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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.3.15。🦁さん1/2ライフ二戦目前夜。

    夜明けまで 眠りから覚めたのは、或いは、何か予感だったのかもしれない。
     不意に、意識が浮上したように。或いは、まるで夢の世界から蹴り出されたように。
     パチリ、と目を開けた村雨は、横になったまま疑問を巡らせる。
     元々、眠りが深い方ではないが……起きると決めた時間より早く目覚めることが、それほどあるわけでもなかった。
     腕を伸ばし、サイドチェストのスマートフォンを手にする。表示された時刻は、深夜3時頃。
     朝は、まだ遠い。
     ふと喉の渇きを覚え、村雨はスマホを手にしたまま、寝台を降りた。
     キッチンへ移動し、冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターのボトルを取り出す時、ちら……と。視界の端に友人手製の、鶏肉と野菜のマリネが目に入る。
     肉ばかりでなく野菜も食えよーと、差し入れされた物だ。
     必要な栄養素は摂取しており、余計なお世話だと言えなくはないが、彼の気遣う気持ちは本心からであり……また、味も非常に良い物ではあるので、受け取った。
     ああ、そういえば。その友人の、1/2ライフの二戦目が、そろそろ近いのではないか。
     そんなことを考えていれば……不意に。
     手の中の端末が、震動により着信を伝えてきた。
     画面を確認すれば、そこに表示されていた名は。
    「……はい」
     数秒の逡巡の後。画面の通話ボタンを押し、村雨はそれに応えた。
    「あ」
     電話の向こうで、相手は……獅子神敬一は、驚いたように声を上げた。
     かけてきたのは自分だろうに、驚くとはどういうことなのか。
    「あ、先生……起きてたのか?」
    「ああ」
     嘘ではないので、頷く。
    「忙しいのか?あんまり徹夜すんなよ」
    「ここ数日は、睡眠は充分に摂れている」
    「あ、そーなのか?なら、よかった……」
     言葉が途切れ。それに続く、不自然な沈黙。
     立ったままでいることも無かろうと思い、ソファへと腰掛ける。
    「……村雨」
    「なんだ?」
    「あー……悪ぃ、こんな時間に」
    「私にとって不都合であるなら、電話に出ていない。特に問題が無いので、通話に応じている。あなたが謝ることではない」
    「……そか」
     ほっとしたような声。
     また、沈黙が二人の間に横たわる。
     その隙に、村雨は電話の向こうの状態を探ることにした。
     呼吸が浅く、速い。緊張や不安、ストレスを感じている。
     それ自体は、驚くことではない。そもそも何のストレスも無い人間が、こんな時間に電話などはかけてこないだろう。
    「……村雨。まだ起きてるか?」
    「ああ」
    「いや、オレ……明日、試合なんだよ」
    「そうか」
     それなら、早く寝た方が良い。
     そんな当然の指摘は、しなかった。そんなことは本人が一番理解している筈だ。
    「1/2ライフの試合2回目でよ。明日に備えていろいろ考えてたら……そういや、1戦目はオメーが居たな、て、思って」
    「そうだな」
     ふー……と。電話の向こうで、深く長く息を吐く気配。
    「怖いのか?怯えてんのか?とか。緊張してるのは、確かなんだろーな……眠れなくて。気が付いたらお前の名前を、スマホで探してたよ」
    「……」
    「さすがに、こんな時間にかける気は無かったんだけどなー……悪ぃな」
    「謝る必要は無いと言った筈だが」
    「ん、そーだよな。でも、悪ぃ」
     困ったように、笑う声が続く。
     ふと、村雨は窓の外に目をやった。
     夜空に、月が見える。くっきりとした、下弦の月。
     綺麗だな、と思った。
    「獅子神」
    「ん?」
    「あなた、怯えているな」
    「!」
     息を呑む気配が、端末の向こうから伝わる。
     こちらの真意を探るような沈黙を感じる。
    「あなたの場合、怯えることは悪いことではない。むしろそうして怯えているからこそ凡ゆるものを見逃さず、勝利に繋がるだろう」
     あなたにも、それは分かっているはずだが?
