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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.2.13。『もし銀行賭博を引退する時にエグい引退試合を組まされるとしたら?』という妄想に基づいた話。全て捏造。

    君に幸せあれ! 旅立ちの夜は、この街でこんなに星が見えたのかと驚くくらい、澄んだ夜空の日だった。
    「よし……忘れモン無ぇーか?」
    「ああ……問題ない」
     運転席に乗り込み獅子神が問い掛ければ、助手席の村雨は静かに答えた。
    「ん、そか」
     笑い、自分は大丈夫かな? と考える。
     なにせ、準備にかける時間は殆ど無かった。それでも、最低限の大切な物は持ち出せた筈だ。
    「んじゃ……行きますか」
    「ああ」
     シートベルトを締め、エンジンをかける。シフトレバーとサイドブレーキを操作しアクセルを踏めば、車は走り出した。
     日通りの少ない深夜の街を、静かに走る。
    「あー……やっぱり、同じ日に言ったのはマズかったかー?」
    「だから私は日をずらすことを提案した」
     或いは、どちらかがもう一試合挟むべきだと。マヌケ。
     不機嫌な顔で続けるのに、一応「悪かったよ」と謝る。
    「でも、次の試合が無事に終わる保証なんか無いぇしさ……早く辞めて、平穏に暮らしたかったんだよ」
     お前と。
     助手席からの返事は無かった。ちら、と視線をやれば、窓の外を見つめる様子が目に入る。いつもの金縁眼鏡に、街の灯りが反射していた。
     運転に専念しつつ、獅子神は昼間のことを思い出す。
     今日「ギャンブルをやめたい」と、担当行員に告げた。同じタイミングで、村雨も自分の担当に伝えていたはずだ。
     行員は特に反応はせず……即座に、二人揃って眼鏡の主任の前に呼び出された。
     理由は、特に訊かれなかった。或いは、興味が無いのだろう。ただ、静かな声で言われたのだ。「それでは、明日に引退試合を行いましょう」
     獅子神は勿論、村雨でさえ、拒否できる声音ではなかった。何と答えたのかは覚えていない。ただ気が付けば二人揃って銀行を出て、それぞれの準備に奔走した。
    「……」
     信号が赤になり、車を停める。
     助手席に腕を伸ばし硬い髪に触れれば、チラッと村雨はこちらを向いた。
     帰宅して即、二人は『引退試合』について調べた。勿論、簡単にわかることではない。ゲームの内容や何が行われるかはいくら調べても分からなかった。
     ただ、確かなことがあった。その『引退試合』に挑んだ人間は、全て例外なく『一番大切なもの』を失っていた。
     画家であれば目と指を。歌手であれば声帯を。スポーツ選手であれば足を。
     そこまで分かれば、二人の行動は早かった。
     打ち合わせすることもなく、銀行から可能な限りの金を引き出す。獅子神はそれで使用人二人に退職金代わりとして渡し、村雨は可能な範囲での自分たちの個人情報を消した。
     そして深夜。獅子神の家に集まり、車に乗り込んでいた。
    「……なんだ?」
    「……ん……なんでもね」
     信号が青に変わる。ゆっくりと車を発進させる。
     ギャンブラーの『大切なもの』が奪われる引退試合。で、あれば、自分たちが奪われるものは? 獅子神敬一と、村雨礼二の、何より『大切なもの』は?
     そんなこと、考えるまでも無かった。『お互い』だ。そしてそれは、銀行にもとっくに知られている筈だ。
     だから、逃げることに決めた。
     駆け落ち、と或いは言うかも知れない逃避行だ。
    「……追われたり、やっぱりすんのかな?」
    「どうだろうな……所詮は敵前逃亡したギャンブラーだと、放置されるかもしれん」
     それならいいな、と思う。
     更に言えば、金を引き出しことで、自分たちは既に1/2ライフのギャンブラーでも無くなったはずだ。
     けれど断言できない気持ちも、分かっていた。引退試合は明日……既に日付が変わっているから、今日。恐らく、VIPが招待され、とっくに準備は終わっているだろう。
     銀行のVIPに対する盲従は、実際に見て痛いほど知っていた。見せ物が遅刻どころかその場に現れわれない。そんな失態を良しとするとも思えない。
