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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2024.2.12。「獅子神ワンヘッド」「ロングコート」「雨」の流行りにのりました

    I'm ready for love「オレ、ワンヘッドに行くんだ」
     
     不器用に笑いながら、あの男にそう告げられたのは雨の日のことだった。
     いつもの通り、真経津の家で集い、その帰り。
     傘をさして、並んで歩く。歩幅の大きな彼が、いつもさりげなく、こちらの歩く速度に合わせていることには気が付いていた。
     雨が、傘を叩く。
     音が響く。
     足先が、濡れていく。
    「………そうか」
     何秒も考えた末、出てきたのはそんな言葉だけ。
     行くな。でも。
     やめろ。でも。
     頑張れ。でも。
     その、どれでもなくて。
     全てを己で決めたこの男の行く先を、阻むことなどできるはずもなくて。
     ああ……でも。
    「………村雨?」
    「なんだ?」
     呼び掛けに、即座に返す。
     ほんの一瞬揺らいだ思考を、悟られないように。
     
    「オレ、オメーが好きだ」
     
     ほんの、刹那。
     雨の音が、止んだ気がした。
    「………は?」
    「好きだ、村雨。オレ、お前が……」
    「………私に」
     続けられる真摯な声を遮るように、口を開く。
     今、欲しかったのはそんな言葉じゃ無い。
     あなただって、それをわかっているだろう?
    「私に……それを、聞いて。どうしろと、言うつもりだ」
     それを、分からない程に愚か(マヌケ)な男では無かった筈だ。
     今この時ソレを告げられた相手が何を想うのか、想像すらできない人間では無い筈だ。
     そう視線で訴えるように見詰めれば、獅子神の表情は静かで。いっそ、静謐とさえ言えてしまえるもので。
     珍しく、そこにある感情が読み取れなくて。
     ロングコートの裾が、冬の風に翻る。
     雨の音が響く。
    「オレもさ」
    「?」
    「オレも、このタイミングで言うつもりは無かったんだよ」
    「では、何故」
    「オレにも、わかんね」
     ああ。
     雨の音が、やけに響く。
    「ただ、言わねーで往くのも違うと思ったんだよ。だから、さ」
    「そうか」
    「そー」
     困ったように笑う顔を、美しいと思った。
    「だからさ、村雨」
    「……」
    「オレと、一緒に生きてくれねーか」
     その言葉の、なんと残酷なことか。
    「……なんてな」
    「…………いいだろう」
     言葉は。意識せずとも、溢れて、落ちた。
    「いいだろう」
     もう一度、繰り返す。
     自分の言葉は決して嘘でも夢でも無いと、この男にも分かるように。
     その魂の隅々まで、届くように。
    「私も……」
     
     あなたを、愛している。
     
     続く想いは、言葉にしない。
     けれど、それだけで充分過ぎた。
     伝えるべき言葉は、最初からそれほど多く存在していなかった。
     元より。この、真摯で臆病で、そしてずっと気が付いていたこの愛を、見ないふりを続けていたこの想いを、拒める筈など無かったのだ。
     しばし、二人の間を雨の音だけが満たす。
    「……そか」
     ぽつり、と、落ちて来た声。
     いつの間にか下を向いていた顔を上げた時、彼は既に背を向けていた。
     黒い傘が、遠ざかる。ロングコートが風に揺れる。
    「………マヌケが」
     
     またな。
     
     いつも別れ際に必ずあった言葉は無かった。
     そして、それは自分も。言わなかった。言えるはずも無かった。
     ただ、背を向けて遠ざかる姿を、見えなくなるまで見送っていた。
     
