処方箋と吊り橋効果「晨くん。『吊り橋効果』というものを知っているか?」
唐突に叶黎明が口にした原因は、真経津にも察しがついていた。
二人の視線の先には、二人の男。
黒髪に眼鏡のお医者様と、金髪に逞しい体躯の投資家。
村雨礼二と獅子神敬一。
二人共、銀行賭場で知り合い、何かとよく集まるメンバーだ。
「知ってるよ」
「アレは、どうすれば発動するんだ? こーゆー所に連れて行けばいいのか?」
そう言いつつ画面を突き出してくるスマホには、『スリリングな絶景! 吊り橋特集!』だの『おすすめ吊り橋!!』などの文字が踊る。
「実際の吊り橋である必要は無いんじゃないかな」
答えると、叶はそっかー? とスマホを放り出しソファに長身を投げ出した。
そのまま、ゴロゴロしながら少し離れた位置の二人に視線を送る。
「敬一君、礼二君の好みを完全に把握しているよな」
「さっきお店で、獅子神さんが二人まとめて注文していたね」
「礼二君、敬一君のことになるとすぐ気がつくよな」
「獅子神さんが怪我を隠していたこと、会ってすぐに指摘してたね」
「敬一君、礼二君のこといつも見てるよな」
「ギャンブルとかの参考になるし、て言ってたね」
「礼二君、いつも敬一君といるよな」
「色々理由はつけて、傍にいることが多いね」
「……いやそれもう恋人だろ! どう見てもカップルじゃん!! なんで付き合ってねーの!?」
わかんねー! と全身で表す叶に、僕もそう思うけど……と返す。
でもこればかりは、言われても困る。
「やっぱり吊り橋か? 旅行行く??」
「吊り橋であの二人がドキドキするのかなー」
「要は、二人共に何か心理的ストレスに遭えばいいだろう」
話に入ってくる、もう一人の声。
「天童さん」
「ゆみぴこ、居たのか」
それまで黙って本を読んでいた天童は、すっと指を立てて続ける。
「吊り橋効果とは、吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対して、恋愛感情を抱きやすくなる現象のことだ」
なにも、吊り橋でなくても構わない、と続ける。
「不安や恐怖心なー……銀行強盗にでも遭遇させるか?」
「カラス銀行に?」
「知られたら私たちが消されるな」
「ドッキリでも仕掛けるかー?」
「村雨さんに気が付かれない演技できる人居る?」
「闇賭博に放り込む……」
「それは割と日常……」
あーでもない、こーでもない。
盛り上がってる三人は、すぐ近くまで近づく気配に気が付いていなかった。
「……何を好き勝手なことを言っている」
「あ、村雨さん」
「礼二くん」
聞かれていたことについて悪びれる様子もなく手を振れば、村雨は小さく溜息を吐く。
「もうすぐ夕飯ができる、とのことだ」
獅子神に頼まれて呼びに来た、とのことらしい。
それに三人それぞれ、喜びながらソファから立ち上がる。
「……」
食卓に向かう背を見送り、ふと村雨はソファの下に落ちたスマホに気がついた。
何度か見たことのある端末は叶の物。
ロックのかかっていない画面には『吊り橋特集!!』の文字が踊る。
吊り橋効果、という話は聞こえていたが。
要らぬお世話だと、今は想う。
ピンチなど陥らずとも……やがて、獅子神敬一は村雨礼二を手に入れたいと乞い想うようになる。
今まで共にある中で、それが、下された診断結果なのだから。