臆病者の存在証明「で。敬一君は礼二君に何を言いたいんだ?」
叶の言葉は唐突だった。は? と獅子神は目を瞬かせる。
よくあるコーヒー店の四人席。待ち合わせに先に到着した叶と二人、飲み物を買って座った直後のことだ。
「は? じゃないぞ敬一君」
やれやれと嘆息してみせる。
「オレらが居る時でさえ、じっと礼二君を見る、何か言おうとしてやめる、かと思えば、目が合えば逸らす。観測するまでない」
恋する女子高生より分かりやすいぞ、と続く言葉に、目を逸らす。
自覚はしていたが、まさかそこまで分かりやすいとも思っていなかった。
村雨礼二。
つい先日、共に死戦を乗り越え(死にかけたのは自分だけとも言えるが)、勝利を納めた医者のこと。
確かにそう、言いたいことがある。
伝えたいこと、というべきか。
「オレが観測するに……このあいだのタッグマッチに関係あるな」
「……」
そこまで分かられているとは……いや、相手は格上のギャンブラーなのだ。悟られていないわけがない。
「礼二君に言いにくいなら、オレで練習してもいいぞ?」
カラーコンタクトの瞳が覗き込む。
しばし逡巡し、息を吸い込んだ。
「『君は受容により弱くなった』」
「あ?」
「対戦した、刑事が言ってたんだよ」
訝しげな顔をしてくるのに、淡々と告げる。
「そんなの、どうせ礼二君が否定しただろ」
さすが、と言うべきか。そこまで見通されている。
「ああ。でも、村雨が変わった、てのは、実際そーだと思うんだ」
初めて会った時のことを思い出す。耳が聞こえないと、後から聞いた。そんな様子は全く見せず、学生たちを追い詰めていたギャンブラー。
第一印象は「バケモンか?」だった。
今、あの場所に遭遇しても、きっと村雨は同じことをするだろう。
けれど確かに、村雨礼二は変わったのだ。
それはあの時の「我々は賭けに勝ったのだ」と告げた顔が証明していた。
何よりも、そう、刑事の定義した「友人」と言う言葉を、アイツは否定しなかったのだ。
「……オレ、怖かったんだよ。オレばっか電流浴びてた時。マジで、帰ってこれねーと思った」
カップを持ち上げ、コーヒーを啜る。ホットのブラックコーヒーは、すっかり温くなっていた。
「村雨が、オレ見捨てるって思ったワケじゃねーけど。淡々と追い詰められてるのが、怖かった」
「で? だからオレは礼二君から離れますって? 自分がいることで礼二君の弱点になるから? 礼二君が怖いから?」
「……いや」
首を振る。
カチリ、と音を立てて、カップをソーサーに戻す。
言葉は、躊躇いなく滑り出た。
「オレは、絶対、村雨から離れねぇ」
ほう? と反応する叶の目を正面から捉える。
「たとえオレが傷ついても……傷つけても。絶対に離さねぇ」
村雨礼二の隣は、オレのモンだ。
言い終え、息を吐く。
そう、結局はそう言うことだった。或いは決意表明にも似たそれを、ずっと言いたかったのだ。
「ナルホドな?だってさ、礼二くん」
「……マヌケが」
「……はあっ」
すぐ近くから聞こえた声に、反応が遅れた。見れば、テーブルの隣に、トレーを手にした村雨の姿がある。
「え? オマエ、いつの間に……?」
「周囲に対する観測が甘いぞ敬一君」
ケラケラと笑う声を聴きながら、ちら、と村雨を見る。
金縁眼鏡の奥の目は、いつもと何も変わらないようで。
「どーだ、礼二君? オレの観測は少しだけ外れたな」
「は」
「まぁ、マシなマヌケならそんな所だろう」
「いや、だから何だよ」
まるで一世一代の告白を聴かれたような気分になる。しかも相手はあの村雨礼二だ。どう受け止められたのか、まるで想像が付かない。
「……マヌケが。あなたに、権利があると思うのか」
淡々と告げられた言葉に、獅子神は思った以上にショックを受けたことを自覚する。
いやそりゃ、オレじゃまだ届かないだろうけど。
「あー敬一君。気が付いていないだろうから、教えてあげるけど」
言い返す言葉を無くす獅子神を、叶が掬い上げる。
「今のは『あなたに私から離れる権利があると思うのか』って意味だぞ」
な?と振られた村雨は否定しない。
ただ自然な動作で、獅子神の隣に腰を下ろした。
トレーに乗っているのは、期間限定のチョコレートフラペチーノ。一口クリームを舐め、満足したように下がり気味の眉を更に下げる。
「……あ」
「オレは、てっきり敬一君から愛の告白が聞けると思ったんだけどなー」
「愛て、なんっでそーなるんだ」
「それは、何よりもまず私に直接言ってくるべきだろう」
「ま、そりゃそうかー」
だってさ? 敬一君。
面白そうにこちらに振られるのに、頭を抱える。
「獅子神」
「………あ?」
「あなたが誰のものなのかは、わかっているな?」
「……っな」
一気に顔が熱くなる。いやオマエの隣がオレの、とは言ったけど、オレ
あー……と、前髪を掻く。
オレは、オマエのものだ、とは。悔しいから、せめてもの抵抗で今は言ってやらないと決めた。