短文(花見) 顔を上げれば、空が一面薄桃だった。
満開の花を咲かせた、大きな桜の樹。
その下に広げたシートに座る獅子神は、顔を上げたまま伸びをした。
春の陽光がのんびり降り注ぎ、肌に触れる風が心地よい。
その風にのり、はしゃぐ何人かの男の声が聴こえてくる。
「獅子神」
「んあ」
呼びかけられ、顔を戻す。
いつのまにやら村雨が、目の前に立っていた。
珍しく、今日はジャケットではない。薄手のニットとやや大きめのパーカーが、いつもと印象は違えど意外と似合っていた。
「よ、どーした?」
「あなたを構いにきた」
「は?」
獅子神の隣に腰を下ろし、視線を前方にやる。
同じ方向を見てみれば、くるくると走り回る真経津と叶と天堂がいた。(天堂は殆ど見ているだけのようだ)
「アイツら、今度は何やってんだ?」
「桜の花びらを多く空中で捕まえた方が勝ちだそうだ」
「なんだそれ」
わけのわからない返事に笑いながら、なるほど、と村雨が離脱してきた理由を悟る。
身体を使って日差しの下で動き回るのは気が進まない、ということなのだろう。
意外と、目で見極めて最小の動きで⋯⋯みたいな匠の技を見せる可能性もありそうではあるが。
「は?」
二人並んでのんびり座りながら、こーゆーのも悪くないな、と春の日差しを感じて想う。
「獅子神」
「あ?」
「あなた、もう少し足を広げろ」
「は?」
唐突な指示に疑問符を浮かべつつ従えば、ぽすりと村雨がそこに納まってきた。
胸板に背を預け、彼なりに収まりの良いようにモゾモゾしていたが、やがて落ち着いたようで。
顔を上げこちらを覗き込み、満足げに笑ってみせた。
「⋯⋯オマエ、なぁ」
「獅子神、その手に持っているのは何だ?」
呆れたこちらの声は聞き流し、興味深そうに目で指してくる。
「これか?大豆バー」
「……」
「て、なんで口開けて待ってんだよ。先生の好みじゃねーぞ?」
「……」
「あー⋯⋯ほら」
口元に持っていけば、かぷり、と食いついた。
糖質制限中でもデザートを食べたい時用に、獅子神自ら作った物だ。
村雨が齧った後を見て、一口小っせ⋯⋯と、いつものことながら思う。
「⋯⋯⋯?」
何やら首を傾げつつ、村雨は大豆バーをもすもすと咀嚼する。
下がり気味の眉が、複雑そうに寄る。
ゴクンと飲み込み「なるほど」と呟いた。
「さすがあなたの手作りだ。味は悪くない⋯⋯が、もう少し甘くても良いのでは」
「あー市販のより甘さを減らしてるから」
「あと、食感がモソモソする」
「大豆なんだよ、我慢しろ」
だから言ったろ?と、手近にあったオレンジジュースのパックを引き寄せる。
ストローを刺して渡してやれば、受け取り両手で持って飲み始める。
「獅子神、おかわりだ」
「飲むの早いな!?もう無ぇーよ」
空になった紙パックを手から奪い取り、ゴミ袋へ。
ポケットに手を突っ込み、取り出したものの包装を剥ぐ。代わり、とばかりに小さな口の中に放り込んでやった。
不思議そうにモニュ⋯⋯と噛み締めた村雨の眉が、今度は満足そうに下がる。
「美味い」
「そりゃ、ようございました」
自作のいちごキャラメルはお気に召したようで。
オレンジの後にイチゴで甘すぎないか?と、心配になるが、特に問題はないらしい。
「⋯⋯ふあ」
ふと、気の抜けた声が聞こえて視線をやる。
目尻に溜まる涙を拭い、村雨がとろんとした目で欠伸していた。
「ん?眠ぃのか?疲れてんのか?」
「⋯⋯ん」
頷いてくる村雨は、既に半分夢の中のようで。
コイツがこんなに無防備なのは珍しい⋯⋯とは思うも、この陽気だ。
春眠暁を覚えず。医者(休暇中)も睡魔には勝てず。
体重を預けてくる村雨の身体がずり落ちないように、細い肩に腕を回して抱え直す。
うっすら隈の浮いた、意外と幼い寝顔に小さく笑いつつ、ふあ⋯⋯と欠伸。
オレも眠ぃ⋯⋯と、ぼんやり思ったところまでは覚えていた。
***
「獅子神さん、寝てる?」
「そーみたいだな。礼二くんもよく寝てる」
「しばらく放っておいてやろう。この陽気で風邪もひくまい」
「起きなかったら叶さん、頑張って運んでね」
春眠暁を覚えず。医者(休暇中)も睡魔には勝
てず。
体重を預けてくる村雨の身体がずり落ちないよ
うに、細い肩に腕を回して抱え直す。
うっすら隈の浮いた、意外と幼い寝顔に小さく
笑いつつ、ふあ⋯⋯と欠伸。
オレも眠ぃ⋯⋯と、ぼんやり思ったところまで
は覚えていた。
***
「獅子神さん、寝てる?」
「そーみたいだな。礼二くんもよく寝てる」
「しばらく放っておいてやろう。この陽気で風邪もひくまい」
「起きなかったら叶さん、頑張って運んでね」
「礼二くんはともかく、敬一くんは無理だろー」
桜が満開に咲く。
ある、春の日の話。