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    カハフシ未来編if小説です。
    永遠に続く二人の同棲生活。
    現世でカハが復活するif前提。基本的にカハフシなのですが、カハ→→←←フシな感じです。リバはないんですが、フシカハ的な表現苦手な方お気をつけ下さい。全て捏造です…。カハフのキャラと設定は残ってるけどほぼ別の話しかもしれません。
    続きは不定期に更新予定。

    ずっと、あなたと。 ずっと一緒ですよ——。
     その言葉が持つ負荷は、命を繰り返す毎に激しく重く伸し掛かった。精神に肉体に、そして魂にさえ。僕は果たしてその時、今のような未来が待っていると想像できただろうか。
     いや、絶対に不可能だ。
     握った銃の装飾をなぞる。細やかに美しく彫り込まれたレリーフ。これが懐かしい、ということだけは無意識が知らせている。グリップの装飾の中に刻まれた数列。しかし、それが何を意味するのか、もうはっきりと思い出せない。
     僕はやがて、フシを忘れるのだろうか……。
     永遠に近い年月が僕からフシを奪っていくのを、ただ茫然として見つめることしかできないのだろうか。
     金属の感触が冷ややかに顳顬こめかみを指す。トリガーが動く。フェイクのカラクリが微かな軋みを響かせる。
     そんなの、あまりに辛すぎるんだ。
     だから僕は、自由になりたい——。
     
     …………‼︎
     …………⁈
     ……。
     ……。
     強い衝撃に揺り動かされ目を覚ました。
     まだ耳の奥にある破裂音の残響。わんわんと鳴り響く感覚だけが辺りに浮遊している。一方、突如として目の中に現実が飛び込んでくる。頭は軽い混乱を起こしていた。
     大袈裟に瞬きをして眼前にあるものに集中をする。
     薄暗い中に浮かんだ、透き通る肌と柔らかくはねる髪だ。
     フシは規則正しく静かに寝息を立てていた。それを認識した途端、何故か無性に懐かしくて、恋しくて、胸が痛んだ。そっと髪に触れ感覚を確かめる。
     殺伐とした夢の感覚とは真反対で、余計に暖かい。
     身を起こしフシの横顔を眺める。あどけない子供の寝顔だ。
     あの衝撃と音が本当ならフシも飛び起きているだろうから、やはり夢だったんだろう。
     もう、追いかけても思い出せない……。
     漠然とした不安の残留物が胸を騒がせる。いつも通り安らかに目を閉じるフシを眺め、それを押し殺そうとした。透明で繊細な睫毛が呼吸に合わせ上下している。その心地よいリピートを。
     左手でフシの重い前髪を払うと、フシは眉をひそめ振り払った。カーテンから漏れた細い細い朝陽が、フシの銀色の髪を暖かく染めている。動いた拍子に薄いまぶたが朝陽に照らされ、フシは眩しそうに僕の腕の隙間に顔を埋め込んだ。
     何事もない。いつも通りの情景。
     そっとフシの頭を外し、一人ベットを抜け出す。横目で時計を見たらまだ朝の六時前だ。
     冷たい水を全開にしてシンクに頭を突っ込む。目覚めたばかりの脳が急激に覚醒していく。
     もうさっきまでの胸騒ぎは治まっていたが、代わりに別種の懸念が心を刺激していた。その真相は何故か自分でも突き止めることができず、しかし、必ず毎朝訪れるんだ。
     滴る前髪をかき揚げ顔を上げた。鈍く光る赤い瞳が映っている。一雫の水滴が落ちる音。忘れたはずの残響とぶつかり合う——。
     僕は、まだ僕であるのか。
     鏡の中の顔に問いかける。
     
     
     **********
     
         
    「今日は例の顔合わせですから。忘れないで。今回は遅れずに行きますよ?」
     キッチンで朝食をとるフシにベッドルームから声をかけた。それから、仕事用のシャツに袖を通しつつキッチンへ向かい、手早く残りのコーヒーを喉に流し込む。フシはハムエッグの端をフォークで突き不満気にボヤいた。
    「あー……、行かなきゃダメか?」
    「ダメですよ、というか数十年に一度なんですから渋らずに。格好もちゃんとして下さいよ?」
    「めんどい。なんでもい〜じゃん」
     しかめっつらで牛乳をすすり、食べかけのトーストを頬張るフシ。ワシワシと派手に咀嚼し間髪入れずに残りの牛乳を飲み干す。
     混ぜ食いはいただけないな……。
     フシは僕が難色を示したのに勘付いて、噛みながらニヤリ笑っている。どうせ言っても聞き入れないから放っている。僕が叱る義理でもないしな。フシの好きに食べたらいい。でも、ごく短いため息だけは放っておいた。
     マグカップを置くついでに腕の端末を覗いたら、出勤の時間が迫っていた。
    「形式的に行われる式典ですから、つまり形式が大事です。——リル、リマインダー設定しておいて。フシが忘れないように。必ず腰を上げさせて下さいね。万一、私の帰りが遅かったら困るので」
    『あぁ、もちろんだっ。フシは相変わらずアレが嫌いかい?』
     頭上から声が響く。遊走ディスプレイが素早く移動し、フシの機嫌を伺うように真隣でチカチカと瞬いた。赤ライトは警告サインなはずだけど、そんなプログラムはお構いなし。リルにとったら「したり顔」みたいなものだ。