     続ければ。さすが先生、お見通しかよ。と、軽口が返ってくる。
     そう。獅子神敬一は、理解している。
     そして、知っている。
     必要なことが何であるか。
     怯えることさえ、武器になるということも。
     ただ怯えるだけで終わらないことも。
     彼の手の中には、既に闘うために必要なものがあることさえも。
     ただ、そう……それでも。足りないと、思うことがあることは、村雨であれ理解はしていた。
     ふう……と。息を吐く。
     あの日。自分の、黒塗りの処方箋を正しく受け取った相方に……世話好きの友人に。
     或いは、特別な『何か』になるかもしれないと、そんな予感をさせる、愛すべき臆病者に。
     餞を贈るのも、悪くはない。
    「獅子神」
    「……?」
    「思い出せ。あなたの前に、誰がいる?」
    「……オレの?」
     不思議そうな声に、続ける。
    「あなたが最も追い詰められ、怯え、死に近付き……その上で、足掻き、選び、勝利を拾った瞬間。あなたの前に居たのは、誰だ?」
    「……あ」
    「答えろ、獅子神。あなたを見ているのは、誰だ?」
    「……村雨」
     静かに落とされた答えに、口角を上げる。
    「……そか。オメーが見てるなら、みっともないことはできねーよな」
    「当然だ。あなたが無様に負けたら、私が腹を開く」
    「開くなよ!何も面白いモンは出ねーよ!」
     他の人間に触らせるくらいなら……とは、今は口にしない。
     或いはいつか伝えることになるかもしれないけれど、この瞬間に必要なことではない。
    「……そーだな。オメーが見ててくれんなら……無敵かもな」
     ふ、と微かな笑いと共に、落とされた言葉。
     そう、それでいい。敢えて、口にはしないけれど。
    「村雨」
    「……?」
    「サンキュ」
    「ステーキが食べたい」
     ぶはっ!?と。電話の向こうで大袈裟に吹き出す気配。
     ついで、ケラケラと遠慮なく笑う声が続く。
    「オメー、ステーキ、て……なんで礼の返事がメシの要求になるんだよ……!」
     腹痛ぇ……と呟くのに、電話の向こうの彼の笑う顔が鮮明に浮かぶ。
     鮮やかな金の髪と、透明な碧の瞳が、脳裏に鮮やかに描き出される。
    「わーったよ。明日、終わったら……オマエん家に行って、焼くよ」
    「付け合わせはあなたに任せる」
    「はいはい……野菜も食えよ」
    「善処しよう」
     答えれば、「善処ね……」と、また笑う気配。
     まだ声に緊張はある。けれど、それは必要な緊張であり。無駄な強張りは解けていることを感じさせた。
    「あ?お……なぁ、村雨」
    「なんだ?」
     何やら気が付いたような声に、応える。
    「外、見えるか?」
    「見えている」
    「月。キレーだな」
    「………そうだな」
     電話のこちらと、向こう。
     同じ、月を見ている。
    「村雨」
    「……」
    「サンキューな」
    「……ああ」
     頷く。
     会話が終わりに向かう気配を感じ、村雨はソファから立ち上がる。
     寝室に移動を始めれば……「なぁ」と、遠慮がちな声がかけられた。
    「?」
    「……あのさ。オレ、寝ちまうかもしれねーし、オメーが寝ても気にしないから……もう少し、電話このまま繋いでていーか」
     続けられたのは、些か予想外の言葉だった。
     反応にしばし迷いが生まれ……自分の中に断るつもりがないことに、遅れて気がつく。
    「……ああ」
     だから、頷いた。
    「ん、サンキュー。じゃぁ、えっと……」
    「時間は考えていないのか」
    「あー……まぁ……オメーは何時までなら付き合ってくれんだ?」
    「そうだな…………」
     寝台に腰掛け、窓の外を見る。
     獅子神からも見えているだろう、月を眺める。
    「夜明けまで」
     答えは……自然と、零れて落ちた。
    「……夜明けまで」
    「……」
    「ん。リョーカイ」
     サンキュ、とまた小さく続くのを聞きながら、横になる。
     充電切れにならないよう、充電スタンドにスマートフォンをセットする。
     電話の向こうから届く、他愛のない話に相槌を打つ。
     このまま、獅子神は眠るのだろうか。或いは、村雨が先だろうか。
     どちらにせよ……どちらが寝ても、通話はこのまま繋いでいよう、と思う。
     夜明けまで。

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