     少なくとも、あのままそれぞれ自宅に居れば、どんな手を使ってでも勝負の場に引き摺り出されたことだろう。
    「ん?」
     ふと、村雨のスマホが着信を告げる。グループ通話らしく、スピーカーにして「はい」と応じた。
    「礼二君! 敬一君! もう行くのか?」
     聴こえてくるのは、いつもと変わらぬ叶黎明の声だった。
     家を出るまでに、彼らには手短に事情は説明していた(決行時刻は流石に伝えていなかったが)。
    「ああ」
     端的に、村雨が答える声が聞こえる。
    「そっかー残念。二人とも気をつけてね」
     今度は真経津だ。それには獅子神が「ありがとな」と応じた。
    「これで、話すのは最後になるかな?」
    「ああ……そうだな」
     念のため、スマホは処分するつもりで居た。二人には悪いが、完全に銀行との繋がりかを断つ為、二度と連絡をとるつもりも無かった。
     だからこれはきっと、四人での最後の会話。
    「残念。みんなで遊ぶの、楽しかったよ」
    「ああ……オレも」
     声が震えそうになるのを堪える。
     横目で見れば、村雨も眉を寄せ、あまり見たことのない表情をしていた。
    「オレは、礼二君と殺し合いができなかったことが無念だぞ!」
    「それは……すまない」
     なんとも言えない顔になり、村雨が応じる。
    「でも仕方ないね。村雨さん、獅子神さん、元気でね! またいつか、何処かで遊ぼうね」
    「さよならだ! 礼二君、敬一くん!」
     二人の声を最後に、通話は切れた。
     電源を落とそうとした村雨が、「ん?」と何やら声を漏らす。
    「どーした?」
    「いや……ラジオをつけられるか?」
    「ラジオ? ああ」
     ちょうど信号で止まった隙に、スイッチを押す。
     ラジオ独特の音声が流れ出し……それを聞いた獅子神は首を傾げた。
    「こんばんは、観測者の諸君! 良い夜だ」
     それはどう聴いても、つい先ほど会話した叶黎明の声だった。
    「今日はトモダチのDJにお願いして、ラジオからお送りするぞ! たまにはこーゆーのも新鮮でいいな」
     信号が青に変わる。アクセルを踏み、車が走り出す。
     スマホの電源を切った村雨が、ラジオを静かに見つめている。
    「今日は大切なメッセージがあってラジオにお邪魔している。聴こえているかな?」
    「……聴こえている」
    「聴いてるよ」
     思わず口に出した答えは、二人当時だった。
    「オレから言いたいことは『迷わず行けよ、行けば分かるさ!』だ」
     自信に満ちた観測者の声。
     続いて、思いがけずに優しい、柔らかな声が続く。
    「オレの、大切なトモダチたちに、唄います『乾杯』」
     選曲の渋さに、思わず笑いそうになる。オマエ、そんな歌知ってるのかよ。つーか、結婚式かよ。
     前奏の後、意外にもしっとりした、心地よい抑揚のある歌声が流れ出した。


     かたい絆に想いをよせて青春の日々
     時には傷つき時には喜び 肩を叩き合ったあの日


     しばらく二人黙ったまま、電波に乗って流れる歌を聴いた。遠い遠い場所から。けれど確かに届く、自分たちに向けられた歌声だ。


     明日の光を身体にあびて 振り返らずにそのまま行けば良い


    「……村雨」
    「なんだ?」
     カーラジオから流れる友の歌を邪魔しないくらいの声で、呼びかける。
    「何処に行く?」
    「……そうだな……西の方でも行くとするか」
    「西?」
    「私の故郷はそちらだ。実家に少しでも顔を見せたい」
    「ん、そーだな」


     風に吹かれても 雨に打たれても 信じた愛に目を背けるな


    「あなたは?」
    「オレは……何処でもいーや。帰りたい故郷も無ぇし」
    「雪山でもか?」
    「なんでそーなんだよ」


     乾杯! 今君は人生の大きな大きな舞台に立ち
     遥か長い道のりを歩き始めた


    「まぁ、いーよ。雪山でも砂漠でも。遠い何処かの国でも……宇宙でも。お前が……礼二が一緒なら」
    「……それは、私も同じだ。……敬一」


     君に幸せあれ! 君に幸せあれ

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