    「毎度毎度顔見せに来るなんて飽きもせずさぁ〜〜。お前が言ってよ、もうやめようって。そうすりゃすぐ終わりだろ? もういーじゃん。ていうかさ、おれは一瞬で行けるのっ、お前が移動しなきゃいけないだけなのっ!」
     フシはグーで握ったフォークで大袈裟にハムエッグを突き刺した。リルは僕の隣に出直しチカチカと鳴らしている。
    「そういう訳にいかないから言ってるの。一緒に家を出ないと絶対サボるでしょう? リル、後はお願いします。私はそろそろ出ます」
    『任せたまえっ。あー、お前宛にメッセージが来てるぞ。どれ、読み上げようか? ——おめでとうございます! あなたは当選者です! 今すぐ下のURLを……』
     ディスプレイには届いたメッセージの一覧がずらずらと流れた。それを一瞥しつつ、目の前を通り過ぎるフシに小言を飛ばす。
    「スパム以外を私の端末に送って下さい、フィルタリングは任せます。——フシ、もういいのですか? あ〜〜、お菓子食べるつもりですね」
    「うん、ポテチは別腹で食べたい派」
     既にキッチンの方でガサガサと物色する音が聞こえている。やがて食べかけのポテチの袋を抱えたフシがリビングへ消えた。
     その気になれば無限に出せるから「お菓子は本物だけ」が我が家のルールだ。過去にお菓子の食べ過ぎでまるまると肥えたことがあるからな。
    「ソファ、散らかさないで下さいよー」
    「……」
     フシは聞かないフリでテレビをつける。ド派手な効果音やらサントラがけたたましく流れ始めた。
    「……行ってきます。帰る前に連絡しますから、出てくださいね? フシ、私、出ますけどっ」
    「わーーかってる。いってら〜」 
     フシはソファの陰から腕だけ伸ばし、食べかけのポテチの袋を雑に振りまわした。もうちょっと丁重に送り出して欲しいなぁ、もう……。
     
     仕事を手早く終わらせ一度自宅に戻る。リルは僕の指定した品一式を完璧に揃え、ベッドルームに並べてくれていた。
    「ありがとう、助かりました」
     リルは返事の代わりにディスプレイの緑ライトを点滅させた。「もん、だい、ない」の三回だ。_AI_であっても、そういったアナログなコミニュケーションが面白いらしい。
    「フシは?」
     僕がいうなり、リルはディスプレイをリビングの映像に切り替える。
     相変わらずポテチを片手にしたフシはテレビに熱中していた。お気に入りの連ドラの配信をチェックしている。
     最近ハマっているのはスパイアクション。
     横目にフシの居場所を確認しつつ手早く準備を整えていく。何度となく使ってきた衣装だが、袖を通す時は全く初めてのような新鮮な緊張感を起こさせるから不思議だ。
     遠い昔、初めて当主として新しい衣装に身を包んだ時と同じような新鮮さ。だろうか? あまりに大昔で朧げだけれど。
     ほぼ強制的に連ドラを中断させ、重い腰のフシをポテチごとエアカーに押し込んだ。約束の時刻まで猶予がない。フシの着替えは一瞬だから現地でなんとかなるだろう。
     フシはポテチの最後の一枚を頬張ると威勢よく手を鳴らし、丸めた空袋をニコニコとして僕に手渡した。
     僕はまた、短いため息を一つ。
     本当ならこの後の予定のために一日オフを設けた方が良いのだろうけど、今の研究が日程通りにこなせるものじゃないから致し方ない。とりあえず研究室にいるしかないから。
     十五分前、急ぎ足で約束の場所に到着。
     ふぅ……。
     
     フシは真っ白な式典服に身を包み、それに似合わぬしかめっ面で肘掛けに頬杖をついている。僕は対して赤の式典服だ。
    「それにしても変わりないですね、このホテル。スーパーレトロだ」
     ぐるりと広い空間を見渡す。ここは守護団所有のホテルの最上階。フシの式典のために造られた物々しい空間だ。部屋の上座の壇上には玉座のような椅子が置かれている。今フシが座っている椅子がそうだ。
     旧時代のアンティークを模した家具に合わせ、内装も非常にデコラティブ。全体に経年劣化加工が施されノスタルジーを感じさせる。
     電球を使ったフロアライトもここでしか見られないから酷く懐かしい。伝統と格式を重んじる守護団の気風からすると、こう言った趣にこだわるのは理解できるな。
     無意味にスイッチの紐を引っ張ってカチカチと鳴らした。オレンジ色の灯りがリズミカルに瞬く。フシは呆れ顔だ。
    「何してんの? ——まぁそうだよな、ウン百前に来た時も潰れかけてたけど、今も同じくらい潰れかけてる。なんか懐かしい雰囲気だからさ、それは気に入ってるよ。んで、問題はこれ。毎回思うけどなんなのこの大袈裟なやつ」
     フシは自分の式典服の襟を摘むとポイと捨てた。僕がデザインを発注した式典服は色白のフシによく似合う。神々しい。まさに神様って感じで僕のお気に入りだ。
     確かにフシの言う通りそこまで大袈裟にしなくても、他に誰もいない訳だし、全然構わないのだけれど。単なる趣味、とも言える。
     いつもの_T_シャツとスウェット姿で人前に出す訳にはいかない。かと言ってスーツも着てくれないからな。
     フシはスーツと_T_シャツの違いが分からない、などと言い訳をしてくるから、わざわざ大袈裟な分かりやすい服を用意したんだ。それでも文句は出るが。
     そもそもこの式典自体なかったらどう、ということはない。でも、伝統なんだ。節目にはこういうものが必要なんです。
