれず、村雨は囁いた。
    「うまくいかなくても、誰も、あなたを……」
     いや、と、思い直す。
    「私は、あなたを、馬鹿になどしない」
     どうか、伝わるだろうか。
     不思議そうに目を瞬いた後、子どもは「やる!」と口にした。
     村雨が金を払い、受け取った板を手渡す。
     適当な椅子に腰掛けて、真剣な顔で取り組み始めた。
     意外と手先が器用なのか、ウサギの形はスムーズに抜けているように見え……
    「あ!」
     驚く声。
     パチっと、軽い音と共に、板は割れた。
     悔しそうに、けれど楽しそうに、子どもは笑う。
     その後……何かを言いたげに、村雨に向けられる目。
     ふむ、と、頷き。
     再度お金を店の人間に手渡し、板を入手。
     期待を一心に感じながら、ピンを操った。
    「………」
     ほどなく、ヒビ割れなく、型抜きは完成する。
     やったー!! と、万歳する子を見て、ふっと小さく笑いが漏れた。
    「おじさん、凄いね!!」
    「……あなたも、できるようになる」
    「ほんと?」
    「……あなた次第、だ」

     ****

     祭会場を歩き回り、二人は外れの方に来ていた。
     あの、目立つはずの三人は全く見つからず。
     また、子どもの連れも見つかることはなかった。
     いや。
     既に、見つけることを諦めていた。
     そう表現する方が、正しいかもしれない。
    「……」
     する、と。
     不意に、繋いだ手が離された。
     子どもの方に目をやれば、こちらを向いて微笑む顔が目に入る。
     どうした? とは訊かない。
     子どもは……濃い金の髪に、青灰色の目の『男の子』は、その様に何かを察したのか。
     ただ「ありがとう、おじさん」とだけ呟いた。
    「ああ」
     頷く。
    「おじさん、名前は?」
     今更か、と、小さく笑い。
    「村雨礼二」
     むらさめさん、と、また少年は笑った。
    「今日はありがとう!! オレ、祭で食べたり遊んだりしたの、初めてだった」
    「構わん」
     大人になった貴方が、返してくれたら充分だ、と笑う。
     いや既に、もうお釣りが必要なくらい、受け取っているのかもしれない。
     そう思ったことは、目の前の少年にも、あのお人よしで世話焼きな男にも内緒だと決める。
    「また会える?」
    「そうだな」
     返答に、満足したのか。
     軽い足音を残し、子どもは夜の帷へと走っていった。
     闇夜でも映える、金の髪が溶け込むように見えなくなるまで見送り、一息。
    「すぐにでも、会えるだろう」

     ****

    「村雨」
     聴き慣れた声は、思いの外近くから響いた。
     顔を上げ、人混みを抜けてこちらに近づく長身の男を見据える。
    「獅子神」
    「やっと見つかった……ここに居たのか」
     あちこち探し回ったのか、金の髪は汗で湿り、乱れていた。
     呼吸は上がり、心拍数もやや高い。
    「真経津も叶も全然見つかんねーし。オレだけ必死に探してたのかよ……」
     愚痴を溢す男を見つめる。
     身長が高く、トレーニングによって鍛えられた筋肉を持つ、成人男性である獅子神敬一を静かに見つめる。
    「……村雨?」
    「貴方は」
     不思議そうに呼びかけられるのを遮るように、声を出す。
    「『カタヌキ』は、できるか?」
    「カタヌキ??」
     唐突な質問に目をシパシパさせた後、どうかなー? と首を傾げる。
    「最近、やってねーからな。ガキの頃、成功した覚えはあるけど」
     そうか、と頷き。
     自然な流れで、獅子神の手首を取った。
     今から試しに行こうではないか、と引いて歩き出す。
     手の中の獅子神の手は、男らしく筋張っており、けれどそれなりに肉付きもある、肌もハリのある、健康な成人男性のソレだった。
    「うぉ!? 村雨、手、なに……」
    「そうだ、ついでに牛串も食べるか。祭りの食事には相応しいだろう」
    「牛串?? いや、てゆーか、手……」
    「キツネの面も買ってやろう。ああ、リンゴ飴はまだ好きか?」
    「まだ? いや、だから、手……」
     手、手、と繰り返すなマヌケが。
     決して、離してなどやるものか。
    「おい、どうしたんだ? 村雨……」
     困惑しながらも、決して振り解こうとしないことに、満足して笑う。
     どうした? と?
     先に、手を差し伸ばしたのは少年の方からだった。
     だから今度こそ、私から、貴方に手を差し出すのだ。
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