【学パロ】STAY with ME① 獅子神敬一。
高校一年生。一五歳。入学して一ヶ月ほど経ち、高校生活にもそれなりに慣れてきた頃である。
鮮やかな金髪と碧い瞳に最初こそ戸惑われもしたが⋯⋯明るい立ち居振る舞いと飾らない性格により、あっという間に友たちはできた。
付き合いではあったが美術部にも入り、悪く無い日々を送っている。
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放課後。
同じ制服の生徒で溢れる校舎とグラウンドを避け、獅子神は裏庭にたどり着いた。
辺りを見渡して人影が無いことを確認し、スマートフォンをスピーカーモードに設定する。
適当に放り出した端末から響くのは、男性二人の声が紡ぐ英語の歌詞。
しっとりと広がるそれに耳を傾けながら、スケッチブックを取り出して広げる。
鉛筆を手に取りしばらく紙の上を彷徨わせるものの、一本の線を生み出されることもなく。
「あー⋯⋯」
呻く。
制服のネクタイを緩め、首元のボタンを上から外す。
「何描けばいいんだよ⋯⋯」
獅子神は、美術部員だった。
入学早々仲良くなった隣の席の男子に誘われて入り⋯⋯その男子がすっかり幽霊部員になった今も、毎日ではないが顔を出していた。
その美術部員の全員が出展するコンクールが、近く、ある。
一年生の課題は特になし。まずは『芸術』に慣れ親しむ為、好きなものを好きなように表現する、ということだ。
とりあえず⋯⋯絵を描こう、とは決めたものの⋯⋯思い当たる題材もなく。
鉛筆を指先で回しながら、スマートフォンから流れる音をきく。
「……In restless dreams I walked alone
Narrow streets of cobblestone
'Neath the halo of a street lamp
I turned my collar to the cold and damp……」
小声で、唄う。流れてくるリズムに乗せて。
やがて声は人の居ないのを良いことに⋯⋯徐々に、音量を増していく。
誰も聴いていない今なら、風に歌声を乗せるこ
とも、悪く無いと思うのだ。
降り注ぐ日の光が気持ちよくて。頭の上でサラ
サラと擦れる葉擦れ音が心地よくて。戯れに、鉛筆を紙に走らせる。
具体的に作品は仕上がりはせずとも。思いつくままに出来上がる絵に、気分は上がる。
猫。きつね。南の島。傘。サイコロ。オレンジジュース。
一枚。一枚。書いてはスケッチブックを切り離し、草の上に置く。
スマートフォンからは、リピートに設定してある曲が、変わらず風に乗り耳に届く。
「And in the naked light I saw
Ten thousand people, maybe more…………っと!?」
突如、強い風が吹いた。
草の上のスケッチが、巻き上げられる。
慌てて立ち上がる。風に舞う白を追い、指を伸
ばす。けれど、飛ばされたそれは一枚ではなくて。
「⋯⋯と」
何枚か掴み、たたらを踏む。
態勢を持ち直し、残りは⋯⋯と、振り向けば。傍に立つ、眼鏡越しの瞳と目が合った。
「!?」
咄嗟に、足を止める。
立っていたのは、一人の男子生徒。
ネクタイの色からして、二つ上の三年生。
艶やかな黒髪と、男子高校生にしては些か華奢な体型が印象に残る。
「⋯⋯あ」
「これは⋯⋯あなたのか?」
滑り出た声は、獅子神の耳に真っ直ぐに届い心地の良い声だ、と。思った。
すっと。細い指が、スケッチの一枚を差し出す。
反射的に受け取れば、男子生徒は小さく笑った。
「People talking without speaking
People hearing without listening……」
「へ」
「サウンドオブサイレンス⋯⋯か」
「??あ!ああ」
言われ。数拍遅れて、彼が口ずさんだのが、歌の一節だと気がつく。
草に転がしたままの端末から流れる、二人の男性の歌声。
それに、軽く目を閉じて。しばらく音を楽しんだ様を見せた後、男子生徒は微かに笑ったように見えた。
「私も、好きだ」
私。
一七歳か一八歳の筈なのに、珍しい一人称だな、と思う。
やがて彼は背を向けて歩き始めた。
その細い背中を、黙って見送りたく無いと。直感に似た思いが、胸の中で叫ぶ。
「なぁ!」
呼びかける。
ゆっくりと、彼が振り向く。
「⋯⋯なにか?」
「あ⋯⋯ああ、これサンキュ!」
拾ってもらっておいて、まだ感謝を伝えていなかったことに気づく。
唐突な礼に目をパチクリさせた後、彼は「いや」と首を振った。
「オレ、獅子神!一年C組!!」
「……」
「なぁ⋯⋯アンタ、は?」
「⋯⋯⋯村雨。三年A組」
「ムラサメ、な。覚えた。村雨センパイ!」
そう言って笑ってみせれば。眼鏡の奥の赤い目が、軽く見開かれる。
戸惑うように、何度か瞬いて。
「⋯⋯ああ」
小さく、花開くように⋯⋯ほんの微かに綻んだ唇を。白い肌と、艶やかな黒髪と、赤い目を。美しいと思った。
そして何より⋯⋯スっと伸びた背と、その立ち
姿を。
「なぁ、村雨センパイ」
「⋯⋯⋯まだ何か」
不思議そうな声に、息を吸う。
今、思いついたばかりの⋯⋯我ながらこれしか
ない!と走り抜けた直感を乗せた声を、叩きつける。
「オレの、絵のモデルになってくれ⋯⋯!!」
「⋯⋯⋯は?」