    「一応、神様なので。自覚あります? ちゃんとして下さいね。威厳のある感じでお願いします。頬杖はしまって。これ毎回言ってますよね、ふふ」
    「チッ……」
    「舌打ちもなし。ハイ、来ますよ」
     廊下からまばらに数人分の足音が響き部屋の前でピタリと止まった。続いてか弱いノックが三回。
    「どうぞ、お入り下さい」
     少しの間の後、ドアは厳かに開かれた。
    「し、失礼致します!」
     幼く甲高い声が室内に響き渡る。同時に懐かしい赤いマントが目に入った。
     ヤノメ古来の衣装に身を包んだ少年は、黒づくめの従者を引き連れ恐る恐るドアをくぐった。かなり小柄だから後ろを歩く屈強な従者がやたら巨大に見える。
     プロフィールには確か、八歳と記されていた。
     少年はギクシャクした歩調で僕達の少し手前に歩み出る。身体が反るほど目一杯の深呼吸。そして、叫んだ。
    「あ、あの! お初にお目にかかります! 僕、わ私っは守護団、四十二代目当主、カイハと申します! わ我らがフシにお目にかかれたことっキョーエツシゴクに——」
    「はい、よろしくー」
     フシは容赦なく挨拶をぶった斬った。用意してきたであろう挨拶文を突然打ち切られ目を白黒させる少年。従者の方をキョロキョロと振り返り落ち着きなさげにしている。気の毒だなとは思いつつ、僕は淡々と声をかけた。
    「ご苦労様です」
    「えっ、えと……。よ、よろしくお願い申し上げますっ!」
     少年は挨拶の締め部分だけ威勢よく述べ、更に三歩進み出た。黒スーツに身を包んだ従者は微動だにせずその場に立ち尽くしている。
    「緊張しなくても大丈夫ですよ。それでは始めましょうか。難しいことはありませんし、すぐに済みます」
    「は、はい! お気遣いありがとうございます!」
     こちらのやりとりを、さもつまらなそうに眺めるフシ。少年はあまりに無愛想な「神様」の視線に縮み上がってワナワナと膝を震わせている。
     まぁ、フシも少年な訳だけど。
     彼らには見えないようにフシに冷たい視線を送ると「分かってる」と言いたげに目線だけよこして、相変わらず無愛想に椅子にもたれかかっている。
     分かってないじゃないか……。
     僕はフシの真横に進み出て式次第を述べる。つま先を揃え最大限に背筋を伸ばした。
    「これより『神託の儀』を執り行います。守護団当主殿はフシへの宣誓を述べて下さい」
    「はいっ!」
     ダダ広い室内に少年の声がこだまして消えた。完全に消えてから少しの間。緊張しすぎて暗記したものが飛んだのか、少年は静かなままだ。しかし、式が始まったら助けることはできない。ギリギリと拳を握りしめる少年。数秒の後、震える声で宣誓を放った。
    「……わっ、私は守護団当主として、この命と魂を懸けフシを崇拝し御守りします! フシを慕う全ての人類へ、フシの慈愛と恩恵がもたらされるよう、せ誠心誠意尽力することを誓いますっ!」
    「フシはあなたの宣誓を受け入れます。フシより「証」の神託を。御前へ」
     少年はうやうやしく頭をたれつつ更に前に。フシのすぐ目の前まで進み出て膝をついた。途中耐えきれなくなったのか、チラとフシの顔を伺ったが青ざめた様子で再び深々と項垂れた。
     フシへ畏敬の念を抱くように教育することは大事だが、幾ら何でも。何を吹き込まれてきたのかわからいけれど気の毒だな。
     この儀式はとどのつまり、僕ら一族恒例の「拝顔」だが、僕の時は実にあっさりしたものだった。初めて出会った時のフシも、同じくらいしかめっ面だったな。
     確かにフシのオーラは人離れしている。いや、長い年月を経てさらに磨きがかかった。初めてならかなり戸惑うかもしれない。
     もう、僕はすっかり慣れてしまってダメだな。ありがたみが足りない。
     僕は式次第を唱えながらぼんやりと他所事を考えていた。何度も唱えすぎて無意識でもスラスラと出てくるから問題ない。が、ちょっと少年に申し訳ない。
     ここで僕はフシの隣に歩み出て盆を渡す。盆には赤い一まとまりの布。緞帳どんちょうのような重厚な生地に守護団のシンボルマークが縫い飾られたもので、僕が美しく畳みそれらしく配しておいた。
     守護団の団旗だ。つまり、この式典をもって守護団の活動はフシからのお墨付き、という意味合いになる訳だが、今は平和の世。現在は形式的に式典でのみ使用され団旗は形骸化している。
     それでも最重要アイテムであることに変わりはない。しかし、それに反してフシはまるでテレビのリモコンでも渡すかのように気軽に差し出し、少年は戸惑いを隠せない様子だ。戸惑いつつもうやうやしく両手を掲げる。
    「はい、これね。まぁ、平和な世の中だ。気楽にやってよ」
    「あ、ありがとうっ、ございます‼︎」
     震える両手で団旗を受け取る少年。大声とともに顔を上げ必死にフシを見つめていた。
     そこからさらに幾つかの品を手渡し、二、三文言を交わす。最後に僕が締めの号令を唱え、それで式典は全て終了だ。
     滞りなく済んだためか少年は安堵の表情で大きく息を吐いた。顔が綻んでいる。僕も比べて柔らかく声をかけた。
    「無事に終わって良かったですね。随分緊張しましたか?」
