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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2024.3.27。お題「帰り道」。拙作[雨を思へり]から続きました

    ##花言葉

    Diamond Lilly 遠く、雷の音を聴いた気がした。
     パシャ、と軽く響いた水音に、溜息をひとつ。
     ブーツの底から、避け損ねた水溜りを叩く感触が伝わる。
     足を止め、獅子神は天を仰いだ。金縁の丸眼鏡をずらすようにして、遠く、西の空を見る。
     また、一雨くるかもしれない。
     数分前に止んだ突然の雨は、幸いにも偶然見つけ駄菓子屋で回避することに成功した。だが、同じような幸運が何度もあるとは限らない。
     急ぐか……と。眼鏡を掛け直して足を動かすその耳に、再度、響く雷の音。
     遠く。けれど、先程よりも確かに近く。
     急がないねぇと、と足を早める視界の端。ちら、と目につくピンク色。
     
     ――――「花を買ってやろう」
     
     どこからか、聴こえたその声は。
     
     ――――「花?」
     ――――「好きな花を選ぶといい」
     
     足が、止まる。
     急がないと、と思っていた筈なのに、視線は一点から動かない。
     道の脇、小さな花屋の店の先。花桶に刺された花。
     白。薄桃。或いは紅。紫に近い色。
     ツヤツヤとして、光に透けて艶めいて。
     形はそう、彼岸花に似ている。初めて見たあの日も、自分は確か同じことを思った。
     
     ――――「なんで、花?」
     ――――「このままでは……」
     
     カッと。頬が熱くなった気がした。
     数十年越しに。あの頃を……恋人の言葉を、少しだけ持ち上げられた薄い唇を、思い出して。あの時と、同じように。
     
     ――――「このままでは、雨に降られる」
     
     見透かされてる。と、そう思ったのだ。
     デートの帰り道。確かそう、恋人になってまだ間もない頃。映画を観た帰り道、2人とも珍しく車ではなく徒歩だった。
     恋人はいつも姿勢正しくきびきびと歩くけれど……どうしても身長差と、大股に歩いてしまう自分の癖で、速度に差が出てしまう。
     だから……だから、と。自分に言い聞かせて、その日帰り道を並んで歩く自分の足は、いつもより遅かった。
     それを。その、理由を。当たり前のように、恋人は見透かしていたのだ。
     
     ――――「どの花がいい?」
     ――――「どれ、て言われてもな……」
     
     花屋の店先には、いくつも花が並んでいて。それ全て、見事に咲き誇っていて。
     元より、自分の為に花を買う習慣など無ければ、贈られた経験もあるわけでは無い。だから、どれ、と言われても……と。
     そう悩む自分の様子すら楽しむように、金縁眼鏡の奥の暗赤色の目は薄く細められていて。
     ああ、なんだよその顔。明日が試合だって、言ったのはテメーじゃねぇか。
     いつだって、この誰よりも強い恋人は、勝利して帰ってくることをオレは『知って』いるけれど。
     全て見透かされていることが悔しくて、けれどせめて少しでも悟られたくないと思って。
     だから、何でもない顔をして、目についた白い花を指さしたのだ。
     彼岸花に似た形の、ツヤのある花。
     今、目の前にあるのと、同じ花。
     
     あの時もそう。遠くから、雷の音がしていた。
     
     ――――「これ」
     ――――「ああ、わかった」
     
     頷く言葉は簡潔で。
     店員に声をかけ、会計を済ませ、花束を受け取る。やけに恭しい手つきでそれを渡してくる恋人の顔は……
    「何かお手伝いしましょうか?」
     不意に声をかけられ、我に返る。
     ゆっくりと目を瞬き、現実に焦点を合わせてみれば、花屋の店員らしき女性が目の前にいた。
     感じの良い微笑を浮かべて、こちらを見ている。
    「え?あ……」
     見てただけだから。
     そう言って立ち去っても、何も問題は無かった。そんな客は、きっといくらでも居るはずで。
     自分のように花に魅入る老人だって、きっと、たくさん居るだろう。
    「……この」
     腕を上げて、人差し指で花を指す。
     空いた方の手で、風に攫われそうになる帽子を押さえながら。
    「この花を、一本」
     彼岸花に似た。あの時手にしたのと、同じ花。
     色は……赤。最初に目に入った白も薄桃も、綺麗だけど。
     今は、この、赤が良い。
    「かしこまりました」
     微笑んだ店員の手が、『ダイヤモンドリリー』と札の付いた花の中から、一本を掴む。
     会計を済ませ、包んで手渡される花を受け取って。
     家に向かって歩を進めながら「ああ」と吐息。
     
     ――――「あなたは趣味が良い」
     
     そう。
     この花を選んだ時……確かに、彼は、嬉しそうだったのだ。
     その理由は、今は、なんとなくは知っていた。
     答え合わせは、まだできていないけれど。
     
    「村雨」
     
     足を止める。
     花を持ち上げる。
     今にも雨の降りそうな……雲に覆われた空に、けれど微かに降り注ぐ太陽の光に翳す。
     光に透けた紅い花弁が、とても、綺麗だ。
     お前のあの瞳の色を、思い浮かべてしまうほどに。
     
    「……」
     
     唇を、動かして。声には出さず、囁いて。
     花を手に、家路を歩む。
     グラスコードが、チリ、と微かな音を立てて揺れる。
     雷は、まだ少し、遠い。
     
     ――――「雨が降る前に、帰るぞマヌケ」
     
     呆れた声に促されるように、足を速める。
     次に、会った時……この花を見せたら、彼はどんな顔をするのだろうか?
     その時を、想像しながら。羽織の袂を風に揺らし、獅子神は小さく微笑んだ。
     
     
     ****
     ダイヤモンドリリー
     花言葉は「幸せな思い出」「また会う日を楽しみに」
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