     雨の音が、ひどく、響いていた。
     
     ***
     
    「来て欲しい所がある」
     そう獅子神が訪ねて来たのは、あの雨の日からニ週間ほど経った頃だった。
     ワンヘッドに挑んで生還したか?と考えるも、無傷な姿からそれは無いだろうと考え直す。
     元より、相手である筈の真経津も無事であり、昨日もチョココロネを大量に抱えて訪ねて来たばかりだった。
    「………さいごのデートのつもりなら断るが」
    「違ぇーよ。ちょっと、さ」
     そう言って笑った彼から、嘘は感じられなかった。
     読み取れるのは、照れと、少しの戸惑いと……
    「な?村雨」
     再度の誘いに小さく息を吐き、首肯する。
     外に出てみれば、空はあの日とは正反対の青空だった。
     隣を歩く男の瞳と似た……澄んだ、青。
     言葉少なに、路地を歩く。あまり村雨には馴染みのない方角。日頃よく集まる彼らのどの家とも違う方向。
     どちらかと言えば町外れ。大きな公園が、近くにある場所。
     確か、そう。春になれば、桜が見事に咲き誇る。
    「……村雨」
     呼び掛けられ、顔を上げる。
     いつのまにか足を止めた獅子神に、釣られるように足を止めていた。
     目の前にあるのは、一軒の家。獅子神や村雨が住む自宅よりも、さらに広い。
     庭には、一本の大きな……桜の、樹。
     風に枝が震える音が、微かに耳に届く。
    「ここは?」
    「オレの家」
    「は?」
     思いもよらぬ回答に、度し難いマヌケな声が落ちる。
     この男は、何を言っている?
    「……あなたの?」
    「そ。で……オメーの」
    「は?」
     だから。なんだこのマヌケな声は。
     いや、今重要なのはそこではないと、一旦意識を切り替える。
    「買ったんだよ。オメーと、暮らしたくて。家でも買えば、帰ってくる理由が増えるんじゃねーかな、て気がしたし」
    「……」
    「中はまだ改装中だから入れねーけど、手術室もあるぜ。器具はオマエの家の覚えてたから、一通りはあると思うけど、必要なら買い足してくれな」
    「……」
    「手術器具って高ぇよな。見積もり出した業者が「これ本当に個人の家ですか?」て驚いてだけどよ」
    「…………」
    「………………」
    「…………………………で?」
    「あー……で。」
    「で?」
    「……口座の金、使い切りました」
    「……」
     三度めのマヌケな声は、なんとか音になる前に強引に封じ込めることに成功する。
    「だから、オレ、今4リンク」
     4リンク。
    「梅野には相当文句みてーなの言われたし、笑顔の宇佐美も逆に怖ぇし。でも、使ったモンは仕方ねーよな」
    「…………」
    「で、だから……あー………」
     ガシガシと頭を掻いて。決まり悪げに、あなたは笑う。
    「オレ、と。一緒に暮らしてくれないか、村雨」
     できるなら、一生。
     言葉にされなかったけれど……それは、確かに耳に届いた。
    「………一般的に、そう言ったことは私の返事を受けてから決めるものではないか」
    「それは、悪ぃ」
    「私の職場が遠い」
    「駅が意外と近いし、急行に乗れば数分だぜ。それに、オレが車で送るし」
    「手術室に足りない物があれば、あなたが購入しろ」
    「オレが5スロットになっちゃうだろ」
    「知らん。それと、毎日肉を焼け」
    「野菜と魚の日もあっていいか」
    「…………検討しよう。あと」
    「まだあんのか?」
     嫌な予感、をそのまま体現した表情に、気付かれないように小さく笑う。
    「この日は毎年、私にチョコレートを作るように」
     パチクリ、と。
     青い目がひとつ、瞬いて。
     何を言われたか考えるような、間が数秒。
     やがて何かを理解したように、呆れたように、笑う。
    「リョーカイ。わかりましたよ、村雨センセ」
     オメーもバレンタインなんか気にするんだな、と。笑う声には応えずに。
    「全部、わかったよ。だから……」
     だから。
    「オレと、一生暮らしてください」
     風が、吹く。
     春の暖かさを混ぜた冬の風が、頬を撫でる。
     雨音は、今はない。
     
    「……………マヌケ」

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