    「あ、は、はい! すみません、このような式典に参加するのは初めてで……」
    「立派でしたよ。頑張りましたね」
     公式的な笑顔を向けると少年は反して年相応のはにかみを返した。
    「え、へへ……。あなたが、オリジン? 確かに僕と同じ瞳ですね。フシ様とカハク様に是非お会いしたかったのです!」
     少年はフシと僕を交互に見てキラキラと目を輝かせた。もうフシを見ても怖がっていない。子供は柔軟だなぁ。しかし……。
    「ぶふっ……、オリジンて何? 笑える」
     フシは意地悪く悪態をついた。少年はキョトンとしてまた僕達を見比べている。
     式典が終わって早々に頬杖をついてだれるフシ。片足を椅子に上げほとんど家みたいに寛いでいる。よく見たら式典服の下にスウェットを履いている……。そうきたか。
    「私もあなたにお会いできて嬉しいです。しかし、オリジンはやめましょうか……」
     同時に自分の足を指差し、フシの悪態と足癖を牽制する。
     少年の方もやんわり制したが眩く瞳を輝かせ、全くめげずに意気揚々としている。
    「我々の中には、あなたをそう呼ぶ人間が沢山いるのです。唯一フシ様と共に永遠を生きることを許された選ばれし者、私達当主一族の源泉、すなわちオリジンですっ!」
    「あぁ、なるほど、そうですか……」
     あまりに楽しげに語るからやめろとは言えなくなってしまった。
     誰だ、そんな呼び方考えたの……。
     現在僕は、守護団とフシとのパイプ役を担う傍ら、団の名誉顧問的な立ち回りをしている。五百年後の世界で復活し再び守護団に接触して以来、所謂アドバイザーとして団とは相補的な関係を保ち、新当主達の成長を見守ってきた。
     しかし、その呼び名はないだろう。
    「守護団創設時の理念にも記されています。フシを守る者は神に選ばれたと! とても誉な事です!」
    「大仰ですね。選ばれたというよりは、残された、でしょうか」
     事情は様々あれど、結局の所僕は単なる「生き残り」というだけ。僕が最後だっただけなんだ。
    「そうなのですか? いずれにせよ、あなたは永遠にフシと共にあるのです」
     「永遠」という言葉が、今朝方感じたような原因不明の胸騒ぎを起こさせた。無性に心がざわついて仕方ない。だから、つい本音のようなものが漏れた。
    「永遠ですか……。思うより美しいものではありませんよ。けれど尊いことであることは、確かですね」
     明らかにトーンが違ったからか、少年は血相を変え縮こまった。決してわざとじゃない。激しく眉尻を下げ肩を強張らせる少年。再びプルプルと震え出した。
    「すすみませんっ、軽率なことを申しました。お許し下さい……。僕の様な愚鈍な者には、それが酷く神聖で美しいとさえ感じてしまって、あの、決して他意は——」
    「死なないだけだよ、単に。死ねないんだ」
     さらにフシがトドメを刺してしまった。姿はだらけているが言葉は鋭く冷たい。
    「ふ、フシ様っ! あっ、も、申し訳ありません……‼︎」
     フシを凝視したままワナワナと震える少年の前に割って入った。フシの「ガチ」の冷たい視線は僕でも冷や汗が出るくらいだから子供には酷だ。トラウマになっても困る。
    「気にしないで下さい。フシ、それはあなたに成すべきことがあるからです。そして、あなたのそばには守護団がいつも。——そうですね?」
     項垂れた少年に寄り添い肩を叩いた。その瞬間、笑顔が咲く。本当にめげない子だな。
    「え、ええ! そうです! 我々はいつもおそばに! フシ様をお守りしたいのです!」
    「あ〜、あんま張り切らなくて、いーんだけどさ……」
     少しは申し訳ないと思ったのか、フシはニヤリと笑って冗談ぽく返した。少年は笑みを取り戻し、真っ直ぐフシを見つめている。そうそう、それでいい。
    「その心意気です。あなたの輝かしい活躍を期待しています。では、今日はこのくらいで解散しましょう。ご苦労様でした」
     少年は僕の号令でピシリと背筋を伸ばす。そして、指先まで美しく揃えた左手を右胸に掲げた。素早くキレのある所作だ。
    「本日はありがとうございました! やはり噂通りあなた方はお優しい方々なのですね。お会いできて光栄です! ではっ! 失礼致します! 我等はフシと共にっ!」
    「こちらこそ。我等はフシと共に」
    「その挨拶もやめろー」
     僕も同じように左手を掲げる。守護団におけるフシへの最敬礼だ。いつの頃からか当たり前に行われる様になったが、フシには毛嫌いされている。
     フシは今日一の呆れ顔でボヤき、ワシワシ頭を掻いて大あくびを放った。
     
    「それにしても毎度毎度おんなじ顔のが来るよなぁ。今回なんて特にさ、お前そっくり。女の子だけっていうルールやめたの?」
     例の部屋から別館にある関係者専用ラウンジへ。ここはお菓子やドリンクが好きなだけ食べられるからフシが必ず寄りたがる。そして既にキャラメルポップコーンを頬張っている。僕はブラック。
    「僕が継承を止めてしまったので。特にこだわりはなくなったんです」
     一族の「魂」と「左腕」の継承を止めてしまったが故に、一族の代表は女子とする、というルールは撤廃した。フシへの「不必要な干渉」がなされないなら女性にこだわる必要もない。基本的に第一子が当主として抜擢される。
