短文(お風呂) 適温のシャワーで黒髪を濡らした後、シャンプーを泡立てる。爽やかなシトラスの香りが浴室に立ち上がる。
この匂い、いいなー。好きかも。
泡立てたシャンプーで、目の前の男の髪を洗っていく。目に入らないように慎重に。
「⋯⋯フフ」
「んくすぐってぇーか」
「いや。随分と丁寧な手っきだな」
そりゃそーでしょ。お前の髪だもん。どんな宝石より核爆弾より慎重に扱う自信があるぜ。
ちょっと硬いけどツヤがあって、綺麗だ。
「肩細ぇなー」
「だから、あなたが逞し過ぎるんだ」
「首筋が⋯⋯あーなんだその。色気あるよな」
「⋯⋯それは褒めているのか」
「おまえが背筋伸ばして座ってるの、好きだぜ」
「⋯⋯そうか」
「腹、薄過ぎだろ⋯⋯あんなけ食ったの何処行くんだ」
「外科医はカロリーを消費する」
「指、意外と逞しいよな。細ぇけど。先がちょっと荒れてるな」
「日常的に消毒しているからな」
「でも、一番好きなのは目だなやっぱ⋯⋯オレの知ってる中で、一番綺麗な赤色だ」
「⋯⋯なんだ、さっきから」
「ん?」
鏡越しに、視線を合わせる。眼鏡のない、紅い瞳を覗き込む。シャワーを手に取ってシャンプーを流し始めながら「別に」と嘯いた。
「これ、全部オレのなんだなーと思って」
シャワーの音に紛れた声は、聞こえたかどうかわからなかった。