    「ほーん、なるほどぉ」
    「興味ないなら聞かないで下さいよ。何回同じこと聞くんですか」
     素知らぬ顔で口から溢れるポップコーンを押さえるフシ。ほぼ毎度同じような質問をされ、同じように答えている。
    「忘れてた。たまーになら別にいーじゃん。この後、なんかある?」
    「特に予定はありません。どうしました?」
    「なんか久しぶりの外出だから、散歩したくなった、ふふ」
    「いいですね」
     先程の少年のように、あどけない笑顔を見せるフシは年相応に見える。まぁ、でもこれは大体オネダリの時の顔だ。ダマされないぞと思いつつもダマされている。
    「ぶらぶらして公園でアイス買いたい。あとー、なんか美味しいご飯も食べに行こう。もうこんな服、肩凝るから脱ぎたい」
    「終わったのでどうぞご自由に。いいですね、アイス。久しぶりに散歩しましょうか。あーでも……」
    「わかってるし」
    「お願いします。巡回に目をつけられては面倒なので」
     一転してフシは目を座らせる。
     残念なことに、このコロニーには十五歳以下の子供は住むことができない。一定の年齢に成長するまで、子供は「全人類共通の財産」として手厚く保護される。さらに言えば、僕らが住んでいるのは男性専用コロニーだ。
     恋愛や結婚についても自由とは言えない。まず、女性が同じエリアにいない訳だし。全てが許可制。出生に関しても完璧に「マネジメント」された世の中になってしまった。それぐらい人類は切迫した状況にある、とも言える。
     少年は今日のために、特別な許可を得て外部のコロニーから足を運んだのだ。だから予定を狂わせる訳にいかなかった。僕が打診すれば可能ではあるが、予定変更すれば本当に面倒なことになるからな。
    「全く妙なルール作りやがって」
    「仕方ありませんよ。これ以上人口が減っては困りますし。自宅なら自由で構いませんから」
    「そうしてる。お前はどうするかなぁ……。——うん、よしっ。ちょっと立って」
     フシは突然立ち上がり僕を引っ張り上げた。そして僕はコーヒーを持ったまま、ほぼ強引に部屋の真ん中に立たされる。
    「なんですか?」
    「じっとしてろよ……」
    「え、ちょっと! ちょっっっ‼︎——」
     突然床から生えた根っこが勢いよく足から這い上がった。呆気に取られているうちに、僕の中身とコーヒーをだけを残し式典服はスポンと飛んでいく。代わりに見慣れたシャツとスラックスが「生えて」きた。
    「ちょっとぉ〜〜!」
     コーヒーが僅かにこぼれた。僕はフシのされるがまま立ち尽くしていたが、一瞬で着替えは完了していた。
    「あ〜、いいじゃん。ははは、上手く行ったなぁ。毎回これでいいな。もう面倒な着替えなんてよせ」
    「急に着替えさせるのやめて下さいよ! 一瞬裸じゃないですかっ! 誰もいなくて良かったぁ……。ちょっと、拭くもの取って下さい、危険、こぼれてる」
    「かたいこと言うなよ。あぁ、それも出してやろうか」
    「もういいっ! すぐ隣の布巾取るだけでしょっ!」
     突っ立ったまま口だけで文句を飛ばした。下手に動いたらフシの出したシャツにコーヒーの染みが出来そうだった。
     フシは真横にあった布巾を放り投げ、同時にシュルルと煙幕を登らせる。やがて定番の_T_シャツスウェット姿に。足元は履き潰したクロックスだ。脱ぎ散らかした式典服が無造作に積み重なっている。
     ん? 一回モグラにでもなったのか……?
     それはさておき、フシは旧暦二〇〇〇年代のそのまま。ただ中身は十八歳位で背丈は僕と同じくらいある。
     相変わらずの美青年ぶりに繁々と眺めたら、フシは優しく目を細め一点の曇りもない笑顔を返した。眩しすぎる。
     できたらあの子に笑ってあげて欲しかったなぁ……。

     ホテルから歩いて五分程の場所に広い公園がある。このコロニーの中では一番広い公園で、ちょっとした散歩には充分過ぎる程。遊歩道の所々に飲食系のスタンドがあり僕らはその一つに立ち寄った。
     店先には派手な電子看板アドが瞬いている。目の前で足を止めれば表示がメニューに変わった。
    「あー……、どうします? 私は一番プレーンなやつかなー、フシは……、チョコレート、ですよね」
    「分かった風に言うな。チョコレートとー……、イチゴのやつ、ダブル」
    「ほらぁ、あ、ダブルね……。オーダー、バニラ一つ、チョコレートとイチゴのダブル一つ」
     店の見た目は旧時代のワゴン車型キッチンカーとほぼ変わりない。いつの時代も人はこういった見た目のものにそそられるらしい。だけど、今は無人だ。
     声をかけると機械的な音声案内が流れ、数秒で希望のアイスクリームが提供される。僕の端末のチェック音が鳴る前に、フシはアイスの先端をかじっていた。
     アイスを片手に当てもなく公園内をぶらつく。フシは僕と腕組みしたりずっと先の方へ走って戻ってきたり、かなりマイペースだ。
    「最近、どうなのー?」
    「あぁ、研究所のことですか? それなりですよ」
     バニラアイスを舐めつつ適当に相槌を打つ。フシは何故か後ろ歩きでダブルイチゴチョコアイスをペロペロしている。フシはアイスを食べるのが下手なので、いつも通り手までベタベタだ。
     ガタイのいい青年がファンシーなアイスクリームを必死に食べている姿は、なんだか萌える。
    「それなり、ね、今は何作ってんの」
    「残念ながら言えません」
    「は? おれにも?」
    「言えないんです、守秘義務がありましてね」
     真横で歩いていたフシは不満げに僕の横顔を覗き込んだ。睨むようにおでこを突き出してくる。アイスの人工的なフレーバーが香った。
    「神様にも秘密かよ。ふーん、つまらん」
    「私もとっても残念ですっ」
    「どこが残念なんだよ。まー前みたいに家でずっとされるよりいいけどー? お前が失敗する度に部屋がめちゃくちゃだったもんな」
    「ははは、確かに。スプリンクラーは参りましたよね」
     以前に自宅で趣味の「工作」をやっていた時期は確かに大変だった。メカに使ったオイルに引火させてボヤを起こした事もある。
    「ははっ、あれは傑作。お前のメガネに池みたいのできててさ。ボンがやたら怒ってたよね」
     ボヤのせいでスプリンクラーが作動し部屋中水浸しになった。フシも僕もずぶ濡れ。
     その頃はモニターの見過ぎで近眼が進んでしまい眼鏡をかけていたが、水圧でずり落ちレンズに水溜りができていた。フシと大笑いしたなぁ。でも、リルは憤怒して三日間僕だけ塩対応だった。
    「別に掃除するのは彼じゃないのになぁ、多分散らかるのが嫌なんでしょうね。しかし家が燃えなくてよかった、はは。なんであんなことになったんだろう、思い出せない」
    「懐かしいなぁ——」
     言うなりフシは後ろから僕にしがみついた。再び甘いフレーバーが鼻を掠める。僕は気持ち、というより物理的な衝撃で危うくアイスを落としそうになった。
    「なんで、今?」
    「なんか、すっごく懐かしくなった……」
    「そんな前の話でしたっけ?」
    「……わかんないけど」
     しばらくフシは僕の背中をぎゅっとしていたが、やがてふふと笑いながらゆっくりと離れた。今度は遊歩道の先にある遊具まで走って行く。小さな子供もいないのに、癒しの景観を演出する為だけに設けられた遊具だ。
     その上によじ登り空を仰いで、ダブルイチゴチョコの最後の一口を頬張った。そして、僕に「来い」と手招きする。
     言われるがまま近寄ったが、僕はアイスがまだ残っていたから気持ちだけで参加した。フシはつまらんと言いたげに目を細めて遊具のてっぺんに立ち、僕を見下ろしている。
    「来ないのかよ」
    「アイス、無駄にしたくないので」
     僕のアイスは二口ほど残っていて、すでに溶け始めている。どう計算しても登ったら溶け落ちる。
     フシの背後には所謂「パーフェクトブルー」の空が広がっている。背に勇ましくプラズマ光を受けるフシを見上げつつ、口に残りのアイスを放り込んだ。
    「夜、何食べるー?」
    「んん〜と、ヤノメレストラン、行ってみますか? 色々メニューあるし」
    「いいんじゃない? 焼肉あるし」
    「予約取りますよ? 決めていいですか? やっぱりヤダとかなしですよ?」
    「いいよ、なんで疑うんだよ」
     フシは遊具のてっぺんからダイレクトに飛び降り、僕の目の前で着地した。そんな遊び方する人は滅多にいないから通行人の視線を集める。
     できたら、目立つことは、避けて欲しい……。
     真顔で僕の眼前に詰め寄るフシ。そのうちに耐えきれなくなって自分だけ吹き出した。普段は頭一つ分フシの方が小さいから、成長した時を狙って妙な絡みを仕掛けてくる。
     ついでに僕の口の端についたアイスの残骸を指先でチネっている。普段自分がいさめらているようなことで、僕の恥部を発見するとやたら嬉しがるのだ。それでも構わないから、せめて拭いて欲しい。
     僕はフシにニヤリと返し口端を舐めた。端末からリルに予約依頼を飛ばす。
    「いつも直前でヤダとか言うからですよ。リル、リストにあるレストラン、六時から予約お願いします。あ、それとホテルからのクリーニングサービス受け取って下さい」
    『えー! 食べてくるのか寂しいねぇ〜。了解だっ! ——ヤノメレストラン「ミヤビ」二名、午後六時、第二区三番街、エアカーの手配は完了しています。キャンセルする場合は……』

     レストランの人の入りはまばらで味もイマイチだったが、久しぶりにフシとゆっくり食事ができたことは嬉しかった。研究の進捗次第では満足に家に帰れない日もあったから。
     フシは帰宅するなり僕に迫った。いわゆる壁ドンだ。僕はフシとエントランスゲートの間に挟まれ為す術なく口を塞がれ、さらにはいつもよりは大胆にキスされて抱き締められた。
     おおぉ……。
     ひとまず、フシの大きな背中をさする。
     抱き心地に圧倒されて手出し不能だ。下手すれば僕より体格いいかもな……。
    「あの、まだ靴も、脱いでいないので……」
    「背の高いうちじゃないとこうやってできない……。でも〜〜——」
     煙幕の風圧で前髪が吹っ飛ばされた。目がしばしばする。僕にしがみついたままで変身するから。フシは構わず僕の襟首を掴み引き寄せチュッチュと子供みたいにキスしている。
    「小さくなってもできる!」
    「ふふ……、随分機嫌いいですね」
    「うん、散歩とかレストランとか、楽しかった。ずっとこうならいいなって思った」
    「ずっと、そうですよ? どうして?」
     未だに僕の首根っこに掴まったままのフシは、僕の顔を覗き込み寂しそうに笑った。
     あぁ、この所フシと過ごす時間が減っていたから寂しがらせてしまったんだろうか。僕ともあろうものが、それは良くないな。
    「ごめんなさい、寂しかったですか?」
     じっと僕を見つめるフシを間近で見つめ返し軽くキスを返した。フシは数秒考え込んでから僕を解放しニタリと笑った。
    「んーじゃあー、またオフの日行こうよ。連ドラも飽きてきた。もう見尽くしちゃった」
    「ええ、もちろん」
     
    『おかえり二人とも! ディナーはどうだった? しかしなぁ、僕の作った料理の方が遥かに美味だと思うがねぇ』
     リルは僕らの周りをぐるぐると回り赤ランプを瞬かせた。フシと僕はソファにどっと雪崩れ込み一休み。
     僕の仕事が不規則で、さらに最近は食材の調達も自由にはいかないので、もっぱら料理を担当するのはリルだった。
     と言っても、彼は_AI_だから転送電子オーブンをレシピ通りに作動させるとか、出来立てをデリバリーしてくれる話題のショップを検索するとか……、そういう「料理」なんだけど。
    「確かに美味しいですよ。だけど、味がイマイチでもたまにはお米が食べたい日もあって」
    「そうそう、米大事〜」
    『確かにライスも美味だが、僕の焼き立てパンには敵うまいっ。あの製パン王ハイロ・リッチ氏から学んだ秘伝のレシピがあるんだぁ、僕の中にはね。あー、そうそう、明日の予定を確認しようか、カハクくん?』
     ディスプレイは僕を捲し立てるように目の前に迫る。カレンダーのアイコン横には人差し指のカーソルが点滅待機していた。随分レトロだなぁ。
    「いえ、大丈夫です。今日は、もうね……」
    『なんだぁ、追い払おうとしてないか⁉︎ 一日いなかったクセに連れないぞ〜? 僕はエーーアイだからね、空気なんか読みやしないぞ。これから二人でなんだ? イチャイチャしようって流れだろ? さっきの続きだろ? なぁカハク氏〜〜!』
    「……ごねられても困る」
     リルは僕に噛み付かんばかりに忙しなく動き回る。赤ライトを素早く瞬かせご立腹だ。こうなると話が長い。絡み方がオリジナルそっくりすぎやしないか。高性能なのは良いけれど曖昧さの可能性が無限大すぎる。
     因みに彼の正式名称は「リトル・ボンシェン ver.12.4.0」。テイスティピーチ財団が開発した非常にハイスペックな_AI_コンシェルジュだ。
     フシが財団からの手厚い保護を永年受けられる様に、とボンが遺したもの。彼は財団のメインサーバーに直接繋がっていて、リアルのボンとほぼ同等の権限を持っている。
     略してリル。でもほとんど本物だから、フシは親しみを込めてボンと呼んでいる。
     さらに詳しく言えば「セクシーなボンシェン用務員」とか「麗しきハルマキ男爵」とか、謎のバリエも存在する。いつものリルは、フシがお気に入りの「陽気なボンシェン王子」。
    「はは、ほっといたから拗ねてんだ。明日おれと話ししようよボン。今日の例のアレ、意外と面白かったぞ?」
    『フシは優しいねぇ、あぁもうオイルが漏れそうだっ。じゃあ〜悔しいが後は二人でゆっくりしてくれたまえ。僕は文字通りスリ〜〜プしようっ、おやすみチュチュチュのチュ♡——プツッ……。……不要なキャッシュを削除しています。すぐに電源を落とさないで下さい……再起動まであと……』
    「いや、_AI_だからオイルすら漏れないでしょうよ……。相変わらず雑な冗談だな」
     やがて無機質なアラートが止み、やっと今日一日も終わりだ、と言う実感が湧いて出る。ソファにだらりもたれかかった。
    「どういう意味?」
    「あぁ〜いいんです。ふふ、笑える……。——フシはもう、食事はいいですか? 夜食を用意しましょうか」
    「ううん、いい。疲れたよね?」
    「そう……、じゃあ私は着替えてきますね」
    「あっ! 着替えなら任せろっ。いつものテロテロしたやつ出してやるぞっ」
    「フシ、もうあれはナシ。テロテロじゃない、襦袢という名のガウン。分かりました?」
    「なにそれ、変な名前、ふふ」
     僕が立ち上がるとフシもソファの上に仁王立ちして両手を広げた。僕が人差し指でフシの眉間を突いたら、嬉しそうにニコニコ笑っている。
     本当に今日は楽しかったんだな。
     久しぶりにこんな無邪気な笑顔を見た気がする、
     
     フシの笑顔とキスに触発されたせいか、リルの言う通り順当にイチャイチャしてしまった。寝る前に飲んだアルコールのせいも多少……、あるかな。
     リビングから漏れた光はフシの真っ白な背中を仄白く発光させた。闇夜に淡く浮かび上がる肢体はしなやかだ。
     純白の髪は緩やかにはらはらと細首に寄り添い、余計に儚い存在に感じられる。フシは乱れた前髪の隙間から僕に微笑みかけた。
    「いつも、初めてみたいな顔するよね」 
     やけに大人びた台詞と表情に僕は言葉を詰まらせた。初々しい少年姿とのギャップがあまりに大きくて。しかも、核心を突かれている。
    「……いつからそういうこと、言うようになったんです? どこで覚えたんだか」
    「別に、単なる感想」
    「まぁ……、未だに慣れないのは本当ですね。恥ずかしながら。……ずっと触れずに生きて来たから」
     起き上がりブランケットでフシの背中を覆う。室温は常に一定だが、華奢で肉薄な背中を見たら寒々しくて温めてあげたくなる。
     脱ぎ散らかしたガウン、という名の襦袢をベッド脇から拾って羽織り、大の字でシーツに埋もれた。
    「まだ、気になる?」
     フシは丸まってブランケットごと寝転んだ。真横にぴたりと寄り添い、僕の横顔から反応を伺っている。
    「いえ、大丈夫。もう……」
     僕は、長い間フシに触れることをためらっていた。
     それは当然な結果で、僕のしたことは許されざることだから。どんな理由があったにせよ、僕は僕の手でフシを傷つけてしまったんだ。
     その事実は、例え永遠に近い時間が流れたとしても消えることはない。そう思っていた。
     フシもまた、理性で押し殺したとしても僕の掌が触れることを恐れた。しかしキッカケが訪れ、フシは僕を許容したのだ。
     それから長い時を経た今でも、まさにフシの言う通り毎度初めてのように緊張している。毎度、新鮮な冒涜感に襲われているんだ。
     生まれたての雛鳥を愛でては握りつぶす様な……、なんとも説明のしようがない感覚。決して不幸せな訳ではなく、最中はもう、ただただフシを追い求めているのに。
    「おれはさぁ、別にこだわらないっていうか……、お前が望むコトなら叶えてあげたい。それだけ」
    「ありがとうございます」
     僕の望みか……。その在り方は朧げで思い出せないくらい遠い。しかし、意識が触れると温かな感情が湧き出ずる。そう言った無意識の充足感を幸せと呼ぶのだろうか。だとしたら僕は幸せだ。満ち足りている。
    「だから、もう少しいてよ……。おれと生きて」
     横で丸まっていたフシは、気づけば僕を上から覗き込んでいた。髪が頬に触れる感触、やがて唇が重なる。目を開けたら無邪気に目を細め微笑むフシが見えた。
    「もちろん。それはいつだってイエスでしょう?」
    「……うん、そうだね。分かってる」
     フシは身を起こし僕と同じ様に仰向けに寝転んだ。そして、大きくて深いため息を吐く。
    「分かってるのにでも、何となく聞いちゃうんだよねぇ……、確かめ、たくてさ……」
     フシの声はやけに切ない。ほとんど涙声で僕の掌を目一杯握っている。その思いがけない力強さに僕まで涙が滲みそうになった。
    「ずっと一緒ですよ。ずっとね——」
     握ったフシの掌を自分の掌で包んで引き寄せた。痛切に顔を歪めるフシの背中を抱いて何度も撫でた。フシは僕の羽織がぐしゃぐしゃになるくらい必死に掴んで肩を震わせている。
     やがてフシは穏やかな寝息を立て始めた。そっと身体を離しベッドに横たえる。散らかった髪を綺麗に整えた。
     しばしの間、安らかに横たわるフシの肢体を見下ろしていた。
     手荒にすれば脆く崩れてしまいそうな繊細で美しい生き物。神の御技により産み出された人類への賜物……、だろうか。賛美の言葉は尽きない。
     このあどけない姿形の中に「永遠」が生きている。
     そっとフシの頬に指先を走らせる。乾いた肌は冷ややか、しかし芯は温かい。肌理の整った皮膚、産毛の呼吸。確かにそれは人肌なんだ。
     幾ら長い時が流れようと、僕はフシの神秘性に魅せられ続ける単なる一人の崇拝者でありたい。そう願う自分と、人たるフシの単なる一人の愛人でありたいと欲する自分がいる。
     その根底にあるものが愛であれ、崇拝であれ、冒涜であれ……、僕がフシの側に存在し続ける、その事に何ら変わりはない。
     フシに寄り添うよう身体を横たえ、その体温を肌身に感じながら僕も静かに目を閉じる。
     やがて眠りに落ちるまで「ずっと」という実に曖昧なワードを心中で反芻し続けていた。
     己の精神に肉体に、そして魂に言い聞かせる様に。
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    DONE『あなたのために、できること』#1

    レンリル編を題材にしたカハフシ小説です。カハフシエコの日常や、レンリル戦を控えたカハとフシの心情などを妄想してます。
    チュー程度はあり。
    以前に上げた作品を加筆修正しています。
    さして必要もないあとがきは消しました笑

    全部で3章。加筆修正でき次第上げていきます、
    相変わらずレンリルの朝の日差しは眩しかった。
     薄目のまま天井を見つめる。寝室の飾り窓から注ぎ込んだ光は目の前を仄白くけぶらせた。
     淡いモヤの中でチラチラと輝く塵。それをただ意味もなく眺めていた。
     まだ頭がハッキリしないから、とりあえずその場でうーん、と伸びをしてみる。ふっと緩めたら、朝陽で温められた空気が身体に吸い込まれた。
     ソニア国の気候はヤノメに比べて温暖。湿気は少なく晴れの日が圧倒的に多い。肌に感じる空気はカラリと乾いて申し分のない朝なのに、心は反対に陰鬱だった。
     既に隣にフシの姿はなく、起き上がり辺りを見回すと台所の椅子でぼんやりしているのが見える。
     朝の透き通る光に溶け込み、クタリと柔らかく椅子にもたれる姿は言いようもなく綺麗で、その横顔を眺めれば鬱陶しい気分も軽くなる気がした。
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